沈黙の鷺山製薬 その4
1
研究部。
アニュスのもとに来た福子は、彼女に微笑みかけていく。
「ダイヤちゃん。あなたは外の奴らをお願い。私は隣の製造工場に乗り込んで、人質の“みんな”を助けるわ」
「はい、お姉さま」
とは言ったものの。
先ほどの行動を思い出したアニュス。
「あ」
「どうしたの?」
「預かったライフル、投げつけて壊しちゃった」
「背中の物だけじゃ寂しいってこと?」
「はい」
「“そこらへん”にいっぱい武器が散らかっているじゃない。使いなれているのを拾って集めたら?」
「え?」
微笑んで言った福子に、アニュスは床に散乱している銃器を見た。
ユダヤ娘の頭を愛おしく撫でながら、福子は声をかける。
「あなたも元兵隊でしょ? やれば出来るわよ」
この言葉に、アニュスは目を丸くして福子と銃器類へと視線を往復させた。
それから。
手をピシャリと軽く叩いた福子が。
「ほーら、完璧。これだけあれば、雑魚どもなんてワケない!」
と、銃剣を背中に四丁と両肩に二丁を掛けたアニュスの装備姿を見て笑顔になった。そんな福子への、多少の疑問を抱きはじめたアニュス。
「ほ、本当ですか? これだけで残りを退けられます?」ーお……重い! 六つは欲張りすぎたかも……。ーー
「大丈夫よ。狙撃を六、食堂で三、外で四、そして“ここ”で二六。私とダイヤちゃんで侵略者の半数を片付けたのよ。これから先もヤれるわ」
正解には、電子レンジ爆弾で二名の損失を加えて。
総勢六〇名以上の第七団隊ヘレン部隊を、半数以上減らした。
福子はアニュスの肩をポンポンと軽く叩き。
「そういえば、魔法も使えるのよね?」
「え? はい。“いちおう”は」
「なら心配ないじゃない。いざとなったら魔法で撃退すればいいから」
「で、できますかね?」
「あなたなら出来る」
「はい、お姉さま!」瞳をキラキラさせた。
製造工場。
「複製と生産班はそのまま続行してて」
と、ヘレンは機械についた兵隊たちを指差したのち。
「今からここの守りと外を強化。そして、虎縞福子を討ち取るわ」
「了解!」
現場と無線機から兵隊たちが声をそろえた。
研究部の後半部後部扉から垣根側の場内道路に飛び出した完全装備アニュスが、巡回中の兵隊たち目掛けて銃剣で乱射していく。ひとりは右目に二人は眉間にと“まぐれ当たり”で始末できたが、あとの残りは防弾防具に当たったり腕の負傷だったり装甲車両に弾かれたり、などして不意打ちの成果はふるわなかった。が、そこは元新世界十字軍だったアニュス。身を沈めてタックルして転がり、銃撃して一時的に周りを退けた隙に、馬乗りの下の兵隊の顔に銃剣を深く突き立て離脱。地面を転がり片膝を突いて発砲していき、装甲車両のタイヤをパンクさせたり、数名の兵隊の脚を撃ったりして続けていくうちに、ポツリポツリと徐々に数を減らしていくことになった。その間に、アニュスは肩と二の腕に被弾や掠めたりして負傷していった。
こちらも研究部の前半部後部扉から場内中央道路に飛び出した福子は、警戒強化して巡回中の無精髭の男性兵隊へと出会い頭ざまにハンドガンで喉と額に銃撃したすぐに、彼の前後にいたアメリカ青年兵隊とメキシコ青年兵隊の頭を撃って倒したあとに、無精髭の男性兵隊の亡骸から手榴弾を複数“拝借”した。手早く仲間を三人殺害されてからようやく気づいた装甲車両が停止すると、車体後部装甲を開いてガトリングガンを構えたイラク中年男兵隊が姿を現した。と、同時に、福子が長い脚を天高く振り上げていた。
虎縞福子、大きく振りかぶって手榴弾を二つ投げました!
イラク中年男兵隊の股の間と、運転席に転がり落ちて。
と、そこへ銃声を聞きつけたジャネットが来たとき。
運転席の青年兵隊は、諦め顔で車体横の彼女を見た。
爆発。噴き上げ。飛散。
ガトリングガンの兵隊と運転席の兵隊が木っ端微塵になり。
ジャネットは衝撃波と爆炎を受けて吹き飛んだ。
壁を突き破って製造工場に落下して背中を強打した。
「おわあ!」と驚愕するヘレンとジャクリーン。
いいから攻撃態勢を取ってて!と兵隊らに指示したヘレン。
捕虜というか人質の様子見に行っていた途中の爆発だった。
肉の焼ける臭いを感じながら、二人は駆け寄っていく。
ジャネットの腹と喉と額に装甲車両の破片が突き刺さり。
顔の左半分と左胸から左腕を欠損していた。
ジャクリーンは片膝を突いて寄り添い。
ヘレンは頭を抱きかかえた。
花嫁仲間の態度を見たジャネットが、彼女たちに小さく微笑み。
静かに息を引き取っていった。
顔を撫でて彼女の瞼を閉じさせたヘレンは、青筋を浮かべて。
「畜生、あの女ァ!ーーー深者のクセに!」
そう罵声を洩らしたあと、二人でジャネットを場内の端に寝かせて、スマホ型超遠距離無線機を取り出して旦那こと第七団隊団長のドラコにへと連絡を入れていく。
「こちらヘレン。ダーリン、今イイかしら?」
『どうしたんだい? 僕も“取り込み中”でね』
「鷺山製薬で緊急事態が発生したわ」
『なに? 生産の邪魔でもされたのか?』
「ええ。侵入者から部隊の半数近く減らされた」
『君以外の三人は無事なのか?』
「いいえ。さっき目の前でジャネットが爆発に巻き込まれてしまったわ。そして、連絡が途絶えたエリカもおそらく殺られた。ジャクリーンは私の隣にいるから無事よ」
『そうか……。ジャネットとエリカを失ったのか……。ーーーでも、君とジャクリーンが無事で良かったよ。彼女たちの仇をとってくれ』
「分かったわ。“彼女”の首は私たちが取る」
『“彼女”?ーーーちょっと待て。敵の見当は付いているのか?』
「虎縞福子という深者の雌よ」
『なんてこった……。相手は戦争のプロなのかい?』
「亡くなったジャネットの見方によると“そう”だわ」
こう言ったあと、ジャクリーンがヘレンに向けて。
「エリカも無線で私に同じことを言っていたわ」
ヘレンは彼女の目を見ながら、無線機の旦那に会話を繋げる。
「ジャクリーンがね、エリカも“そう”だと言っていたわ」
『なら余計に気をつけてくれ。最近入った君たちは戦争の素人だ』
「ええ、それは承知の上よ」
と、ヘレンは向こう側のドラコに微笑み。
「“取り込み中”ところ悪かったわ。ダーリンも気をつけてね」
『ああ。ありがとう。ーーー終わったら、また会おう』
「ええ、また会いましょう」
そうして、静かに無線の通話を切っていった。
2
「C班。侵入者がウロチョロしていたら迷わず撃って」
『了解!』
と、製造工場の垣根側の場内道路の兵隊たちに無線で指示を出したあと、ヘレンはジャクリーンを伴いながら機械オペレーターたちと複製と生産をしていた兵隊たちに指差して呼びかけていく。
「オペレーターたち、私とジャクリーンのもとに来なさい! あなたたちは、今から来る反逆者への銃撃態勢を整えていて!ーーーなにしてんの? また目の前で同僚が死ぬのを見たいわけ? 嫌ならさっさと来なさい!」
シルバー色のピストルを構えて、ヘレンは工員へ手招きした。
ジャクリーンが、指差しで残ったオペレーターの顔を確認したのち。
「ヨシ。全員いるわね。今から君たちは男子更衣室に行ってもらう。ーーーバカヤローのおかげで今日の“お仕事”は中止中止! さあ、キビキビ歩いて! ムービッ、ムービッ!」
最後尾の青年工員の背中を強く押して、ジャクリーンは催促した。
やがて男子更衣室に着いて扉を開けたら、捕虜になっていた残りの全社員が“ほぼ”鮨詰め状態で監禁されていた。前列にいたのが、現社長と美しい男女の秘書と新島光。皆が皆、後ろ手を結束バンドで拘束されて、精神的にも体力的にも消耗と疲弊していた。おまけに、この暑さも加わり、倒れている者たちも数名いた。意外にも侵略者たちは更衣室のクーラーを稼動させていたものの、受けた衝撃に耐えられなかったのか、光たちを含めた社員らには涼しいと感じることができなかった。クーラーは利いているが、状況が地獄なこの部屋に、さらに十五人の社員が放り込まれてしまった。
捕虜を見渡したジャクリーンが口を開いていく。
「私とヘレンだって、“そのように”倒れている者たちが出ないように鮨詰めにはしたくなかった。でも、目の前の“可愛い子ちゃん”がハリキリ過ぎて女子更衣室を破壊してくれたおかげでね、多少の我慢をしてもらうはめになったわ」
目の前の可愛い子ちゃん。で、ギロリと光を睨んだ。
ジャクリーンに対し、彼女は力無く小さく“ははは”と笑った。
今度は、ヘレンが無言で光を強く指したあと。
「あんたらの仲間、虎縞福子という馬鹿“女”のせいで作業は中止。あなたたちの釈放も遠退いたわ!」
「こうなったのも、あのサバゲーオタクのせいだからね! よって今から私たちは、その馬鹿“女”を殺りに行く」
「いーい? 変な気を起こして馬鹿な行動するんじゃないよ。見かけ次第に撃ち殺してやるから。あんたら捕虜らしく黙っておきなさい」
ヘレンからジャクリーン、そしてヘレンに戻って彼らに強く念を押して呼びかけていったあと、扉が閉じられた。扉が閉じられる際に、その隙間からヘレンが新島光を睨み付けていた。この一連を見て聞いていた光は、扉が閉まったあと美しい男女の秘書に顔を向けて、ひとつ聞いていく。
「聖弥さん里織さん。私、あの美女たちから警戒されていません?」
“うんうん”と頷いて、秘書の二人は肯定した。
二人は男子更衣室から離れて歩きながら、ヘレンがジャクリーンに話しかけていった。
「あの美人が狼男を殺ったってマジなの?」
「残念だけど、本当よ」
歩調を合わせながら、ジャクリーンは隣をチラと見る。
再び前を見て、彼女は言葉を続けていった。
「頭は脳味噌までグチャグチャにされていたんだってさ」
「なんで、いち社員が人外の殺し方を知っているわけよ? なんなのよ、ここ? 私が知らないことがあり過ぎる」
「ライカンスロープの殺し方なんて、彼女が生活をおくる上で知っているはずないでしょ? アレは偶然だっただけ」
「そうね。そうだったわ。今は福子さんを撃退することに集中する」
「それが賢明よ」
ポンポンとヘレンの肩を軽く叩いたジャクリーンが、足を止めて。
「じゃあ、私は製造生産部で部下たちと一緒に彼女を迎え撃つわ」
「ええ、頼んだわよ」と、ヘレンは手を振り。
「生きて会いましょう」と、ジャクリーンが微笑んだ。
「ええ、お互いに」ヘレンも微笑み返した。
そして、彼女は管理室のある工場前半部を目指した。
製造工場の製造生産部。
工場の後半部にあたり、扉は四隅にある。
うち場内中央道路側の出入口に来た福子は、身を沈めて隣の更衣室を確認した。隣の隣にある女子更衣室は、裏口出入口の扉と壁が破壊されていて風通しが良くなっていた。彼女は“しゃがんだ”まま前に進み、ゆっくりと膝を伸ばして男子更衣室の裏口扉の窓から内部の様子を伺っていく。隊服がいないことを確認して、コンコンと静かにノックした。小さく開けた隙間から、後ろを振り向いていた新島光と目が合い、福子は微笑んで小さく手を振っていく。それから、唇の真ん中に人差し指を立てた。部屋の手前から、後ろ手を拘束状態のまま仲間たちを長い脚で掻き分けながら光は福子のもとにきて。
「福子ーー。嬉しい、メール見てくれたのね」
「当たり前でしょ。友達が危険な目に遭っているのに、放って置くことなんてできない」
「あなたがサバゲーオタクで良かった」
「サバゲーだけではここまで出来ないけどね。でも、身体が鈍らないのは良かったわね」
「んふふ」少女のような微笑みと声になる。
「馬鹿話しは終わってからしましょう。ーーー見たところ、倒れている人たちがいるようね」
「クーラーは利かせてもらっているんだけど、ストレスで参っちゃったみたい」
「倒れてから、どのくらい?」
「んーー。だいたい二〇分くらいかな」
「生きているのは、クーラーのおかげね。光ちゃん、私の相棒に手伝ってもらうから、彼女と一緒に彼らを冷やして」
「うん、いいけれど、相棒って……?」
「ダイヤちゃん、ちょうど良かった。こっちこっち。背を低くして壁づたいにこっち来て」
場内中央道路から立ち上る爆炎の煙柱の影からアニュスの姿を見た福子が、彼女に手招きをして呼びかけていった。銃剣をひとつ肩から下げて、残り三つを背中に掛けた姿のまま、ユダヤ娘は近寄った。
「お姉さま、なんですか?」と、小声で質問していく。
「この子が相棒」と、福子が光にアニュスを紹介。
彼女は福子と光へと視線を往復させたのち。
「はじめまして、アニュス・アマダス・カリスです。よろしくお願いします。衝動的に福子さんに付いてきました」
「あらー、可愛い」
と、光は頬を緩ませたのちに続ける。
「はい、よろしくね。私は新島光です」
「はい…………。ーーー素敵な、お姉さまですね」
彼女を見て惚けたあと、福子に顔を向けて言った。
「うふふ。ーーーでしょう?」と、自慢気に返した福子。
お互いに自己紹介を簡潔に終えたところで。
「私と食堂に行って、氷を“できるだけたくさん”持って来るのよ」
「え? あっちに戻るんですか?」驚くアニュス。
「応急処置が優先よ」
「分かりました」不安が交ざる。
「私が援護するから、あなたは氷を運んでちょうだい」
「え? わ、私が先頭ですか?」驚愕するアニュス。
というわけで。
身を沈めて膝を折ったまま、アニュスと福子は低姿勢で社員食堂を目指していた。製造工場の曲がり角の手前で、アニュスを追い越した福子は腕を後方に伸ばしてユダヤ娘を制止させた。アニュスは“それ”に従い、福子の背中を見つめた。建物の角の物影から、ゆっくりと顔を出して新世界十字軍たちの様子を確認していく。巡回中のギリシャ青年兵隊の目が合い、僅かな沈黙が訪れて、膠着状態に陥っていった。
「侵入しゃっ…………!」
ピュシュッ!と、ギリシャ青年兵隊の喉と眉間を撃ち抜いた福子は、片手で手榴弾を投げつける。後方のアニュスへと伏せろと合図を出したのち、福子はすぐさま後ろ頭に両手を乗せて地に伏せた。崖で自動停車していた装甲車両の運転席の窓から手榴弾が入ったとき、燃料に引火して、車体は二人の隊員の遺体を巻き込んで爆発。爆炎と衝撃波が周囲に広がり、工場の壁の変形とガラス窓を破壊。場内で警戒していた数名の兵隊たちも巻き込んで爆風を喰らって吹き飛び、機械に身体を強打。骨折と四肢欠損を起こして、頸椎破壊、脊椎骨折に破壊、あとガラス片が顔中に刺さるなど。機械の影に隠れた者もいたが、中には倒壊して押し潰された者がいた。幸運にも、ジャクリーンは飛び退けて床に伏せて被害から逃れた。場内からの悲鳴などを聞いていた福子は、後ろのアニュスに手を振って「今のうちに行きなさい」との合図を出した。
決意したアニュスが走り、身体を丸めて食堂に飛び込む。
相棒の行動を見送ったのちギリシャ青年兵隊の亡骸からAK改25型を“拝借”した福子が、割れた窓に銃口を突き刺して銃撃していく。もちろん、発射された銃弾が必ずしも侵略者たちに当たるということはなく、大概が機械に弾かれたり場内の鉄骨柱に当たるなどをしていった。福子が銃撃をしている間に、アニュスは社員食堂の冷凍庫から氷をチャック付き袋に入れていく。手元にあるだけの袋に入れたあと、ロープ付きの箱に詰め込み、袈裟掛けにして引っ張っていき食堂を出た。通過していく途中で、“取り込み中”の福子へと焦げ茶色の瞳で見てアイコンタクトをしたのちにアニュスは、男子更衣室を目指して駆ける速度を増した。相棒の様子を銀色の瞳でチラ見した福子は、銃口を引いて身を沈めて撤退していった。奇襲されたと思えば、銃弾が止んで静かになったので、ジャクリーンは用心深く身を起こしていきながら歯を剥いていった。
「あの女! ふざけやがって!」
男子更衣室の裏口扉から、静かに袋詰めの氷を搬入していたアニュスの後ろから福子が現れるなりに光と里織と聖弥に手招きして、三人が来たとき後ろを向かせてナイフで結束バンドを切って解放した。
「この娘を護衛に付けるから、あなたたちが倒れている人たちを介抱してちょうだい。頼んだわよ」
「はい、お姉さま」と、頷くアニュス。
「ええ、任せて」と光が力こぶのポーズをして。
秘書の聖弥と里織は、首を縦に振った。
微笑んで場を離れようとした福子に、アニュスが。
「福子さん。どこ行くんですか?」
「敵の目線を、私に引き付けるのよ」
「…………。気をつけて」不安気な顔で呼びかけたアニュス。
「福子、皆殺しにして」光からエールを貰った。
相棒と友達に頷いて返した福子は、足を進めていった。
3
破壊された女子更衣室の裏口から忍び込んだ福子は、場内出入口の扉まで来るとポケットから手榴弾を取り出し、ドアノブにワイヤーを巻いて掛けていき、手榴弾のフックに通して結んだ。彼女は身を低くして離れると、開いていた窓へ腕を上げてAK改25型を寝かせて左右に振って“適当に”銃撃をしていく。彼女からの奇襲に身を隠して逃れた兵隊たちや腕と肩や太股を負傷した兵隊たちも出たが、とりあえず死者は無し。だが、福子の二度目の奇襲もすぐに止んで静かになり、金属棚に避難していたジャクリーン・グリフィンが物影から注意深く顔を出していったとき、イスラエル男性隊員とガーナ系女性隊員が女子更衣室の扉へと銃剣とライフを構えて接近していった。このとき、外の巡回から場内の警戒に呼び戻されていたオランダ娘のライラが、何かを察知して扉へと手を伸ばしていくイスラエル男性隊員に声を投げた。
「ノー!!」
呼びかけも一足遅く、イスラエル男性隊員がドアノブを回して引いた瞬間に女子更衣室の出入口が爆発して、後ろを援護していたガーナ系女性隊員もろとも爆炎が彼を包んで吹き飛ばした。顔と身体の前面をバーベキューにされたイスラエル男性隊員とガーナ系女性隊員は、背中から激しく床に落下して絶命した。
「Mother fucker!」
歯を剥いたライラは激昂して、更衣室の出入口から男子更衣室の壁にへと横に銃撃をしていった。人質の社員たちは、アニュスの「伏せて!」により皆無事に回避した。粉塵と煙の立つ女子更衣室の割れた窓から、ヒュッと銀色の閃光が走ったとき、ライラの頸動脈にナイフが突き刺さっていた。なによコレ?と首に触れて確かめたのちに、彼女は白眼を剥いて倒れ込んだ。残り僅かな新世界十字軍の兵隊たちも負けじと、侵入者の潜む女子更衣室にへと集中砲火をしていく。指揮のヘレン・ジキル博士とジャクリーン・グリフィン博士を入れて、彼ら軍隊は十名前後にまで激減していた。制圧動員数六〇名以上が、たったひとりの“女”によって五〇名以上を殺害された。これははっきり言って異常事態である。そして、五分ほど渡って浴びせていた銃弾を、腕を横にしたジャクリーンが撃ち方止めの合図を出したとき、隊員たちはその手を止めて女子更衣室の様子を伺っていった。おとずれた静寂のなかに、“もうもう”と膨らみ広がる粉塵と煙。幸い、今の時間に風が吹いておらず、目の前の煙によって視界不良に遭わずに済んでいた。もう、残った隊員は指揮官のジャクリーンとヘレンを除いて僅か九名になってしまった。これ以上、我が団隊にダメージを与えるわけにはいなかい。なんとしてでも虎縞福子を倒さないと。ジャクリーンは後方と横の隊員たちに手を翳したまま、二分ほど相手側の反応を待ってみたが、意外と反応が無い。もしかして、彼女は死んだのか?ーーーこう考えて判断したジャクリーンは、ジリアンとミヒャエルを指差したあと、女子更衣室に指先を向けた。ライフルのミヒャエルとショットガンのジリアンが彼女に無言で頷いたのちに、二人は銃を構えたまま警戒しながら女子更衣室の中に入っていった。二人は入室の異常なしと危険なしを確かめたあとで一歩踏み入れたとき、破壊された裏口から太陽光が差し込み、煙たい室内に謎の神々しさを演出していた。ジリアンとミヒャエルともに暗視ゴーグルを装着して、足下の安全と周囲を確認していく。倒れて歪んだロッカー、弾痕のある壁、そして爪痕のある床に横たわる何者か。
まさか、仕止めたか?
いいや、油断してはならない。
ジリアンがショットガンで左右を警戒していくなか、片膝を突いたミヒャエルは横たわる黒い者の肩に手を伸ばしていった、その瞬間。ミヒャエルは頭の横とジリアンは肋に銃弾を受けて、彼らは床に“ゆっくり”と崩れ落ちた。その一方で女子更衣室の前を包囲していたジャクリーンたち八名の目に、二人の影が出入口に接近してくるのが確認できた。二度の銃声を聞いたから、“獲物”を仕止めて無事に生還か?と、八名がそう思ったとき、ジリアンとミヒャエルが後ろ向きで出てきたではないか。この様子に、皆が不可解な表情を浮かべていくなかで、いち早くこの“トリック”に気がついたのは、立ち位置的に半円形の端だったジャクリーンであった。彼女が思わず「あ!」と小さく声をあげた次の瞬間に、ジリアンが背を曲げて吹き飛んで目の前を通過して、ピストルを構えていたハインリッヒに激突して巻き込み横転した。福子はジリアンの亡骸を蹴り飛ばしたすぐに、ミヒャエルを文字通り肉の盾にして前方へ駆けていった。仲間を倒された直後に、残った隊員たちは左右斜めから銃弾を発射していく。前からの銃撃をミヒャエルの亡骸で防ぎながら、福子がウォーレンに突撃して突き飛ばして、転がって調合機械に身を隠してハンドガンをインナーのガンホルダーから取り出した。福子は身を屈めたままノールックで斜め後ろのジェームズの股間を撃って、彼が激痛に思わず前屈みになったところで額に一発撃って仕止めた。次に彼女は、床すれすれに銃身を寝かせて、機械を盾にして銃撃をしていたマリアの爪先を撃ち、激痛に彼女が反射的に片膝を突いたときに胸に二発頭に一発撃って倒した。
「機械よ! 機械の影を狙って!」
ジャクリーンの指示に、残り五名の兵隊たちが向きを変えて撃ち方を再開していった。調合機械や生産機械の角や面に銃弾が当たって弾け飛んだり、貫通したりして、福子を狙っていく。さすがに当の福子も銃弾の雨霰からは無傷というわけではなく、かすった銃弾によって肩や二の腕と脹ら脛が切れて出血をしていた。おかげで、彼女が長年使っていたお気に入りのマットブラックの三つ揃いのジャケットが傷物になっていた。福子は身を潜めながら、先ほど倒したウォーレンとハインリッヒの確認も兼ねて、自身の背後の周囲を見るために“そーっと”頭から上体までを出していくと、五名の兵隊たちの背中が並んでいるかのような形態を確認した。コンマ数秒ほど凝視と思考したのちに、彼女は今度は半円の陣形の端で指揮しているジャクリーンの位置も見るために、上体を引いて再び物影に入って機械の並びの空間の隙間からその姿を確認。
なるほど。
“ここ”にいる私には気づいていないらしい。
これはラッキーだわ。
ハンドガンを内側のホルダーに収納。
そして、右のホルダーからピストルを取り出した。
その拳銃を握りしめて、三回ほど深呼吸をしていく。
三度目でより深く呼吸を終えたのち、福子は覚悟を決めた。
機械の物影から飛び出して、駆けて、ピストルを構えた。
背後の物音に気づいた兵隊たちが、振り向いた瞬間。
五発の銃声が場内に響き渡ったとき、五名の彼らは床に倒れた。
と、福子が即座に身を低くして床を転がったときに、調合機械に銃弾が当たった。ジャクリーンの銃撃から幸運に避けた福子は片膝を突いて、ミヒャエルの下敷きになって痙攣していたウォーレンの頭に銃弾を喰らわせたのちに、手際良く銃弾を六発装填して、その先の床でジリアンの下敷きになって悶えていたハインリッヒの目と額を撃って完全に始末した。雑兵の捕り逃しの有無を確かめた福子が、指揮官の気配を探っていく。足を進めながら周囲を用心していたとき、横から現れてきた両手で手元を捕まれた。上に両手首を振り上げられて、引っ張るように下に振られたとき、福子は投げられて床を転がった。福子が身を起こそうとしたところで、ジャクリーンからピストルを手元から蹴り飛ばされてナイフで心臓を突かれようとしたところを捕った腕に両脚を絡めて回避したが、体重を乗せてきた彼女に左肩を刺された。福子は絡めた両脚で、ジャクリーンの腕を捻って折り、激痛に悲鳴を上げた彼女を蹴り飛ばして離脱。床を滑って間合いを取った福子が片膝を突いて立ち上がろうかとしたときに、微弱な眩暈と吐気を覚えていった。次に来たのは、“くらつき”と頭痛。それでも堪えて膝を伸ばして立ち上がったら、視界の“ピンぼけ”が点滅して繰り返し、下腹部から込み上がる酸っぱい臭いに“とうとう”堪えられなくなった。
「オエエエエエエ!!」
床に吐瀉物をブチ撒けた福子は、身体中と頭の中を巡る痺れを体験。もう一度ゲロしたあと、左肩からナイフを引き抜いて投げ捨てた。口内に残った胃液や唾液が混ざった物を吐き出していく福子を見ていたジャクリーンが口角を上げて、逆手でサーベルを抜いてヒュッと回して順手に持ち直した。
「生体電気破壊ナイフという、現代の“猛毒”兵器よ。ーーー福子さん、早めに抜いて正解だったわね。そのままだったら脳味噌の電気まで破壊されて、あなたは死んでいたわ。でも、後遺症は残るかもね?」
そう勝ち誇った感じのジャクリーンを、福子は強く睨み付けて。
呼吸を整えて応急措置をしたあと背筋を伸ばして歩き出した。
向かってくる福子にへと、ジャクリーンは残った左腕のサーベルを振り上げて応戦しようと踏み出した。袈裟の右左と振るも、身を引かれて空振り。少し間を置いてからの頭上を狙ってサーベルを振り上げたとき、間合いに踏み込んできた福子から手首を捕まれた。そして次は、掴まれた手首を元にして半円を画くように振られた瞬間に、ジャクリーンは宙を舞って床に叩きつけられた。さらに手首を捻られてサーベルを手元から落としたとき、自身の左腕で胸元を押さえつけられた上に、福子から膝を乗せられて動きを封じ込められてしまった。最後は、福子の手がジャクリーンの喉を鷲掴みして指先に力を入れて握りしめ力一杯に腕を引いて、肉を捥ぎ取った。すると、ジャクリーンは目を見開いたまま絶命した。三秒ほど置いたあとで、福子は手元の肉片を投げ捨てて、ジャクリーンの亡骸から降りると、彼女の顔を撫でる仕草をして目蓋を閉じさせた。息を切らしていた福子は、電気の毒気に身体と頭を蝕まれていくのを感じながら、先ほど床に捨てたリズム・バスター・ナイフを拾い上げて調合機械のところまで行き、外装を数回くらい蹴りつけてカバーを開くと、ナイフの持ち手の先端で内装を叩いてメンテナンス扉を開ける。そして出てきた基盤とこれの周囲に這う配線ケーブルの赤と黒を引っこ抜いて中の銅線を剥き出したのち、ナイフの刃の腹で外装の角を軽く叩いたあと床に寝かせて、タイミングを合わせて赤と黒の銅線を刃に当ててバチッと電気を空間に走らせた。二つの銅線を基盤に結び直したあと、福子は加工したナイフの腹で左腕を撫でていったとき、たちまち彼女の目と呼吸が落ち着きを取り戻し、頭と身体に走る痺れまでも治まった。
それから呼吸を繰り返した福子は、工事の前半部を目指して歩き出した。




