ダゴン最初の生贄 摩周虹子 Part3
1
時代は令和に戻って。
時間帯も昼間から夕方の手前あたり。
再び、USBに保管されていたVHSの画像。
『ヤーハ島より。ダゴンへの一人目の生贄。
摩周虹子。三日目』
黒い画用紙に白文字で書いた物をレンズから外して、磯野波太郎の撮影は最終日を迎えた。天候は晴々としていて、波風も比較的に穏やかであった。時間は夜を迎える手前か、全体的に薄暗い。九月に入っているとは言っても、この日は肌寒さを感じた。ジョセフ山の山頂の草原の中央で、赤色の塗料で画いた逆さ五芒星の円形魔方陣の真ん中に、裸の摩周虹子が仰向けで寝かされていた。ザフル・アル・ルゥルゥを入れた十八人が、灯した蝋燭を立てた長い真鍮の杖を片手に持ってなにやらブツブツと唱えながら、魔方陣の周りを反時計回りに歩いていた。だいたい十八周を終えたところで、足を止めた皆は、魔方陣の中央に身体を向けた。ちょうど、摩周虹子の爪先の方向の位置にローブ姿のザフルが立っている。次は、蝋燭を灯した杖を、画面の端から出てきた黒髪を顎のラインで切り揃えた細いドレッドヘアの長身のエジプト美女が時計回りに回収していき、最後はザフルの手元から受け取ったのちに再び画面の端へと引いていった。この褐色肌の美女も、なかなか露出が高い衣装をしており、薄手のマットな黒色の生地は両方の乳房と股間と尻のみを隠すだけの、首後ろからY字に繋がって膝まで下がる強いて言えばワンピースタイプの格好に細い金色のベルトを腰に巻いていたのが特徴的であった。
視点を儀式に戻して。
赤黒いローブのフードを赤奴牛兵衛と母犁宮嬭児と牛腹瀬頭安を入れた十七人の老いた男性たちが下ろしたあと、ザフルが最後に外した。そしてさらに彼女は、首もとの紐を“ほ解いて”ローブを足元に落としたとき、初日と同じように白い裸を晒した。白磁のような美しい顔の両耳と首もとから下がる、純金製の極薄の径六〇ミリの円形の六芒星の中央に、キューブ状にカットして研磨した黒曜石を嵌め込んだピアスとネックレスを再び付けていた。日奈菊ことザフルが魔方陣の中に入り生贄の娘の足元に片膝を突いて近づいた。このとき、摩周虹子に意識があったのか、彼女は上体を起こして跪いたザフルに顔を寄せていった。そして、お互いが頬を持ってさらに近寄り、唇を深く深く重ねていった。それから彼女たち二人は、まるで恋人かのようにお互いの身体を重ねて愛で合っていき、やがて二人一緒に快感の絶頂を迎えたそのとき、摩周虹子の身体の左右に虹色の鱗が現れて光り輝いた。この摩周虹子の印象は、画面上に限定されるが、崇拝儀式の主催者であるザフルを心から受け入れているようであった。魔方陣の中で美女二人が、挟め合っていた股と脚を離して抱きしめ合っていき、ザフルは生贄の娘をしばらくの抱擁をしたあと片腕を後方に伸ばした。これに応じるように、細いドレッドヘアのエジプト美女が再び画面の端から出てきて、白銀色の五〇センチ以上ある径の細い、先端部が斜めにカットされた鋭利なパイプをザフルに手渡したあと、摩周虹子の横に銀色の大きな器を置いてから画面の端へとフェードアウトしていった。この物騒なパイプを側近から受け取ったザフルは、クルッと手の平で回転させて真ん中を握ったとき、摩周虹子の頸動脈にへと的確に突き刺した。直後、パイプの先端部から、鮮血が細い線となって噴き出していき、器の縁から草原に溢れながらもその若く赤い液体は銀色の中を満たしていった。片膝を立てるほどにビクッビクッと大きく痙攣した摩周虹子が、ザフルの身体をさらにギュッと強く抱きしめていく。これの一分から二分以上の経過ののちに、力尽きたのか、片手を草原に落とした生贄の娘はもう片方の手もザフルの背中から外れて落ちた。しかし、先に落ちたはずの右手を摩周虹子が“ゆっくり”と上げて、虚空の“なにか”を探るような動作を繰り返したところを、気づいたザフルから優しく手を握られたのを安心したのか、より密着して彼女の胸元に頭を預けていった。このときの摩周虹子は、微かに笑みを浮かばせていたかのようであった。そうして銀色の器が鮮血で満たされたとき、生贄の娘は完全に息を引き取った。しばらく彼女の頭を抱いて手を握ったまま、ザフルはその口もとと頬を痙攣させて、赤褐色の瞳の目尻から一筋の細い涙を溢れ落としていった。
儀式は、まだまだ終わらない。
脈を取って摩周虹子の死を確認したザフルは、ゆっくりと彼女を草原に再び寝かせて膝を伸ばしていった。再び画面の端から出てきた次なるエジプト美女は、先ほどの細いドレッドヘアとは違って、大きな“ゆるふわ”ウェーブヘアーの可愛い印象の側近であった。この“ゆるふわ”ウェーブの美女も、細いドレッドヘアの美女と同じく、身体の前面と尻のみを隠すだけのY字状の黒色の薄手の生地のワンピースに、金色の細いベルトを腰に巻いていた。ゆるふわウェーブの美女から刃渡り二〇センチ以上のナイフを受け取ったザフルは、今度はこの側近と一緒に片膝を跪いて、摩周虹子の頸動脈から白銀色のパイプを引き抜いたあと、ナイフの刃を生贄の娘の身体の中央を胸骨から腹の上くらいまで走らせていった。側近から手渡されたナイフは、よく研がれていたのか一度目で深く入り込み、肉の繊維に引っかかることなく二度目の切断で心臓の表面が顔を出した。先ほどの白銀色のパイプによって摩周虹子は“血抜き”をされていたので、肉の切断面からの出血は“あまり”見られなかった。体内に入れた刃先を動かして、血管を切断していき、これを終えたところでナイフを側近に渡したあと、ザフルは両手を突っ込んで臓器に傷を付けないように丁重に扱いながら引っ張り出していった。そして赤子を包み込むように、両手で支えた摩周虹子の心臓を太陽に掲げていき、指の隙間から透明に近い体液と残った鮮血を滴らせながら古代エジプト語かシュメール語で何かしらの呪文を数秒間ほど唱えていく。これを済ませたあとに、ザフルは側近から新たに用意された氷水の銀色の器の中に入れて彼女のこの場の役目は完了した。
エジプト美女の側近二人が心臓の入った器と鮮血に満たされた器と白銀色のパイプとナイフとを回収していくその横で、ザフルは片膝を跪いたまま摩周虹子の頬に口付けをして両腕で丁寧に抱えると、立ち上がって魔方陣を出ていった。これにより、以上でヤーハ島での撮影は完全終了となる。このあと、ぼっちとなった波太郎は、これまた主人を失った船『クロスボーン号』を独りでイギリスまで操縦して、客船に乗り継いで長崎市にへと帰還した。
2
血抜きをされているとき。
摩周虹子は白く眩く虹色に光る世界を視ていた。
自身の周りを走り抜ける七つ以上の光り。
風も感じて、前髪が後方に流れて額を出した。
光る世界の中でも、彼女は裸だった。
速く流れる世界に地はなく身体は宙に浮いていた。
しかも、なにかに引き寄せられている感覚。
いや。実際に徐々にだが引き寄せられている。
いったい誰が。私は誰に引っ張られているのか?
あれからどれほど進んだのだろう? 先に何かある。
黒点にしては、縦に長い。下から四つの線が垂れていた。
引き寄せられていると思えば、向こうも接近してきた。
それは、段々と人の影になり。性別も分かってきた。
見覚えのあった、鍛え上げた体躯の長身の美丈夫。
強い眼差しながら、優しげな目もとに、明るい茶色の瞳。
健康的で薄めな浅黒い肌に、高い鼻梁の整った顔立ち。
薄いグレーの三つ揃いに、インナーは白色のブラウス。
スーツと同色の帽子を被り、これが彼のお洒落着だった。
知っている。私は彼を知っている!
私の忠兵衛さん。
柏木忠兵衛。私が好きになった唯一の男の人。
嗚呼、私の愛しい人。
あなたがいなくなって、ずっと寂しかった。
彼も近づいてくる。手を伸ばせば、彼に触れられる。
そう思い摩周虹子が手を伸ばしたとき。
先の柏木忠兵衛も手を伸ばしてきた。
すると、磁力が倍増したかの如く二人は急接近した。
忠兵衛が虹子の手を取り引き寄せた、そのとき。
裸だった彼女に下へと流れるように忽ち衣服が現れた。
水色の帽子、青い半袖のシャツ、白のキュロットスカート。
太さ一ミリ以下の径八〇ミリの金色のリングピアス。
これらは、摩周虹子が外出するお洒落着であった。
瑞々しく若い唇に、赤色のリップが引かれて完了した。
グッと腕を引かれ、肩を抱き寄せられて。
そして、逞しい胸板に頬を寄せた。
桜色に頬を染めて、黒色の瞳を輝かせて彼を見上げる。
「忠兵衛さん! 私、あなたにずっと会いたかった!」
「虹子さん。僕も会いたかった。あなたを待っていた」
「あなたに言いたかった」
「なにをだい?」
「ごめんなさい! 私のために、忠兵衛さんは殺されてしまった! ごめんなさい、忠兵衛さん!」
「いいんだ。君はなにも謝ることはない。あれは僕の本望だった。虹子さんを守ることができた上に、争いが終息した。悪くないと今も思っているよ」
「……ありがとう……」
そう礼を述べて、再び彼の胸板に頬を寄せた。
彼女のこの様子を、穏やかな眼差しで見つめていた彼は。
「よし! 虹子さん。そろそろ行こうか」
「え? どこに?」
「一緒に次の世代に行くために、僕は君を迎えに来たんだ」
「次の世代? どういうこと?」
「未来の世代でも、君と僕は一緒に生まれ変われるようになったんだよ。天上の神々と荒神螺鈿が、そう約束してくれたんだ」
「えっ? 嘘? なんで?」
「よく分からないけれど、本当だよ。僕たちを見ていてくれていたらしい。嬉しいことだ」
「ああ……。こんなこと、良いのかしら……」
「良いんだよ。ーーーさあ、一緒に行こう! 虹子さん!」
「嬉しい! 忠兵衛さん!ーーー行きましょう!」




