ダゴン最初の生贄 摩周虹子 Part2
海原摩魚と有馬虹子のご先祖の、摩周虹子が出てくる話しです。あと、萬屋 磯野商事の契約先も出てきます。よろしくお願いします。
1
儀式の二日目の晩。
占い師ザフル・アル・ルゥルゥは、白い廊下を歩いていた。
別名ベリス・ペレニス。または、日奈菊(雛菊)。
三階の書庫で日本の歴史書を新旧問わず読んでいたところ。
少し前に、通信監視室の“五体”の側近から呼び出しを受けた。
夏の生贄の、摩周虹子が強姦されて泣いているとのこと。
五センチの白いエナメルのハイヒールを鳴らして、急いでいた。
時代は、昭和の中盤あたり。
一九六〇年代の後半まで遡る。
場所は、ヤーハ島。どこかの国の海洋に位置する離島。
牡牛の顔を正面から見た形に似ている島。
または、子宮にも見えることから、母なる島とも呼ばれていた。
内側に大きく歪曲した角のような、険しい海岸線。
一番高く大きな休火山は、バアル山。第三の眼にも見える。
左右には小さめで同じ大きさの休火山、アッラー山とジョセフ山。
鼻筋を思わせる高く険しい山脈の下は、まるで鼻孔のようだ。
この牛の鼻穴を開発整地して、ヘリポートと波止場にしている。
左側の波止場から車道が上に伸びて、角の付け根にハウスがある。
このハウスの敷地か上に稜線を辿ると、左目の崇拝儀式場となる。
そして、占い師ザフルたちが拠点としているのが、ギザの三大ピラミッドを縮小して模した通称『ハウス』と呼ぶ建物であった。手前から順に小中大と、オリオン座の三つ星の配置まで寸分違わず設置している。建物の共通した構造は、基本は鉄骨造りに、外壁は白色の石英を板状に切削した物を艶々に研磨したのを張り付けていた。内装も共通していて、天井から廊下に床や各部屋とその他家具小物などのインテリアまで寒色系のホワイトだった。小さめなピラミッドは、主に食料品貯蔵庫や非常食の備蓄分。中型のピラミッドは、島内の移動車輌と武装車輌に生活工具やメンテナンス道具と武器各種に備蓄品、あと崇拝儀式の用具。そして一番大きなピラミッドは、主に島の管理者であるザフルと“五体”の側近たちが滞在している。このメインの大きなピラミッドハウスは、一階が応接間と会議室と大会議場、二階が食堂と十二財閥その関係者など儀式参加者の来客用の宿泊区画、三階は管理者たちの長期滞在所と通信監視室に関係者専用食堂とトレーニング・シャワー室に生贄の控え室と書庫、四階は魔術用具室と衣装部屋とザフルと側近たちが一緒に雑魚寝する大寝室、五階は食糧品備蓄室と第二書庫と格闘部屋、そして最上階が鉄骨枠組みの全面ガラス張りで正面がヒエログリフの左目を思わせるデザインの大窓がある、ザフルが熟睡するためのダブルベッドとシャワー室とクローゼットがある階だった。大きなピラミッドの一階から二階部分はだだっ広いので、だいたいの崇拝儀式参加者たちは全て収まる。問題は三階から最上階で、計画的に割り振り設計していても、やっぱり空き部屋が複数出てしまっている。生贄たちのためだけでも、四部屋はある。まあ、無駄に無理矢理使ってもしょうがないから、そのまま残していた。そして、一番大きなピラミッドハウスの出入り口から前に伸びる通路には、雌雄のスフィンクスが鎮座していて、“彼ら”のその背後には日本の鳥居と似た形の門があり、この両端から内側に大きく歪曲した牡牛の角のような装飾があった。三つのピラミッドハウスの横へと車道を先へ先へと進めると、艶消しホワイトの巨大な浄水場と貯水タンクがあって、浄水場から下へと伸びる太いパイプは海中へと通じていて、これを常時汲み上げて浄化させて三つの『ハウス』に送っていた。一番大きなピラミッドハウスを上へ上へと道を行くと、左側のジョセフ山へと繋がり、登山出入り口には鎮座した赤黒い身体が筋肉質の男に頭が雄山羊の像が左右にあり、この山の緩い傾斜の稜線に沿うように眩い赤色で塗装された逆V字の鉄骨製ゲートが山頂手前まで連続して建ててある参道(産道)、これを抜けたときに赤黒い門があって、山頂に到達したら、埋まった噴火口の草原に赤色で逆さ五芒星の大きな円形魔方陣が画かれており、そしてこれを見下ろすかのように、頭が牡牛で身体は筋骨隆々の逞しい男の股から“そそり立った”雄蛇を持った赤黒く巨大な像が鎮座していた。あと、三つのピラミッドハウスの後ろには、十八人の娼婦たちが住む十八の売春宿『マーラ』があった。以上、島の概要的なものはここまで。
話しを戻して。
まだまだ睡眠時間ではなかったので、ザフルは寝間着ではない。
彼女は、己を全身を白色でコーディネートしていた。
ハイウェストの膝丈ワンピースにショートジャケットを羽織り。
白色のエナメルの五センチのハイヒール。
これを履くことで、ザフルは二メートル近くになっていた。
なにせ、身長百九〇センチ以上の大女である。
かと言って肥満体ではなく。骨が大きく太かった。
しかし、四肢は長くスラリとして適度に薄い身体に括れ。
白色大理石のギリシア彫刻の如き造形をした美貌。
白磁のような肌に、蜂蜜色の長い癖毛。高い鼻梁。
切れ長で細い眼の中に、常人よりも大きな赤褐色の瞳。
美しい彼女の両耳から下がるのは、数センチの極細のチェーンから繋がる、厚さコンマ数ミリと幅一ミリに長さが六六ミリの純金製スティックピアスが、その美貌をさらに引き上げていた。そして首の後ろから胸元に下がる三本の極薄チェーンに繋がるのは、極薄の円形魔方陣の中に六芒星があって、星の中に、斜めにしたキューブ状にカットして研磨した黒曜石を嵌め込んでいた、このネックレスも純金製。そのような美貌の島の管理人こと占い師ザフル・アル・ルゥルゥは、生まれながらにして魔力を持った魔女でもあった。その彼女が、使い魔の“五体”の側近たちから、書庫で東洋と日本の歴史書を読んでいたところを呼び出されて、“彼ら”の担当する通信監視室に顔を出して確認したのちに生贄たちの控え室へと向かっていたところだった。
これの、ほんの少し前に。
ザフルはノックしてドアを開け、通信監視室に入った。
ここの内装は、小型のブラウン管が壁に縦横に計十八個とデスクに監視機器と通信録音機器が配置されて、白色の床を中央を避けて這う複数の黒いケーブルの先には、白い壁に立つ調整機器と電源変電器に接続されていた。そんな部屋の真ん中に、白いテーブルと椅子が五つ。紅茶と珈琲が置いてあり、各々がドリップして飲むかたちとしていた。ブラウン管と機器のデスクに“二体”、白いテーブルに“三体”、計“五体”のザフルの側近たちが椅子に腰を下ろしていた。皆、百七〇センチジャストの長身のエジプト美女。マットな黒い三つ揃いのスラックス姿で、インナーのブラウスも黒色であった。白色系でコーディネートをした“女主人”に対して、“五体”の側近たちは黒色系を纏っていた。
デスクの手前に座る側近に声をかけていくザフル。
以下、彼女たちはイギリス英語での会話となる。
「ホルス」
そう名を呼ばれた側近の浅黒い肌の娘は、顎のラインで切り揃えた細いドレッドヘアーをしていた。アーモンドアイをしていて、ヒエログリフに見るアイラインをしていたエジプト美女だった。美しい主人をチラ見して、再びブラウン管に視線を戻したホルスが報告をしていく。
「生贄は四度の強姦を受けて、小さな女の子のように大泣きしています」
「そう。ーーーで、誰がその子を傷つけたの?」
「磯野波太郎。撮影係りを請負っている男です。出身は生贄の娘と同じ、日本のインスマウス町こと陰洲鱒町で綺麗な女の人と“なんでも屋”を営んでいます」
「“なんでも屋”、ねえ……」溜め息混じりに復唱したザフル。
「“こういったこと”を想定していたので、今までは“イスラム教を信仰する人たち”と“ブリテンが好きな”十二貴族とその関係者らは“なるべく”避けてきたんですけれども」
ちょっと強めに、語尾を切ったのは。
ホルスの隣で作業をしているエジプト美女。
ベンヌ。
猫のように大きめなアーモンドアイをして、この娘もヒエログリフのアイラインを引いていた。ちょっと薄めな浅黒い肌に、艶々な長い黒髪を“ゆるふわ”ウェーブにしていた。そして、五体の娘ともスラックス姿かと思えば、ベンヌだけが太ももが半分以上露出しているレースギャザーを段に四枚重ねたスカートを穿いていた。あと、マットブラックのハイソックスを履いて、ガーターベルトで下着と繋いでいた。“五体”の側近たち中で、可愛い感じの印象もある。
しかし、彼女は少し不機嫌であった。
「“日本人だから”といったことで易々《やすやす》と採用してしまったのは、私たちの失態ですね」
「そうね。そうだよね。ーーーまいったなあ…………」
ザフルは呆れて腕を組んだ。
ブラウン管の“向こう”で未だに泣いている摩周虹子に目をやったとき、ベンヌから話しかけられた。
「“彼女”、生贄とは言っても女の子なんですよ」
「そりゃそうね。ーーー私たちの“商品”に傷をつけるたあ、あのハゲとんでもない野郎だわ」
ザフルは組んだ腕を下ろして。
「あの“なんでも屋”は儀式が終わったら解雇よ。次回からはカタクラメディアの娘たちに協力してもらうわ」
「はい、分かりました」
そうベンヌが了解したあと、ザフルはテーブルに目を向けた。
そこには、スティック状に加工したビスケットスナックを咀嚼している三体の美しいエジプト娘たち。奥の席の、襟足だけを伸ばしたウルフショートの娘に、ザフルが声をかけてみた。
「セト」
「ヤァー?」眉間に皺。
「味は、どう?」
「サッック」
美しい顔を“しかめて”、セトは「アホ不味い」と返した。
次に手前の席の、前髪を切り揃えた艶やかな黒髪ワンレングス。
「トト」
「私のお口に合いません」
「そうか。なるほど。ーーーまだまだ試作段階の栄養スナックだからね。開発の余地有りか」
そう言いながら、ザフルは思わず壁側の席のエジプト娘を見た。
五体の中で一番メラニン色素が濃い美女が、咀嚼していた。
「ラーは……」
「ヤンミ!」
“もぐもぐ”しながら「美味い!」と親指を立てた。
ラー。
五体の中でも比較的に肩幅があり、上体が鍛え上げられていた。
艶やかで滑らかなウェーブのかかった長い黒髪を襟足で括って、額に赤色のバンダナを巻いていた。オマケにウィンクまでして、ザフルにアピールした。
これを見たザフルは。
「……うん...…」
求めていないのに、答えてきた五体目の側近に、彼女は苦笑いをした。こうしている間に、ホルスから声を投げられた。
「主人、そろそろ行ってあげたらいかがです?」
「それもそうだったわ。ーーーじゃあ、行ってくるよ」
「はい、了解」
手刀を上げたあと、部屋を出ていくザフルを見送った。
2
ザフルは、ノックしてから生贄の控え室に入った。
すると。
「うわあああーーーん! ああーーーん! うええーーん!」
ベッドで仰向けのまま大泣きしている摩周虹子を確認した。
掛け布団のシーツは床に落とされて、ベッドのシーツは“くしゃくしゃ”に、寒色系の白色の床に黄色味がかった白濁の体液らしき物が幾つか滴り落ちていた。これらの異常を見たザフルが、壁に掛けている内線電話を取って通信監視室にかけていく。
『はい。こちらベンヌ』
「ザフルです。ーーー生贄と部屋の状況を確認したわ。床を汚いザーメンが汚しているから、あなたとホルスは休憩に入って後ろの“三人”と交代したあと、ベンヌ、悪いけれどもベッドのシーツの替えと床の掃除をお願い」
『はい、了解』
「あ。あと、この子の寝間着を持ってきてちょうだい。見た目の身長と体格は“あなたたち”とほぼ変わらないから、問題ないと思うわ」
『はい、了解』
「頼んだわよ」
そう言って、ザフルは内線電話を切った。
摩周虹子のもとに戻って、再びベッドの状況に目を通す。
汗か体液か不明ではあるが、嫌な臭いに顔を“しかめた”。
これは間違いない。あの萬屋の男の臭いだ。
正直、“こういう状態”のベッドに腰を下ろしたくはない。
なので傍らの白いテーブルに白い椅子を二つ引っ張ってきて、生贄の娘の両肩を優しく抱きかかえて立たせてから、ゆっくりと一緒に移動して用意した椅子に二人で腰を下ろした。“ひっくひっく”と泣き続ける摩周虹子の頭を、ザフルは丁重に抱きしめていった。五分が経過したときに、ノックの音を聞いて、ドアの方に顔を向けた。
「ベンヌです」
「どうぞ、入って」
「失礼します」
片腕に敷きシーツと掛け布団シーツと寝間着を畳んで掛けた、ベンヌが洗剤を片手に入室してきた。入ったあと、後ろも見ずに踵でドアを押して閉めて、ガチャンと響かせた。
「くぉら! ベンヌ! はしたないでしょ!」
「すみません。両手が塞がっていたので」
「あなたは仮にも可愛い女の子の姿を借りているのよ。気をつけて」
「はい、了解」ニコッとザフルに返した。
「ま、まあ、いいけど……」
召喚したとは言え、“我が娘”の可愛さに流されてしまう。
気を取り直して、ザフルは腕の中で泣き声を落ち着かせていく摩周虹子の様子を見ていく。頭を撫で撫でして、心臓の鼓動を聞かせていきながら、傷ついた生贄の娘を安心させていった。二人の傍らでは、ベンヌが床に滴り落ち散らかせていたザーメンを優先して掃除をしていった。腕と胸元に伝わっていた熱が冷めたところで、ザフルは摩周虹子を解放した。
「気分が落ち着いたばかりで悪いけれど、ベッドで足を広げて膝を立てて、お腹に力を入れて中の精液を“できるだけ”全部残らず出して。それが終わったらシャワーを浴びてきてちょうだい」
と、ベッドとシャワー室を指差したり腹を撫でたりなどのジェスチャーを交えて、ザフルはイギリス英語で生贄の娘に話していく。全く何を言っているのかが分からなかった摩周虹子であったが、意味はなんとなく理解をできたので、彼女の指示通りにベッドに乗り上がり、膝を突いて股を広げて、腹に力を込めていった。んんっ!と気張っていったら、下から白濁した男の体液が垂れてきて、シーツに落ちていく。力みを何度か続けた結果、溜まりを作るほどとなり、中のモノは出し切ったかと思って顔を弛ませた摩周虹子が横に黒い瞳を流したとき、ザフルから立てた中指を上下に動かしていく仕草を向けられてしまった。
念入りに出せ。
ということ、らしい。
これに摩周虹子は頬を赤らめながらも、中指を入れて中を掻き出す行為をしはじめた。すると、出し切ったと思っていた白濁の体液が、中指に絡みつきながら手の甲を伝って次々と滴り落ちていった。あの波太郎のモノは、驚くほどに大量に子宮に注入されていて、まだまだ摩周虹子の胎内に残っていたらしい。膝を折って屈んで“これ”を間近で見ていたザフルは、娘の中からの“出涸らし”が無いことを確かめたあとで、膝を伸ばしてベッドの彼女へと手を差しのべた。
「さあ、降りて」優しい声で、促していく。
無言で頷いた摩周虹子は、この美しい占い師を半ば信用していて、若干はにかみつつも手を取ってベッドから“ゆっくり”と降りていった。ザフルは彼女の手を取ったまま肩を抱き寄せて。
「よく頑張ったわね。次はシャワーを浴びてきなさい」
と、そうイギリス英語で囁いた。
背中を押して、摩周虹子をシャワー室に向かわせていく。
それからザフルはベンヌと一緒に汚れたシーツを、波太郎の体液を溢さないように包みながら畳んで丸めて、壁のダッシュボックスへと投げ入れた。要するに、これは海岸線に設置してあるステンレス製の大きなゴミ箱へと各階から投擲された各種廃棄物らが、エアーの力で飛ばされてこの一箇所に集まり、船舶で来た清掃業者が回収をしていくといった流れであった。
そうして、シャワー室から出てきた摩周虹子は、ザフルから提供された白い寝間着を着て、美しい占い師の隣に腰を下ろした。そのような生贄の娘の動きに「ふふ、可愛い」と思わず呟いたベンヌが、我が主人に軽く会釈をしたあとに、控え室から出ていった。軽く手を振って側近を見送ったのちに、ザフルは隣の娘に顔を向けた。
「Hello」
「ハロー」
からの、摩周虹子は申し訳なさそうに言葉を続けていく。
「私、その……。外国語には疎くて」
「オーケー。問題ないわ。私は“少しだけ”だけど日本語も話せるから安心して。大丈夫」
「本当? ありがとう」
「どういたしまして」
微笑んで返したのちに、ザフルは椅子から立ち上がり、部屋の小さなキッチンへと向かっていった。
「コーヒーを飲んで“くつろぎ”ません?」
そう言いながら、引出しから珈琲豆とドリップのキットを、冷蔵庫から砂糖とシロップと粉ミルクを手際よく取り出して準備をしていった。ポットに水道水を入れてコンセントを挿して沸かし始めたところで、食器棚からカップと皿とスプーンを出してそろえていく。水が沸騰するまでの間を利用して、踵を返して身体を向けたザフルはキッチンの縁に腰を預けて会話を続けていく。
「私は、ザフル・アル・ルゥルゥ。ギリシアではベリス・ペレニス。あなたの国、日本では日奈菊。漢字はね、雛人形の雛じゃなくて、日本の日と大の冠に示すを組み合わせた物に菊って書くの」
「へえ、可愛い。素敵な名前ですね」
「うふふ。ありがとう」
「私は、摩周虹子。虹の子供の子って書きます」
「そう。素敵ね」
「ありがとうございます」軽い会釈。
「どういたしまして」と、微笑む。
蒸気の噴出する音と勢いが変化をしたのを耳で確かめながら、ザフルは会話を続ける。
「私は、この島の他でもね、占い師をしているの」
「へえー、凄い。失礼ですけれど、それで成り立つんですか?」
「意外と成り立つものなのよ。財閥や国々のトップに政府の要人。裏社会の輩連中。みーーんな、お金持ち。しかも“首”の“すげ替え”が利くから、本当に困ることが無いのよ」
「へえー。そ、それは本当に凄い……ですね……」
摩周虹子が今まで耳にしてきたのは、噂話や都市伝説に陰謀論の範疇に収まっていたことばかりであったが、実際こうして“その道の玄人”から直に語られると印象が変わってくるものだ。しかし実のところ彼女は、半信半疑で受け流していた。そう虚空を見ていたとき。
「そろそろ沸いたようね。ーーーブラック? アメリカン? それとも甘い甘いコーヒーがお好きかしら?」
と、フィルターに挽いた珈琲豆を入れて一回目のドリップをし始めていたザフルから好みを聞かれた。
「アメリカンのシロップたっぷりをお願いします」
キリッと決めた顔で、摩周虹子が返答した。
これにザフルは人懐っこい笑みを浮かべて。
「はい、承知しました」
それから。
アメリカンにシロップたっぷり、摩周虹子。
カフェオレのエスプレッソ、ザフル・アル・ルゥルゥ。
「はい、お待たせ」
「ありがとうございます」
ひと口。二口。
無言と無音の時間を過ごし、二人はコーヒーを嗜んでいった。
三口目を終えたとき。
ザフルは静かにカップを皿に置いて。
「虹子さん」
「はい」
「あなた、怖がっていないみたいだけど?」
「地元で生贄に選ばれたときから恐怖は味わってきました」
「と、言うと?」
「まず、医療には全くの素人の信者が白衣を着て、私に河豚毒を注射器いっぱいに打つんです」
「…………え?」思わず驚愕するザフル。
「これで陰洲鱒の海側の住民が昔から持っている特徴的な“力”を無効化できるどころか、筋力低下が促進されて気だるい感覚が継続してしまうんです。適量だったら常人並みになるんですけれど、過剰投与されると私たちは“人並み以下”になるんです」
「どうして、そんなに詳しいの?」
「先ほど私を犯して逃げた、あの萬屋の男が町の女の子たちに様々な毒物を打って実験をしていたからです。実際に、私と友達が彼の家に入って置かれていた器材を目撃したから。ーーー私たちの町は、治安が良いとは言えないんですよ。いつの時代からされていたか私には分からないけど、昔から年に一回の毎年必ずひとり地元の若い娘が誘拐されて“どこか”に売り飛ばされているんです。その標的は、私のような『鱗持ちの女』が狙われて、どこぞの誰かの富裕層に買われて消息不明で終わっている……。ーーーこれを主導している男が、町の萬屋の経営者の磯野波太郎と弟の海太郎。そして、人魚の鰐蝶乃助と橦木交太郎と野木切鱶太郎と、波太郎の妻の磯野フナという人魚の老婆です。教団ができる前から、これらの六人が誘拐の実行犯の中で、河豚毒を私たち“鱗持ち”に過剰投与すると無効化以下にできることを知っていたのが磯野波太郎だったんです。その男の指示で毒を打っていたのが、彼の弟の愛人の姥湯鮫花という人魚です。ーーーそして基本的なことは、連中のすることは教団が建つ前も後もヤる事は変わらない。“鱗持ち”の身柄を拘束確保したら生贄の控え室で監禁して“出荷”までの間に私たちを犯して“まわす”んです」
「ええぇ…………」引いたザフル。
「それから。船が来て私たちを“出荷”したあとも、“顧客たち”のもとに届ける間も船の中でも私たちは船長と船員たちに“まわされ”ます」
「酷い話しね……」
こう神妙に同情するザフルだが、彼女は摩周虹子に触れていたときから既に“出荷”の前後と“配達中”の記憶が流れ込んできて、視えていたのだ。しかし、出来事の映像は視れても被害を受けた当人の心情までは読み取れない。“そうする”には、また別に魔術を行わければならない。
摩周虹子の話しは続く。
「それを受け続けている間、この地獄は終わりが無いのかと。私は恐怖と絶望で心も身体も震えていました。ーーーそして六人の船の男たちと一緒に、町から同行していた磯野波太郎も私を犯し続けたわ」
「……最悪……」正直、反吐が出そうだったザフル。
摩周虹子の語りは止まらなかった。
それは多分、この美しい占い師への信頼感からだと思われる。
「本当に最悪です。ーーー赤と黒と青白の男たちの支援金を受けて石の建造物の教団と木造の“やぐら”ができて儀式をしていって、その終わりの手前で私は“やぐら”に入れられます。そしてそこで待ち構えていたのが、波太郎と海太郎の萬屋の兄弟でした。どうせこの先、殺されてしまうくらいなら、せめて私の愛しい人に抱かれたかった…………。ーーーけれど、その人はもう私の前には“いなかった”」
摩周虹子は涙声に変わっていくが、気持ちも飲み込んだ。
「…………それから私は、磯野兄弟の慰み物になったあと“やぐら”を出て、長い木の通路を歩いて、長い木の階段を下りると、ようやく海岸線に辿り着きます。そこはほぼ垂直な岩場で、ここで待っていた磯野フナが、司祭を“させている”私の従姉の摩周ヒメさんに蛇轟召喚の呪文を言わせたあと私に飛び込ませます。次に、海の中で構えていた波太郎の息子のカツと入婿のマスとその息子のタラに捕まって、教団に連れ戻されるその間もこの三人の“男たち”は泳ぎながら私を代わる代わる犯すんです。そうして、ようやく、施設に戻されて生贄の控え室に監禁されて辱しめも終わるのかと思っていたら、“配達の船”が町に着く二日間に渡り波太郎とその弟をはじめに、彼らの男家族と幹部の“三人”と複数の人魚と町議会議長の鯛原銭市郎の息子の銭太郎と銭二郎と院里学会の会長の十田耕造の息子二人と学会員幹部たち、あとは部屋に来た教団信者たち。これらの男たちが、私を好きなだけ犯し“出荷”の日になったら、今度は連れ込まれた船の中でも船長たち六人と波太郎の慰み物に」
一連の生贄の儀式を語った摩周虹子は、コーヒーをひと口入れて。
「…………。本当に地獄だった。そして、この島に連れてこられたあとの昨日と今日も。早く、死にたい。忠兵衛さんの元に逝きたい……」
上体を下げて頭を抱えこんでいく摩周虹子の背中を、ザフルは優しく穏やかなタッチで“ぽんぽん”と手で叩いたあと、撫でていった。生贄の娘のこの様子を黙って数秒間見ていたザフルは、なにかを決意して口を開いていった。
「本当に最悪ね。あとで船長たちに言っておくわ」
「……ありがとう……」
「虹子さん。あなた、好きな人がいたのね」
「はい。今まで生きてきた中で、最初で最後に恋して好きになった愛しい人です。私よりも六歳くらい年上だったんですけれど、とても強くて素敵な人だった」
「そう。それはとっても良いことよ」
「ありがとう」
「…………。あのね、虹子さん」
「はい」
「あなたは明日、儀式の終わりに殺され解体されて、参加者の皆から食べられます」
「ああ……」分かってはいた。
生贄として捧げられて、殺されてしまうのは分かってはいた。
分かってはいたが。
まさか、屠殺と解体の上に、食べられるとは。
「私、食べられるんですか?」上体と顔を上げて聞く。
「食べられます」と、即答。
「本当に、人の肉ですよ? 食べるんですか?」
「ジョセフ山に祀ってある、赤い牡牛の神バアルに信仰を捧げるために参加者の皆は、明日“あなた”を食べます」
「嘘ぉーー!」眉を寄せて、唇を縦長に開き驚く。
「嘘だと思うでしょ? メインの参加者というか、信者の富裕層や大財閥の人間に政界の大きな裏方や極めた起業家の社長など、こうした頂点を極めた人たちってね、案外“つまらない”ものなのよ。人生を上りはじめる血気盛んな若い頃は、みなさん各々の趣味嗜好があって休日の息抜きは充実していたけれども、いざ達成されて満たされたときは、今まで嗜んでいた趣味は刺激にすらならなくなっていてね。身についた権威と権力のおかげで、ほとんどの要求が通って叶ってしまう。例え悪いことをしても、周りの側近や部下たちに“お友達”らが電光石火の速さで隠蔽して、仕上げは印象操作をした上で表面上は超善人と世間様に報道するんだから。そりゃあ、もう、人生上での困難や好奇心と試行錯誤する楽しみなんて遭遇することすら無いに等しくなるわよね」
やや早口気味に言葉を吐き出したあと、ザフルはカフェオレをひと口啜った。“コトリ”と、受け皿にカップを静かに置いたのちに、彼女が再び語り出した。
「そういう、ある種の“無敵の人”たちが目指す次の境地っていうのはね、宗教と悪食よ。結果的に文字通りに『人を喰う人』になってしまうわけ。なにも無い一般人が“ソレ”をやる場合は、かなり高いリスクを招くけれど、富裕層や権力者などの天高くいる人、国のトップも含むわ。こうした山頂からさらに天高く浮いた人たちの場合はね、一般人の国民や市民と違って超絶な“力”が有るから、顎先と指先で周りを使うことで外部に洩れないようにできる。そのおかげで、己の悪趣味に打ち込めるってこと。ーーーでもねー。たいがいの“そういう人たち”ってのは、初代が外国に阿片を売ったり、奴隷で商売していたり、海や山の賊だったりしてね、その子孫たちが常世に下りると“丁寧さと配慮が著しく欠けている”人なものだから、私のようにこうやって中を取り持つ者が必要になってくるの。ここでハッキリ言うと、ここで行っている悪神崇拝の儀式というのは、商売。お金儲けする私と、提供したサービスを受ける“顧客”たち。だからこの島の集まりには、信仰心なんて物は無いわ。私も、“お客さん”たちも。ーーー商店街や市場で“いち”平民どうしで売買するのと違い、私の“商売”は著しく常識が欠けた“顧客”たちが相手だから、一般世間で言われる“普通”じゃぁヤっていけないわけよ。だから、浮世離れをした人たちと日頃から接触している私の占い師という立場を使って、あの人たちの趣味と実益を満たしている。ということ」
「んーー。案外、つまらない人たちですね」
「そうね。残された刺激と嗜好が“そっち側”しか選らばなかった人たちだからねぇ。つまらない上に、土着で信仰をしている現地民族にとっちゃぁ、腹立たしいことでしょうよ」
「でも、結局は私はその人たちから食べられてしまうんですよね」
「まあ、そうね。それが“あなた”の終わりになるわね」
「そうですか」甘々なアメリカンコーヒーを飲み干す。
横目で見ながら、ザフルはカフェオレエスプレッソを口に運ぶ。
カップを受け皿に静かに置いた摩周虹子が、再び口を開く。
「私、あなたになら食べられても良いと思いました」
「ブッッ!」
思わず上体が前のめりになり、勢いよくカップから飛沫を上げて、鼻孔からもエスプレッソを吹き出した。ゲホ!ゲホ!と大きく咳き込んだあと、ザフルは鼻と口もとを手で押さえながら席を立ち、キッチンの流し台で口周りを洗って“うがい”をしたあとタオルで拭って、ティッシュで三回ほど鼻をかんでから、キッチンペーパーでテーブルを拭いて復旧完了した。ん!ん!と喉を鳴らして、整えた。この占い師の一連の動きを、黙って見ていた摩周虹子。同じく、通信監視室でも見ていた、五体の側近たち。そして、秘書室のモニター画面で長い脚を組んで見ていた赤毛の長身美女。
3
「あの……。なんか、すみません……」
「え? ああ。いいのいいの。気にしないで」
摩周虹子の謝罪を、謝られるほどでもないと流したザフル。
ただ。
「虹子さん」
「はい」
「今の発言は、なに?」
「あれですか?ーーーその言葉の通りの決意です。あなた、ザフルさんになら私は食べられても良い」
「それが、おかしいと思っているんだけど」
「んー? 私自身もよく分からないんですよ。でも、あなたと話しているうちに、そういう考えに至ったんです。あなたは悪い人ですけれど、なんだか悪く無いところもあると思ったから、最後を見てもらえるのも良いかなあーって」
「なんでそんなに、そこまで私を信頼してんの?」
「それは……。私にも分かりません」
「いい? 虹子さんを殺して解体するのは、この私なんだよ?」
「それでも。です。ーーー私の心臓を、あなた、ザフルさんに食べてほしい。決意は揺るぎません。アイツらなんかに心臓をやってたまるか。そう思った結果です」
「なるほどね」
美しい娘の強固な決意を聞いて、ザフルは後ろ頭を掻いた。
「分かりました。あなたがそこまで言ってくれるなら、私は応えます。約束通り、虹子さんの心臓を食べましょう」
「本当!? 嬉しい!」
喜びのまあり、衝動的に隣の美女に抱きついた摩周虹子。
これには正直驚いたザフルであったが、この娘にほだされたのか、鼻で軽い溜め息を着いて微笑みながら彼女の頭を撫でていった。
あれからしばらくして、生贄の控え室を出てきたザフル。
ヒールを鳴らして通信監視室に戻ってきてノックする。
どーぞー。とトトから招かれて入室。
「あの娘、可愛い」
「情が移っちゃったんですか?」
入室して一発目のひと言に、トトが“ジロリ”と主人に刺した。
うっ。といった図星の顔を見せたザフル。
「ま、まあ、それは私の問題だから。ーーーそれより。なにか他に問題は発生していない? 異常無し?」
「問題大ありですよ」
「……えっ?」
「キャラの顔を、船長と船員たちが殴り飛ばしました」
「あの野郎ども」額に青筋を浮かべた。
キャラとは。
島の娼館『マーラ』で働く娼婦のキャラ・スーのこと。
美しいブロンド美女ながら、ソバカスが残っていた顔立ち。
“商品”に手を上げられたとなれば、怒りは当然である。
部屋の壁掛け内線電話の受話器を取ったザフルが。
「ザフルです。メグ、起きてる?」
『起きていますよ』“あくび”交じりの返事。
「うちの娼婦が傷つけられた。今から来客名簿を持って娼館に向かって。私は先に行っているから」
『分かりました』
秘書室で待機していた赤毛の美人秘書から了解を得たザフルは、さらに側近に呼びかけた。
「ベンヌ。お休みのところ悪いけど、私と一緒に来て」
「はい。主人」ニッコリと返した。
娼館『マーラ』。
ギザの三大ピラミッドをもしたハウスの背後に建てられた、十八軒の娼館。一戸につき“ひとり”の娼婦が、来客の相手を勤めていた。二階建てで、一階部分は売春を行う場所で、住居スペースは二階になっている。不届きな客から二階に不法侵入されないために、窓は二重窓で二階の出入口は鉄扉の二重ロックと徹底していた。ヤーハ島の経緯度を言わないという秘密厳守を条件付きで、娼婦たちはさまざまな国から出稼ぎに来ていた。地区の形態は、土地の区画も道路も垂直水平な格子状に設計された、縦に三軒と横に六軒の長方形であった。イイ女は身の回りから美しくなる、というザフルの思想のもとに娼婦たちの建物には、一軒につきバスタブは一階の仕事用と二階の生活用の二つ、仕事用のは小さいのと生活用のは通常サイズと冷蔵庫も二つ、キッチンやクローゼットなどのその他もろもろの生活必需品は全て二階の住居スペースに、といったふうに経費がかかっていた。それが十八軒。かと言っても、崇拝の儀式は年に四回。しかも“遊戯の太客”はひとつだけではなく、大財閥でも家系なりの個人的な付き合いをしている宗派や会社がそれぞれあるわけで、単純に考えても一季ごとに信仰心から来る日付けでも数回ある。よって、商売上の行事としては困ることもなく“それなりに”稼げていた。なんにせよ、一回の崇拝儀式に支払われる金額がバカデカイ物であったおかげで、ザフルと“五体”の側近と秘書のメグたちには充分な利益が出ていた。あとは、徹底した秘密主義と生贄を確実に“入荷”してくることを続けてきたことで、主客の十三財閥とその他の太客たちの信頼を得ていた。そういうことから、ザフルたちはさらに“客を選ぶ権利を持っていた”わけで。
そして、ザフルは一番手に娼館区域内の前列から二番目の中央の建物、キャラ・スーの仕事場兼住居に到着した。摩周虹子の精神的ケアをした直後から移動してきたため、ショートジャケットを羽織りハイウエストの白い膝丈ワンピース姿のままであった。彼女に少し遅れて、ベンヌとメグが到着。ベンヌも艶消しブラックの三つ揃いにフリルギャザーのミニスカとハイソックスといった、仕事着のまま。最後に、大きいウェーブの赤い癖毛の美人秘書であるメグも、主人のザフルと同じく全身を白色でコーディネートしていた。インナーのブラウスにベスト、足首まである長丈のスカートは透けるほどに薄い生地を六枚重ねて、裾にギャザーを寄せていた。
MEG。ザフルの秘書。そして用心棒。
ザフルが言うには、メグはペリシテ人らしい。
二メートルに達する長身の細身であるが、決して痩身ではない。
ギリシア彫刻のようなメリハリのある美貌。
高い鼻柱に切れ長な眼。長い四肢。マーメイドスタイル。
なによりも彼女を特徴つけていたのが、アルビノであること。
アイボリー色の肌。鮮血色の瞳。縦長で細い瞳孔。
アルビノは通常、頭髪体毛もアイボリー色だが、メグは特殊な個体であるため鮮血のように眩い赤色をした髪の毛であった。以上のように、ザフルは自慢の秘書と側近を従えて、キャラの住居の前に立っていた。ピンク色のドアをノックしていく。
「ザフルです。キャラ、返事できる?」
数秒間待っても、返答無し。
後ろの二人に首を向けて、目線を送ったのち。
半身からの脚を横に突き出した。
「緊急事態と見て、開けるわよ!」
と、言いつつ、鍵を破壊してドアを蹴り開けて侵入した。
入室した女三人が見た光景は、太鼓腹の髭もじゃの中年男性が裸のキャラに馬乗りになって拳を振り上げていたところだった。鷲鼻の下に広がるワイヤーのように硬い口と顎の髭から葉巻を咥えた黄ばんだ歯を剥いて、首を後ろに回した下半身丸出しの白シャツ姿の中年男性は「ああーん?」と威嚇混じりに入室者を睨み付けた。ザフルは、そのような程度の威嚇で動じる女ではない。
「どうやら、本当に緊急事態だったようですね。ーーーそこの殿方、とりあえず足下の女の子から降りてください」
「なんだ、お前? 俺様に指示しようってのか?」
ワイヤー髭の男、ガタイが太いが声も太かった。
ザフルは微笑みを変えずに言葉を返していく。
「いいからさっさと降りろ。ユダヤ臭くてたまらんぜ」
「…………。お、お前……」動揺と怒りが混ざる。
「ハリアップ。腹ボテ野郎」
手のひらを上にして、揃えた四本指で「来い来い」と催促した。
「そこの五人の“坊やたち”もだ。表に出ろ」
というわけで、玄関の石畳の広場に船長と船員の六人を呼び出したあと「ベンヌ」とひと言かけてキャラの介抱に向かわせた。百九〇センチ以上の長身美女を改めて目の前にしたムサ苦しい男たちは、その巨大さに驚いていく。船の男たちの身長は平均して百七〇センチ台で、ワイヤー髭の船長が百七五センチと六人で唯一高い背丈であった。筋肉痛でガタイが良いが、それを上回る身の丈のザフルとメグから来る威圧感にこの船長は緊張感を抱いていた。このような男六人の心境など知らぬとばかりに、キャラに肩を貸しながらベンヌがピンク色の住居から出てきて、ザフルに彼女の容体を見せていく。青黒く変色して腫れた右目と赤くなって切った左頬の口の端から出血しているキャラの顔を、ザフルは指先を使って優しく撫でていったのち、舌打ちして六人の男たちを睨んだ。
「キャラ、大変だったわね。ーーーベンヌ、ホルスと一緒に彼女を治療してあげて。お願い」
「はい、分かりました」
了解したベンヌがキャラと一緒に去っていく背中を確認したあと、ザフルは再び船長たち六人に顔を向けた。
「お前ら、船の中で生贄をレイプするだけでは飽き足らず、私の大切な娼婦まで傷物にしやがったな? 誰に喧嘩売ったのか、分かってんのか?」
「生贄だと?」
「ああ、生贄だ。美しい日本の娘のな」
「へっ! なんだ。あの黄色い雌猿のことかよ?ーーー噂通りだったぜ。チビなイエローは“締まり”が良いってのは。またアイツとヤらせてくれるのか?」
「白状しやがったな?」
「白状もなにも。女のお前さんたちは知らんだろうが、船の中ってのは野郎たちしか居ねぇ臭い場所なんだよ。運搬中は常にギラギラしちまってな。俺様たちゃ眩い女にチンポ突っ込みたくて我慢しているのが辛ぇんだわ。だけどよ、今回は俺様たちを使ってくれているメディソン商会が契約をつけた黄色猿どもの住む島から上玉の女を“出荷”してくれと聞いて、いざ船に乗せてみりゃ、たまんねぇくらいイイ女だったじゃねえか。しかも裸のままでよ。こりゃぁ、ご褒美だと思ったね。報酬だよ報酬。前払いの報酬だよ。いくつかに寄港して燃料を補充しながらの数日間、ぜんぜん退屈しなかったぜ。裸の女を好きにしてやったぞ。吸いほうだい、“しゃぶり”ほうだい、突きほうだい、中に出しまくってやった。いつかは、俺様かコイツらのガキができちまうかもな?」
愛船にではなく、口に燃料が足されて、船長は長く語った。
ザフルは右後方のメグとアイコンタクトをした。
「講釈は終わったかい?」
こう言って、後方に手招きしたザフルがメグを隣に来させた。
次に、秘書の持つ名簿を覗き込む。
これが終わったのちに、再び船長たちを向いた。
「手前ぇら、私の大切な“商品”を傷つけたな。ーーー私たちは“客”を選ぶ権利がある。よって手前ぇらは解雇だ。クビだクビ。二度と私たちの島に、その汚ねぇ足で来るな。雇い主にも“そう”言っておいてやる」
「は、はあ? なんだ、そりゃ? お前らの一方的なもんで決められるわきゃねえだろ。俺様たちの雇い主は、あのメディソン商会だぞ? 大財閥に逆らおうってのか? 女のクセにお前、頭大丈夫か? 知恵でも遅れてんのかよ。ーーー女は契約先に行っても黙って股開いときゃイイんだよ!」
「馬鹿か、お前。私に言わせりゃ、契約先の肩書きなんぞ“どうでもいい”んだよ。こっちも商売だ。糞客が舐めた態度を変えないなら、それ相応か以上でヤらせてもらう」
「んだとぉ? このクソ女ぁ。分からせてや」
と、船長が拳を構えたとき。
「ビル・ジョン」
「イェス」禿げ頭のイギリス男。
「ネロ・ピッツァ」
「ヤァー」天パのイタリア男。
「ジャン・ジャッカー」
「ウィ」おかっぱ頭のフランス男。
「劉四陽」
「イェス」短髪の中国人男。
「ダニー・ドゥ」
「イェア」金髪癖毛のアメリカ男。
これら船員たちの素直な反応に、ザフルは口の端を吊り上げた。
次に、彼女は赤褐色の瞳を赤く光らせて。
六人の男たちの足下に赤色の逆さ五芒星の円形魔方陣が現れた。
そして、手の甲を男たちに向けたまま、ザフルが“ゆっくり”と小指から順に握っていったとき。名を呼ばれて返事をした五人の男たちの身体は“ゆっくり”と前方へと頭を内側に丸まっていき、バキバキバリバリと骨の砕けて折れる音を鳴らしながら割けた肉の隙間から血を吹き出していく中で、ザフルがギュッと力を込めて拳を握りしめたとき、“それ”らは血飛沫を上げて赤い肉の塊が五つ出来上がった。この間、後ろを見ていたワイヤー髭の船長は、ギャア!だのウワァ!だのと悲鳴をあげていった。
「ジョリー・D・ネーデル」
「ひいっ!」名を呼ばれた!と、船長は声を引いた。
再度、赤色の逆さ五芒星の円形魔方陣が光り出す。
もうお仕舞いだあ!とジョリーが観念したとき、剥き出しの下半身で小便を漏らしていった。
パン!
ザフルが手を叩いたことで、ジョリー船長は我に返った。
いままで恐怖と絶望によって心身共にガタガタと震えていたが、目の前の美しい占い師の手拍子のおかげで、彼は彼なりの冷静さを取り戻した。その、矢先。
ブンッ。
と、ザフルが長い脚を前に繰り上げた直後。
ベキッ。
と、大きい乾いた音を立てて、船長の顔が逆さまで後ろを向いた。
太鼓腹の船長は膝を突いて崩れ落ち、じぶんの小便の溜まりにへとうつ伏せに倒れた。
4
「主人」
「なに?」
「どーするんです? コレ?」
「鮫の餌にでもしておきなさい」
「あの……。私と二人で始末するんですね?」
「そうよ。私も入れて、最小限の人数しか置いていないからね」
半ば嫌々そうに確認してくる美人秘書に、ザフルは“さも”当然のように答えていった。そのとき、左右の住居のドアが開いて二人の娼婦が顔を出した。
紫色の住居。ロシア系上海娘。
「ボス。私がトラック回してきましょうか?」
「あらー。李鈴ありがとう。助かるわあ」
ザフルが目じりを下げる可愛さ。
李鈴。黒髪ロングのツインテールの長身美女。
ベビーフェイスではない綺麗な美女だが、可愛さがあった。
次は、水色の住居。イギリス系アボリジニ娘。
「私は、麻袋と手袋と臭い消し持ってきますね」
「あらら。ミンカまで。本当に助かるわあ。ありがとうね」
「いいえー」ニッコニコ。
ミンカ。イギリス系アボリジニ娘。
その名の通りに、まるで猫のような愛らしさと美しさがあった。
長身で鼻柱が高いのは、イギリスの血筋であろう。
メラニン色素が濃いおかげで、印象としては黒猫であった。
以上、ザフルは可愛い部下たちと一緒に、不届きな船長たちの亡骸の後始末をした。




