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秘密の地下階にて


 1


 培養液に満たされた円筒形ガラス水槽に浮かぶ美女。

 龍宮りゅうぐう龍子たつこの身体だった。

 瞼は閉じられて、意識が無いようであった。

 同じ女である入江美沙も、見とれてしまう“彼女”の美しさ。

 話しでは、鯉川鮒が龍子の生首を所持していたが。

 状況から推測すると、首から下を培養と生成をしたらしい。

 しかし、“彼女”を完全復元するために、鮒はいったいどれだけの金を注ぎ込んだのか?そう不意に考えがよぎった瞬間に、美沙の中で“なにか”が弾けた。

「あは」

 これが火種となり。

「あはははははは! わははははははは!」

 美沙は大声を上げて笑った。

 せっかくの美貌が台無しであったが、お構いなしである。

 “先客”がいる可能性もあったが、もうお構いなしである。

 なにが可笑しいか不明だが、なにかが可笑しかった。

 あーっはっはっはっはっ!とガラス面をバンバン叩き。

 床には『ユラスナ』、水槽の下部には『ケルナ』とあった。

 マジか!マジか!と両手で水槽本体を全力で揺らし。

 彼女は目の前の状況が笑えてたまらなかった。

 なんだコレ!なんだコレ!と再びガラス面をバンバン叩き。

 ひーひーと咳き込み、多少の過呼吸も覚えて。

 目もとの涙を指で拭った。

 やがて、呼吸と気持ちが落ち着いて涼やかな眼差しに戻り。

「あれだけの数を上げて女の子たちを売りさばいて稼いだ今までの大金たいきんは、愛しいひとを復活させるために全てを注ぎ込みました、ってか? なんだぁ、オイ? 悪いことヤっている自覚をしておきながらも、その野望は“ずいぶん可愛い”ものだな? 本当、“あの”は“人魚姫”だわ。ヒトを好きになった深者ディープ・ワン。こりゃまた涙を誘う御伽話おとぎばなしだこと。泣けるねぇ」

 そして、血走った眼に一変して、額に青筋を浮かべ。

 腹に現れた赤い逆さ五芒星の円形魔方陣からリボルバーを取り出して構えた美沙の顔は、歯を剥いた怒りになっていた。至近距離だが間合いをとって、その水槽の上らへんへと銃口を突きつけた。

「鮒さん。しょせんは“あんた”も、ひとりの“女”だったのよ。ーーーでもこの私が、コレを諦めさせてやる。あんたは私らと一緒に悪いことをして、世の中を徹底的に牛耳るんだよ」

 そう言い終えて、美沙は引き金を引いた。

 パンッと銃声が響いたとき、龍子の右手の下に穴が空いた。

 ガラス水槽の本体を貫通した前後の穴から、液体が飛び出した。

 ピューっと細く流れていたのが、徐々に太くなり。

 穴を堺にして放射状にヒビが走った。

 水槽の液体が減っていくと、龍子は浮力を失って下部に座り込んだ。

 中の水位が下がる度に、本体の亀裂も大きくなって限界に達した。

 そして、穴の箇所から折れ曲がるように崩壊していく水槽。

 床に倒壊した上半分は、豪快な音を立てて破片を散らした。

 中の龍子は横座りで、下半分のガラス面に顔を預けていた。

 美女のこの姿を、美沙は近づいて直に見ていく。

「本当に綺麗な人ね。ーーー悲しいけれど、お別れしなきゃ」

 こう言って、銃口を彼女の頭に向けた、そのときだった。

 ーえ? 二人? なんで気づかなかったの!ーー

 二つの気配に今ごろ気づいた美沙が、水槽の龍子から素早く距離を取った。



 2


 いっぽう、そのころ稲佐町の院里学会施設では。

「デートのお誘いが来ちゃった」

 少し頬を赤らめた摩魚まなが、嬉しそうに呟いた。

「良かったね、摩魚ちゃん」

 そして、ミドリも嬉しそうに同意した。

 撤退予定の残りの兵隊たちを“姫様”から全滅させられて腹を立てた菊代が、陰洲鱒町への進攻を宣言して、電話番号を彼女に手渡したのちに側近とイシュタルを引き連れて撤収していったのを見送ったあとに出てきた摩魚の言葉であった。その現場を去る際に、菊代は兄嫁であり友情以上の感情をも抱いている日並にへと、蜂蜜色の瞳でチラッと一瞥してから背中を向けてアストンマーチンに乗り込んだ。しかも、この流れを黒い瞳で“しっかり”と見ていた摩魚は、日並に顔を向けて聞いていく。

「お義姉ねえさんだよね?」

「ええ」目線は、菊代の去った方向のまま。

「仲良いの?」

「ええ」と、赤褐色の瞳を摩魚に向けた。

「ねえ、日並さん」

「なあに?」

「今、暇?」

「ええ。私が今ヤることは終わったばかりだから、暇ね」

「そう。良かった」ニコッと満面の笑みを見せた。

 次に、雷蔵と響子、ミドリとタヱ、幹江と昇子と虹子、と黒い瞳で流し見したのちに、再び日並を見た摩魚。

「じゃあ、今から私と闘ってくれる? 立会人は“いっぱい”いるわ」

「なんのつもり?」そう日並が疑問を投げた。

「八年前の屈辱を晴らしたいからよ。ーーーあのときの私は、まだまだ弱かった。弱かったのに、あなたと鮒さんに挑んで赤子の手をひねるように“あしらわれた”。だから私はより厳しい鍛練を学んで耐えて、そして身に付けた。あの頃とは違う。少なくとも弱いままじゃない。おまけに、躊躇いを消すことも覚えたわ」

「…………。そう? 私は構わないけれども、“あっち”には加勢しなくても良いの? 復活したお友達なんでしょ?」

 と、日並から施設を立てた親指で指された。

「復活……?ーーーまさか!?」

 疑問を復唱した摩魚は、ミドリの方を向いて声をあげた。

 日並を見て軽い笑いをあげたのちに、ミドリは摩魚を見た。

「あはは。日並さんにも知られていたのね。ーーーそうだよ、摩魚ちゃん。身勝手に私たちを消すことは許さない。八人で、教団が出来る以前に、人さらいが起こる以前に、平穏な町に戻すんだ。でもそれが、例え日本の、いいえ、世界のリセットに波及してしまっても私は構わない。私の好きな町と友達と家族、そして摩魚ちゃんと静かに過ごせるようになるなら、世界が根こそぎ変わったって構わない」

「ミドリちゃん、奇遇だね。私も同じことを考えていたよ」

「え? 嘘……」

 発した言葉とは正反対な、ミドリの歓喜な表情。

 摩魚は話しを続けていく。

「有子さんと真海が生き返ったのね。ーーーなら、話しは早いじゃない。御上おかみが私たちに、お前たちはまだやる事がある、だからまだ死ぬ時じゃない。って言ったんだよ。だからヤることをやろう! あの二人も同じなんだ。片を付けないといけないこと、掛けられた因縁を祓わないといけないこと。そのために頑張っている。ーーーミドリちゃん、私たちも頑張ろう」

 瞳をウルウルさせているミドリとしばらく見つめ合ったのちに摩魚は再度、日並に向いた。

「というわけで。私、海原摩魚は片倉日並と決着を着けたい」

「いいわね。そこまで言うなら、受けて立ちましょう」

 摩魚の挑戦を、日並が真剣な顔で受け止めた。


「はい。その前に、質問いいですか?」

 榊雷蔵、あえて空気を断つ挙手。

 青年の方に振り向く摩魚と日並。そして、ミドリも。

 雷蔵は摩魚を見たあと、本命とばかりに日並を見て。

「中学生のとき横綱までいって大会優勝をしていた、片倉日並さんにお聞きしたい。というか、闘う前にひとつだけ確認しておきたいことがあるんですが」

「なにかしら? ていうか、君。麗子さんの息子さん?」

「一時期出回って話題というか疑惑になっていた、そちらの長女の昇子さんを虐待していたとあったんですけれど。俺なりに気になって、ひとりで独自に検索や聞き込みしてみた結果、やっぱりニュース以上の情報を得ることがなかったんです。俺も格闘をしている端くれ、その情報にはやっぱりいまだにモヤモヤしているんですが。せっかくなんで、当人がいる以上は直接聞いてみるしかないかなと。ーーーというわけで。日並さん、実際はどうなんですか?」

「あのさ、君ってヤツはさ」

「俺は、中学生当時の“あなた”が江戸の怪物と呼ばれていたほどの強さと、それをいまだに継続して鍛練しているといったことを知ってからは、ひじょうに興味を持っているんです。ひと目見ても分かる、背の高さ、骨格、鍛え上げた筋肉量からうかがえる推定体重。そのどれもが素晴らしい。俺も一緒に手合わせを願いたいくらいです」

「ねえ、君。私を口説いてる?」

 戸惑いを覚えた日並が、雷蔵に投げかけた。

 昇子は口を閉じている雷蔵に目線をやったあと、母親を見て。

「この兄さん、本当に母さんを武道家として見ているのかも」

「マジかよ」と、日並が驚愕と呆れが混ざった声を洩らした。

 そんな中。雷蔵を物凄い目付きで睨んでいた摩魚に気づく。

「雷蔵くん。横取りするのは、やめて」

「君こそ、変な言いがかりはやめてもらおう」

 と、摩魚を鋭い眼差しで睨み返す雷蔵が反論した。

 摩魚と雷蔵の睨み合う間で、電撃がぶつかり合ってスパークした。

 そして、二人して身体中から青白い炎が揺らぎはじめた。

 お互いの間合いが触れ合ったら、戦闘が起こりそうであった。

 まさに一触即発の状態に突入していたのだ。

 と、そんな緊迫感が漂う中で、ミドリの後ろで人影が点滅し出した。

 え?という皆の視線を集めて、ミドリは己の後ろを見た。

 Tシャツの裾を胸の下で結んだショートパンツ姿の黒髪美女。

 点滅なからも、“彼女”のその容姿がハッキリと見えた。

 しかし、現れたり消えたりが一向に落ち着かない。

 だが、“彼女”自身も異常を自覚していたようで。

「ねえ、ミドリちゃん。私、いったいどうなっているの!?」

 困った顔でじぶんの両手を見て、金髪娘に声をかけた。

 “彼女”の点滅を見ていたミドリは、たちまち嬉しそうになり。

「やったわ、龍子さん! あなたの首か身体が実際にあったのよ!」

「え? 本当?」

「精神体が点滅するってことは、肉体が危機に晒されている証拠ですよ。でも、今からでも間に合うわ。なにせ精神体だから、光りの速さで現場に飛んで行けるんだから! 秒で復活できますよ!」

「やだ! なにそれ? 本当!?」

「本当本当。浅いうちに行ってらっしゃい!」

「ありがとう、ミドリちゃん!」

 笑顔で感謝を述べた精神体の黒髪美女は、強い白い光を発した瞬間に消失した。この一連を見ていたミドリ以外のギャラリーで、有馬虹子が代表して聞いてきた。

「あのぅ……。ミドリさん、今の、デカい“おっぱい”の美女は?」

「龍宮龍子さんだよ」

「ん?」誰?それ?の直後に、待てよ?聞いたことあるぞ?の虹子。

 いってらっしゃーい。と、空に向けて手を振っていた幹江と昇子。

 この二人は、ミドリが有子と真海の精神体を回収したときにすでに“ついでに”回収された精神体の龍子とも面識があった上に、計画実行の午前中まで一緒に生活をしていたから、当然のように振る舞いと接し方も友達であった。



 3


 再び、教団の秘密の地下階に戻る。

 二つの気配を感じた美沙が、両手で拳銃を構えながら左右と前後気を張っていく。煌々と明るい部屋でありながら、人影を感じないとは。さらに数歩ほど後退していったとき、美沙の真横から光る物が三つ飛んできた。とっさに跳び退けたら、さらに反対側から同じ物が照明を反射して飛んできた。今のコレは、棒手裏剣か。くそっ!と吐き捨てて、美沙は二度目の攻撃をさらに後ろに跳んで回避したのちに、その方向にへとリボルバーを構えたときであった。棒手裏剣が初手に飛んできた方向から、小袖姿の娘が両手で美沙の手元を掴んだ。誰だ?と目を向けた隙を突かれて、美沙は拳銃を持った両手を捻り上げられて天井の照明に発砲した。次に、グイッと急速に両手を落とされた美沙は床にも発砲して石畳を抉らせた。上体を下げられた美沙の肩に、小袖姿の娘から肩を密着されたときに親指を捻られて思わず拳銃を落とした瞬間に、足下を掬われてというか蹴られてバランスを崩したとたんに身体の前面と顔の横を床に叩きつけられて右腕を反対側に捻り上げられて膝を背中に乗せられて、彼女は娘から完全に押さえ込まれてしまった。顔の左を地面に付けられてはいたものの、美沙はなんとか右目の死角で己を取り押さえた人物を確認していった。

 その小袖姿の娘の正体は。

「い……、育良ちゃん……?」

「いらっしゃい。侵入者さん」

 鋭い眼差しで地の美沙を睨み付けたのは、鮭川育良だった。

 この女中メイドの娘に、彼女は恐怖を覚えていく。

 ーなによこれ! なによこれ! この子が“こんな芸当”ができるって知らなかったわよ!ーー

 焦る美沙を見下して、育良は話しかけた。

「会計係の入江さんが、こんなところまで“いったい”なんの用かしら? 答えによっては、右腕だけで勘弁してあげるけれど。言いなさい」

「く、クソ……が……!」

 汚い言葉を吐き捨てながらも、美沙は身体の側面に浮かんだ赤い逆さ五芒星の円形魔方陣の中に左手を入れて、下から育良を睨み付けた。そして、彼女の背中からハンドガンを持った左手がニュッと現れて。

「言うかよ。バーーーーカ!」

 罵りと同時に発砲した。

 背中から現れた銃口を見た刹那、育良は瞬時に解放して身を退いた。

 下からの銃弾が育良の額を切って通過。

 後転して間合いを取り、片膝を突いて美沙に構えた。

 起き上がっていく侵入者から目を外さないでいた育良の額から、鮮血が流れ落ちていく。右肩が痛かったのか、立ち上がった美沙は肩をグルグルと回したのちに、両手で持ったハンドガンを構えて育良に照準を合わせた。その直後、真横から出現した草履の足が美沙の手元を蹴り飛ばし、暴発とともに銃が両手から弾かれた。前蹴りを受けた衝撃でハンドガンから発砲された銃弾を、育良は床に伏せて避けた。拳銃を蹴飛ばされて両手を痛めた美沙に追い討ちをかけるように、鮭川紅佳が彼女の包帯の左肩をめがけて肘を喰らわせたのちに、一歩踏み込み肩を胸に当てて、さらに一歩踏み入れて腰をクイッと振って“がら空き”の腹に駄目押しの一撃を入れて侵入者を突き飛ばした。紅佳の当て身により約二メートルほど吹き飛んだ美沙は、落下の際に辛うじて受け身を取って転がり、片膝を突いた状態から“ゆるゆる”と立ち上がった。

 まさか、あの事務係の双子が、合気道を使えるとは。

 思いを驚愕に巻かれて絡まれながら、美沙は必死に意識を保った。

 そして、三度腹の魔方陣から拳銃を取り出して構えた。

 その目の前の、鮭川紅佳はというと。

 当て身の姿勢のまま、腰をプリップリッと振って見せて。

「二五の娘のお尻のお味はいかがだったかしら?」

 半身になり両手刀を構えて猫足になって、美沙に向き合う。

 次に、身を起こした育良も、妹と同じ構えを取った。

「入江さん。あなた、鮒さんが可愛いからって、いくらなんでも襲うのは許せないわ」

「あと。なんで地下階ここに来たのか、訳を言ってもらおうかしらね。場合によっては、腕の一本で許してあげる」

 紅佳から育良へと続いた。

 姉妹の言葉を聞きながら、美沙は二人に照準を合わせた。

「てやんでい……! ペラペラ喋る馬鹿がドコにいるってんだ!」

 と、トリガーに掛けようとした指が思わず止まった。

 それは、育良と紅佳の背後の割れた水槽から、ゆっくりと身を起こしていく裸の龍宮龍子を見たからだった。眠りから覚めた龍子は、割れたガラスに手を掛けて、片膝ずつ起こして“ゆるり”と膝と背筋を伸ばして立ち上がった。次に、彼女は稲穂色の瞳を“ボウッ”と虹色に光り輝かせていく。そして、それはやがて、虹色の焦点が美沙を定めた。

 このとき、美沙の中にヒトとは違った異形なモノに対する恐怖が沸き起こり、顔と身体中に脂汗を吹き出して、全身が小刻みに震えていった。私が今感じている物は、なんだ? ひょっとして、水槽から目を覚ました“女”に対してか? まさか。相手はたいだぞ? 今ならコイツら三人をまとめて撃ち殺せる余裕と優位性が圧倒的にある。そうして、美沙はグッと歯を食いしばり。

「しゃらくせぇ!」

 と、ハンドガンを両手で構え直して腰を落としたときであった。

 ゆらゆらふわふわと龍子の長い黒髪が浮き立ち逆上がり、左右に広がりを見せた、その直後。一時的ではあるが、美沙は完全に言葉を飲み込むほどに喋ることを失い、喉の奥底から人のではない引きつるような悲鳴を上げたのちに、彼女たち三人に背中を見せて出入口まで駆け寄り、扉を乱暴に開けて閉じてガチャガチャと鳴らしたあと石階段を駆け上がっていった。

「私は、私は、“こんなこと”やっている暇なんてないんだ! 私は、私のヤるべきことを役目を終えなければ! そして、この島を楽園に変えて菊代さんと暁彦さんと幸せに暮らすんだ! そうだ! そうなんだ! そうしないといけないんだ! そうならないといけないんっだーーーー!!」

 と、最後は雄叫びとともに地下階出入口の扉を蹴り開けて飛び出してきた美沙が、受け身を取って着地したのちに次の現場というか目的を遂行するために駆け出した。


「ずいぶんと、まあ、“可愛い”捨て台詞だこと」

「やっぱり、あのに用心しておいて良かった」

 出入口扉を見ながら、手前の紅佳と奥側の育良がそれぞれ呟いた。

「ありがとう。あなたたちのおかげで、私は“ここ”に戻れたわ」

 背後からの礼に、姉妹は思わず振り向いた。

 姉妹一緒に目を見開き、思考と行動が止まる。

 龍宮龍子が、シュッと手刀を挙げて。

「ただいま。やっぱり“じぶん”の身体は最高ね!」

 室内照明に、白い歯を輝かせて微笑んだ。

 きゃーーーーっ!っと姉妹仲良く悲鳴を上げた。

「嘘……! やだ、嘘、マジ……!?」

「ええ……? ちょ……! 信じらんない!」

 育良と紅佳の反応を見ながら、龍子は双子に愛らしさを感じた。

 そういえば双子と言ったら、私の娘たちは元気かしらね?

 こう思い出を巡らせていきつつ、龍子は足を前に突き出した。

 邪魔ね。と水槽の残骸を蹴って前を開けたあと、彼女は足もとを確認していきながら台から下り立った。続いて、目の前の双子に「ふふっ」と微笑みかけて。

「はじめまして。私は龍宮龍子」

「え、あ? あの、はじめまして。私は鮭川育良です」

「はじめまして。私は妹の紅佳です。よろしくお願いします」

 龍子の美貌に見とれ出した姉妹も、各々を自己紹介していった。

「まさか、本当に復活するなんて」

「私も同じです。鮒さんともども、叶わぬ願いと思っていましたから」

 育良から紅佳と続いた言葉に、龍子は笑顔で反応する。

「それは私も同じだよ。魂のままの浮遊だったから、半信半疑だったんだけど。まさか、精神体のときのお洋服まで」

「え? 服? あなた今、裸ですけど」育良の指摘に。

「はい?ーーーきゃーーーーっ!! ええ! ななななななんで!? なんでなんでなんで!? なんで私、また裸なの!? いやーーーーっ!!」

 百八〇センチを誇るの長身の女性が自身の一糸纏わぬ姿に気づいた瞬間、顔中の耳まで真っ赤にして“たちまち”身体を丸めてしゃがみ込み、腕を巻いて豊かな両胸を頑張って隠した。これを見ていた、鮭川姉妹は。

 ーやだぁ。龍子さんってば、可愛い。ーー

 ーええ……! やだもう。小さな女の子みたい。ーー

 育良と紅佳とも、声にはださぬが内心では龍子に萌えていた。

 双子のそのような思いも知らぬ当の龍子は、潤ませた目を向けた。

「ねえ……。なにか適当なお洋服ない? このままじゃ恥ずかしい」

「それなら」

 このように嬉しげに声をあげた紅佳が、スタコラと生命維持器機が設置されてある壁とは反対側の方へと駆けていき、木製のクローゼットを開けてガサゴソと探して取り出した。これまた嬉しそうにしながら戻ってきた娘の両手には、赤色のドレスがあった。そして、赤色の下着も。一連の我が妹の動きを、育良は目じりを下げて見ていた。胸を隠したまま立ち上がった龍子が、恐る恐ると近寄って覗き込んだ。

「あ。これ、私の服! っと、下……着……」

 明るい顔になって、愛用していた立ち襟の赤いドレスを見て喜んだのから一変して、下着を確認するなりに“みるみる”と頬を赤らめて言葉も“しぼんで”いった。それは、赤色の薔薇のレース柄のブラジャーと腰骨パンツとベージュのハイソックス、そして赤色のガーターベルト。二人してニヤニヤと衣服と龍子の反応を二往復して見た、育良と紅佳が。

「龍子さん、セクシー」

「中身も素敵ですね」

 愛らしい双子から目線を外した龍子は、頬を赤くしたまま。

「だ、だって、いつも勝負時だったんだもの……。とくに、島太郎さんの前だと“よけいに”意識、しちゃって……」

「ああ、もう! 龍子さん可愛い!」身悶えする紅佳。

「やだ、もう。ーーーあの。もっとお話しを聞きたいですけど、今は地下階ここを出ることを優先しましょう。なので、クローゼットの横にシャワー室があるから、まずは浴びてきてください。それからです」

 そうシャワー室を指した育良から話しを受けた龍子は、頷いたのちにその方向へと足を運んだ。


 4


「凄い……! 新品みたい。ほころびも傷もない」

 シャワーを終えた龍子が、愛用の下着と立ち襟ドレスをまとった直後に出てきた言葉であった。ドレス全体のデザインとしては、龍子は貿易の仕事も兼ねていたので、通常で知られている鹿鳴館のような後方にボリュームあるスカート裾が長い物ではなく、長身で細身な彼女に合わせたスカートの膨らみをコンパクトにしたスレンダーな形のドレスであった。襟は三段階のスカートは八段階のといったそれぞれの裾のレースが重なっており、襟の一番内側とスカートの一番下は白色、襟の二番目とスカートの下から二番三番目が染井吉野色、スカートの下から四番五番目は桃色、そして最後は襟の外側一段目とスカートの下から六段から八段目も入れたドレス全体が赤色というか薔薇色であり、このドレスと同じ生地で製作した薔薇を模した物を腰の下側から下がるように五つ付いていた。おまけに、赤いシルクハットに巻いているリボンも薔薇に成形していた。パイプ椅子に腰を下ろした龍子は、その大きなウェーブのかかった長い長い黒髪を育良からセットしてもらっていた。当時の明治時代に生きていたときは、どういう髪型であったのか、と龍子に聞いて確かめながら育良は彼女の髪の毛にブラシを通して成形しやすくしていく。ミドルのポニーテールにしてから、これを根元からグルグルと二段ほど巻いて残りは垂らす、といったもの。双子の娘たちともども大きな巻き毛という癖毛、言ってしまえばまるでワカメのような髪の毛を生かした龍子のヘアスタイルだった。

 やがて。

「はい、完成」

「ありがとーー!」

 嬉しさに椅子から立った龍子が、育良を抱きしめた。

 続いて、紅佳も抱きしめた。

 双子姉妹を抱擁から解放したのち、龍子は微笑みを向けて。

「あなたたちのおかげで準備万端。さあ、ここを出ましょう」

 と述べて、薔薇色のドレス用ショートジャケットを羽織って準備を整えた。



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