第11話 これからどうするか考えますわ
「探索者協会設立、ですか……」
会議室。
深夜。
疲弊しきった自衛隊員たち。
机に積まれた資料。
そして。
カップ麺の匂い。
……現場感がありますわね。
わたくしはホワイトボードへ即席で描いた組織図を眺めながら、ふんす、と胸を張りました。
「えぇ。ダンジョン対策を国家単位だけで抱えるのは限界がありますわ」
「……まぁ、それはそうですが」
「軍や警察だけでは対応しきれませんもの。専門職の育成、管理、装備開発、資源流通。それらを統合する組織が必要ですわ」
わたくしが指を走らせる。
育成部門。
研究部門。
討伐部門。
資源管理。
広報。
認定制度。
……あら?
普通に会社組織図みたいですわね。
嫌な既視感がありますわ。
「うっ、社畜時代の記憶が……」
「大丈夫ですか?」
「ちょっとだけ吐きそうですわ」
ブラック企業時代。
終わらない会議。
無限に増える資料。
責任転嫁。
仕様変更。
うっ、頭が……。
ですが。
理論そのものは間違っていませんでした。
この世界はまだ混乱状態。
だからこそ。
先に基盤を作った者が主導権を握る。
魔素技術。
探索者。
ダンジョン資源。
その全て。
「……問題は」
わたくしはペンを止める。
「お金ですわね」
沈黙。
瀬波が静かに頷いた。
「えぇ。何をするにも資金が必要です」
「ですがわたくし異世界帰りですのよ?」
「でしょうね」
「戸籍も資産もありませんわ!」
「はい」
「実質無職ですわ!!」
「街半壊させる無職は初めて見ました」
失礼ですわね。
事実ですが。
わたくしは椅子へもたれかかる。
異世界では。
貴族令嬢。
聖女。
王国お抱え。
各種事業。
魔道具販売。
それなりに資産も権力もありました。
ですが。
この世界ではゼロ。
完全なる無一文。
悲しいですわ。
異世界転移あるあるですわね。
「……となると、まずは資金源」
「スポンサーでも探しますか?」
「信用がありませんわ」
「でしょうね」
「お嬢様はつらいですわ……」
「一般的なお嬢様は国家機密施設に収容されません」
瀬波、ちょくちょく言葉が辛辣ですわね。
ですが。
その時でした。
不意に。
視界の端へ映ったもの。
窓の外。
基地敷地内。
山積みにされた魔物の死骸。
「……あ」
わたくしは目を細める。
狼型。
昆虫型。
甲殻種。
雑にブルーシートをかけられ、処分待ちになっている。
そして。
あることに気づく。
「……まさか」
わたくしは瀬波を見る。
「この世界、魔物素材を利用してませんの?」
「素材?」
「皮膚、骨、角、牙、内臓、魔核」
「……いえ。危険物扱いです」
「埋めるか焼却かと」
「……は?」
わたくし、固まりました。
いや。
いやいやいや。
「もったいなっっっっっ!?」
思わず立ち上がってしまいましたわ!
なんですのそれ!
宝の山ですわよ!?
「皮膚は対魔素材になりますし、骨や角は高密度魔素伝導素材! 内臓は精製すれば回復薬や強化薬へ転用可能! 魔核なんて超高効率エネルギー源ですのよ!?」
「…………」
瀬波が絶句している。
ですが。
止まりませんわ!
「特に魔核! あれは凄まじいですわよ!? 魔素循環炉を組めば都市単位でエネルギー供給できますわ!!」
「待ってください」
「魔物の素材加工産業だけで国家予算規模になりますわね!」
「待ってください」
「うわぁ夢が広がりますわぁ!!」
「だから待ってください!!」
机を叩かれました。
びっくりしましたわ。
「……それ、本当なんですか?」
瀬波の目が真剣になる。
当然ですわね。
エネルギー問題。
医療。
軍事。
産業。
国家規模で世界が変わる話ですもの。
「本当ですわ。ただし加工理論と魔素制御技術が必要ですが」
「つまり現状は」
「わたくししか扱えませんわね」
沈黙。
重い沈黙。
瀬波が額を押さえる。
あら。
頭痛ですの?
大変ですわね。
「……あなた、自分の価値わかってます?」
「もちろんですわ」
わたくしは優雅に胸を張る。
「お嬢様ですもの」
「そういう意味じゃないんですよ」
最近この流れ多いですわね?
ですが。
これで道筋は見えました。
技術。
素材。
資源。
それを売る。
資金を得る。
探索者育成機関を設立。
完璧ですわ!
……と思ったのですが。
「……あら?」
ふと気づく。
「どうしました」
「わたくし、売る相手知りませんわ」
「……」
「伝手ゼロですわ!」
「……」
「現代社会、コネがないと何もできませんのねぇぇぇ!!」
異世界でもそうでしたが!
貴族社会もコネ社会でしたが!
現代もですの!?
世知辛すぎませんこと!?
わたくしが頭を抱えていると。
瀬波は深く、深くため息を吐きました。
「……上が頭を抱えるわけだ」
「?」
「いえ、こちらの話です」
その頃。
基地上層部では。
「誰があの危険人物の管理をするんだ」
「国家戦略級だぞ」
「下手に刺激したら基地ごと吹き飛ぶ」
「だが放置もできん」
「監視役が必要だ」
そんな責任の押し付け合いが行われていました。
そして。
最終的に。
「あいつ最初に接触しただろ」
「瀬波に任せればいい」
「若いし」
「頼んだ」
「えっ」
結果。
瀬波卓郎、自衛隊人生最大の厄介事を押し付けられることになります。
翌朝。
辞令書を見た瀬波は。
数秒ほど虚無の顔で固まり。
そして静かに呟きました。
「……なんで俺なんだよ」
「お金がありませんわ……」
ぽふん、と。
わたくしは基地内の簡易宿舎ベッドへ倒れ込みました。
狭い。
硬い。
質素。
お嬢様空間が不足していますわ。
せめて天蓋くらい欲しいですの。
ですが現状、わたくしは国家管理下の危険人物。
贅沢を言える立場ではありません。
「……でも、お金は必要ですわ」
探索者育成。
魔素研究。
素材加工。
全部やるなら莫大な資金が必要。
研究施設。
人件費。
設備投資。
装備。
土地。
いくらあっても足りませんわね。
異世界では貴族権力でどうにかなりましたが。
現代日本は資本主義。
つまり。
「結局、お金ですのねぇ……」
世知辛いですわ。
わたくしはだらけきった姿勢のまま、ぼんやりテレビを眺める。
ニュース。
ダンジョン被害。
避難区域。
専門家会議。
暗い話ばかり。
世界が疲弊しているのが伝わってきました。
……まぁ。
実際終末一歩手前ですものね。
その時。
CMへ切り替わる。
流れ始めた子供向け番組。
カラフルなマスコット。
妙に耳に残るテーマソング。
そして。
「……あら?」
わたくしはゆっくり身体を起こした。
「この番組……」
知っていますわ。
佐藤紗理奈だった頃。
小学生くらいの時に観ていた番組。
確か。
当時かなり流行って――
「……待ってくださいな」
違和感。
時間。
記憶。
繋がる。
わたくしは目を見開いた。
「この世界、少し過去ですの……!?」
異世界転移による時間ズレ。
ありえますわね。
つまり。
ここは。
わたくしが元いた現代日本と似ているけれど、少し前の世界線。
だから文化は近い。
でも完全一致ではない。
VTuber文化が妙に早いのも。
社会構造が微妙に違うのも。
全部そのズレ。
「……なるほど」
わたくしは思考を巡らせる。
そして。
ふと。
ある記憶が蘇りました。
会社員時代。
死んだ目で見ていた経済ニュース。
SNSで騒がれていた株。
急成長した企業。
仮想通貨。
ITバブル。
世界的大企業。
「あ」
閃きましたわ。
「投資ですわ!!!!」
勢いよく立ち上がる。
ベッドが軋む。
「わたくし未来を知ってますのよ!?」
完全一致ではない。
ですが。
流れはかなり近いはず。
つまり。
未来知識アドバンテージ。
異世界転生者お馴染みの知識チート!
「うわぁぁぁ!! 急に異世界主人公っぽくなってきましたわ!!」
今までずっと魔法ゴリ押し脳筋でしたからね!
知識チート活用、久しぶりですわ!
わたくしは興奮しながら部屋を飛び出した。
そして。
数分後。
「……嫌な予感しかしないんですが」
瀬波の執務スペースへ到着。
彼は書類の山に埋もれていました。
隈が深いですわね。
可哀想に。
「セバスチャン!」
「瀬波です」
「お金を貸してくださいまし!」
「嫌です」
即答でした。
早くありませんこと!?
「まだ理由言ってませんわ!」
「どうせ碌でもない」
「失礼ですわね!?」
「街を半壊させた人が言わないでください」
ぐうの音も出ませんわ。
ですが。
ここで引き下がるわたくしではありません。
「投資しますの!」
「……投資?」
「株式! 金融! 資産運用!」
瀬波が怪訝そうな顔をする。
まぁそうですわよね。
ついさっきまで魔物素材で起業するとか言ってた女が急に株だのなんだの言い始めたんですもの。
怪しいですわ。
わたくしでも怪しいと思いますもの。
ですが。
「勝算がありますの」
わたくしは真顔になる。
「この世界の経済構造は大きく変化している最中ですわ」
ダンジョン災害。
物流崩壊。
エネルギー不足。
軍需増加。
情報インフラ依存。
そして。
未来。
伸びる企業。
暴落する市場。
前世知識。
「未来予測が可能ですのよ」
「……インサイダー?」
「もっとひどいですわね」
未来視みたいなものですもの。
ですが。
違法かどうかはさておき。
生き残るには資金が必要。
理想のお嬢様ライフのためにも必要。
「お願いしますわ」
わたくしは机へ身を乗り出す。
「今ここで投資しておけば、将来的に莫大な資産になりますの」
「……」
「そうすれば探索者育成も進みますわ」
「……」
「人類救済ですわよ!」
瀬波はしばらく沈黙していた。
そして。
深いため息。
「ちなみに、いくら必要なんですか」
「とりあえず百万円ほど」
「高い」
「お嬢様の初期投資ですわ!」
「意味がわからない」
ですが。
瀬波は再びため息を吐き。
財布ではなく。
通帳アプリを開いた。
「……貸しです」
「まぁ!」
「その代わり」
鋭い目が向く。
「絶対に問題起こさないでください」
「善処しますわ!」
「その返事が一番信用できないんですよ」
数分後。
わたくしの口座には。
瀬波卓郎からの借金百万円が振り込まれていました。
後に。
この百万円が。
探索者協会設立と。
世界最大級の魔導企業誕生へ繋がることを。
この時の瀬波はまだ知らないのでした。




