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沈黙の鷺山製薬 その2


 1


「今のところ侵入者も異常もなし、ね」

 外部無線の通信を切って、ヘレン・ジキル博士が小さく復唱した。


 長崎県諫早市。

 鷺山製薬株式会社。

 新世界十字軍第七団隊に制圧されていた。

 会社正門から入って、正面に五階建ての事務所。

 左側は薬品研究部。右側は薬品製造工場。共に二階建て。

 奥に進み。一階建ての社員食堂。

 以上、これらの建物がある敷地内全体を十字軍の装甲車両とジープと兵隊たちが、見張りの巡回をしていた。時計回りと反時計回りで二班が止まることなく流動的に動いているため、易々と外部からの侵入など出来ないようにも体制を整えていた。そして、この制圧下に置いた現場を任されていたのは、団長のブラド・ドラコ・ツェペッシュの花嫁たちである、ヘレン・ジキル博士とジャクリーン・グリフィン博士とエリカ・ルルー副隊長とジャネット・タルボット班長の四人の美女たち。そんな彼女たちがいるのは、製造工場の管理室。人質に捕《と》った社長や社員たち約百名は、同工場の休憩室に押し込めていた。その内の製造工員やオペレーターたちは、侵略軍から現場へと駆り出された上に強制労働により、ヘレン大隊長から渡された材料とレシピを元に『陰洲鱒町専用“酔い止め薬”』を製造生産していた。しかし、当初は三〇名ほどいた工員たちだったが、ヘレンたち第七団隊に乗り込まれた際に当然のように社員含めて十数名も殺害されてしまったゆえに、工員はオペレーターも入れて二十名弱にまで減っていて、正直に言うと稼働率は遅くなっていた。

 巻き毛パーマをしたブロンドヘア美女、副隊長のジャクリーンが防弾防護服の胴体と両肩と前後の垂れを外したインナーに肘までのグローブと膝までのブーツといった軽装姿で、巡回とトイレから管理室に戻ってきた。

「松浦市の、遅いわね……」ヘレンに話しかけていく。

「ノンちゃんの隊でしょう?」

「そうそう」

「本当だったら、とっくに制圧完了しているはずなんだけど」

「でしょう? おかしいなと思ってさ」

 言葉を交わしていた二人の間に、部隊のデジタル無線機が受信する。

 第八団隊。との表示があった。

 これに注目するヘレンとジャクリーン。

「あら? イシュタルさんかな?」

「まさかー」

 こう流したジャクリーンが、通信のスイッチを入れた。

「はい、こちら第七団隊ジャクリーン・グリフィンです」

『お疲れ様です。第八団隊モニカ・コーラル・カーンです』

「あら。お疲れ様。ーーーモモだわ」

 労いのあと、ヘレンに隊員の名を知らせて無線機に向き直った。

「どうしたの? けっこう遅かったじゃない。導星《しるべほし》製薬は抑えたんでしょ?」

『それが、その……』


 そのころ、長崎県松浦市。

 ㈱導星《しるべほし》製薬では。

 新世界十字軍第八団隊。

 大隊長ノン・ラピスラズリ・ナイト。

 副隊長メグ・ガーネット・ストーン。

 副隊長サリー・ルビー・シン。

 班長モニカ・コーラル・カーン。

 以上のノン大隊長ら魔女部隊で構成した制圧班が、諫早市の鷺山製薬と同時にここへと乗り込んだのは良いものの、蓋というかシャッターを開けてみたら事務所も研究所も製造工場も食堂も全てが脱け殻と化していたのだ。この訳が分からない不可解で説明不能な事態を受けたノンは、もろもろのプレッシャーによって眩暈《めまい》を起こして倒れてしまった。とりあえずは、彼女を日陰に移して、熱中症の疑いもあるので胴体と四肢までの全防弾防護服を外したあと寝かせた。あとは、インナーの胸元を腹まで開けて風が入るようにして冷凍枕を頭に敷いてあげた。

 近年の日本の夏は糞暑い。

 ファッキン・ホットである。

「嗚呼! なんて暑さなの!ーーーみんな、熱中症になる前に防護服を脱いで。幸い周りに敵がいなかったから、各々で休んでてちょうだい」

 と、そう隊員たちに呼びかけながら、メグは自身の防弾防護服に手を掛けて外していく。ノンの応急措置も終わった上での指示であった。

「あーー! あっつーー! やってらんない!」

 サリーもインナー姿になりながら叫んだ。

「うああ。やっっっば! バーベキューになりそう!」

 モニカも同じく軽装になっていく。

 しかし、四肢の肘までグローブと膝までブーツはそのまま。

 自軍になにかあった場合、緊急に備えてである。

「お姉さま……。すみません……」

 ノンが“うなされ”ながら、こう呟いた。

 彼女の呼ぶ「お姉さま」とは、団長のイシュタルである。

 我が団長の美しさと輝きと可愛さに絶大な尊敬を寄せていたが、それが近年では恋愛感情も混ざるようになってノン自身が困っていた。この様子を見ていたモニカは、メグとサリーに顔を向けて。

「ノンはしばらくそっとしておこう。その代わり、イシュタルさんとヘレン博士に現状を“そのまま”報告しなきゃ」

「え? そのまま言うの?」驚くメグ。

「まあ、最初は理解されないと思うよ。けれども見たまんまを伝えないといけないでしょう」

「そりゃそーだわ」納得するサリーとメグ。


 と、いうわけで。

 株式会社鷺山製薬。製造生産工場。

 第七団隊大隊長、ヘレン・ジキル博士。

「裳抜《もぬ》けの殻《から》!?」

 驚愕に声が上がるヘレン。

『はい。現場は言葉通りの状態です』

 冷静に返答するモニカ。

「…………。なんで?」不思議でたまらない。

『なんでって。それは、私たちにも分かりません。結果が予想外過ぎて、正直私たちも戸惑っています』

「同時に製薬会社を制圧するって言ってたよね?」

『はい、ノンも私たちもそのつもりでした』

「で。失敗したと」

『ええ。松浦市の製薬会社は制圧に失敗しました』

「というかさ。誰もいなかったら制圧以前の問題じゃない?」

『まあ、そう言っちゃあ、そうですね。おまけに、機械と事務用品と書類などの“中身”も無いです』

「え? なになになになに? なんなの、それ?」

『私も同じ気持ちでした』

「いやいやいやいや。ちょっと待ってちょっと待って」

『長崎県内で最大の製薬会社が殻だけ残して消失した。という感じです。ーーー現場の状況に辿り着くには、あまりにも情報が少なすぎるんですよね』

「あのさ、私もう、菊代さんと旦那に生産体制に入るって言っちゃったよ?」

『そうですか。頑張ってください。私は、私たちの団長に見たまんまを報告しますので』

「分かった。私、頑張る。ーーーそれと、ノンちゃんにお大事にって」

『ありがとうございます。では』

「はい、お疲れ様」

 ゆっくりと通信を切って、ヘレンは少し放心した。

 この様子を見ていたジャクリーンが、口を出していく。

「大変なことになったわね」

「マジでそれよ」と、ヘレンは仲間を力強く見る。

「で、どうすんのよ? 大隊長の“あなた”の判断は?」

「現状で昼夜フル稼動してもらうしかないわね」

「鞭打ってコキ使うの? まるで奴隷ね?」

「なに言ってんの? 制圧下に置いたんだから、奴隷は奴隷よ。それ以上でもないわ。私たちの目標達成のために彼らには尽くしてもらわないと」

「なら、そういうふうに働かせなさい。私はエリカとジャネットに今のことを知らせてくるわ」

「ええ、助かるわ、お願い」



 2


 鷺山製薬に隣接する冷凍食品工場の来客用駐車区画に愛車を停めた福子が、後部トランクを開けて武器を物色していく。サイレンサーひとつ、ハンドガン一丁、ナイフ数本、ライフル一丁、携帯弓矢ひとつ。以上の銃器を選りすぐって、彼女はジャケット下のガンホルダーやナイフケースに収納していった。このような福子に対して、アニュスは物珍しそうにボーーッと眺めていた。そんなユダヤ娘をチラ見した福子は。

「はい、ライフルを背中に掛けてて」

「え? は?」突き出された狙撃銃に驚く。

「お人形さんみたいに可愛くしていないで、そろそろグローブとブーツ着けて銃剣担いだらどう?」

「この格好で装備するんですか?」驚いて聞くアニュス。

「あなたも分かったでしょう? さっきみたいに“また”追跡がダイヤちゃんを狙う可能性があるのよ。そして、軍に反旗を翻《ひるがえ》して抜けたんたんなら、それなりの抵抗する意思をアイツらに見せつけてやりなさい」

「私に、で……、できますかね?」

「できる」

「ありがとう、ございます……」

「分かったなら手早く準備しなさい」微笑む福子。

「はい、お姉さま」ニコッと返すアニュス。

 それから、各々の準備が整って。

 鷺山製薬を囲う、樹木の垣根の隙間から内部をうかがう福子。

 彼女から見て、手前の建物が研究所。奥の崖側が社員食堂。

 そして、さらに奥に見えるのが製造工場。おそらく、本丸。

 研究所の中身は、外から見える限り人の気配がしない。

 だとしたら多分、事務所建物にも中に人はいないだろう。

 “人質”は、全て製造工場に集められて拘束されている。

 以上のように推測していた福子の目の前に、ひとりの男性隊員が近づいてきた。当然、彼女には気づいておらず、この男性隊員は占領地を巡回しているにすぎない。金髪のモヒカンを揺らして男性隊員が垣根に接近してきたとき口笛を聞いて足を止めて、その方へと顔を向けた瞬間、ピュシュッと小さく鳴ってモヒカン隊員の喉と額を銃弾が貫通して息の根を止めた。前のめりに倒れてきたところを両手で支えた福子が、そのままモヒカン隊員を引きずり込んで垣根の中で壁として立てた。そして、後ろのアニュスを見て。

「これで静かに侵入できるわ」

 と、彼女が微笑みかけた。

「“それ”、死体、ですよね?」戸惑いながら小さな声で聞く。

「そうね。“役に立つ死体”ね。ーーーさあ、行きましょう」

「はい……」

 というわけで。立てた亡骸のおかげで、福子とアニュスは垣根を“くぐる”ときにガサガサと音を立てずに敷地内にへと侵入することができた。巡回していく新世界十字軍の兵隊や武装車輌と装甲車両などが通過していくのが一時的に途切れた隙を狙って、福子はアニュスを先導しながら社員食堂を目指した。この際、敵の目など気にすることをせずに福子は足を進めていく。

 堂々として迫って来る彼女に、見張りのアラム系青年兵隊が驚く。

「な、なんだ! お前たち?ーーー侵入っ、しゃ…………」

 ピュシュッ。

 無線を入れようとした矢先に、右目と喉を撃たれてドアの下に倒れ込んだ。消音銃『スズムシ』をジャケット下のガンホルダーに仕舞いこんだ福子は、出入口からアラム系青年兵隊を外してアニュスと一緒に食堂へと入った。身を沈めた二人が、テーブル下から厨房の様子を伺う。社員食堂は一階建てで、半分は食堂、あと半分は厨房や食材貯蔵庫、といった構成であった。福子もだいたいは必ずこの食堂で昼食をとっており、海鮮ちゃんぽん麺と野菜カレーと、そして週一に出るキャベツカレーを好んで食べていた。しかし、彼女が好きなメニューがあった食堂は、今は侵略軍から占領された上に中を荒らされているときた。

 ーなんか“さっきから”匂いがすると思っていたら、あの二人が散らかしていたのね。ーー

 仕出しカウンターには、空になったゼリーやプリンのケースやら各社ソーセージの空き袋に各種サラダの空箱などが乱雑に散らかっていた。その量からして、厨房を“うろついて”いる二人の男性兵隊だけではないであろうと、福子は察した。多分、兵隊たちが巡回してくるたびに、各々“つまみ食い”していたのだろう。こう推測したのち、福子は後ろのアニュスを先導しながら身を沈めたまま仕出しカウンターに近づき、端の下を潜り抜けて厨房へと侵入した。厨房に入った福子は立ち上がるなりに、食堂全体の電源を落とした。瞬間的に真っ暗になったあと、オレンジ色の非常用ライトが点いた。食堂中が薄暗くオレンジ色に変わったことにより、番を張っていた五分刈《ごぶが》りの黒人中年男性兵隊のボビーと丸刈りのアメリカ人青年兵隊のサムの二人は、警戒態勢に入ってライフルとAK改25を構えた。二手に別れて厨房を探っていく五分刈りと丸刈りの兵隊の足取りと様子を見ながら、福子は後ろのアニュスに「そこに居なさい」と指差しのジェスチャーで指示を出したあと、身を沈めた姿勢のまま先を目指した。

 左右と前後に銃口を向けて全体を警戒しつつ、ボビーとサムが足を進めていき、ときには立ち止まって下を覗き込んで侵入者の有無を確かめていく。二人の男性兵隊の視線を掻い潜って、福子は包丁立てのあるシンクを見つけた。包丁は一通りの種類が揃っており、その中から刃渡り三〇センチの物を選んで静かに取り出した彼女が、ゆっくりと膝を伸ばしていき、後ろに振り向きざまにそれを投擲した。空気がヒュッ!と小さく鳴った瞬間、サムの頸動脈に包丁が突き刺さり、彼は声をあげる間もなく上体を調理台の上に仰向けにさせて死んだ。ステンレス鋼板に落ちる音を聞いたボビーが踵を翻して、その方に銃口を向けて接近してきたとき、シンクの物陰から現れた福子からAK改25を取り押さえられた。彼は腕を上げたり下げたりなどの抵抗して引き金を引き、天井と床に弾痕を作ったあと、福子からもトリガーを引かれて己の武器で爪先に銃弾を食らった。福子も彼ら男性兵隊たちとあまり身長差が無いために、取っ組み合いでも不利になることがなかった。爪先を負傷したボビーが悲鳴を上げたときに、福子の肘鉄を顔と喉に受けて、さらに首に腕を巻かれて背負い投げをされた。そして最後は膝を置かれた瞬間、福子の全体重と押す力を加えられた結果、ボビーは喉を潰されて絶命した。福子は他に兵隊は潜んでいないかを確認したのちに、アニュスへと手招きした。

「どうしたんですか?」

 と、アニュスが福子のもとに近寄り、聞いた。

「今から“ちょっと面白いこと”をするから、見てなさい」

「面白いこと?」

 電子レンジの前に立つ福子を見ながら、彼女は不可解に思った。

 このアニュスの表情に愛らしさを感じた福子が、微笑んで。

「そう。面白いこと」

 アニュスにこう返した彼女は、調理台下の扉を開けて鉄製の計量カップとスポンジとハンマーを取り出したのちに、次は冷蔵庫からバターやオリーブオイルを選び出して、そして最後は調理台に並べてあった洗浄済みのグラスコップをひとつと食器拭きタオルを取って準備を終えた。食器拭きタオルでくるんだグラスコップをハンマーで雑に叩き割り、鉄製の計量カップに入れたあとスポンジを突っ込み、大雑把に取ったバターを加えたあと、オリーブオイルをドボドボと“適量に”スポンジに注ぎ、さらに小型包丁を二つ突き立てたのち、電子レンジに“これ”を入れてタイマーを長めに回して完了した。

 この福子の一見《いっけん》雑な行動から、アニュスは意味を見出だそうとしていた。一所懸命に考えていたユダヤ娘の肩を優しく叩いた福子は、彼女に声をかけていく。

「さあ、次行きましょう。ここは終わったわ」

「あ、あのー」

「なあに?」優しく微笑む福子。

「“声真似”みたいなこと、しなくて大丈夫なんですか?」

「しなくて大丈夫。今度はヤツらの注意をここに引き付けるのが目的だから」

「なるほど。ーーーで。お姉さまが今していた“あれ”は?」

「爆弾よ」

 ニヤリとして、福子は出入口扉を開けてアニュスと一緒に社員食堂を出た。


 製造工場の管理室に戻って。

 愛しの旦那に無線を繋いでいたヘレン。

『制圧失敗というのは本当なのか?』

「ええ。本当に本当よ。生産機械も無いのに、どうやって複製するのよ? 無理でしょう」

『それもそうだ』

「でしょう?」

『仕方ない。僕らの隊からも増員を送るようにしてみるよ』

「そう! ありがとう! お願いね、ダーリン!」

 ヘレンは、チュッと無線機越しに投げキッスを送った。

『じゃあ、切るよ。またね』

「ええ。また会いましょう」

 彼女はニコニコして無線を切って、ジャクリーンを見た。

 そして、いつの間にか巡回を終えていたエリカとジャネットもいた。

 ゴーグルで半分を覆ったエリカの顔を見たヘレンが。

「お疲れ様。なにか異常はあった?」

 右半分の美しい顔に眉を寄せて、エリカが返していく。

「悪い知らせよ。サミーとジュリーとボビーとサムから無線が途絶えたわ」

「なんですって?」

「これは最悪の場合、侵入者ね」

「確か、社員食堂よね?」

「ええ。ジュリーとボビーとサムがそう」

「今から私が現場に向かうから、あなたは適当な隊員四人を一緒に連れてきて」

「分かったわ」

 頷いたエリカへと、ヘレンは思い出したように訊《たず》ねた。

「……ところで。サミーって、誰?」

「ヒョロッとデカい、金髪モヒカン頭の兄さんなんだけど。ーーー知らない?」

「見た……、ような、気もするんだけど……。眼中になかったかも」

「まあ、まあまあ。新世界十字軍《ウチ》ではよくあることよ」

 と、大隊長の肩を軽くポンポンと叩いた中隊長。

「ありがとう。ーーーじゃあ私はジャネットを連れて向かうから、あなたは管理室《ここ》で代わりを勤めてて。エリカは引き続き巡回をお願い」

 ヘレンの指示に、ジャクリーンとエリカは。

「いってらっしゃい」

「了解」

 と、返事した。



 3


 社員食堂の物陰から、福子は巡回していく兵隊と行き交う装甲車両と武装車両の流れをうかがっていき、隙ができたところでアニュスを連れて足を進めた。装甲車両の後部を開いてガトリングガンを構えていたモジャモジャロン毛モジャモジャ髭の中年男性兵隊の喉に、福子の投げたナイフが突き刺さり、彼は座ったまま項垂《うなだれ》れた。車体上部で絶命した“同僚”に気づかぬまま、装甲車両を運転していたロン毛ブロンドヘアのブロンド顎髭中年男性兵隊の碧眼に、バックミラー越しで拳銃を半身で構えていた福子の姿が映った刹那、ピュシュッと小さく空気が抜けるような音を聞いたときに、男の後頭部を貫通した銃弾は額を抜けてフロントガラスに蜘蛛の巣のような“ひび”割れを発生させた。福子は消音銃スズムシで、装甲車両の運転手を殺害したのちにダッシュして、巡回してきたスポーツ刈りのユダヤ青年兵隊にタックルをすると、そのまま研究部の後部出入口の扉を突き破って飛び込んだ。お姉さま!なにヤってんですか!とアニュスが、彼女を追って研究部に入った。その前に撃ち殺された運転手の装甲車両はというと、入力されていた巡回経路に従って自動運転が働いて、車両はそのまま順路を辿っていった。


 占拠した鷺山製薬の研究部では、製造工場で複製と生産していた陰洲鱒町専用“酔い止め薬”を瓶詰めする作業を、新世界十字軍の兵隊たちが軽装で勤めていた。制圧前のこの研究部社員たちが使用していた専用の長テーブルは、今や瓶詰めにされた違法に複製生産された白色の錠剤で埋め尽くされて並べられていた。まず、研究部というか研究所は大きく前後に二つ分けられており、前部が生活関連で後部が医療や特殊専門関連であった。社員の虎縞福子が勤務していたのが、後部の特殊専門で各種毒の特性から解毒、その解毒からの解毒剤の一般普及、というのが彼女の主な毒の研究であった。

 以上のような研究部の後部出入口から、扉をぶち破った福子がスポーツ刈りのユダヤ青年兵隊を肩に担いで室内に突進してきた。足を止めたと同時に、彼女はそのユダヤ青年兵隊を放り投げて瓶詰め済みの製品を並べていた兵隊三人にぶつけた。「侵入者だ!」と英語で周りに知らせたロシア青年兵隊の喉に、福子はナイフを走らせて蹴り飛ばした。起きた緊急事態に、ケニア娘兵隊とイラン中年男兵隊が携帯ナイフを引き抜いて福子を両側から切りつけてきた。左右からくる刃物に応戦していく福子が、ケニア娘兵隊のナイフを刃で受け止めたところでイラン中年男兵隊の膝裏と横っ腹を蹴り、ケニア娘の刃を流して彼女の胸元中央と喉に突き刺したのち、爪先でイラン中年男の手元からナイフを蹴り飛ばして彼の延髄にナイフを突き立てた。そんな福子の突入に、自棄糞《やけくそ》になったアニュス。「ああーもう! お姉さま!」と背中に掛けていたライフルを外すなりに、鉄杖《てつじょう》を振りかざして向かってきていたイラク青年兵隊の頭を“これ”で殴りつけたのちに、ナイフを振るってきたアメリカ人中年男の両足をライフルで叩いて払ったあと、転倒した彼の顔を叩き潰した。背後から向かってきた三人の兵隊へと向けて、アニュスは手元のライフルを投げつけて当てる。この際に、床に落ちたライフルが跳ねて暴発して壁に穴を空けたほか、三人のうちひとりの兵隊の足と股間を撃って不能にさせた。福子はクルド青年兵隊の脇の下を刺したのちに、翻ってフランス娘兵隊のサーベルをナイフで受け止めたとき、ベルト後ろから引き抜いた細いナイフで彼女の首に腕を回して頸動脈を切り裂いた。福子は両手にナイフを持ったままフランス娘の両腕を取ってサーベルを捻り落とし、踵で喉を蹴りつけた。次は、テーブルを飛び越えて鉄杖を振りかざしてきたアメリカ青年兵隊の喉にナイフを投げて突き刺し、斜め後ろから狙ってきたクルド中年男兵隊の額に細いナイフを投げて突き立てた。

 銃身から銃剣を引き抜いたアニュスが、マチェーテと鉈を振り回してくる兵隊二人と応戦していく。刃を交えることを繰り返したのちに、アニュスは身を沈めて辮髪《べんぱつ》の中国人中年男兵隊の膝から下を切断したあと、天パーの鼻髭イタリア中年男兵隊の足首を切り離した。念のための一刺《ひとさ》しを、銃剣で二人の心臓を突いたのちアニュスが振り返って見てみたら、その方では福子による無双が繰り広げられていた。“戦闘の素人”では、この美しき毒のスペシャリストは倒せないらしい。新世界十字軍とは言っても、大半が犯罪常習者による烏合の衆であり、銃器を所持して“ぶっぱなせて”も所詮《しょせん》は戦争の経験が皆無な素人集団であった。前提として、占拠した先々の国では数に物を言わせての武力行使であるため、隊の割合から言えば“少数な”元軍人や現役傭兵や元特殊部隊所属などの戦争経験者たちが指揮を取る形式なゆえに、木っ端の兵隊たちは比較的に楽な銃撃戦を続けていた。言ってしまうと、今まで制圧下に置いてきた国々の地元の手練れ達は、指揮を取る経験者たちが始末してきたわけである。しかし、こんな“烏合の衆”の兵隊の中にも軍人の経験者たちがいる。占拠した研究部で瓶詰め作業の管理を任されていた、この班長のヤコブのように。彼はイスラエル軍で二十数年勤めていた。男の目の前で展開していく、“たったひとりの女”に圧倒されていく我が軍の兵隊たちの情けない姿。この様子に、ヤコブの中で怒りと悲しみが押し合いながら沸き上がっていく。そして彼は、左耳のイヤホン型無線のスイッチを押した。

「副隊長、こちらヤコブ」

『こちらエリカ。どうしたの?』

「出荷準備中に侵入者がアニュス・アマダス・カリスを連れて現れました」

『分かった、今から“そっち”に向かう。ーーーで。侵入者の顔に心当たりはある?』

「いいえ、ありません。初めて見る“女”です」

『分かったわ。研究部からその二人を出さないように、足止めしていて』

「了解」

 と、彼はエリカと無線を切り。

 銃剣を壁に立て掛けたあと腰のベルトからナイフを二つ、両手で引き抜いた。


 時間は少し前後して。

 同じ敷地内。

 製造工場部側の道路。

 一台の装甲車両が巡回を進めていたが、対向側から減速せずに車体後部を開けた装甲車両が迫ってきた。減速するどころか加速している一方のようだったので、運転手のライラはハンドルを切って正面衝突を回避。そのあとの様子を彼女がバックミラー越しに見ていくと、車体後部を開いた装甲車両の上部ではガトリングガンを構えたモジャモジャ髭の男性兵隊が項垂れていて、その車両はまるでアクセルを押されたままかのような運転で真っ直ぐと突進していくではないか。この不穏な車両から、徒歩巡回していた兵隊たちが次々と飛び退けていった。これに気づいた巡回中だった武装車両も、ハンドルを切って車体を急角度に反らして避けた。武装車両から回避されたとき、この装甲車両の目の前には崖が迫っていて、そのまま衝突してしまうかと皆が思ったとき、自動運転が働いて寸前のところで停車した。新世界十字軍の兵隊たちおよび巡回中の車両らも停まって、ざわつき始めた。そのような中で徒歩巡回中だったエリカが到着して、真っ先に崖の手前で停車したガトリングガンを乗せていた装甲車両まで駆け寄った。項垂れているモジャモジャロン毛モジャモジャ髭の中年男兵隊の喉元を見たあと運転席に回り、ドアを開けてモジャモジャロン毛顎髭のブロンド中年男兵隊の様子も確認していったエリカ。車体から降りて彼女の背後に来ていたライラに振り向いたのち、口を開いていく。

「ヨハンは喉にナイフ。アベルは後頭部から銃弾。二人はこれで殺された。ーーーみんな、侵入者よ! 新世界十字軍《わたしたち》に反逆する愚か者がいるわ! 警戒態勢を強化して! 無線も五分置きね! いーい?ーーー隊服じゃない奴を見かけたら構わず撃て!」

「了解!」と、現場の声が重なった。

 これに頷いたエリカは、顔左半分を隠したヘルメットゴーグルの左側の無線スイッチを入れていく。

「まったく。狙撃はなにをしてたのよ…………!」

 愚痴をこぼしたあと、屋上と屋根上と崖にいる狙撃兵隊に繋がった。

「こちらエリカ。F、そちらはどう?」

 応答無し。

 このあとABCDEと続けたが、皆そろって応答無し。

 舌打ちをしていくエリカ。

 そして彼女は、製造工場の管理室を目指した。

 ゴーグルの無線のスイッチを入れた。

「エリカよ。ジャクリーン、侵入者が現れたわ」

『なんですって?』

「私の見たところ、“かなりな手練れ”よ。戦争の仕方も人の殺し方も知っている者だわ」

『ええぇ……。ま、まあ、海軍《マーリーン》だった“あなた”が言うなら“そう”なんでしょうね』

「この私から見ても、アレは驚きよ。今そっちに戻っているから、詳しい情報は伝えるわ」

『ええ、了解』

 こう歩きながら無線の通話を切ったとき、彼女の無線に入ってきた。

『副隊長、こちらヤコブ』

「こちらエリカ。どうしたの?」

『出荷準備中に侵入者がアニュス・アマダス・カリスを連れて現れました』

「分かった、今から“そっち”に向かう。ーーーで。侵入者の顔に心当たりはある?」

『いいえ、ありません。初めて見る“女”です』

「分かったわ。研究部からその二人を出さないように、足止めしていて」

『了解』



 4


 場面は社員食堂に移り。

 製造工場の裏口から最短距離で社員食堂に行ける。

 人質になっているここの社員たち皆は、この直線ルートを使っていた。そして、ヘレンもジャネットと隊員四名を連れて“この道”を使って食堂に入った。このとき、ジャネットは福子の行動に気づかずに、崖の方で装甲車両の様子を見て部下たちに指揮していたエリカの姿をチラッと横目で確認した。非常用の電球が点いている薄暗いオレンジ色の室内を、先鋒の隊員二名が銃剣を構えて周囲を警戒していき、異常と外敵および侵入者の気配が無いことを確認した。

「クリア!」

「こちらもクリア!」

 これを聞いたジャネットが後ろのヘレンに合図を送る。

「行きましょう」

 厨房に入って、ここも同じく異常無しを確認した。

 厨房出入口の壁に、非常用ブレーカーを見たジャネット。

「よし。ブレーカーを上げて!」

 後ろの若いオランダ女性隊員に指示を出して、通常のLED照明に復旧させた。すると、彼女たち六人の視界に入ったのは、調理台で仰向けになっているサムの亡骸だった。そして、彼の元へと足を運んできたヘレンたちはシンクの下に転がるボビーの死体も確認した。驚きに言葉を失っているヘレンを横目に、ジャネットはサムの頸動脈に手先で触れて刺さっているナイフも見ていく。

「こいつは、プロの仕事よ」

 確信したひと言を告げて、彼の首から手を離す。

 “役目としての”大隊長に就いているヘレンには、不可解でならない。

「プロって、なんの?」

「殺しの」チラっとヘレンを横目で見たジャネット。

「やだ、まさか。…………ここ、日本よ?」

「ここが日本だなんて関係ない。殺しを生業《なりわい》としている“職人”など、どこの国にだっているのよ。だいいち、アメリカが統治していたときに戦争放棄の条文を憲法に“入れさせられた国”だけど、殺しに関しては放棄していないわ」

「“それ”の情報が無いじゃない」

「ねえ、ヘレン。暗殺者《アサッシン》が情報を見せると思う?」

「まあ、それは……。秘密主義なんじゃないかしら」

 同じ花嫁仲間として、ジャネット・タルボットに沸いてくる物を感じたヘレンが、言葉を投げた。

「でも、見ただけで分かるものなの? だいたい、食堂《ここ》から捕虜で引っ張ってきたのは、ただの料理人《コック》にすぎないのよ? じゃなきゃ、私たちが見逃していた“ひとり”が居るはずよ」

 ヘレンからの投げ掛けに、ジャネットはムッときて。

 サムの頸動脈から血糊のナイフを引き抜き、彼女に見せつけていく。

「“これ”がただの料理人《コック》がヤったってのか? 私には分かる。イギリス軍に所属して十五年間“人殺しと人助け”をしていたからな! 私は、サバゲーやっている“あんた”よりは戦争の経験がある!」

 ジャネットはナイフを調理台に叩きつけた。

「う……。そうだったわね……」

 申し訳なさそうになるヘレン。

 そんな彼女に可愛さを感じたのか、ジャネットは流し目を送り。

「まあ……、あなたがカウボーイというのは認めているわ」

 ピ ピ ピ チーーン

 調理完了の音に気づいたジャネットが顔を向けた先には。

 こちら側を正面向いていた電子レンジがあった。

 レンジの中で静電気が走り回り、調理窓に亀裂が入って。

「伏せて!」

 仲間に言葉を投げたジャネットは、シンク台を飛び越えてそれを壁にした。ヘレンも流し台へと飛び退けて、身を隠した。この刹那、電子レンジは赤い爆炎を噴き出して、広範囲にガラス片やら包丁に破裂した金属製カップの破片を吐き散らした。部下の兵隊の四名のうち二名は間一髪で回避できたが、電子レンジの傍にいたあとの二名は不幸にも爆発に巻き込まれて頭や身体に破片と衝撃を受けて命を失った。

「今のはなんなの!」ヘレンがジャネットに聞いた。

「爆弾に決まっているでしょ」そう彼女は冷静に返していく。

「舐めやがって!」ヘレンは悔しさに流し台の壁を叩いた。

「これで決定ね。私たちに反逆する侵入者がいる。しかも、鷺山製薬《ここ》に詳しい人物よ」

 ジャネットも悔しさに歯を剥いていく。

 流し台から彼女に近づいてきたヘレンは。

「現場にいた社員は全部、捕虜にしたわ。捕り逃したのが居るって言うわけ?」

「“それ”を確かめるために、社員名簿にもう一度目を通すのよ」

 ジャネットがヘレンを見つめて断言した。

 ヘレンは彼女の言葉を受けて、頷いた。

「分かったわ」

 そしてシンク台から身を上げて、残った兵隊二人に指示を出した。

「早く消火して」



 映画『沈黙の戦艦』の間に映画『ザ・レイド』を混ぜてパロディしました。

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