入江美沙
1
同日。場所は変わり、螺鈿島陰洲鱒町。
蛇轟秘密教団地下一階A住居区画。
表札『磯野海太郎』の部屋。
彼の“秘密部屋”で、美女がシャワーを浴びていた。
彫刻硝子ドア越しから、スマホに着信音が入ってきた。
シャワーを止めて、軽く手元を拭いてドアを開ける。
洗面台に手を伸ばしていき、星条旗柄のスマホを取って。
五回目くらいの呼び出し音のあと電話に応じていく。
「はーい。入江美沙です」
『片倉菊代です。ーーー二日後、予定通りに町への進攻を決行するわ。だから、それまでの“下地を整えて”おいて』
「了解」
『ずいぶん待たせてしまったわね』
「いいえ、構いません。これも任務です』
『ありがとう。頼んだわよ』
「了解」
こう通話を切ったのちに、入江美沙はスマホを洗面台に置いてシャワーを再開していく。
蛇轟秘密教団には、長男の鰐蝶之助をはじめに次男の野木切鱶太郎と三男の橦木交太郎のフカ三兄弟が幹部を勤めている他に、入江美沙が四人目の幹部をしながら教団内の会計をしていた。美沙は、細身でありながらも“やや”グラマラスな長身の美女。艶やかな黒髪を顎のラインで切り揃えていて、切れ長で涼やかな目もとに高い鼻柱と、適度にプックリとした唇にルージュが似合っていた。この美貌の会計係こと入江美沙は、数年前に、カタクラメディア藝能部総合マネージャーの片倉菊代の紹介で院里学会に入り、さらに赤奴牛太郎と母犁宮智輝と牛腹瀬織の“伝”によって教団へ会計課として就き、『萬屋 磯野商事』の秘書と教団運営もしていた鯉川鮒とその分身である磯野フナと共同で会計職を勤めていた。美沙は、協力当初から教団の経過と施設内部を調査報告をし続けていた。教団の最地下階には秘密の地下室がある、という情報が以前から彼女の耳に入っていたので暇を見付けて調査をしていたが、その痕跡すら見当たらなかった。信者らや町民たちに聞いてまわってみても、どれもこれも噂話ていど。やがて調査方法にワンパターンを覚えてきた美沙は、自身のスタイルの良さと美貌を利用してみることにした。つまりは、教団の幹部たちと町の者と“寝る”ことであった。まずは、磯野波太郎と海太郎の萬屋の兄弟と“寝た”あと、町長の摩周安兵衛と町内会長の摩周刃之介の兄弟にも関係を持ちかけてみたが、この二人は彼女の誘いには“いっさい”乗らなかった。次に、教団内外だけでなく島の外でも“人魚姫”と呼ばれていた鯉川鮒に迫ってみたら“、意外に押しに弱かった”ようで、事後に鮒が伏せ目ぎみに目線を外して「もう、これっきりにして……。お願い……」と言ってきたときに美沙はキュンキュンしてたまらなくなり、思わず抱きついたという。後日「あなたには本当に感謝していたのよ。それと同時に、なんとなく用心もしていたら、案の定……」という風に、なんだか残念そうな表情と声で、鮒は美沙に言ってきた。そして、フカ三兄弟の実子と腹違いの息子たちは橦木朱勇ひとり除いてのあとの全員は積極的に美沙へと関係を迫り、文字通り“竿兄弟”となった。それから、日本基督教会への熱心な協力者と噂されている人魚(深者)の姥湯鮫花とも“寝て”みたところ、美沙は彼女から身体中を“開発されて”、これまで体験したことがなかったかのような快楽と快感の大波を味わった。鮫花から“女という女”を刺激されて、美沙は恥じも外聞無く大きく快感に喘いだ。“事”を終えた直後に敷布団で仰向けになって余韻に浸りながら夢か?現か?と思いつつコンクリート天井のLED照明灯を霞んだ視界で眺めていた全裸の美沙のその横で、こちらも素っ裸の鮫花が横座りで金箔柄の艶々の黒い煙管を吹かしていき、気だるそうな微笑みを浮かべて切れ長な黒い眼の銀色の瞳で彼女を見下ろしていく。その気だるそうな微笑みも、なんとも艶っぽいことか。身の丈二メートルにも達する鮫花は、藍色の小袖姿から遠目には線の細い美女に思えるが着物を脱いでみたら、意外と豊かな乳房とキュッと締まった腹まわりと決して肥大などではないがコンパクトにまとまった腰まわり、といった見事なマーメイド体型であった。巨体な割にはバランスが歪“いびつ”ではないために、一目では彼女を巨人だと判断できないであろう。そして、これらに関しては、鯉川鮒や鰐恵と虎縞福子ら長身の雌人魚たちにも共通していた。話しを戻すと、横座りでキセルを吹かす鮫花の姿には、同じ“女性”である美沙でも艶かしさと色気を感じて、尽き果てていたと思われた欲情の泉が再び湧き上がってくるのを覚えてきた。
「秘密の地下室のことは知らん」
と、鮫花の京都訛りの声が美沙の頭に降ってきた。
そうだった。
私は、調査報告の他に教団の秘密が知りたいだった。
このように、美沙は己の役目と意識を取り戻していった。
開き気味の脚と広げ気味の脇を締めて、横向きに寝た。
そして、美沙は枕に片肘を立てて手の平に頭を乗せる。
「あなたも知らないのね……」
ちょっと残念そうに呟いたとき。
煙管を持ったまま、鮫花がうつ伏せに両肘を突いて。
美しい顔を美沙に向け、紅を引いた薄い唇を吊り上げた。
「その代わり、行方知らずになった女の生首のことなら知っとるで」
嗚呼。なんという悩ましげな唇をしているのだろうか。
「その昔、百二十年以上前。私たちフカの“四兄弟”と大喧嘩した貿易商社の女主人がいたんや。えっらい別嬪さんでな、鮒ちゃんがお気に入りだった人よ。そして、その女主人も鮒ちゃんをお気に入りだった」
「…………。相思相愛?」
「まあ、似たようなものやね」
灰皿に、コンコンと煙管を打つ。
「鮒さん、磯野商事だったんじゃなかったの?」
「波太郎と海太郎んところに入ったんわ、“そのあと”。前は龍宮商会という貿易商社で勤めとったのよ。ーーーこの島に流れ着いて、龍子に“拾われて”、事務職をするようになった」
「その女主人、龍子さんって言うんだ?」
「ええ。龍宮龍子。名前に龍が二つも入った、最強の女や。美しさだけやない。実際に強かったしな。オマケに、“おっぱい”も私よりデカかったで。嘘やない」
「焼失跡を保存していた場所で写真を見たわ。綺麗な人だった」
「せやろ? 龍子は島でも町でも飛び抜けて綺麗な女だったんやで。ーーーでもな、私ら姉弟と“大喧嘩”をしたせいでな。じぶんで“じぶんの首を撥ねる”ことになってん」
「どうしてですか?」
「産まれたばかりの双子の娘さんを守るためだったんよ」
「へえー。ーーーで、大喧嘩の原因ってなんだったの?」
「龍子はな、貿易の仕事で暇を見付けては、毎年ひとり陰洲鱒町から消える女の子たちの行方を追っていたんや。まあ、言うてしまえば、私と旦那たち兄弟が磯野の兄弟と“仲介者”と一緒になって神隠しして太い客に売っていただけなんやけどな」
鮫花は銀色の尖った歯を見せて“きしし”と笑った。
「“仲介者”って?」美沙が確かめていく。
「あんたも見たことあるやろ? 赤奴牛太郎と母犁宮智輝と牛腹瀬織っていう日本人離れした、浅黒い三人。あと、色白いエエ男の、片倉暁彦もいたな。私と旦那たち兄弟と磯野兄弟が十三財閥との契約を結ぶことが出来たわんは、あん人らが爺さんの代から契約続行してくれているおかげやな。ホンマにありがたいわ。ーーー話し戻すけどな。契約書はあるが、私たちが女の子たちを売るために誘拐した言う証拠が出てこん、ていうか見つからん。でも龍子は“勘”で、私らが女の子たちを財閥のする儀式のために売っていたのを分かっていたんやな。だけど、その証拠を押さえることが出来ん以上は私たちへの“言いがかり”にしか見えへん」
「その龍子さん、徐々にヒステリックになっていったの?」
「いいや。彼女は常に冷静やった。だから私たちは龍子に恐怖を覚えていた」
煙管からひと口味わったあと、トントンと灰を落として。
「しかし、そんな強い女でも可愛い我が子を盾にされたときは、さすがに動揺が見られたで」
こう、含み笑いで言ったあと。
「これで彼女に私たちが勝てる。そう思っていた矢先に、龍子と仲良しだった朱美が蝶之介から双子を奪還した。その隙を突いた龍子が髪の毛を発射して蝶之介を斬ろうとしたら、朱美の左目も一緒に斬ってしまったんやな。親しい者を傷付けてしまった彼女から“オモロイほどに”狼狽していく様が見られたんやが、朱美のヤツな、私に構わずヤれ!って背中を丸めて双子を抱きしめて彼女に発破をかけたとき、蝶之介ら四兄弟をまとめて狙った技を発射したんや。そしたら、あの女、四兄弟のうち恵一郎を“刺身”にして、残りの三人に深手を負わせたんやで。ーーーここまで聞いたら、龍子が勝ったも同然やろ?」
「ええ。そう思う」
「しかしな。龍子の技と一緒に、蝶之介もフカヒレ言う妖術を放ったんよ。お互いの技が交差してな。普通だったら龍子も喰らって三枚におろされていたはずだったんやが、とっさに鮒ちゃんが彼女の盾になってな、今は背中に大きな“バッテン”の傷の痕が薄く残ってしまうくらい、龍子を身を挺して守ったんや。ーーー燃え盛る会社の中で、深手の四兄弟と無傷の龍子。周りには、従業員たちと旦那の死体。あと、じぶんの手でないとは言え、親しい鮒ちゃんと朱美を傷付けてしまった。そして朱美の腕の中には可愛い我が子。ーーー最後の技を極めれば、確実に友達も我が子も救える状況やったんやが、なにを思ったのか、最強の女が追い詰められてしまったんやで。いや、じぶんでじぶんを追い詰めた……、に等しいか。その結果、じぶんの技で自らの首を斬り飛ばしたんよ」
「それで、争いが終息した。……と?」
「せや。龍子は自殺でもって争いに終止符を打った」
その言った鮫花は愛用の煙管を彫刻硝子の灰皿に置いて。
美沙と向き合うように横になり、枕に肘を突いた。
「私たちの“家業”は誰にも暴くことは出来ん。なんせ、証拠が出てこんからな。だいいち、私がこう話している物でさえ、口から出任せだの創作物だのと思われてしまうやろな。証拠も痕跡も残しておらんから当然や。ーーーそれはそれとして、ここから、あんたが知りたかった話しに繋がるんやけど」
「へえー」親しげな笑みを浮かべた美沙。
「その龍子の首、鮒ちゃんが持ち帰って“どこか”へ隠した。っていう噂話しがあるのは本当や。しかも、内容と言ったら、ホルマリン浸けだの、液体カプセルに保管だの、蝋で塗り固めただの。だいたいこの三つ。あとはイイ加減な物ばっかり。イイ加減だけど、鮒ちゃんが彼女の首を保管しているのは本当やろうな。ただし、ソレがどこにあるか分からへん」
「噂の中に本当があったんだ」
「ああ、そうや。本物の情報がなければ噂も立てられんしな」
「ひとつ気になっていたんだけど」
「なんや?」極めて優しい表情と声で促した鮫花。
「お母さんを失った双子ちゃんの行方は?」
「ショックを受けて茫然となっていた朱美から、その双子を鮒ちゃんが預かってな。彼女は、龍子の首と双子を抱きしめたまま村長の安兵衛と刃乃助の兄弟に、この子たちを育ててくれることを頭を下げて頼んだらしいんよ。鮒ちゃん、じぶんの旦那の波太郎に協力することを拒んだんやろうな」
「え? 波太郎さんとは秘書で愛人じゃなかったの?」
「いいや。彼とは夫婦の関係やで。仕事上で旧姓の鯉川を名乗っているだけで、戸籍はちゃんと磯野鮒。フナ婆さんの娘たちのマキちゃんとカメちゃんも、実は鮒ちゃんの娘」
「カツとタラもでしょ? 違うの?」
「あははは。カツとマス。私と波太郎の子供やで」
「…………。え?」
「“ついで”に言うとな。橦木んとこの朱左衛門と朱右衛門、野木切んとこの鱏一と鱶二と鱏三郎と鱶四郎、鰐んとこの頬白。みーーんな、私の子供」
「す、凄い……」
「深三姉妹と磯野マキちゃんは、その男たちと結婚した。連れ子の母親が私と知らずにな」
「鮫花さん……」
「なんや?」
「怖い……」
「そうか? 私が怖いか」嬉しそうな顔を浮かべた。
「でも、素敵」キラキラウルウルと美沙の瞳が輝いていた。
「おおきに。ーーーで、話しを戻すけどな。龍子の首の保管場所を知っているのは、鮒ちゃんだけやない。夫の波太郎と彼の弟の海太郎の兄弟も知っとるで。なんでかって? そらぁ“あんた”、波太郎さんも“私の夫”だからに決まっとるからやろう。場所までは言わんかったけれども、鍵の在処は聞いたで」
「それって、どこにあるの?」
「“ここまで聞いて”動じていないのは、大した覚悟やな、美沙さん。本当なら、今ごろは知りすぎた“あんた”の首がへし折られてたで。しかし、私は“あんた”を気に入った。だから教えてあげる」
そう言った鮫花が、美沙の顎を指でクイッと持った。
そして、彼女の唇が鍵の在処を告げていく。
これを“しっかり”と耳に入れた美沙は。
「ありがとう。ーーー鮫花さん、私、あなたが好き……」
「おおきに」優しく微笑む。
「そして、尊敬している」
「そら有難い」
「だから、ねえ……。私、あなたともう一回したい」
「ええで」
そう言った鮫花の唇が、美沙の唇と重なっていった。
2
教団施設の地下一階A区画の海太郎の部屋に戻る。
四角に太い円柱のコンクリート打ちで広く、シャワートイレも完備していた特別な個室であった。信者たちの住居の部屋もあるが、それらは全て相部屋で雑魚寝であった。そしてこの部屋の隣には、当然『磯野波太郎』と名札のある彼の兄の部屋もあった。部屋の浴室の白い扉の横にあるダブルベッドで四度に渡る熱い情交をしたのは、部屋の主である海太郎と、入江美沙であった。その美沙が、我が団長の片倉菊代からの連絡を受けてスマホを浴室の洗面台に置いたあとシャワーを再開しながら、姥湯鮫花から聞いた話しを思い出していった。尊敬して止まない菊代のことが好きであった彼女は、鮫花のことも好きになっていた。そういうことにより美沙は、私の好きな二人のために頑張ろうと腹を決めて、シャワーを止めた。そして彼女が手をドアノブに掛けようかとしたとき、ひとりでにノブが下がって外側から扉を開けられた。思わず驚いて見た美沙の目の前には、いまだに全裸の磯野海太郎が立っていた。薄笑いを浮かべた海太郎の腰へと不意に目をやったら、男の股間はすでに隆々と蛇の鎌首のごとく“そそり”立って脈を打っていた。まさか、五度目はさすがに勘弁して!と心中で洩らした美沙の手首が捕まれて抱き寄せられてしまった。脂肪の付いた腹回りながらも、海太郎の身体には胸板が分かるほどに鍛えていた。訴えを発する間も与えられずに、美沙は海太郎から強引に唇を吸われていって、数秒間の口内と舌を堪能した男は、彼女の首筋を下へ下へと這っていき乳房とその先端部を味わっていった。嫌悪感とともに沸き上がっていく慣らされた性的快感が美沙の中で鬩ぎ合い、下唇を噛みしめていく。男の片手が美沙の下腹部に滑り込んで指先で撫でていった中で、「おや? もう受け入れられるのか?」と嘲笑を含んだ声で彼女の耳元で囁いた。美沙の下腹部に中指を突き入れながら、海太郎は頭を下げていくと、彼女の濡れた脚の間に顔を埋めて舌と唇を駆使して女の物を啜り味わっていった。浴室に響き渡る、背徳的な音を耳に入れていきながら、意識を上り詰めていった美沙は身体が後ろに大きく仰け反った。正直、美沙は四度のセックスで充分過ぎるほど身体が満足していた。なので五度目のはヤる気すらなかったのだが、いろいろと“開発されてきた”おかげで快感のスイッチが入るようになってしまっていた。
「壁に手をつけ」
低い声で海太郎から指示をされて、美沙は従った。
そして。
「う……っ」
両手の太い指で腰を掴まれて、後ろから突き入れられた。
男のイキり立った物が、美沙の中に入っていく。
どうしてこうも金と力が有る男たちは女の尻から攻めるのが好きなのか?と、美沙は体内で前後運動を感じなからも“このようなこと”の疑問を改めて抱いていった。男の腰で女の腰を打ち続ける音が浴室中にしばらく響き渡っていっていたときに、彼女の腰を掴む男の指がさらにギュッと力強くなった瞬間、海太郎は美沙の下腹部の中に白濁の物を大量に放出した。ああ!と思わず声をあげて、美沙は壁を強く押した。いくら任務のためとは言っても、不本意な男に抱かれた上にコンドームも着けずにこうして無責任に中に出されていくことに、美沙はたちまち絶望感を覚えて、左の頬に一筋の涙を伝わらせていった。その上、後ろからなかなか引き抜いてくれない海太郎にへと、彼女の心の暗闇の奥深い底から、鋭く不穏な光が出現してきた。
「ねえ、海太郎さん……」
と、美沙が低く脱力した声で男を呼んだ。
「なんだ? どうしたんだね?」
目線も態度も声も彼女を見下した感じで海太郎は返した。
美沙が“ゆっくり”と上体を起こしていく。
「はあぁぁ……。噂の地下室、あるんでしょう?」
振り向かずに、静かな低い声で美沙は投げかけた。
彼女の内腿を、男の白濁した液が伝い下りていく。
「私ね。のらりくらりと“はぐらかされる”のにも、いい加減飽きていたの……。無い、という答えも聞き飽きたわ。有るなら有ると答えてくれた方が、あなたにとっても私にとっても良い選択なんだけど。ーーーあるんでしょ? 秘密の地下階の鍵が?」
「“ある”。と言えば、お前は満足するのか?」
海太郎がこう返したときに、美沙の背中から拳銃を持った右手が出ているのを男は見た。直後、渇いた音が鳴ったのと同時に、海太郎の胸の真ん中に小さな穴が空いた。そのあとからたちまち来る痙攣と寒気によって、美沙の腰から両手を放してガクガクと膝を揺らしながら後退していき、壁に背中を付けた。男の物が尻から引き抜かれたことを体感した美沙は、自身の腹に浮き出ていた赤色に光る逆さ五芒星の円形魔方陣から右腕を抜き出したとき、その右手にはハンドガンが握られていた。静かに踵を返して、顔面蒼白な海太郎と向き合い。
「有るの?」
と、今度は美沙が男を見下していく。
「……ある。鍵は本当に、ある……」
「どこよ?」
「波太郎の……、書斎……、社長室の……クローゼットの引き出し、三段目の、天面、だ……」
「ありがとう。鮫花さんから聞いたことと同じ答えね。これで本当にある証拠が高まったわ」
「在処は、教えた……。き、救急車を、呼んで、くれ……」
「さよなら」
男の命乞いを突っぱねて、美沙はトリガーを引いた。
両胸に二発、額に一発。銃弾の三発を素早く撃ち込んだ。
銃弾による確実にかつ即効性のある殺害方法である。
しかも、体内電気に異常性を起こして破壊する銃弾。
生体電気破壊銃弾であった。
「これで“せいせい”した」
その美沙の目もとは、従来の涼やかさに戻っていた。
再び腹に出現した赤色の逆さ五芒星の円形魔方陣に右手を突っ込んで引き抜いたときには、美沙の手元から拳銃が消えていた。身体に現れた円形魔方陣と結界のトンネルによって武器庫や部屋などに接続することで、自在に武器や物を取り出すことができるという彼女の魔法であった。これならば、武器の持ち込みは気付かれずに暗殺することができる。なにせ、体内どころか、銃器などの武器は美沙が取り出さなければ所定の場所に留まっているだけなので、持ち込み以前の問題なゆえ金属探知機は反応しないのであった。
それから美沙は下腹部に力を入れて、海太郎の物を絞り出していき、愛用のボディーソープで男の手や唇などで触れられた身体中の臭いも洗い落として、シャワーで流した。身体をバスタオルで拭いたのちに、下着と衣服を着け直して、美沙は海太郎の部屋から出ていった。
教団三階D区画。
表札に『入江美沙』と書かれた鉄扉を開けて、美沙が戻ってきた。白いブラウスとデニム生地の青いギャザースカートを脱ぎ。それらを白いベッドに放り。青白いクローゼットを開けた。端に固めて掛けていた衣装を四つばかりハンガーごと取り出してベッドに置くと、美沙がこれらを身に着けていった。ナイロン生地の黒いブラウスに、ハイウエストの藍色のスラックスに同色のベストとショートジャケットを羽織ったあと、今度は鏡台で化粧をしていく。軽くファンデーションを塗って、ピンクベージュのアイシャドーとピンクレッドの口紅を引いたとき、美沙の化粧が完了していた。
3
磯野商事。
二階社長室。
ここは、磯野波太郎の書斎も兼ねていた。
尾殴り山で採った樹木を加工して作った社長机と応接テーブル、書類棚と本棚、液晶テレビを置いた飾り棚、天井板に床板、そして三つのクローゼット。これらの全てが地元の山に繁っていた樹木の加工品であった。それから、隣の鯉川鮒の秘書室も、波太郎と同じように地元の木材製で一通り揃えていた。あと、社長室の隣は、自宅とはまた別の社長専用の寝室があり、連れ込んだ女性たちを彼が抱いたりなどの“味見”を繰り返していた。そして、この入江美沙も波太郎から複数回に渡り“味見”をされていた内のひとりであった。
焦げ茶色のニスを塗り重ねた木造扉がノックされて、「どうぞ」とのひと言で美沙は波太郎から迎え入れられた。化粧と衣装により雰囲気が変わっていた彼女を目にして、波太郎は言葉を発するまでに数秒間を要した。
「入江君か。受付の者がいたはずだが? 要件は伝えたのかね?」
「縞子さんのこと? 彼女なら逃げたわよ」
口紅を引いた唇の端を吊り上げて、美沙が返した。
縞子さんこと、鰒川縞子。
玉虫山で玉葱や薩摩芋を生産している農家の美しい娘。
萬屋に入店してきた美沙から銃口を突きつけられた上に二択を迫られた結果、縞子は店を飛び出して愛車の七五〇に跨がって去っていった。それと、哀れなことに、縞子も暇を見つける毎に波太郎から“味見”を受けていた。
後ろ手で扉を閉めた美沙が、波太郎に話していく。
すでに鮫花から聞いていたが、確認する意味もある。
「要件は手短にするわ。ーーー秘密の地下室の鍵があるんでしょ? その三つのうちの“どれ”?」
「そんな物は無い。知らんな」
「クソ禿げが。さんざん私の身体を辱しめておいて、その態度かよ?」
「それは君が拒否すれば良かっただけのことだ。私が言われる義理などない」
「この、すっとこどっこい! あんたと弟から中出しされたせいで、私は三回も中絶することになっちまったんだよ!ーーーあんたと弟は無責任に今まで女を好き放題してきやがって。その見返りをよこせってんだ。べらんめえ!」
「しょせんは下っ端の言い分だな。無いものは無い。そして、知らん」
「ああ、そうかい?」
こう返した美沙は、ジャケットの袖口から極小のリボルバーを出現させて、波太郎の額中央にへと銃弾を喰らわせた。これと同時に、美沙も波太郎からの拳銃の一撃を左肩に受けて、肉の一部を抉られた。美沙のデリンジャーを額に喰らった波太郎は、椅子に座ったまま後ろに飛んで、背後の本棚に後頭部と背中を強打したのちに、項垂れていった。伸ばした右腕を上に曲げて、デリンジャーを袖口に収納した美沙は、左肩の傷に手をやる。
「ちくしょうぃ。最後の最後まで私の身体に傷を付けやがって!」
美沙が歯を剥いて吐き捨てた。
そしてクローゼットの前まで来ると、彼女は足を横に突き出して観音開きの扉を破壊した。横蹴り、前蹴り、後ろ回し蹴り、と三つのクローゼットの扉を中身の衣装を巻き込んで破壊していき、最後は両手で持った応接テーブルの椅子を振り上げて叩き壊した。椅子を放り投げて後ろの飾り棚をガラス戸ごと壊した美沙は、大きく息を切らしていきなからも、気持ちは晴れ晴れとしていた。引き出し棚の上に被さっていたり床に散らかったりしていた木片や木屑を足で蹴り散らかしたのちに、片膝を突いた彼女は三つ全ての引き出しの三段目の天面を探っていった。その結界、三つ目の引き出し棚の三段目の天面にセロテープで張り付けてあった鍵を取り出した。まさかとは思っていたが、本当に鍵があったとは。しかも、このように“いかにもな”隠し方までしていたなんて。噂の鍵を上着のポケットに入れたとき、美沙は思わず「ふんっ」と小さく鼻で笑った。
それから社長室を出た美沙は隣の秘書室に入り、中の様子をうかがっていく。こちらは社長室と違い、秘書の鯉川鮒の机に付く形で助手の鮭川姉妹の机が向かい合わせになっているという、コンパクトにまとまっていた。三人の机もそれほど大きくはなく、どちらかと言うと小さめだった。
それにしても。
ーおかしい……。双子ちゃんがいない。ーー
育良と紅佳の行方に不可解さを覚えつつも、美沙は自身の受けた傷に意識を戻した。部屋を見渡していったところで、年間の歳入と支出額を纏めた分厚いファイルを並べた木製本棚の下の棚に救急箱を発見して、これを取り出して開けた彼女が、消毒液と化膿止めとガーゼと包帯を選んだあと上着を脱いで左肩の治療を始めた。そうして治療を終えた美沙が次に向かったのは、教団の地下室であった。その教団へと戻っていく間、磯野商事を出て町中を通過していくときに、愛車の運転席の窓から見た町の様子が“なんとなく”静かだった。離島の町とは言っても、人口約二万人である。閑散なわけがない。だが、今日に限っては人手が少ない印象があった。異様な静けさと住民たちの少なさに不気味さを感じながら、美沙は愛車を教団にへと走らせていった。私の役目は、我が軍の進攻を迎え入れられるように下地を整えておくこと。今は“それどころ”ではない。
進攻の下地を整えておくこと。
それは、町政機関の破壊と壊滅。
町役場と町議会から自衛隊または機動警察部隊に出動依頼を出されては面倒である。よって、この二つを破壊しておくことは当然の判断だった。だが、その前に。まずは秘密の地下階を、この目で確かめておかなければ。ということで教団に戻ってきた美沙は、愛車を駐車場に停めて足を進めていった。蛇轟秘密教団は地上五階地下三階の内部が鉄骨鉄筋コンクリートで外面が石造りという構成の巨大建築物で、地上一階二階と地下一階二階部分は信者たちの住居になっており、さらに階を上下にAとBの区画に分けていた。地上三階から五階は教団関係者または従業員、外来客や来賓に使用している。地下三階は、信者たちと関係者と従業員らのための食料貯蔵と資材や備品を管理している階であり、とくにここを見張る者などは雇われてはいなかった。やがてその地下三階に下りてきた美沙は、だだっ広い階を歩きながら隈無く見渡していく。どこかに秘密の地下室への出入口があるはずだと探り続けていたときに、再び階の突き当たりへと戻ってきたところで、石畳の床に違和感を覚えてLED懐中電灯の光りで照らしてみた。階全体が薄暗くて分かり難かったが、強い光りを当ててみると奇妙な段差に気づいた。普段歩くていどでも躓かない段差であり、足下に注意していればなおさらであった。そもそも、というか、だいいちパッと見では“これ”が段差があることには気づかないほどの高低差だ。片膝を突いた美沙が、一枚縦三〇センチ横五〇センチの石畳の外周を指先でなぞっていきながら、下へと行ける切っ掛けを探っていった。すると、石畳の下、つまりは縦三〇センチの面に横に細長い窪みがあることを見つけた美沙は、そこに指を掛けて引っ張り上げたら、蓋のように開いたところから鍵穴が出てきた。これに「あは」と笑った彼女はジャケットのポケットから鍵を取り出して、差し込んで回した。
ガチャリ。
と、鳴ったあと。
大きな四角い扉が“フワリ”と持ち上がり。
深い下へと続く石造りの階段が姿を見せた。
LED懐中電灯で照らしながら下りていった美沙の前に、分厚い木造扉が現れた。鍵が“ひとつ”しかないところを見ると、どうやら鍵穴は共通しているようであった。試しに差し込んで回したところ、こちらも問題なく開錠できて中に入れた。重そうな見た目の木造扉は意外と軽くて、どうやら枠を板で挟んだ構成であろうと手元から伝わる感覚から推測できた。そして、噂の秘密の地下階は都市伝説ではなく本当に実在した物だった。部屋中は煌々《こうこう》と照明機器で照らされており、鉄筋コンクリート壁には医療機器に、水温調整と室内温度調整とエアーと浄化槽液体のポンプによる循環などの一連の生命維持をする銀色の大きな箱形の機械が据付けられていて、そのしたから伸びる三本から四本のパイプは真ん中の大きなガラス製の円筒形の水槽の下部に繋がっていた。それは、人がひとり入る以上の余裕を持たせた、直径は約百八〇センチの上部フィルターの蓋と土台部の酸素と水が送り込まれるパイプ基部と本体の円筒形ガラス水槽と合わせて高さ約四〇〇センチ以上にも達する巨大な培養槽であった。だいたい、厚さ三センチの本体のガラス製水槽であるが、普通に考えてもコレを一体成形する技術というのはいまだに見たことがないので、これは左右縦二分割または縦三分割の構成だろうと思われ、よく近づいて見て初めて分かる合わせ目を発見して、その密着度の高さから驚くほどの接着工法を使用したものと思われた。しかし、噂の現場に侵入した当の美沙はというと、このような技術面には関心など向けずに、水槽の中の人物に見とれていた。
それは、培養液に浮かび漂う裸体の美しい女。
異様に長い黒髪は積乱雲のように浮かび上がり。
大柄であるが決して肥満ではないグラマラスな体型。
目を見張る大きな乳房。見事な腰回りと括れ。長い四肢。
卵形の輪郭に、高い鼻梁と切れ長な目。
魅惑的な膨らみの唇。
培養液に浮かび漂うその姿は、煌めいて幻想的であった。
そして美沙は、この美女の名を知りたくなって名札に目をやる。
と、そこには『龍宮龍子』と記してあった。




