虎縞幸猫
1
東京都。
同日。昼間から夕方の同じ時間帯。
虎縞幸猫は、朱色の愛車に乗って移動していた。
与党議員で防衛大臣を勤めている彼女の桜色のスマホに、任務の依頼がきていたから現場を離れて目標へと向かっていた。幸猫の愛車は、朱色のスポーツカーで、名前はホウオウ。㈱鳳自動車産業が設計から製造生産をしている、シャープなエッヂが立っている流線形ボディのガルウィング仕様のスポーツカーである。しかも、幸猫はこのスポーツカーの内側を改造していた。エンジンは十二気筒から水素ロケットに切り替えできる仕様と、衛星電波を高感度受信できるアンテナに、コントロールパネルと助手席シートと後部座席と後部コンテナの各所内部に銃器を内蔵していた。そして幸猫は、桜色でコーディネートしていた格好から、下はボトムパンツに上はタンクトップと防弾ベストといった全身を真っ黒に包んだ姿へと変化していた。
治安維持活動組織『猫又』
様々な職業を持つ人物たちが集まる、秘密組織。
護衛人たちと繋がりがあり、協力し合うときがある。
武装秘密結社『八咫烏』と連携するときもあり。
彼女たちは四人一組で実行していた。
ヘリ狙撃追跡班から幸猫へ報告が入る。
『こちら眞輝神桜。虎縞さんどーぞ』
「はい、こちら虎縞幸猫」表情が無かった。
『深沢文晴殺害実行犯は、現在進路を千葉方面に変更して逃走中』
「あらあら。夢の国にでも行くのかしら」
声に抑揚はあるが、笑顔すら無かった。
車内ナビの液晶モニターに、写真を受信した。
眞輝神桜からの連絡は続く。
『その前に標的を止めましょう』
「ええ。人混みに入ったら、騒ぎと被害が拡大するわ」
『標的は、フェン・タとニー・ルーとアー・ヘンの中国系イギリス人の三人。順に赤青黄のモヒカン頭。手足に車輪を付けた赤が熊の被り物、青と黄はシルバーのベンツで渋谷から逃走したわ』
「了解。“獲物”は三体ね」
『ええ。捕獲して警察に身柄を引き渡すのよ』
「はーい」
と、桜からの通信が切れた。
ヘリ狙撃追跡班。
操縦士、眞輝神桜。
狙撃手、柏木忠兵衛。
追跡捕獲、虎縞幸猫。
後方支援、筒虎吉。
現場総指揮、眞輝神樹梨。
総指揮者の樹梨をのぞいた、以上四名が深沢文晴を暗殺した三人を追跡捕獲に向かっていた。これより前の午前中に、モヒカン頭三人は潜伏先の渋谷区で武装警官隊や刑事たちから包囲されていたが、彼らはこれをショットガンやライフルやマシンガンにAK改25型そして饕餮4000の銃器を駆使して銃撃していき、手榴弾を複数投擲したことが決定打になり包囲網を破って見事逃走に成功していた。人形フレームに車輪と足首部分にジェット噴射が付いた兵器『高速地上滑走機獣』(通称、舐め舐めモービルマシン)を装着した赤モヒカン頭ことフェン・タは、さらに羆の防護服を着た完全装備で本庁公安をはじめとした刑事たちや武装警官隊らにダメージを与えて潜伏先から突破した。この赤モヒカン頭の防護服の羆は、本物の成獣の羆から頭蓋骨を残して他の骨格と筋肉内蔵まで全て中身を取り除いた外皮を改造した“着ぐるみ”であった。文晴を襲撃したときの防犯カメラに記録されていた映像でも、この羆の“着ぐるみ”の口内から銃口を構えたフェン・タが顔を覗かせていたのが証拠の決定打となった。
魔改造ホウオウを飛ばしていた幸猫の目の前に、これまた速度超過していたシルバーのベンツを目撃した彼女は、青と黄のモヒカン頭を確認した。間違いない、あれはナンバープレートを外された盗難車両。現場から逃走した三人組の内二人、ニー・ルーとアー・ヘンだ。シルバーのベンツは複数のパトカーに追われながら、助手席のアーヘンが散弾銃を撃って警官隊と刑事たちを退けていたが、その流れ弾が一般車両らに当たって、中には被弾した運転手が操縦不能になってガードレールやら中央分離帯の植栽に衝突したりして横転側転などの被害を拡大していった。パトカーと一般車両の間をを縫うように走行させていった幸猫は、シルバーのベンツの後部に魔改造ホウオウのフロントを衝突させた。次に幸猫は水素ロケットに点火して、一般車両を掻き分けながら犯人のベンツを押していって飛ばしていくと、その他大勢の車両や人が極めて少なくなった道路に出てきた。この様子を上空のヘリから見ていた眞輝神桜。
「あえて千葉に近づけたのね」
「良いんですか?」と、部下の柏木忠兵衛の問いに。
「良いの。逆に撃ちやすくなったでしょ?」
「はい。確かに」狙撃ライフルを下に構えたまま返事した。
「分かったなら、先輩の行為に応えなさい」
「了解」と、照準スコープに目を合わせて忠兵衛は了解した。
地上のカーチェイスに戻って。
ロケットエンジンを切って後方から離脱していく幸猫のバックミラーに、道路を滑走してくる羆を目撃。仲間と二手に別れて神奈川方面へと逃走しようとしていたフェンタを、筒虎吉が後方からマウンテンバイクで追跡煽って軌道修正をさせてきた。虎吉の乗り回しているこのバイクは、ジャガーモータース製の『山猫400』という中型軽量二輪車であった。これで、実行犯全員を取り零すことなく集めたわけである。上空の桜から幸猫に無線が入る。
『虎吉くんが誘導してくれたわ。幸猫さん、彼の頑張りに応えて奴らを捕獲しましょう』
「おおきに」
『よし。気張っていこう』
班長の通信が切れたとき、並走していたシルバーのベンツの助手席からマシンガンで銃撃されてきた。が、幸猫の愛車は魔改造をしてあるので、車体の“皮”はもちろんのこと全ての窓ガラスも特殊カーボン繊維製品にしてあるために、並大抵の銃弾なら弾き返してしまうのであった。黄モヒカン頭のアーヘンが、マシンガンで乱騨していきながら「ヒャッハー! ハチの巣にしてやるぜーー!」とイキっていたが、やがて効果が無いと分かると新世界十字軍製のショットガン『マウンテンクルス』を取り出して構えた。
「ウッヒョー! 脳ミソぶっちまけてやるずぇ!」
運転席から確認した幸猫は、アクセルを踏んで加速した。
左手でハンドル操作をしながら、脇の下のガンホルダーからハンドガン『ネオナンブ二〇型』を引き抜いてガルウィングの運転席側ドアを上に開けたとき、幸猫は引き金を引いた。頑丈と言われているベンツの助手席ドアに複数の弾痕が刻まれていき、アーヘンは両脚を負傷した。次は、上空から忠兵衛のライフル弾がボンネットを貫通してベンツのエンジンを直撃した。これと同時に、幸猫は片手でドリフト操作をしながらハンドガンを数発撃ち、アーヘンの脳味噌をベンツ内にぶち撒けた。操縦不能にされたニールーは、なんとかハンドルを手放さないで操作を試みたものの、目の前の道端の大きな石にタイヤを取られて車体は飛び上がって横転した。ハンドル操作とブレーキを駆使して車体を前後逆向きの斜めに停車した幸猫の前を、フェンタの羆アーマーが通過していった。と同時に、幸猫はハンドガンを脇の下のガンホルダーに仕舞ったすぐにコントロールパネル上部ハッチを開けて、猟銃を一丁取り出して、身を翻って車道に片膝を突いて銃を構えた。彼女の構えたこの猟銃は、曾祖母の虎縞玉子が生前に愛用していた猟銃のレプリカで、中身は“しっかり”近代兵器である『虎縞一〇型ライフル』という猟銃型狙撃銃であった。
加速して遠くなっていく標的の背中と尻をスコープに収めながら、幸猫は深呼吸を三回していった。三回目の深呼吸を終えて、彼女は息を止めて照準スコープで標的を完全にロックオンしたそのとき、ライフルから発射された銃弾が羆アーマーの背骨部分中央にヒットした。羆アーマーことスピードプレイヤーの背骨を構成する部分、つまりヒトで言う脊椎部分に集まる精密機械に幸猫の銃弾が撃ち込まれた途端に、アーマーは硬直して四肢部分は真っ直ぐなってフェンタの全身に電撃が走り抜けて横転した。ファック!こりゃたまらん!となったフェンタは、電撃が秒で治まったあとに腹部の赤色の強制解除スイッチを叩いて開いたアーマーから離脱した。“獲物”を足止めしたことを確かめた幸猫が、コントロールパネル上部ハッチに猟銃型ライフルを仕舞ったあと、車内中央のギアチェン部分から匕首を取り出して太股外側に装着した。そして歩みを進めていた彼女の死角で、ひっくり返ったベンツからなんとか這いずり出てきたニールーの姿が入ってきた。頭を切ったのか、青いモヒカン頭の両側から血を垂れ流していきつつ、ニールーは“ふらついて”立ち上がると、腰のベルトの後ろからハンドガンの饕餮4000を引き抜いて幸猫を狙って構えた。そのとき、幸猫は脇の下のガンホルダーから抜いたハンドガンのネオナンブ二〇型の腕を斜め後方に伸ばしたと思ったら、相手を見ずに“そのまま”撃ってニールーの手元から饕餮4000を弾き飛ばした。激痛が走る右手を押さえて、ニールーは身体を折っていく。ノールック射撃から数歩行って止まった幸猫は、今度は顔と銃口をシルバーのベンツへと向けて一発撃った。ひっくり返ったベンツのシャッターグリル中央を貫通したと思った、その直後、燃料漏れと放電を受けたエンジンから点火して車体はフロントから破裂するように爆発した。間一髪で飛び退けたニールーは、地面に伏せて両手で頭を庇った。豪快な火柱と爆発音を立てていくさまを一秒二秒見たのちに、幸猫は再び足を進めていった。
そして、この様子を上空ヘリから見ていた眞輝神桜。
「…………ったく。あの馬鹿」
と、小声で愚痴を漏らした。
2
『誰が“焼鳥”にせろっつったよ! あとの二羽、ちゃんと捕獲しなさい』
「正当防衛ですわ」関西訛りで返した幸猫。
上空から班長の注意を聞きながら歩いていくうちに、道路で悶えている赤モヒカン頭のもとに辿り着いた。焦点の定まっていない目付きで、フェンタは幸猫を睨み上げていく。路地で仰向けになっている主格の実行犯の前に立ち塞がった幸猫は、仁王立ちになって太股の匕首に手を掛けた。すると、背後に気配を感じた彼女が振り向いていくと、青モヒカン頭ことニールーが息も切れ切れになりながらも背中から大きなマチェーテを抜いて構えた。そして、“仕事仲間”の元気な様を見たフェンタは触発されたのか、立ち上がるなりに背中から青龍刀を引き抜いて構えていった。幸猫を挟んで勢いが付いたのか、フェンタから口を開いていく。言葉を発するものの、彼ら二人はすでにアッパー系薬物でハイになっていたので、甲高い声に呂律の回らない物をプラスされてしまい、なんだか聞き取り辛かった。以下、刃物を振り回して威嚇しながらフェンタとニールーが交互に言葉を放っていく。
「けへへーー! 野郎だと思ったら女だったのか!」
「ヒャハー! とんでもねえ上玉の黄色い雌猿じゃねえか!」
「手前ぇ好き放題やーりやがってよ! アーヘンの仇だるぁコルァ!」
「手足切り落として、ズッコンバッコンやってやるぁ! 覚悟しるぉ! ああコルァ!」
「そうだそうだ! 俺たちのマラマラでズッコンバッコンいってやるぁぞ! コルァ! バカヤロお前、俺は勝つぞ!」
「女ごときお前が俺たち二人に勝つわけねえだるぉ! はやらせコルァ! はやらせコルァ!」
「ドロヘドロ!」
「クルルァ!」
と、両方からほぼ同時にモヒカン頭二人が、幸猫を狙ってマチェーテと青龍刀を振り上げてかかってきた。右側に踏み込んだ幸猫は右の逆手の匕首でフェンタの青龍刀を受けたとき、左手ですかさず右肩のナイフを抜いて投げ飛ばすと、ニールーの喉仏に突き刺さった。喉もとと口から血を垂らしていきながら、ニールーは白眼を剥いて仰向けに倒れていった。次に幸猫は、右の逆手の匕首で青龍刀を弾き返して、赤モヒカン頭の下腹部に踵を叩き込んだ。激痛に口を尖らかせて片手で下腹部を押さえて身体を折っていくフェンタの顔を、蹴り上げた。蹴られた勢いでバック転したフェンタが、頭から路面に落ちてそのまま後転したあと、苦痛に喘ぎながらも頑張ってフラフラと立ち上がると、再び青龍刀を構えた。泥酔者の如き千鳥足で幸猫にへと青龍刀を振り回していくが、匕首で全てを弾かれたり流されたりとしていった瞬間、手首を斬り落とされた。え?と思って道路を見たフェンタの目には、青龍刀を握った己の右手がコロコロと転がっていく風景であった。右手、幸猫、右手、幸猫、右手と往復して顔を幸猫で止めて悲鳴を上げようと口を縦に開いた、そのとき。順手に持った幸猫の匕首が、フェンタの喉を真っ直ぐと突き刺した。右手ごと青龍刀を落としたすぐに、幸猫は順手に持った匕首の切先で照準を定めて、左手の平を刃物の背に添えるようにして、まるで銃を構える形でフェンタの急所をロックオンしたのち刺殺した。喉仏から刃物を引き抜かれたフェンタも、傷口と口から血を垂れ流しながら白眼を剥いて仰向けに倒れていった。
血糊を振り払って太股の鞘に匕首を納めた幸猫の様子を、桜は上空のヘリから忠兵衛と一緒に見ていて。
『本庁公安から生捕りにしろって依頼されたのに、お前、皆殺しにしてどーすんの!』
「えらいすんまへん。ーーーしかしな、桜さん。仮にコイツら警察に突き出して逮捕裁判受けてもや、十年ちょっとで刑務所出てきてしまいますねん。その上、この三人外国人ときてる。それならもう、道は決まったものです。不起訴や。それじゃあ、あまりにも周りの人たちが救われないし、なによりも殺された被害者が浮かばれへんのと違います?ーーーだったらもう、私たちがヤることは“ひとつ”ですやろ」
彼女の声には明らかに怒りが含まれていたが、表情は無かった。
『そんなこたぁ私だって同じなんだよ! だがな、お前と違って私は依頼主に“報告”しなきゃいけねぇんだ。そして、“捕物劇”を追跡していたマスコミどもがニュースで流すことも考えてんだよ。だから今から、“工作してやる”。ーーーどけ、幸猫!』
班長の指示を受けて、幸猫はゆっくりと現場から離れた。
距離を取った地上の部下を確認した桜は。
「忠兵衛くん。ごめんだけど、倒れている“二羽”の喉を撃って」
「了解」
と、忠兵衛は狙撃ライフルの引き金を引いて、幸猫が刺した傷口を狙ってフェンタとニールーを撃った。ほぼ寸分の狂いも無く、刺し傷に重なるように銃弾が入った。照準スコープから顔を上げて銃口も上に向けた忠兵衛が、班長の桜を見た。これを完了の合図と取った桜は、もうひとりの地上の部下へと指示を出していく。
「虎吉くん、聞こえる?」
『はい、なんですか?』
「悪いけれども。そこらへんに“散らかっている”銃をその持ち主の“二羽”に持たせてちょうだい」
『了解』
そう言ってマウンテンバイクから降りた筒虎吉が、シルバーのベンツの周辺に落ちていた饕餮4000とマウンテンクルスを拾ってきて、それぞれフェンタとニールーの手に持たせたところまで確認した桜は、部下二人に指示を出す。
「ありがとう虎吉くん。現場から離れなさい。止めていた警察とマスコミが今から入ってくるわ。ーーーそして幸猫さん。あなたも“本職”に戻りなさい。大勢の部下を抱えているんでしょう?」
『私は“こっちも本職”ですねん』
「はいはい、二足の草鞋ね。お疲れ様」
『おおきに』
そう返した幸猫は、無線の通信を切って現場から立ち去っていき、愛車の魔改造ホウオウに乗り込んで永田町へと走らせていった。
虎縞幸猫がした匕首を突き刺す必殺の構えは、映画『ブラック・レイン』で松田優作が冒頭で見せていた短ドスを構えていた姿が元ネタです。




