稲佐町決戦!ミドリ vs ハニー
1
六階B棟。
「ハニー! スラッシュ!」
マゼンタ色の点滅でハートの円形魔方陣とともに、複数の斬撃の光りが扉ごと壁を突き破ってミドリを吹き飛ばした。瞳を金緑色にさせてハニーの攻撃をガードして身を守ったものの、これらの衝撃波に押されて壁を破壊して突き飛ばされた。ミドリは受け身を取って丸まって後転して片膝を突き、闘気の刀を構えて膝を伸ばしていく。ハニーが飛びかかりながらサーベルを構えたとき、再び宙に複数現れたハートの円形魔方陣の中から剣を持った彼女の腕が出てきて、「ハニー! スラッシュ!」とミドリを目掛けて一斉に凪いだ。金緑色に瞳を光らせたミドリは、袈裟を斬りつけてきた複数の攻撃を闘気の刀で受け止めて下に振り払った。それから二人は同時に踏み入れて、刃を打ち合わせて多数の火花を散らしていき、文字通り鎬を削りあっていった。剣の根本で押し合いが続いたあとにミドリが力を抜いて身体を後方に引き、これに不意を突かれて前のめりになったハニーを腹に膝蹴りをして振り投げた。手加減無しでミドリから投げ飛ばされたハニーは、逆さまのまま背中を壁に強打した勢いで破壊してA棟の床に落下した。多少の受け身を取ったものの、ハニーは背骨から全身を駆け巡る雷を食らったような痛みに四肢を硬直させて仰け反った。あががが!と激痛に喘ぎ耐えながら、彼女は“なんとか”ひっくり返って嗚咽を繰り返して片膝から立ち上がっていく。そして、立ち眩みをしないように“ゆっくり”と膝を伸ばしていって目の前の敵を見たところ、視界の中を縦横無尽に静電気またはプラズマのような物が駆け回っていくのと一緒に、景色が溶けてドロドロになって脳震盪を起こしていることをハニーは自覚した。だが、目の前のミドリは踏み込むことをせずに、相手の様子を見ていたのみであった。
大きく息を切らしていたハニーだったが、やがて落ち着きを取り戻したところで、立てたサーベルを顔の真ん中に構えた。すると、彼女の前面に大きなマゼンダ色のハートの円形魔方陣が光り輝いて出現した。そしてハニーがサーベルの腕を突き出したとき、ハートの中から巨大なランサーが飛び出してきた。
「ハニー! スマッシュ!」
「うお! デカっっ!」
ミドリは目を見開いて驚愕したあと、これは下も上も無理だとハニーの必殺魔法を見て判断した。その次に、彼女は瞳を金緑色に身体の両側に緑色の鱗を光らせて霞の構えをとった。そして、一歩踏み込んで真っ直ぐと刀を下ろした。次の瞬間、マゼンダ色に光る巨大なランサーが真っ二つに割けて、その緑色の衝撃波がハニーを襲撃した。ガチン!と金属音を大きく鳴らしてハニーが弾き飛ばされた。A棟内の壁を突き破りながら六階を貫通していく。ハニーは四部屋ほど貫いたところで壁にぶち当たって片膝から落ちた。ミドリの斬撃から、とっさの判断でサーベルを横にして受けたハニーだったが、おかげで彼女の自慢の武器が真っ二つに折れていた。震える手で折られた剣の切先を持ちながら、ハニーは下半分のサーベルを杖にして立ち上がる。粘性の高いドロリとした血反吐を吐いたあと先を見てみたら、陸上競技のハードル競走のように壁の穴を跳び越えながら駆けてくるミドリの姿があった。なんという身体能力であろうか。私たち魔女は日ごろから鍛えているけれど、筋力瞬発力耐久力走力跳躍力などの“それら”は“あくまでも人間レベル”であって、私の目の前に接近してくる黄金色の髪の毛の美女はどう考えても見ても人間レベル以上をした異形な化物である。ヒトの“皮”を借りながら、ヒト以上の主張が強すぎた。
ーあの子、なんなの? 悪魔? 竜? まさか、神!ーーー
ミドリに対して呆れていた中で、ハニーは思考が終わるよりも前に身体が勝手に動いてサーベルの上半分を投げつけた。穴が開いた六つ目の壁を跳び越えたミドリの顔の前に、ハニーから投擲された折れたサーベルが飛んできた。顔に突き刺さる手前で、ミドリは“これ”を掴み取って身を捻って宙でスピンして床に片膝を突いて腕を振ったとき、ハニーの喉にサーベルが突き刺さった。そして、ミドリは彼女の胸元に闘気の刀の切先を寸手のところで止めた。下半分のサーベルを投げ捨てたハニーは、喉元の傷口からの流血と気道からの空気の抜けを感じていきながら、ミドリの闘気の刀を両手で掴んで己の心臓にへと一気に突き刺した。この彼女の行動に驚愕したミドリは、言葉を失い目を見開いていく。ゴフッゴボッと赤い泡を口から吐きながら、ハニーは緑色の瞳で目の前のミドリを睨み付けて微笑んでいった。
「馬鹿……。あなたの刀で……、ちゃんと“とどめ”を刺さないと、駄目だろ……」
はああぁぁーー…………。
そう息を吐いて、ハニーは首を項垂れていった。
柄を握っていた両手を放したミドリが、数歩後退してハニーの亡骸から離脱したあと、静かに見つめて言葉を出していく。
「私の刀、あなたのためにしばらく残しておくわ」
感傷に浸っていたのも束の間。
「わ!」と、ミドリは背中から強制的に引かれて。
背後の赤い逆さ五芒星の円形魔方陣に吸い込まれていった。
少し時間を前後して。
ミドリとハニーの決着を施設駐車場から見ていた片倉菊代。スマホ型超遠距離無線機を太股のポケットから取り出して。
「団長の片倉菊代だ。一階A棟と五階のA棟B棟のお前たち、現場を撤退して陰洲鱒の進攻に備えておけ」
『了解!』隊員たちから一斉に返信がきた。
「大学と製薬会社はそのまま第七のドラコ団長に任せておく。私たち第九団隊とイシュタルの第八団隊は二日後の進攻が本チャンだ。それまでに、たっぷりと休んでおいてくれ」
『了解!』再度、一斉に返信がきた。
「よーし」と、菊代は口の端を吊り上げて。
無線機を太股のポケットに仕舞い。
ベルトの後ろのポシェットからスマホを取り出した。
五回ほどの呼び出し音ののちに。
「入江ちゃん。今いい?」
『はーい。入江美沙です』教団地下一階Aからの返信。
「二日後、予定通りに町への進攻を決行するわ。だから、それまでの“下地を整えて”おいて」
『了解』
「ずいぶん待たせてしまったわね」
『いいえ、構いません。これも任務です』
「ありがとう。頼んだわよ」
『了解』
お互いに通話を切ったのち、菊代は再び六階B棟に目を向けた。大股三歩分先に、赤い逆さ五芒星の円形魔方陣を出現させて。菊代は空間に腕を伸ばして、掴む動作をした。すると、不思議なことに、円形魔方陣からミドリが後ろ向きで飛び出してきた。襟足を捕まれたような姿勢で引っ張られたミドリは、逆さ五芒星の円形魔方陣を通過して施設六階B棟から駐車場にへと強制的に連れ出されてしまったのだ。ポイッと放られて、落下したミドリは尻をアスファルトの地面に打ちつけた。
「あでっ!!」
ビクーン!と背筋が伸びて、浮いた尻を押さえて撫でていく。受け身が取れなかったゆえに、尾てい骨が割れたかもしれない。地面にペタンコ座りをしたミドリは、菊代を睨み付けた。
「もう! なにすんの! お尻が割れたじゃん!」
「やっと捕まえた」
ミドリのボケを敢えてスルーした菊代は、微笑んだ。
「人様の計画を次から次へとブチ壊しやがって、この小娘が」
「あ、あらー。誰かと思えば、総合マネージャーの菊代さんじゃない?」
「ええ、そうよ。よく覚えていてくれたわね。いかにも、私はカタクラメディア藝能部の総合マネージャーの片倉菊代だよ。ーーーそんなことより。あなたの復活劇にはマジでビビったわ。可愛くて綺麗なだけじゃなく、神憑っているまでときた。私ね、“アレ”を見ていて“いちファン”として嬉しいかった、と同時に恐怖を覚えたのよ。ーーーねえ、ミドリちゃん。あなた、いったいなにもの?」
2
「半分、人間……かな?」
「半分ですって?」
ミドリの答えに、菊代は不可解な顔を見せたのち微笑んだ。
「嘘おっしゃい。私には、あなたが“それ”以上に見えるんだけど」
「それは過大評価よ。私ができることなんて限られているんだから」
この反論のすぐに、菊代のスマホ型超遠距離無線機に連絡が入った。
「こちら、片倉菊代」
ひと言二言と聞いたのちに、菊代は声をあげた。
「蛻の殻?」
以下、同時刻に皆が報告を受けた。
長崎大学構内。医務室。
第七団隊団長、ブラド・ドラコ・ツェペッシュ。
「え? “もぬけ”の殻?」
こちらも同時刻。
アメリカ合衆国。ペンタゴン第一団隊基地。
第一団隊団長、ジーザス・D・クライシス。
「ほっ? 蛻の殻じゃと?」
国が変わり、同じ時刻。
中華大帝国と大韓民国中国自治区。第二団隊紫禁城基地。
第二団隊団長、劉翡翠。奥之院。
「は? 蛻の殻だって!?」
イングランド。第四団隊ビッグ・ベン&国会議事堂基地。
第四団隊団長、ジョン・D・メディソン。
「ファッ!? 蛻の殻?」
イタリア。第五団隊コロシアム基地。
第五団隊団長、シルク・D・ソレイユ。
「蛻の殻!?」
ドイツ。第六団隊ケルン大聖堂基地。
第六団隊団長、ミヒャエル・アドルフ・シュヴァイツアー。
「え? 裳抜けの殻?」
エジプト。第八団隊副隊ギザ基地。
第八団隊副団長、キュアノス・サピロス・ストラトス。
「はい? 蛻の殻!?」
タイ。第七団隊副隊アンコール・ワット基地。
第七団隊副団長、ジャック・D・モレク。
「蛻の殻? え?」
パキスタン。第三団隊ファイサル・モスク基地。
第三団隊団長、ナミル・タィヤラー・シン。
「蛻の殻? んなアホな?」
ヤーハ島。
メインハウス。秘書室。
ヤーハ島管理者、占い師ザフル・アル・ルゥルゥ。
自慢の美人秘書を観賞しながら経済学の書物を読んでいた。
「裳抜けの殻? なにが?」
「日本の最西端にある、製薬会社がです」
と、半人半妖のペリシテの赤毛の長身美女、MEGが答えた。
長崎市稲佐町。院里学会駐車場。
第八団隊団長のイシュタル・サプフィール・コルシュノフ。
愛車をドリフトさせて、菊代のアストンマーチンに並列駐車。
「菊代さーん! 松浦市の製薬会社が蛻の殻ですってー!」
キラキラキラ。
と、運転席を開けて菊代に小走りに駆け寄ってきた。
「うわー! マジか!」
第八団隊の大隊長に任せていた制圧が、失敗に終わった現実を突き付けられて、菊代は驚愕していった。
そして、東京都。
カタクラメディアビル。十五階北側。
新世界十字軍第一団隊本隊基地、通信追跡監視室。
「え? 蛻の殻?」
入室した、片倉暁彦の第一声であった。
社長へと赤い瞳を流した天然パーマのブロンド美女。
第七団隊副団長、メズウ・ロス・ツェペッシュ。
「松浦市の導星製薬よ。第八団隊のノンちゃんから連絡がきたの。製造生産工場も研究所も事務所も、機械から書類まで一切合財消えていたんですってよ」
「彼女たちが現場の下見に行ったのが、“つい”二週間前。で、本日いざ制圧に向かってみたらキレイサッパリと消失していたんだって。人影すら見当たらないらしわよ。ーーーまるで特殊部隊みたいな動きよね。その“お薬屋さん”たち」
そう続けたのは、丸眉毛が特徴的なオリーブ肌の褐色美女。
第一団隊本隊大隊長、マーキュリー・アマダス・カリス。
壁に設置された、八枚の二〇型液晶モニターと通信機器デスク。そこから移動式チェアーで離れて、ガラステーブルで彼女たち二人が長い脚を組んで紅茶を嗜んでいた。メズウは、天パーのブロンドをポニーテールにしていて、隊服の両肩胸部から腰部の防護服と肘までのグローブを脱いだ、インナーと膝までのブーツといった姿。しかも、小ぶりで適度な膨らみと整った形の胸を強調するかの如く襟元から“おへそ”までジッパーを下ろして、大きくV字に開けていた。次のマーキュリーも、彼女は隊服ではなかったが、後ろ襟から両肩のシルバーの細いチェーンがシルク製の白い前掛けエプロンみたいな上着にカーキグリーンの膝丈スカートといった姿であるが、この特徴的な上着に至って彼女はブラジャーを着けておらず、背中はもちろんのこと横の乳房まで露出していたという実に目のやり場に困る衣装をしていた。ちなみに、スカートと同色のジャケットと帽子はハンガーラックに掛けてある。そして困ったことに、マーキュリーの仲間である牛腹瀬織という浅黒い美女も、色違いではあるが彼女と同じデザインの衣装を愛用していた。ひと口啜った紅茶カップを皿に置いたマーキュリーは続けた。
「ノンちゃん、ショックで倒れてね。胃薬を飲んだあと、メグとサリーたちに看てもらっているのよ」
「それとね。午前中に綺麗な女の人が逮捕礼状を見せにきて、瀬っちゃんを連れてっちゃったわ」
と、メズウが現状報告を加えてきた。
瀬っちゃん。牛腹瀬織のことである。
あと。綺麗な女の人が逮捕礼状を見せにきて。
というのは、多分、本庁の鬼堂松葉警部補のことであろう。
様子を見にきたところを、立て続けに報告が押し寄せてきた。これらを受けた暁彦は、言葉を失っていく。愛しい“彼”を赤い瞳で見たあと、正面のユダヤ美女を見たメズウ。
「予定が大崩。これからどうするの? 制圧できた鷺山製薬だけで大量生産を頑張ってもらうしかないんじゃない?」
そのように、彼女は声を暁彦へと向けていった。
詳細な情報が入ってこない以上、現状報告のみで判断するしかない。少しだけ口を閉じていた彼だが、とりあえずは扉から離れて。簡易キッチンの上の食器棚からカップと皿を取り出し。セイロン紅茶のパックを入れて魔法瓶のお湯を注ぎ入れ。片手で皿を保持しながら、カップのパックを上下に浸していく。浸しながら来た彼は、椅子に腰を下ろしてガラステーブルに着いた。カップを皿ごと静かに置いて、パックを“ひたひた”としていきつつ。
「その制圧先に人員を送れないかな? 現地のオペレーターと工員から教えてもらいながら、機械を急ピッチで昼夜フル稼働してもらおうか。ーーーもちろん、材料は確保してあるんだよね?」
「ねえーえ、暁彦くん。新世界十字軍は基本的に輩の寄せ集めなんだよ? 暴力とチンコ突っ込むことしか頭にないヤツらしかいないのよ。そんな連中が、はいそうですか、つって繊細な作業をしてくれるとでも思っているの?」
彼から赤褐色の瞳を送られて聞かれたマーキュリーが、丸眉毛を寄せて不満気に返していった。血色の良い唇を尖らかせて“フーッ、フーッ”とカップに吹きかけたのちに、暁彦はセイロン紅茶をひと口二口と啜って堪能すると、受け皿にへとカップを静かに置いた。
「“下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”と言うから、“そのうち”出来る兵隊が出てくるんじゃないかな?」
そう言いながら、暁彦はメズウに顔を向けた。
社長の意見に思わず息を飲むが、彼女は言葉を返した。
「もう! ずいぶん楽観的ね。ーーーあの、ね。新世界十字軍といった名前の通り、私たちは“かつて”の十字軍と全く同じことをしているのよ? あなたもご存知でしょう?」
「うん。知ってる」頷く暁彦。
「略奪、強姦、暴行、侵略、そして布教活動。昔の十字軍と違っているところと言ったら、一神教が迫害差別が出来ないほど強大化したことと、マーキュリーのように魔女の存在を隠さなくなったこと、そして私のような人外が協力していること。それくらいじゃないの? でもそれらもマイノリティだから、結局は“ろくでなし”ばかりの集まり。今や宇宙並みに膨張して、正直、末端の兵隊なんか把握できていないのよ」
「うん。知ってる」再び頷く暁彦。
「知っているなら良かった」ニッコリするメズウ。
「で? 対策は、どうするの?」
マーキュリーが疑問を投げる。
「新世界十字軍の“人手は吐いて捨てるほどいる”」
そう答えた暁彦が再びセイロン紅茶を啜って皿に置くと。
「現地人からひとりレクチャー係を選出して、第一か第九の団隊の班長たちにその都度やり方を教えて大人数を転送してもらうのは、どうかな?」
「それイイわね!」両側の美女からビシッと指差された。
3
隣の駐車場からは、横溝正則警部らの誘導によって五台の観光バスが約四〇〇人の鱗の娘たちを乗せてゲートを左折して出ていった。いってらっしゃーい!と手を振って見送っていく、タヱと幹江。
再び、院里学会稲佐町施設の駐車場に戻って。
「そちらのキラキラした綺麗で可愛い人は、誰ですか?」
「え? わ、私のこと?」
期待に満ちた眼差しのミドリからの質問を受けた、ロシア美女。彼女の目線の先には“じぶん”だけなのか?と菊代と連れを見る。あなただよ、と菊代とシンバから強くアイコンタクトされた。ちょっと恥ずかしそうに後ろ頭を掻いたあと、握手を差し伸べ。
「えへへ。私は、イシュタル・サプフィール・コルシュノフ」
「私は潮干ミドリです。よろしくお願いします」
「はい、よろしくね。ミドリちゃ…………ん?」
カッ!と青銀色の瞳を見開いて、握手を引いて。
イシュタルはコサックソードの束に手を掛けて構えた。
「ここで会ったが百年目! エキドナとグリージョたちの仇! 潮干ミドリ、覚悟!」
「わああ! ちょっと待て! ちょっと待て!」
駆け寄った菊代が、慌ててイシュタルの手を押さえた。
一度ミドリを見て、再びイシュタルに顔を合わせた。
「気持ちは分かるが、今は我慢して衝動的な行動を抑えてくれ」
「なんでよ!?」
「明後日、陰洲鱒に進攻するからだよ!」
菊代の一声に、周囲が「え?」と声を上げた。
この反応に、菊代も「え?」と静かに声を発した。
イシュタル、ファ姉妹、シンバ、リン・リン。
片倉日並と長女の昇子。臼田幹江、潮干タヱ。
そして、潮干ミドリ。
いつの間にか増えていたギャラリーに、イシュタルから手を放していく。その幹江とタヱの方向に目をやった瞬間に、菊代たち新世界十字軍一団の頭上を虹色の斬撃が真横に走っていった。男女多数の兵隊たちの断末魔とともに、頭上の空間が横に割けて、赤い血飛沫が多くの人数を吹き飛ばして隣の建物の駐車場に叩きつけた。
「な! なんだあ!?」
「おわあ!」
驚愕に声が上がった菊代とファ姉妹。
イシュタルを含めたその他は、目を丸くして口を“あんぐり”とした。
「これで、この場の兵隊たちは全滅ね」
“ふふふ”と、こう小さく笑う若い女の声が少し遠くからしてきたので、その方向にへと菊代たち十字軍は目をやって、ミドリたちは首を向けた。
すると、そこには。
「ああ! 摩魚ちゃん!」歓喜するミドリを皮切りに。
「うわ! 摩魚さん!」驚くタヱ。
「え? 今の、摩魚ちゃん!?」驚愕する日並。
「いやー。遅れてすみません。残りの救出は終わっていたみたいですね」
ニコニコしながら榊雷蔵も歩いて登場してきた。
最後は瀬川響子と有馬虹子も合流してきて、大人数が集まった。我が軍と対峙するような、民間人たちの集まりに言葉を失う菊代。しかし、摩魚の発した先の言葉が気になったので、声を絞り出した。
「ええと。そこの黒髪の普段着の人」
「私?」と、声が重なった摩魚と日並と幹江。
「“一番若い女の子”のあんただよ!」
と、菊代は摩魚に顔を向けて強く指名した。
「え? あたし?」一番若い女の子こと、響子が答えた。
「や、やだあ。じゃあ、私も入るのかな?」赤面する虹子。
「なんだー。私じゃなかったー」エヘヘと残念そうな摩魚。
「こぉの! すっとこどっこい! そこのロン毛の青いお前さんだよ! さっき私の兵隊を無慈悲に殺戮した“お姫様”みてーなお前さんだよ! おばさんを“からかう”のいい加減にしろ!」
菊代は今度は歯を剥いて、摩魚を力強く指差して怒鳴りつけた。
「知ってる」と、即答した“姫様”。
「手前ぇ……。次から次と人様の部下を斬り殺しやがって……」
「うん。侵略という火の粉を祓ったまでだけど? ちなみに、ここに着く前にも、なんか赤い光が移動するのが見えてね。悪い物だと感じたから全部斬ってきました」
「ざけんな!」
摩魚の言葉に鶏冠に来た菊代は、鞘からサーベルを抜いて左の下腕に赤い逆さ五芒星の円形魔方陣を出現させた。切先で目の前に堂々としている“姫様”を指して、さらに声をあげていった。
「報告は聞いている。手前ぇ、先のクラブで暴れまわったヤツだろ?」
「そうだけど。楽しかった」と、摩魚がニコッとした。
「そうか? 楽しかったかい?ーーーじゃあ、今から地獄に突き落としてやるよ。覚悟しろ!」
「受けて立つわ」こう、正面から受け止めた摩魚。
ところが。
「きき、菊代さん! 落ち着いて!」
「団長! 撤収するんですよね!?」
「“チャンパラ”するなら、島でしてくださいよ!」
イシュタル、花陽、花陰。の順に新世界十字軍の最強の戦士を抑えていった。菊代がギロッとイシュタルたちを睨み付けて。
「長の私が二十代の糞餓鬼に舐められたんだぞ! 落ち着いて撤収なんかできるかよ! 叩っ斬ってやる!」
「そうこなくっちゃ!」
心底嬉しそうに言った摩魚は、闘気の刀の柄に手を乗せて抜刀の構えをとった。
ドゴーーン!!
ガゴーーン!!
と、同時に施設の二箇所の階から赤色の稲妻と黄色い炎が壁をぶち破り、飛び出してきた真海たちと有子たちがフカの一族たちと拳を交えながら、隣の建物の壁を破壊して飛び移るのを現場の皆が目撃した。ただし、菊代は摩魚に顔を向けたまま目を見開いて背筋と首筋をシャキッと伸ばした。頭の後ろで感じていく戦闘の雄叫びに、熱くなっていた菊代の気持ちが忽ち冷めていった。左腕の魔方陣を消失させて、サーベルを鞘に収めたあと、菊代は蜂蜜色の瞳を穏やかにさせた。冷静に戻っていく彼女を見ていたイシュタルとファ姉妹とシンバとリン・リンは、ホッと安堵に胸を撫で下ろしていく。菊代は首を左右に回して親しい魔女たちと呪術士の顔ぶれを確認していったのちに、再び摩魚に視線を定めた。
「サーベルと魔方陣の盾。私が持つ全てだ」
「私も、この一刀が全てよ」
抜刀の構えを解いて、背筋をゆっくりと伸ばしながら摩魚が菊代に返していった。“姫様”のひと言を受けてフンッと口の端を上げて菊代は微笑んだすぐに、口もとを真一文字に結んで言葉を吐いていく。
「お互いに“持ち手”が少ないようだな」
「そうだね」
「ひとつ言っておくとだな。千人の鱗持ちの娘を“確保”したら、私たちは日本から撤収する予定だった。ーーーが、しかし。お前さんらが次々とブチ壊してくれたせいで螺鈿島への進攻と制圧が決定した」
ここで言葉を切った菊代が、周囲の反応を確かめていく。
意外にも、皆は驚きの声すら発しない。
少し前の「え?」という小さな反応のみである。
というか、摩魚たちはすでに覚悟を決めていたかのようだった。これに拍子抜けして、菊代は鼻で溜め息を着いたのち。
「私たち新世界十字軍は、各国のインスマウス町と首都を制圧と支配下においてきた。韓国、タイ、パキスタン、エジプト、イタリア、イングランド、中国、アメリカ。そして、この日本も例外なく私たちが統治管理下に置く。最終地の日本で大きな混乱を起こして、世界のリセットをしたあと、新しい秩序によって地球を建て直してやる。ーーーその混乱を起こす場所は、首都、東京だ。同時に、陰洲鱒町も制圧する。ーーーそして幸いなことに、それまでの猶予は今日から数えて二日間ある」
と、菊代は白い歯を見せて二本指を立てた。
「二日後の進攻までよく考えておけ。話しによっては、考えてやらんこともない。これが私の携帯電話番号だ。話しがあったら“こちら”までかけてくれ。場所は、大波止のデパートの喫茶店だ」
そう言って、摩魚に電話番号を書いた用紙を手渡した。
「もう一度言う。明後日、二日後に陰洲鱒町と東京都に進攻する。ーーーじゃあな。また会おう」
別れを述べたあと、菊代は側近と仲間を連れて各々の愛車に乗り込むと、エンジンを吹かして院里学会の稲佐町施設から右折して出ていった。
移動中の車内。イシュタルは車内無線機で、いまだに松浦市で待機をしている自身の部下たちに、現場から撤収して市内の待機拠点まで戻るようにと指示を出していった。




