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沈黙の鷺山製薬 その5


 1


 製造工場前半部。

 虎縞福子は、工場の管理室の手前まで来ていた。

 全方位に気を張りながら、彼女は管理室の扉を開けていく。

 エリカ・ルルー。

 ジャネット・タルボット。

 ジャクリーン・グリフィン博士。

 この三人は、七月に開催したサバゲー国際交流大会で交戦した者たちだった。福子のチームの対戦相手として大会に参加していたのは上記の三人と、ヘレン・ジキル博士、ルカ・ティンダロス、ヴィクトリア・フランケンシュタイン博士、アリエル、ジュリエット・タルボット。以上の合わせて八名。福子は、この八名の顔と特徴と声を全て覚えている。現場にあとひとり指揮官がいるとしたら、後に挙げた五名の内ひとり。

 扉を静かに開けて、福子は管理室に入った。

 出入口の物影から拳銃を構えながら、ヘレンが現れた。

 両肩と胴体と腰回りの垂れの防具を外した軽装である。

「そこまでよ」

 福子の背中に銃口を向けて。

「弾《たま》を全部抜いて私によこしたあと、両手を挙げなさい」

 これを本気だと察した福子は、ハンドガンから弾倉を抜いて銃身の残り弾を出したのちに、振り向いてからヘレンにへと手渡した。そして、顔のところまで両手を挙げて「この通り武器を持ってません」アピールを示した。ヘレンは、福子から受け取ったハンドガンを後方に放り投げた。彼女は後ろ手で扉を閉めたあと、リボルバーを構えたまま歩きながら福子に話しかけていく。

「まったく、ここまで馬鹿な女だとは思ってもみなかったわ。ーーーテーブルに腰掛けて、気楽にしててちょうだい」

 銃口をクイッとして、福子を強制的にテーブルに座らせた。

 卓上の真ん中には、食堂から持ってきた切り分けながら食べている途中のハムの塊の残りと、これに使っていた刃渡り三〇センチの刺身包丁。これを避けるように、福子はテーブルに腰を下ろした。

「見てよ。あなたに邪魔されたせいで、“酔い止め”の薬は“たったのこれっぽっち”だわ。おかげで、私たちとダーリンの計画がパアになったじゃないの。ーーーしかし、それも終わりね。二十分前にダーリンに応援を頼んだから、あと十分くらいで二機の爆撃機が来て“ここ”は焼け野原になる。私も“あなた”もね」

 “たったのこれっぽっち”と言ってヘレンが指した先には、テーブルに積まれた箱と瓶詰めの白い錠剤の小さめな山があった。生産目標から程遠い、全体数の千分の一未満である。次にダーリンことドラコに応援要請をしたと言って、福子に時間を刻んでいくタイマーを見せた。

「あなたが無駄な抵抗をしなければ、最後の制圧先の陰洲鱒町は上手く行って、私たち十字軍を基準にした新世界立法からの世界平和が訪れたのに。なんてことをしてくれたのかしら。島の犠牲者は最小限で済む予定だったのに、あなたはそれをブチ壊してしまった」

 ヘレンの愚痴の中に、福子はひとつ気になった。

「世界平和? 行く先々を植民地支配している十字軍が? 笑えない冗談ね」

「福子さん。世界を平和にするには、世界中を掌握するくらい強大な権力が必要なの。ーーー人類は末端に行けば行くほど愚かで低能で暴力的になる。悲しいことにね、大半は蛮族。でもね、蛮族でも使い用があるわ。労働力という奴隷でね。人工知能にできない底辺労働を彼らに補ってもらうわけ」

「ときにヘレンさん。人間ってね、物の規模が巨大だと管理ができなくなるんだけど。全世界を同じように統一して支配下に置くというのは、逆を言えば“世界の頭《かしら》”でも最深部の末端まで見なきゃいけなくなるのよ。例え人工知能を用いても、負担が巨大すぎるわ」

「日本《ローカル》の深者《ディープ・ワン》ごときが、古代から継続してきた絶対唯一神を信仰する十字軍に口ごたえしてんじゃないよ。ーーー世界平和ってね、圧倒的な力の前にひれ伏させて纏め上げるか、しっかりと教育を施した優秀な人物たちに自治区を任せての分担を統括するか。この二つにひとつ。これが最善であり正義なの。教育が施されていない原住民のままだなんて、まっぴらゴメンよ。“私たち”の新世界立法で宗教と教育を立て直して、底辺は底辺なりに使ってあげるから。陰洲鱒町を楽園《パラダイス》に仕上げてね」

「ああ、そう。ーーー私が思う世界平和ってのはね、お互いが“程好い緊張感”を保っている状態。その国には各々の長所と短所があるわ。緊張感を持って折り合いつけていくのが良いと思うけど?ーーーそれと、軍事力を用いて地球そのものをカスタマイズするというのも、正直どうかと思うわね。だいいち、自然て人の力《ちから》で支配できるものじゃないんだけど。いい加減、そんな思い上がりと行動も“ほどほど”にしておかないと、食い殺されてしまうわよ」

「あはは。それが民族の自然信仰ってヤツ?」

 拳銃を構えたままヘレンは福子を嘲笑したのち。

「その自然“とやら”も、テクノロジーで作り出せる物よ。神が造れて私たち人間に造れないなんて、あり得ない。よって所詮《しょせん》は自然は超高度なテクノロジーの造形物。信仰する価値など初めから無いわ。創造できる者たちだけが崇められるのよ」

 ヘレンが得意気に言論を閉めた瞬間、福子の蹴りが彼女の両手からピストルを弾き飛ばした。そして間髪入れずに、福子は両手の平でヘレンを突き飛ばす。宙を舞ってテーブルに当たって、ハムの塊の残りと刺身包丁と一緒に床に転がり落ちたヘレンは、刺身包丁だけを的確に選んで身を起こして逆手で構えた。福子も刃渡り三〇センチのナイフを取り出していて、同じく逆手に構えていた。お互いに詰め寄っていく間合いと緊張感のなか、二人の手元が走り、刃物が打ち合って擦れる音を鳴らした。すぐさま互いに離脱して、間合いを確保。“様子見”は初手だけで充分だと思った福子が、先に踏み出してナイフを振るっていく。これに応戦していくヘレン。複数回の打ち合いと擦れる金属音を発していくさなかで、福子のナイフはヘレンの左胸を刃先で突き、右胸と胸の間と左手首を斬りつけた。後方に飛んで離脱したヘレンが、左手で「来い来い」と仕草を見せて挑発。この彼女に対し、福子は福子で「では遠慮なく」な感じで間合いを詰めていき、ナイフと左手を繰り出した。ヘレンも負けじと刺身包丁と左手を振るって、掴み合い交じりの攻防をしていたら、福子から腹に膝を当てられて反対側に投げられて床に叩きつけられた。受け身を取って転がり身を起こしたヘレンは、再び刺身包丁を逆手にして構えた。間合いを詰めた福子が、ヘレンと刃を走らせて離脱して、すぐに掴みにかかっていく。ヘレンの身長は百七五センチもあったが、福子は彼女よりも十センチ以上高い百八五センチ。上から“のしかかる”ように、福子がヘレンの刺身包丁の手首を掴んだ。上から圧迫されて仰け反りながらも、ヘレンは抵抗して福子のナイフの手首を掴んだ。福子から押さえ込まれていくという体勢で、ヘレンは不自由な状況下でも掴まれた腕を徐々に横に動かしていき、彼女の右目を狙って刺身包丁を振ったが、僅かにずらされて眉毛の上を切ったに止《とど》まった。そして、福子はヘレンの逆手の刺身包丁を銀色の尖った歯を剥き出して噛みつき、武器を奪ったとき、彼女の頭を片手で掴んだその親指で右目を押し潰していった。ヘレンがこの激痛に喘いで力を弛めた隙を狙って、福子は彼女の脳天にナイフを突き立てて止《とど》めを刺した。頭蓋骨を貫通して脳味噌に刺さったとき、ヘレンは絶命していた。尻から床に崩れ落ちて天井を仰いで力無く倒れたあとのヘレンの亡骸に近寄って片膝を突いた福子は、無言で優しく彼女の顔を撫で下ろして瞼を閉じさせてあげた。それから膝を伸ばして立ち上がったあと、福子は踵を返して仲間たちのもとに向かった。



 2


 男子更衣室。

「お待たせ。全て片付いたから、ここから避難しましょう」

 扉を開けて微笑んだ福子の、皆への第一声であった。

 彼女の受けた傷に気づいた新島《にいじま》光《ひかり》とアニュス。

「あ! 目の上! 大丈夫?」

「お姉さま、肩!」

 友達と相棒の気遣いに嬉しくなった福子が。

「うふふ。私は大丈夫よ。ありがとう」

 と、目じりを下げて返した。

 次に皆を見渡していったあと。

「三十分前に応援を呼んだわ。だから多分、もうすぐ着くんじゃない? 今のうちに表の国道まで移動しておきましょう」

「応援? 確か自衛隊は今、活動家たちから包囲されて出動するのが困難になっていると聞きましたけれど…...」

 熱中とストレスによって倒れていた社員に氷嚢を当てて看ていた社長秘書の聖弥《せいや》から、静かに挙手してからの質問を受けた福子が彼に笑みを向けて返していく。

「私が長年所属している治安維持活動の部隊だから、安全に皆さんを避難させてくれるわ」

「え? な、なにそれ?」驚愕する光《ひかり》。当然である。

「『猫又《ネコマタ》』って言うの。ーーー説明は避難が終わってからするから、早く移動して」


 それから、福子に誘導されて五分と経たずに国道に出てきた皆の前に、複数の黒い装甲車輌とバス並に大きな護送車輌がバイパス側から降りてきて、それらの最後尾にマットブラックのシャープな流線形のボディのスポーツカー『クジャク2000』が現れて停まった。二千年代に入ってマイナーチェンジをして発売された、㈱鳳《オオトリ》自動車産業が設計製造と生産をした車である。黒い護送車輌の中からマットブラックの防護服に包まれた隊員たちが出てきたあとに、クジャク2000の運転席のガルウィングが開いて長身の三つ揃いの美丈夫が現れて皆を見渡してから福子に目線を合わせた。彼は、マットブラックのスリーピースでジャケットとスラックスズボンが映える長い四肢であった。

「おばさん、お疲れ様です」

「お疲れ様、福太郎くん」

 ニコッと義理の甥っ子に微笑んだ福子。

 彼は、虎縞《とらしま》福太郎《ふくたろう》。

 虎縞薬局を引き継ぎ経営している、治安維持活動家。

 黒髪の短髪に、口と顎の髭を綺麗に剃って清潔感がある。

 ご先祖は、福子の義理の妹の虎縞幸子。

 因みに、防衛大臣の虎縞《とらしま》幸猫《さちね》は彼の姉。

 そして、この美丈夫にたちまち頬を桜色に染めた新島光。

 隣のアニュスが、彼女へと焦げ茶色の瞳を横に流した。

「私が言っていた通り、この人たちの避難をお願いします」

 福子のこの指示に、福太郎は頷いたあと。

「あと、侵略者から殺された方々の遺体の搬送も、ですね。了解しました」

「覚えていてくれたのね。嬉しいわ」

 福子の言葉に、福太郎が任せてくださいな笑みを浮かべた。

 そうして、現社長も含めた人質になっていた鷺山製薬の社員たちが護送車輌に乗り込み終えようとしていたなかで、最後に残っていた光《ひかり》が足を止めて福子に振り向いた。

「どうしたの? 一緒に行ったほうが安全よ?」

 と、福子から当然のように聞かれた彼女は。

「私、福子に着いて行く」無邪気に返した。

「死なない、という保障は無いのよ」心配する。

「友達と一緒にいたいというのは、当たり前でしょ?」

「あのね、光ちゃん」困った顔を浮かべた福子。

 それは当然であった。

 グズグズしていたら、爆撃機エクスカリバーが来てしまう。

 これは性格なのか、光《ひかり》にはお構い無しだった。

「“あの”堅物で偏屈でヘビースモーカーな兄貴が“あなた”にベタ惚《ぼ》れしていたのよ。それだけでも信頼の度合いが高いって。私、友達としても好きだしね。当然ついて行くよ」

 ニッコニコで皆の前で暴露していく光《ひかり》を見ていた福子は、右の頬と眉毛を痙攣させていった。福子にベタ惚れしていた光の兄貴とは、検死官の新島《にいじま》悟《さとる》のことである。そして彼は現在、潮干タヱと熱々な仲であった。

 これに咳払いをした福太郎が。

「そういうわけでしたら、おばさんに任せます」

「そういうわけってどういうわけや?」

 義理の甥っ子に突っ込んだ福子。

「では、皆さんを安全に送って行きます」

 お構い無しに早々と現場から走り去っていく福太郎と黒い集団を見送りながら、福子は“ぶつぶつ”と洩らしていった。

「“そういう仲”になるのは仕方のないことじゃないの、もう」

「お姉さまーー、私たちも離れましょう!」

「福子ーー、早く行こうよー!」

 そんな彼女の背中に、アニュスと光《ひかり》が声を投げていった。

 二人に振り向いた福子は、彼女たちの背を軽く押しながら。

「はいはい。そうだったわね。でもその前に、ちょっとだけ寄り道しても良いかな?」

「寄り道?」と、声をそろえる光《ひかり》とアニュス。


 研究部後半部の床に、散乱していた違法コピーされた“酔い止め”の錠剤を女三人で手際よく集めて山にしたあと、瓶に入れて点火したアルコールを投げて火をつけた。その次は、製造工場前半部の管理室のテーブルに小さな山を築いていた同じく違法コピーの錠剤の箱と瓶詰めに向かって、点火したアルコールの瓶を投げつけて放火したあとで、ようやく彼女たち三人は鷺山製薬から離れて隣接の工場で“借りていた”駐車場まで行き、福子のチリレッドの愛車に乗り込んだ。上空から迫る爆撃機の音を聞きながら、ハンドルを握った福子はエンジンに点火した。

「さあて。一仕事《ひとしごと》も終わったし。今から温泉行こうかしらね」

「さんせーーい!」

 と、後部座席の光《ひかり》とアニュスが手を挙げて喜んだ。



 3


 同じ時間帯。

 東京都。

 株式会社カタクラメディアビル。十五階北側。

 新世界十字軍第一団隊本隊基地、通信追跡監視室。

 福子たち三人が現場から離れてから一足違いで到着した複座式の爆撃機エクスカリバーの二機は、鷺山製薬から感じる違和感に爆撃する前に国道に着地して降りた四人のパイロットが現場の内部と周囲を調べていったのちに、先導者の長身美女パイロットの牛腹《うしばる》聖漣《せいれん》が片倉暁彦へと連絡していった。第一団隊団長ジーザス・D・クライシスへの報告は、彼女の後部座席にいた副操縦担当のアーリア系青年のカシューがしていた。

 新世界十字軍の本丸、第一団隊本隊団長の片倉《かたくら》暁彦《あきひこ》。

 この報告を受けた彼は、ミルク入りダージリン紅茶を飲む手を止めて、複数の壁掛けの液晶モニターに映し出されていく製造工場と研究部と周囲の様子を見ていた。これらは、もともとから鷺山製薬に設置されていた防犯カメラの記録を、マーキュリー・アマダス・カリスがハッキングして本隊基地に転送した物。そしてさらに、メズウ・ロス・ツェペッシュが衛生カメラからピンポイントでハッキングした屋外映像も並んでいた。

「複製した錠剤が全部燃やされて、制圧部隊まで全滅させられたのか」

 呆れを含んだ声で状況を復唱した暁彦《あきひこ》に、メズウが続いた。

「ねえ、暁彦君。ひとりで暴れまわっていた、あの深者《ディープ・ワン》さ。いったい何者なの? この“人”ひとり雇う方が、部隊を養うよりも遥かに安上がりになりそうよね」

「僕も同意見だよ」と、メズウに微笑み。

「でしょう? 珍しく意見が合うよね」暁彦に笑みを向けた。

「戦力として彼女に興味がある。だけど、素性を知ってから決めたい」

「そういえばそうね。ーーーていうか、先ほど製薬会社の従業員の履歴書と名簿がヘレンたちから送信されてきたんだったわ。一緒に見る?」

 と聞いたメズウの目線は、暁彦はもちろんのこと、マーキュリーにも移動していた。

「…………え? 私も一緒に?」

 と、マーキュリーは軽く驚愕して自身を指差し。

 メズウが赤い瞳で彼女に強く視線を固定して。

「当たり前でしょ」と、断言した。

 それから。

 ガラステーブルを囲って、美しい三人は休憩に入っていた。

「虎縞福子さんか……。本当に綺麗な人だよね」

 溜め息まじりに感想を呟いたメズウ。

 アメリカンコーヒーのカップを皿に置きながらのひと言だった。マーキュリーがひと口啜ったウィンナー紅茶のカップをトレーに置いたのち、目の前のメズウと斜め横の暁彦に瞳を流して疑問を投げた。

「“彼女”、明治生まれだよね。他の職歴は無いの?」

「あったじゃん。明治大正と生家《せいか》の薬局屋さんで働いたあと、昭和は大阪市と東京都で軍需工場と電器製品の工場で稼いで、七〇年代から九〇年代半ばまで都内の製薬会社を転々としていたあとに長崎市に移住してから今の鷺山製薬に就いたんでしょ。なんも問題無いと思うけど?」

 メズウの答えに、マーキュリーは少し彼女を無言で見つめたあと。

「そんな薬局屋さんの養子で解毒一筋で生きてきた彼女が、“どうしてあそこまで”殺人技を身につけることができたのか? って話しじゃない」

「んーー。なんでよ?」

 マーキュリーの疑問に思考したメズウは、暁彦を見て投げた。

「福子さん、趣味でサバイバルゲームをしているって履歴書にあったよね」

「“それ”関係ある?」マーキュリーの突っ込みが入り。

「無い。って言えないだろ?」と、彼女を見て返した。

「ねえねえ、彼女さ。もしかしたら戦争経験者かもしれない」

 メズウが挟んできた言葉に、二人は会話を止めて彼女に顔を向けた。そんな暁彦とマーキュリーに向けて、腕を組んだメズウがニンマリとして返した。

「これは、福子さんの生家の『虎縞薬局』を調べてみる価値があるわね」

 さらにそれから。

 休憩後に福子を深掘りした結果。

「大阪空襲のせいで、肝心の生家と薬局屋は跡形も無し。今のは戦後に新築された薬局屋と家で文献は不明。ーーー最悪じゃん。もーー!」

 頭を抱えて愚痴るメズウを、横目で見ていたマーキュリー。

「ドンマイドンマイ。いつかは分かる日が来るって」

 と、友達の肩を軽くポンポンと叩いた。

 それからそれから。

「カメラの映像に君の娘がいたよね? 確か彼女はマキシマさんが抹殺したとジーザスに報告が行っていたはずだけど?」

「生きていたなら良かった。旦那はクソだけど、娘は私のたったひとりの宝物だから。嬉しい」

 このオリーブ肌の長身美女は、丸眉毛を上げて心の底から嬉しそうな笑みを彼に向けた。マーキュリーは十歳のときに“宗教上の習わしから”モハメド・カリスと強引に結婚させられて、十三歳のときにアニュスを出産。ほとんど彼女の手でアニュスを育てていたとき、我が大切な娘が十三歳になってから夫のモハメドが新世界十字軍の第一団隊団長のジーザスに“売って”報酬を貰い、長女を妻のマーキュリーと相談すること無く勝手に魔女部隊に配属させた。

「それは僕も嬉しいよ」

 暁彦もマーキュリーに笑みを向けてひとつ掛けたのち、再び液晶モニターに映る鷺山製薬の製造工場内部へと赤褐色の瞳を流して。

「昔どこかで見たことある“人”だな」

 と、福子を見ながら呟いた。

「ねえ、暁彦君」モニターを操作していたメズウから呼ばれ。

「なんだい?」と、優しく聞いた。

「菊代さんが、稲佐町から鱗持ち四〇〇人を連れ損ねた件も“そう”だけどさ。私たちの行動が明らかに分かっている人が“あっち側”に居るでしょ? だから次々と回り込まれて任務失敗しているのよ。制圧してきた先の国々のハッカーとは比べ物にならないくらい、この国には飛び抜けて化物が居るんだけど。ーーーあなたが思い当たる人物って、居る?」

「それは、妹が率いるトレーラー部隊を全滅させた魔改造の普通車のことだね?」

「そうそう」

「確かに、あれは、何者かから情報をもらってからの行動だった」

「でしょう?ーーーじゃなきゃ、部隊の移動経路に回り込めないじゃん?」

「ということは。こちらが逆探知できないくらいに、短時間で衛星カメラをハッキングしている者がいることになる」

「そうそうそれそれ。今日は本当に私と意見が合うね」

「いつもじゃないか」微笑んで流した暁彦。

「それと関係あることだけどさ、私たちもさっき見たでしょう。“あの”流出ファイルといい、いち男子大学生の映像のタレ流しといい、世界的規模での電波ジャックされた上に、本隊基地の“ここ”まで一時的に操作不能になって映像と画像が流れたのよ。私とメズウ以上のハッカーが日本の“どこか”にいるはず。いい加減に相手を特定しないと、新世界十字軍そのものがヤツに振り回されてしまうわ」

 このように、緊迫した感じでマーキュリーが口を挟んできて。

 彼女に対して暁彦は。

「君たち以上のインターネッツの達人がいる。ということだね」

 と、返した。

「インターネッツ?」マーキュリーからの聞き返しに。

「インターネッツ」暁彦が断言した。

「もしかして、暁彦君。アイスコーヒーをアイスコーシーって言う人?」

「んーー。言ったことないかな」

 と、マーキュリーの疑問に答えた。

 そして彼は、小説『最後のカナン人』を読みながら。

「十字軍で腕が達《たつ》ハッカーは、君たち二人と、イシュタル団長。宗《しゅう》饕餮《とうてつ》くんと李《りー》女媧《じょか》くん。妹の菊代団長と隊員の入江美沙くん。それから、ヤーハ島《とう》のダグさんとセイレーンたち。あとは、瀬織《せおり》くん。ーーーこれらを上回る者が、まるで突然ふって湧いたように現れた。今の今まで身を潜めていたようだね」

 こう言葉を止めて、ガラステーブルに文庫本を静かに置いたあと。

「だから、今からは相手の特定をするために力を合わせるように僕から呼びかけるよ」

 決断を述べた暁彦に向けて、マーキュリーとメズウから突っ込みが入っていく。

「菊代さんとイシュタルちゃんは団長の職があるから無理」

「なに言ってんの。君もハッカーでしょ? おまけに、瀬《せ》っちゃんは拘留中でしょうが」

 美女二人の指摘に暁彦は。

「僕がハッカー?」

「私とマーキュリーとイシュタルが知らないとでも?」

 メズウの言葉に彼は口を結んだのちに。

「僕は魔法使いだ」

「私も魔法使いだよ」

 と、ムッとしたマーキュリーから速答された。



 4


 陰洲鱒《いんすます》側に、新世界十字軍を脅かすハッカーがいる。

 摩周マル。

 鯉川《こいかわ》鮒《ふな》。

 鰐《わに》恵《めぐみ》。

 そして、太刀《たち》銅《あかがね》。


 長崎県警。

 検死官。吉備原《きびはら》桃子《ももこ》。

 そして、治安維持部隊『猫又《ネコマタ》』所属。

 家宅捜査で押収していた深沢文雄のファイルを遠隔の遠赤外線読取りでコピーをしたあと、マットブラックなノートパソコンを使って流出させた長身の美女。ちょっと前に、ニーナとジェシカの怪我の治療をして二人のあばら骨に包帯してくれた女性である。


 町の老舗『魚醤の太刀』の三女。

 太刀《たち》銅《あかがね》は、猫のような美貌に血の色の瞳とアイボリー色の肌をした、いわゆるアルビノだった。赤みがかった銅色《あかがねいろ》をした腰までの長い髪の毛に白いヘアバンドをした、痩身気味で背の高い美女。主な服装は、白いブラウスに脹ら脛まである丈の長い白いスカートであった。太陽光に弱いために、ほとんど“引きこもり”生活を送っていた。彼女の活動拠点は、自宅屋敷の地下を改造した電脳の城。部屋の壁三面に液晶モニターを六つずつの計十八枚も掛けていて、下の三つテーブルには六機のノートパソコンと黒い箱状の電波操作機器がひとつ。スチールメッキに輝く変電器と操作盤のある箱の下から伸びて床を這う複数の黒色のケーブルたちは、姫の足元を邪魔しないかのように部屋の中央を大きく空けて壁に沿う感じで配線がされていた。

 しかし、そんな引きこもりな銅《あかがね》も、家族との食事は“なるべく”一緒に取るように心がけて続けていた。ちょっと遅めな昼ご飯に呼ばれて、彼女が八畳間に姿を見せたとき、見慣れた浅黒い娘から笑顔で手を振られた。

「おばさーーん! こんにちはーー!」

「クロちゃん、いらっしゃい」

 と、透明感のある声で娘を呼んだ。

 クロちゃんこと、太刀《たち》鉄《くろがね》。二十二歳。

 当主、太刀《たち》金《こがぬ》の二女。

 姉は太刀《たち》鋼《はがね》。

 その名前の通り、健康的な浅黒い肌をした美しい娘であった。

 また、太刀家の女の特徴でもある猫のような美貌も受け継いでおり、町民たちからも「クロネコちゃん」と親しまれている。肩まである、艶やかな天然ソバージュのかかった黒髪を揺らしながら、鉄《くろがね》は弾む足取りでお膳までくると、座布団に腰を下ろした。

 真ん中に置かれた夏野菜のサラダのボールと、配膳された軽食に皆が着くと、太刀家の昼食が始まった。銅《あかがね》は鯵の塩焼きの背をひと口二口と口に入れて、あるていど咀嚼したあと隣でニコニコと旨そうにサラダを食べている鉄《くろがね》に目を向けてから、向かい合わせの席で椎茸のお吸い物を啜っていた金《こがね》に話しかけていく。姉は今日は、白地に黄金色のぼかし染をした小袖の着物姿に、肩までの天然ソバージュの黒髪をトップのポニーテールにしていた。

「姉さん」

「なあに?」

「町の“みんな”、半分くらいは避難できたみたいね」

「ええ。ーーー安兵衛さんが、侵略者《ヤツら》の電話を傍受してくれたおかげよ」

「本当に凄いよね、ウチの町長さん」

「ふふ。そういう“あなた”も協力したんでしょう? 弟子のマルちゃんと連携して」

 含み笑いをしながら、金《こがね》は白飯をひと口入れたあと、向かい合わせの妹を見た。銅《あかがね》は一番上の姉の視線を受け止めたのち、言葉を返していく。

「なんだ、分かっていたの? さすがに今回ばかりは、いつまでも引きこもっていられなくなってね。“噂の軍隊”から黙って制圧されてたまるもんですか、と思って、私は私なりにやれることをしようと“表に”出てきたの」

「うふふ。それでこそ陰洲鱒の女ね。ーーー町民たちの避難は、明日で終わるわ。そして最後に私たち」

「ええ。承知の上よ。悪い奴らに一泡吹かせてヤるわ」

 こう決意を述べた銅《あかがね》の口もとは、微笑んでいた。



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