キャンパス決戦! Part 1
1
同日の昼間。
黄肌玲子が熊乃実橙子の救出に向かった少し後。
このときまで時間を戻す。
場所を長崎大学に移して。
装甲車両や戦車などでキャンパス中を包囲した新世界十字軍の武装兵隊たちが、団長のドラコからの指示待ちで待機をしていたところ。黄緑色のキャデラックが門番の兵隊三人を撥ね飛ばして乱入してきたすぐあとに、ディープブルーメタリックのGT2000も銃を撃とうとしていた兵隊二人を撥ねて校内に侵入してきた。周囲の状況と人数を把握していきながら、キャデラックの運転手は片手でハンドルを回してアクセルを踏んで加速していき、車体後部を外側に向けて回転を繰り返して、キャデラックのトランクとサイドを使って兵隊たちを次々と撥ねたり轢いたりをしていき相手の装甲車両やバイクや戦車などにぶつけていった。GT2000の運転手も負けじと、銀髪の美女を助手席に乗せたまま正面から兵隊たちに衝突して突き進み、急停止をして投げ飛ばした兵隊たちを武装車両や戦車にぶつけたあと、今度は加速の後進をして逃げ惑う兵隊たちを追いかけて撥ね飛ばした。次に、ギアチェンジをして前進加速したGT2000は、避けて逃げる兵隊たちの間を抜けていった。同じく、キャデラックの黒髪の美女も素晴らしい腕さばきでクラッチとギアチェンジをして、装甲車両と戦車と兵隊たちの中をすり抜けて去っていった。遠くになっていく車二台を確認した黒髪の浅黒い肌の美女、ジュリエット・タルボット大隊長は、ホッとしたと同時にこれは異常事態だと察知して中隊長や小隊長たちに声を張上げて知らせていった。
「き! 緊急事態! 緊急事態!ーーー反逆者が現れた! 撃退! 撃退せよ!」
校内駐車場側から兵隊たちの断末魔と悲鳴が聞こえてきたと思った瞬間に、自軍の装甲車両が二台ばかり吹き飛んできて、薄く白い戦車と四角く黒い戦車とにぶち当たっていった。砲台と車体が薄く上下に潰れた白色の戦車ホワイトライダーは、砲弾を放つことなく我が軍の装甲車両と衝突して、上から真っ二つに砲台から折れた。次に、四角く高い砲台の黒い戦車ブラックライダーは、横から飛んできた装甲車両で車体側面を大きく凹ませて、転倒していった。この少しあとにおとずれた刹那的な静寂ののちに、人影が三体ばかり近寄って来るのが見えたかと思われたとき、女性で一番背の高い人影から虹色の光りの点滅とともに黒色の線というか鞭のような物が複数広範囲に放たれて、軍の装甲車両と戦車ごと兵隊たちを切り刻んでいった。数台の爆発音と赤色の火柱と黒煙を立てていた中から、多数の銀色の鱗が広範囲に放たれていき、少なくとも半径百数十メートルにまでおよんだソレらは、新世界十字軍兵隊たちの防弾防護服を銃弾のように貫通して四肢や肉体を切断したりなどした。
以上のように、思わぬ奇襲を受けた兵隊たちは、目の前に広がる惨状に驚愕をしていった。しかし、ここで怯んでしまっては新世界十字軍の大隊長の名が廃るというもの。幸いにも奇襲の手が届いていなかったジュリエット大隊長は、生き残っている大多数の兵隊たちにへと活を入れていく。
「馬鹿野郎! 私たち十字軍がなにをビビっているんだ! 相手は“たったの三人”だぞ! こっちは数だ! 数で押せ! 多勢に無勢で殺るんだよ! 行け!」
部下を激励したあと、彼女は銃剣を構えた。
そして。Fire!の号令とともに、一斉射撃が始まった。
迫って来る三人の影に、容赦なく銃弾を浴びせていった。
が。その音は銃弾を肉体に受けるような物ではなく。
なにかの遮蔽物に当たって弾き反されていく音であった。
バン!という女の叫びが向こうから聞こえた直後。
銀色の細長い針のような物が、多数発射されてきた。
いや、針といったレベルではない。銀色の槍である。
この銀色の閃光が兵隊たちを貫き。
戦闘車輌らも貫通していった。
苦痛と絶叫のなか、ジュリエットは諦めなかった。
「怯むな! 押せ! 撃て射て! 砲弾も使え!」
装甲車両の車体後部が左右に開いて、機関銃を構えた兵隊たちが現れて、スイッチを押していった。ガトリングの射撃も加わり、現場の過激さが増した。そのガトリングを構えた兵隊の頭上に、白いワンピース姿の女が身体を丸めた状態で現れた。宙でクルッと前転して頭を下に爪先を天にという身体を上下逆にした姿勢をとったその女は、装甲車両に対して垂直に落下していくと同時に、拳を突き出した。
長崎大学を占拠している新世界十字軍に各々の愛車で先制攻撃を仕掛けたあとキャンパスの駐車場から出てきた、摩周ヒメと斑紋甚兵衛と皮剥実の三人は、駐車場付近にもいた兵隊たちにも反撃をしていった。フルパワーで拳を振るったヒメと甚兵衛の一撃が、装甲車両を吹き飛ばし。虹色の光とともに放った、ヒメの黒髪は兵隊たちの肉体と武装車両を切り裂き。甚兵衛の放った銀色の鱗は、兵隊たちの身体と武装車両を貫通していった。次は、侵略軍からの一斉射撃が始まったときに、ヒメと実が髪の毛を使った防御の構えを作り、生体電気破壊銃弾から甚兵衛の身も守りながら足を進めていった。そしてある程度進んだところで、実がバン!と気合いの発破を上げたとき、防御形態の銀髪から槍状の髪の毛の細長い束が多数広範囲に発射されて、相手の兵力と武装を大いに削り取っていった。と同時に、ヒメは力強く地面を蹴って天高く跳び上がり、装甲車両でガトリングガンを構えた兵隊の頭上にまで一気に接近した。そして彼女は身体を丸めた状態から前転して頭を下に爪先を天にと宙で逆立ちのような姿をしたまま、垂直に落下していった。瞳を金色に光らせたヒメが、落下しながら拳を突き出したとき、下で銃撃を続けていた兵隊の脳天を目掛けて正拳突きを喰らわせた。直後、哀れ兵隊は頭から押し潰されていき、それは装甲車両を真っ二つに割いて、ドン!と地響きを鳴らしたとき地面が大きく円形に窪んだ。“もうもう”と立ちこもる粉塵や砂埃の中で、瞳を金色に光らせたヒメが“ゆっくり”と膝を伸ばして立ち上がっていく。
この様子を目と鼻の先で見ていたジュリエットは、今度こそばかりは恐怖に震え出していった。日本の最西端の、しかもド田舎もド田舎の離島にある日本のインスマウス町の住民たちは“これまでの”深者とは異なるから用心しておくように、といった話を我が軍最強の第九団隊団長である片倉菊代から聞いて胸に留めてはいたのだが、まさか、これほどに想像以上であったとは。確かに、世界各地で占拠してきたインスマウス町のも含め、ここ日本で人魚と名乗る深者たちも常人レベル以上に総合的な身体能力を有してはいたが、正直、今目の前にいるこの三人に至っては“それら”とは明らかな別個体の種族だというのを、こうも最悪の形で突きつけられるとは思ってもみなかった。
ーああ……。ヤバ……。ーー
目の前に佇む絶望に、ジュリエットは目もとに涙が浮かんだ。
2
侵略軍の懐へと入りこんだ切り込み隊長の摩周ヒメの成功を機に、斑紋甚兵衛と皮剥実はこれを逃すかと意を決めて、彼女に続いていった。ヒメやリエに海馬そしてミドリのように手加減無しを用いての武装車両や銃器などの破壊は素手では無理であったが、全力で敵を殴りつけて“それら”にぶち当てたり、銃器を鈍器の代わりにして全力で叩いたりなどをすれば、先にあげた四人とまではいかなくとも武装車両や銃器などの侵略兵器を使用不能にすることが可能であった。というか、それ以前に相手が、生まれ育った愛着のある地元を大多数の不届き者たちが侵略して乗っ取ろうとしている敵と分かれば、初めから手加減など不要なわけで。なんにせよ、輩どもが“こちら”を人間と見ずに殺傷凌辱の限りを尽くすなば、こちらも全力で抵抗して侵略者どもを全滅に追い込むまでである。というわけで以上により、キャンパスに来たヒメと甚兵衛と実に至っては現場の新世界十字軍に慈悲をかける義理など初端っから無かった。ましてや、侵略者側の個々の兵隊の事情など知らなくとも良い。
貧困家庭で犯罪を繰り返していた末に入隊した?
殺伐な家庭だから他人に暴力を振るって入隊した?
発達障害持ちで馴染める場所を得るために入隊した?
人種差別を受けた末に入隊した?
異教徒の女たちを分からせるために入隊した?
侵略される側からだと、至極“どうでも良い”わけで。
生まれ育った地と家族と友と親しい人を守るのが第一だ。
入隊した連中は破壊と暴力と強姦の限りを尽くしている。
同情の余地無し。
そうして、無慈悲で同情無しで手加減無しの陰洲鱒の住人らの力の前に、侵略者たちは火の粉と化して振り祓われるのみであった。殴られた兵隊たちは吹き飛んで、武装車両や戦車に衝突したり大学建物にめり込んだり。投石機の石と化した兵隊たちを受けた武装車両や戦車などは、大きく“ひしゃげ”て使用不能になったり。もう、地獄絵図だった。だが、中には運良く逃げ切れた兵隊もいたわけであり、その幸運な女がジュリエット・タルボット大隊長であった。
「な、なんて、こと……! ダーリンに知らせなきゃ!」
と、慌てて構内にへと駆けて入った。
蹴り飛ばした兵隊がガトリング車両へと落下していくのを背にして、踵を返したヒメはジュリエットを追いかけていった。
構内医務室。
「制圧失敗というのは本当なのか?」
『ええ。本当に本当よ。生産機械も無いのに、どうやって複製するのよ? 無理でしょう』
「それもそうだ」
『でしょう?』
「仕方ない。僕らの隊からも増員を送るようにしてみるよ」
『そう! ありがとう! お願いね、ダーリン!』
無線機越しにヘレンから投げキッスを貰ったドラコ。
「じゃあ、切るよ。またね」
『ええ。また会いましょう』
双方の連絡を終えて、団長のドラコは通信を切ったところで両脇の花嫁二人から肘で小突かれて、室内の空気に気づく。
「ええと。僕は、新世界十字軍第七団隊団長のブラド・ドラコ・ツェペッシュ。その車椅子の虹色の鱗持ちを貰いに来たんだ。よろしく」
と、彼が自己紹介を終えるも、その相手らは皆ではないが大して恐怖や怯えすらしていなかった。
二メートルの大美女である摩周ホオズキは侵略者たちを目の前にしながら、ドラコ、ルカ、ヴィクトリア、の順に指差していき、最後は部屋の窓から見える廊下を走るジュリエットを指した。
「ステーキ、ジャガイモ、ニンジン。そしてトウモロコシ。ホタルは、どれにする? メインディッシュを選んでも、お母さんは構わないわ」
「えーー? アレがステーキだなんて冗談でしょ?」
次女の摩周ホタルが、母親を横目で不満そうに述べた。
我が娘の反応に愛らしさを感じながら、彼女は返していく。
「彼が自分を団長と言ったのよ。ステーキには間違いないわ」
「ちょっと! 誰が芋女よ! 失礼だろ!」
ジャガイモと指されたルカがカチンときて口を挟んだ。
「私なんか人参女って言われた! 酷くない!?」
ヴィクトリアも同じく頭にきて口を挟んだ。
次には、嫁二人がホオズキを一緒に指差して。
「ねえ! ダーリン! 酷くない? このイカ女、酷くない?」
「芋女って言われた! イカ女から芋女って言われた! 芋女って!」
涙目で訴えてくる花嫁二人に、ドラコは右と左と見て。
「まあまあ、それだったらヤり返せば済むことじゃないか」
美しき花嫁二人を宥めていた、そのときだった。
「悪いけれど、ステーキは私がいただくわ」
「え?」と、ドラコは後ろから女の声を聞いて。
背後に目を向けたとき、摩周ヒメから肩を掴まれていた。
医務室の皆の反応も彼と同じく「え?」であった。
ルカとヴィクトリアも、目を丸くして驚いている。
彼女二人の愛しのダーリンは外に引っ張り出されて。
「はい。トウモロコシ」
このヒメのひと言とともに、室内にポイッとジュリエットが放り込まれた。最後は、バタン!と音と立てて扉が閉められた。静まる医務室内に、ルカとヴィクトリアとジュリエットは緊張していった。ホオズキとホタルを除けば、あとは一般の“原住民”である。と、ルカとヴィクトリアは気持ちを切り替えていった。
しかし、ここでホタルからの無情なひと言。
「え? あとはジャガイモとニンジンとトウモロコシだけなの?」
「ほらー。ぐずぐずしているから、大将の首を持って行かれたのよ」
ホオズキもなかなか手厳しい。
「あの姉さんたち、噂の侵略者ですよね? なら斬っても問題ないって感じ?」
終いは、秋富士恵美まで刀に手をかけはじめた。
対して侵略者側、花嫁二人から挟まれているジュリエット大隊長。ルカとヴィクトリアが、彼女を交互に肘で小突いていく。
「ほら、大隊長。なんか言い返してやりなよ」
「大隊長。ここは私たち第七団隊の意地を見せて言い返してよ」
「大隊長大隊長って、本当にもう。あんたらと一緒で、私も花嫁でしょう? ここは立場が平等よ」
なんと。ジュリエットも、ドラコの花嫁だった。
これを見たホタルは。
「うげぇ……。ハーレムってあり得ない。キモい……」
「おい! そこのイカ娘! 人様に向かってキモいっつったな!」
ホタルにカチンときたルカが、力強く彼女を指差した。
だが、ホタルも負けてはおらず。
「なんだよ。そっちこそ、私を“鱗持ち鱗持ち”って。あんたの大切な旦那なら、人に失礼しないように躾とけよ!」
「ぐぬぬぬ……。可愛い顔しといて、私のダーリンを犬みたいに言いやがって! 許さないぞ!」
ルカがブチギレたことにより、戦闘のゴングが鳴った。
ホタルは、ティンダロスの猟犬女が構えたのを見て生体電気感知車椅子から腰を上げて立っていった。
「分かった。受けて立とうじゃない」
「嘘? え?」と、半身に構えたルカが驚く。
「車椅子生活は本当よ。けれど、一時間くらいなら“持つ”わ」
「ふんっ。私たちのことを何も知らないで。イカ娘の“あんた”は海鮮パスタにしてやる」
「一時間もあれば充分過ぎるでしょ」
「なら、私は“あんた”を五分で…………いや、一分! 一分で私の怖さと強さを分からせてやるよ!」
「じゃあ、お姉さんがどんな人か今から見せてみてよ」
「見たけりゃ見せてやる!」
こう言い残して、ルカがホタルたちの前から消失した。
少し後ろに固まって立っていた有馬哲司教授ら四人にへと、ホタルは声を投げた。
「聡子さんたち、私と母さんから離れて!」
この呼びかけに、有馬教授は自らを盾に背後の石神里美と間嶋聡子と秋富士恵美を庇いながら後退して、扉の付近まで移動した。すると、ホタルの斜め後ろの部屋の角から鉤爪の腕が伸びてきて彼女の脊椎を狙った。これに間一髪で飛び退けたホタルは、床に転がって着地した。空を抉りとった鉤爪の腕が消えたと思ったら、今度は部屋の天井と窓際壁の角から現れてきた。身構えて上を見ていたホタルは、鉤爪の腕を掴んで取っ捕まえて、腕を巻きつけて“ぐい”と引っ張った。その直後、天井と壁の角から“ズルゥッ”と引きずり出されたルカは、ホタルから背負い投げをされて床に叩きつけられた。このとき、医務室の床が人型に割れてルカがめり込んだ。激痛と驚愕に目を剥いているルカの腕を、ホタルは掴んだまま今度は引っ張り上げて、床から彼女を引っこ抜いた。そして、そのまま放り投げてルカを窓際の壁に叩きつけた。これを見ていて鶏冠にキたのか、ジュリエットが「このイカ娘! いい加減にしろ!」と叫びながらホタルを目掛けて飛びかかっていく。鉄筋コンクリート製の床を抉るほどの力で、ジュリエットは地面を蹴っていった。常人の数倍を誇る人狼の瞬発力は、銃弾を見切って“かわせる”ほどであり、また大型力士の“ぶちかまし”以上の破壊力をも持ち合わせていた。だが、これに対して、陰洲鱒町の漁民も常人以上の身体能力を生まれ持っていたわけで。死角からの音と気配を察知したホタルは身を翻して、野生の狼のように飛びかかってきたジュリエットに対し、床に背を預けて烏賊のような脚を突き上げて彼女の腹を蹴った。床に仰向けになったホタルから腹を蹴られたジュリエットは、その勢いのまま飛んでいき、頭を振って身を起こしていたルカに衝突した。
このとき、飛んでくる花嫁仲間に驚愕していくルカ。
「わ! わ! わ! わ!」
間一髪で腕を交差させて頭を防御したものの、衝突と同時に窓ガラスを割って壁を破壊して花嫁二人は屋外に放り出された。
「私が二人を相手するから、聡美さんたちは避難してください」
ホタルがそう言って振り向いた。
この娘の行動と配慮に、ホオズキも聡美たち四人を見て。
「そうね。哲司くんたちが“ここ”から出てくれた方が、私もヤりやすいわ。ーーーお願いできるかしら?」
「ええ、任せてください」
と、ホオズキを見た有馬教授が答えたのちに、恵美ら三人に向いて。
「そういうわけだ。この身が安全がうちに移動しよう」
「はい、分かりました」と、答える里美と聡子。
「え? わ、私も?」まさか?と驚く恵美。
「秋富士君は護衛人もしているなら、移動中の護衛をお願いしてくれないか? 私も協力する」
この教授の頼みに、恵美は“みるみる”と嬉しそうになり。
「任せてください!」と、親指を立てた。
医務室から四人が出ていき扉を静かに閉める音を聞いた。そして、風通しの良くなった窓際の壁の穴を跨いで“外出していく”ホタルの後ろ姿を見送ったのちに、ホオズキはヴィクトリアに話しかけていった。
「私が“あなたたち”のことを何も知らないと思ってた?」
縦に走るフリルレースのワンピースの腰のスリットに手を掛けて、両脚のハイソックスブーツのガーターベルトを外していきながら、ホオズキは会話を続けていく。
「ヴィクトリア・フランケンシュタインさん」
「はい」緊張感を味わいながら、返事した。
「あなた、生体電気破壊銃弾の発明と開発者なんですってね?」
「ええ、いかにも。私が開発した兵器よ。ーーー世間一般で言われている怪物や魔物や妖怪、そして悪魔でさえもその体内には必ず微弱な電気が流れていて、生命活動するための流れる道を作って身体中を巡回しているわ。これを見た私と十字軍は、破壊できないモノは無いと思ってね、トライアンドエラーを積み重ねた結果、世界最強の“猛毒”を造り出すことに成功した」
理化学者としてのスイッチが入ったのか、ヴィクトリアは意気揚々として語りはじめた。
「この世は電気と周波数で出来ている。地球上の“あらゆる”生命体に“その巡回”がある。例えそれが魔物だろうと怪物だろうと妖怪であっても、悪魔でも、そして神と呼ばれている存在でさえも、決めた電気の流れを“ちょっとでも”破壊されたら忽ち支障をきたして活動不能になり、最後は死を迎える。これを知った私たちは思ったわ、この世に神と悪魔などいないってね。そして、土着信仰で恐れられてきた地域の怪物たちも、所詮は“彼ら”と同じ生物にしかすぎないのよ。ヒトが生み出したサイエンスに限界など無いわ。くだらない土着の信仰や迷信や魔物など、化学(科学)と計算で全て破壊して書き換えてやる。ーーーなにが荒神よ。ただ単なるデカい蛇じゃない! 生命電気破壊弾を落とされたら、あんたらは一発で御陀仏だわ。信仰する偶像の螺鈿様とやらと一緒にね」
多少の早口で、最後はホオズキを指差して語り終えた。
ヴィクトリアのこの様子を静観していた彼女は。
「あなた、“お父様”からその電気によって生まれたんでしょう?」
と、優しく聞いていった。
これに少し驚きを見せたヴィクトリア。
「え? そ、そう、だけど……」
「その電気で生命を繋いで生かされた“あなた”が、電気を使って生命体を殺すなんてね。少しは踏み止まろうとは思わなかったの?」
こう聞き返していきながら、ホオズキは両脚のハイソックスブーツを脱いで裸足になる。医務室のテーブルに乗せて掛けていた長手袋の上に、そのブーツを重ねて置いて、彼女は万全の体勢に入った。
「それと。他所様の信じる物に“あれこれ”と言う割には、化学と科学を信仰しているのね? 少しくらいでも“現地民”に対して、尊重する気持ちくらいは見せてほしかったわ。私たちのご先祖たちが代々に渡って築き繋げてきた文化と文明よ。これからも渡る国々で“そういう態度”をとり続けていくならば、そのうち痛い目を見ることになるけど」
「私が必要とする物は、この先も化学(科学)の経験を積み重ね続けられることができる、資源と資金。そして、実験体よ。だいたい、制圧先になんか敬意できますかってんだ。せいぜい、“原住民”は実験の糧の糧にしかなれないのよ。なにが悲しゅうて鯨以下の生き物に敬意を払えっての? なんかの罰ゲームかしら?」
「うふふ。罰ゲームだって」笑い出したホオズキに。
「なにが可笑しいのよ?」ムッとして言葉を投げつけた。
ヴィクトリアは、この態度に“かなり”頭にキたらしい。
肩を震わせて小さく品良く笑っていくホオズキに対して、ヴィクトリアは攻撃することができなかった。それは、一見隙だらけと思われたホオズキが、実際は“そう”ではなかったからだ。医務室全体に張り巡らされた“気”のせいで、ヴィクトリアの足は一歩も踏み入れることができなかった。ヴィクトリアが緊張感の糸に捕らわれているうちに、やがてホオズキは笑いをおさめていき、肩の動きも落ち着きを取り戻していった。ふーーっ、と軽く息を吹いて呼吸を整えたのちに、彼女はヴィクトリアを稲穂色の瞳で見定めて。
「なにが可笑しいかって? 教えてあげる。ーーー可笑しい物は可笑しいのよ」
「この……! イカの化物のクセに……!」
美しくも血色の悪い顔に、ヴィクトリアが青筋を立てて背中の武器を取って構えた、その矢先。白い大きな拳が彼女の眼前にまで迫ってきていたので、とっさの判断で腕を交差させて顔を庇った次の瞬間、巨大な木槌で叩かれたかのごとき打撃と衝撃と重量を受けて身体が吹き飛び、壁を破壊して室外に吐き出された。背中から落ちたとき、ヴィクトリアは自身の装備品からも衝撃を喰らってバウンドをして跳ねて転がっていき、キャンパス敷地内で散乱していた自軍の装甲車両と兵隊たちの骸のひとつに当たって止まった。それでも辛うじて己の自慢の武器『碍子ランサー』を手放さなかったヴィクトリアは、背中と顔に走る痛みを感じつつ、気力を振り絞って立ち上がっていく。そんな彼女のいる位置は、ホタルがルカとジュリエットを医務室から蹴り出した方向とは反対側の場所。つまりは、長崎大学の正門が見えるかなといったていどの場所。国道である表通りには路面電車の線路も走っているので、電車と一般車両の行き交う音が聞こえてきていた。目の前に広がる地獄絵図目に、生活の音を耳に入れて、ヴィクトリアは現状を把握していく。
そしてこれは、室外に放り出されたルカも同じ衝撃を受けていた。立ち上がった隣のジュリエットを見て。
「ねえ。私たちの軍隊、どうなってんの?」
「見ての通り、壊滅よ」少しムスッとして答えた。
「残っているのは、ダーリンと私たちだけ?」
「ええ。ーーーええぇーー!?」
返事したジュリエットの目の前を、兵隊が宙から落下して地面をバウンドしていった先のガトリング車両に衝突して車体を仰向けに転倒させた。医務室のある一階の物陰から、兵隊を投げつけた人影が現れてきた。
「これで、雑兵は全滅。残るは、君たちか」
と、言ってきたのは、爽やかな茶髪の美青年。
斑紋甚兵衛であった。
愛しの婚約者の登場に、ホタルは表情を明るく輝かせた。
「甚兵衛さん!」
「やあ、ホタルさん」
手刀を顔のところまで挙げて、爽やかな風を吹かす。
この美青年に、ルカとジュリエットが頬を赤くした。
3
ヴィクトリアの背後を、銀髪の槍に貫かれた兵隊が通過して戦車の残骸に張り付けられた。後ろで苦痛に喘ぐ女性兵隊が事切れるのを耳に入れながら、彼女は緊迫感に脂汗を吹き出していった。
「なんだ。まだ残っていたんだ」
背中にかけられた若い女の声に反応して振り返ると、そこには銀髪の長身美女が無傷で歩いてきていた。医務室に空いた風穴を跨いで出てきたホオズキに、銀髪の美女が気づき声をかける。
「ホオズキさん。来ていたんですね」
「あらー。実ちゃん、こんにちは」
我が町の娘を見た彼女は、目じりをさげて手を振る。
前門の虎。後門の狼。
今のヴィクトリアにとってはまさにこの状況であった。
箱型の電子リュックから、もう一本の碍子ランサーを取り出して彼女はホオズキに向けて構えた。制圧先で、こんなにも屈辱を飲まされるとは。皮剥実はフランケンシュタイン博士の“娘”から目を外さずに、ホオズキに話しかけていった。
「あとひとりなんですけれど。強力な助っ人が加わりましたよ」
「誰だれ? 誰かしら?」ウキウキするホオズキ。
「小判さんです」
「あらら。頼もしいじゃないの」
ホオズキが期待するのも当たり前。
その強力な助っ人は、斑紋小判だったからだ。
息子の甚兵衛を可愛がる、BL漫画家のシングルマザー。
その腕っぷしの強さは、海淵海馬に匹敵していた。
摩周ヒメから引っ張り出されたドラコは、廊下の壁に後ろ頭と背中をぶつけて尻餅を突いた。痛みに愚痴りながら起き上がった彼の目線の先に、長い黒髪の長身美女こと摩周ヒメが腕を組んで仁王立ちしていた。彼女は稲穂色の瞳で鋭く睨み付けて、ドラコにひと言を投げていく。
「あんたが団長なんだって?」
「ああ、そうだよ。僕が第七団隊の団長、ブラド・ドラコ・ツェペッシュだ。よろしく」
ルーマニアの優男の握手を、無視したヒメは。
「よろしく。青瓢箪」
と、鈍色の尖った歯を剥いてドラコを罵った。
青瓢箪。
長崎進攻の前日に訪問した、片倉菊代からも同じことを言われた。しかし、同じ立場の第九団隊団長の菊代から言われるのと、制圧先の“原住民”の女から言われるのとでは、彼にとって受け取り方が大いに違っていた。なので、当然のようにドラコはこの発言に怒髪天を突くほどに怒りを顕にした。
「ちょっと外見が良いから見逃そうと思っていたけれど、僕は君を殺す。そして、死しても辱しめてやる!」
発達した犬歯まで剥き出して、彼は額に血管を浮かべた。次に、ヒメの背後で遠くなっていく有馬教授たち四人に指差しながら。
「だからまずは、目障りなあの“虫”どもに消えてもらおうかな?」
ニイッと口の端を吊り上げて、瞳を血の色に光らせたとき。何者かから横から手首を掴まれて、強引に床に下げられたとき床の一部が爆ぜて、無数の小さな破片が彼の顔を直撃した。
「いてて!」
反射的に左手で両目を庇ったが、痛いものは痛かった。
「誰だ!?」
怒りに顔を上げたとき、顎に一撃を喰らって天井を仰ぎ。
瞬時に頬にも拳を受けて壁にめり込んだ。
お互いを破壊するほどの肉と無機物とのぶつかり合い。
彼の顔半分が潰れて弾け。
窪んだ壁に赤黒い花を咲かせた。
脳味噌も、半分失ったかもしれない。
太く赤黒い線を引きながら、ドラコは地に伏せた。
全力で拳を叩きつけた、その者とは。
斑紋小判であった。
拳を下ろして背筋を伸ばして、ヒメを見る。
胸元を大胆に大きくV字に開けたキャメルイエローのブラウスに、キャメルブラウンのサマージャケットを羽織り、下は“ゆったり”としたデニム生地のジーンズパンツとキャメルイエローのスニーカーでまとめていた。しかも、豊かな膨らみの胸元から下着がうかがえないというのは、着けていないのか。あと、お気に入りのゴールドメッキの草鞋銭型ピアスはジャケットのポケットに仕舞っていた。ヒメと並ぶくらい身長の高さは、百八〇センチほど。
襟元から裾までフリルレースが縦に三列走り、両側が深く切れ上がったスリットの走る白色のワンピース姿のヒメのもとまで歩み寄ってきた小判が、地に落ちて生気を失ったルーマニアの優男に目をやって彼女に話しかけた。
「一発で終わったじゃん。なにアレ? 雑魚兵だったの?」
「第七団隊の団長さん“らしい”ですよ」
なんだかムッとした感じで先輩に返していく。
「それよりも。アイツとは、私が買った喧嘩なんですけれど。横取りしないでくれます?」
「あのなー、ヒメ。あの“坊や”さ、避難していた大学の人たちを狙っていたんだぞ。仮に私が出てこなかった場合、お前どうしていたのよ?」
「フルパワーで踏み入れて殴り飛ばしていました」
「お前が“坊や”の懐に入ったときには、あの四人は弾け飛んでミンチになっていたんだけど。それくらい予測できなかったの?」
と、ヒメに顔を向けて眼差しを鋭くした。
「う……」言葉に詰まる。
「まいったねえ。あの“坊や”は仮にでも軍隊の大将クラスだぞ。なんらかしらの“芸当”くらい持っていることを頭に入れておけよ」
「わ、分かりました」
悔しいけれど、納得するしかない。
会話をしていた美女二人の後ろでは、床から身を起こしていくドラコの姿があった。脳味噌が半分吹き飛び顔半分が潰されて弾けているのにもかかわらず、彼は右側のみの顔で笑っていった。
「くつろぎ中に悪いんだけどさ。僕はまだ生きているんだよ?」
この声に目を向けたヒメと小判は、不可解な現象を目撃していく。壁に弾けて広がった無数の肉片が、まるで意思を持っているかのごとく動き出して、壁から離れて浮き上がり、それぞれがドラコの顔と頭を目指して飛んでいき集まりはじめた。肉どうしが重なり擦れる粘性の音を立てながら、左脳と頭蓋骨と左眼球と神経系統から血管各種に筋肉、そして最後は頭髪と皮膚を形成して彼の復活は完了した。
血色の良い唇の端を吊り上げて、ドラコが言っていく。
「君たちは、いったい誰を相手にしているのか分かっているのか? 狼男でも吸血鬼でもない。竜人族だ」




