第29話 幽霊船-骨墓
波打ち際を沿うように探索すると砂浜にエピックが漂着していた。
とりあえずは無事でよかった。
エピックの発掘はイーリスに任せて俺は景虎を探しに行った。
すると海上に俺たちの乗ってきた船の木片が流れ着いていた。
もしやと思って目を凝らしてみると、景虎が海藻のように浮かんでいるのを見つけた。
海の藻屑とはあんな状態だろうか、死んでないといいが。
俺はさっそく回収しに行こうとしたが景虎の真下に黒い影のようなものが見える。
ほんとに浮力だけで浮かんでいるのか?いや違う。その真下に何か――
不審に思った瞬間、ザバンと水しぶきをあげながら鯨が姿を現した!
鯨が景虎を海の下から支えていたのだ。
海黒い身体に輝く目とふたたび視線が交差する。
しまった、追いかけられ――あれ?
「BAOOOO!」
しかし落ち着いて見るとさっき船を破壊したそれとは違うクジラだった。
そいつはとても小さかった。さっきのとはサイズに天と地ほどの差がある。
さっきのは戦艦にも見間違うほどの大きさだったがこちらは頭に人ひとり乗せるのがせいいっぱいの大きさだ。
小柄なクジラは俺と目が合うとこちらに泳いできて頭に乗せてた景虎を差し出すような動作を取った。
溺れた景虎を助けてくれたのか?
「あ、ありがとう」
「BAOO」
俺が景虎を戸惑いながらも受け取ると、役目は済んだと言わんばかりに沖へと泳いで行った。
何だったんだろうあのクジラは……?
ひとまず海から上がろう、身体が冷えてきた。
「よっ、仲間は生きてた?」
イーリスが背中にエピックを背負いながら手を振った。
「それが小さなクジラが背負ってくれてて」
「ああ、ディルーツの事ね。いつも海岸に流れ着いた漂流者を助けてるの」
「クジラに名前を付けてるの?」
「私が付けたんじゃないけどね、あの子はこのティライナ島の守り神なのよ」
長い坂道からの眼下に見える海岸に、ひときわ大きな波が来た。
白波が崖に当たって水を散らす。
水平線からは、何も見えない。
「守り神?」
「そ、この島だとクジラは神聖な生き物なの。だから絶対に傷つけちゃいけないし何よりも大事な”虹仰の儀式”にも鯨は欠かせない」
「儀式にクジラが必要なのか?どんなふうに?」
「それは見てからのお楽しみ……ていうかディルークはまだ儀式に関わりはないわ。あの子の親クジラと儀式を行うの。名前はバルトルク、先先代の七虹の巫女――私のおばあちゃんがつけた名前。やさしい島の守り神よ」
「ひょっとして山のように大きかったりする?」
「見たらだれでも腰を抜かすと思うわ」
「さっき謎の鯨に襲われて漂流してたんだ俺たち」
「あぅ――でも全員生きてるんだしよかったじゃない」
イーリスは後ろのエピックの寝顔を一瞥して白い髪を掻いた。
「ごめんね、今バルトルク荒れてるの。儀式も近いし――あの幽霊船のせいでかなり苛立ってきてる」
「幽霊船って?」
「へ?てっきりそれ目当てで来たものかと――ああそっか、エピックと儀式を見に来てくれたんだった」
一瞬イーリスが俺から目を逸らした。
「行こっか、坂道あるから気を付けてね」
イーリスは背中のエピックのベストポジションを探してもぞもぞと動かしながら歩いて行った。
ティライナ島は山のように中心にかけて盛り上がっている。
村に向かうため石で舗装された坂道をしずしずと登っていく。
「それじゃあ私がエピック持つから。あなたは頼りない男の方背負っていて」
「顔見ただけでひどい言い草だな。起きてたら怒ってるぞ、なあ景虎?」
「人相で性格なんて大体わかるわ、”人を見た目で判断しちゃいけない”なんてのは見た目で判断できるけど例外はありますよーってことを言ってるの」
「じゃあ俺はどう見える?」
「絶対に忘れない人間じゃない」
「記憶力に自信はあまりない方なんだけどな」
「そーいうことじゃないわ、根に持つタイプってことよ。やられたら絶対にやり返すでしょ?あなた。過去の事にもこだわりつづけるし、彼女に元カノの話する系の男ね」
「……聞いてみてなんだけど、あんまり気分良くないね」
「こうすると効率的に人に嫌われることができるからおすすめよ」
そこで会話は途切れた。
「……この子はぜんぜん気にしなかったけどね」
イーリスが背中のエピックを見ながら呟いた。
「はじめて会った時、エピックはズケズケと私の心に入ってきてね。ムカついたから今みたいに勝手に性格を決めつけてやったらさ[私にそんな悪いところがあるなんて知りませんでした……ありがとうございます!]なんて笑顔で言ってきたの。それでなんとなくずーっと友達やってる」
昔話をするイーリスはどこか遠くを見ていた。
友達との思い出をなつかしんでいるようだ。
彼女の心の中を見せてくれたようで、ちょっとだけ嬉しかった。
「親友なんだね」
「腐れ縁だけどね、どんな星の下に生まれたのかエピックの近くにいると命の危険ばっかり起こるのよね。リュートもそうでしょ?」
「あんまり気にならないかな」
「図太いやつめ」
イーリスは笑った。俺も笑い返した。
◇
――海の上
黒い雲が空を覆い、荒波が飛沫を上げている。
その海を往く一つの船があった。
木で作られた巨大な船、いわゆるガレオン船だった。
しかしその船体はボロボロだ。
底部には痛々しい穴がいくつも空いていて、三本のマストのうちもっとも大きいそれは途中から無残にへし折れている。白布が張られていた帆も黒ずみあちらこちらが千切れているありさまだ。
もはや沈まないのが不思議なほどのガレオン船には、もちろん人間が乗っているわけもない。
甲板に転がる死体、死体、死体。
ずたぼろの海賊ベストを着た白骨死体が辺り一面に転がっていた。
屍が無造作に打ち捨てられたその光景は激しい戦闘の後が思われる。
異様な瘴気に包まれる船上に、ギシギシと木の軋む音が響く。
何者かが甲板に上がってきた。
ぬるりと船内から姿を現したそれは奇妙な白骨死体だった。
骨だけの足がよどみなく船体の上を歩きだす。
その骸骨の風貌は異形そのものだった。
赤いパイレーツハットを被った頭蓋の眼痕には無理矢理ねじこんだように2つの目玉があった。
薄汚れた派手な衣装のあいだから見え隠れする、細い骨の身体は悲しいほどみすぼらしい。
裾からは絶えず黒い泥のようなものが垂れつづける。
彼は生前はこの船の舵を握っていた船長であった。
ギョロリと船上を見渡すと、肩慣らしめいてむき出しの歯をガチガチと鳴らした。
「A、A、AA――総員」
男の低い声を喉もない口から出した。
するとそこら中に散らばっていた海賊の屍が音を立てて動き出した。
まるで肩から糸で吊るされた人形のように、スケルトンたちはだらりと起き上がった。
「そういーーん!!」
白骨の船長が再び声を荒らげる。
下っ端骸骨から返答は来ない。
当然だ、なぜなら彼らはもの言わぬ死体でしかない。
屍に魂はない。
立ち上がったのは船長の完全無意識下での操作魔法によるものだ。
しかし船長はそのことに気づいていない。
未だ彼の両目には明日への希望と輝く仲間たちが焼き付いて離れない。
「ん~~?声が聞こえんぞ?」
そう言うとおもむろにキャプテンハットを外した。
すると電源を落としたように骸骨船長の眼から光が消えた。
「イエッサー!!キャプテン!!!」
骸骨船長が大声を張り上げると、周りの水兵骸骨たちが歯を噛み鳴らした。
カチカチと空っぽの音が鳴る。
[[[イエッサー!!キャプテン!!!]]]
骸骨船長の声とまったく変わらない音が何重にもなって船上に響いた。
まるで録音した声をそのまま流したかのようだ。
しかしそれを聞いた骸骨船長は満足気だ。
雄々しい帽子をかぶり直すと、再び両目に光が灯った。
「いい返事だ、だがもっと迅速にだ!このままでは魔王様からの命を果たせん!始原二十二祖のひとり、〈戦車−チャリオット〉の名折れよォ!」
レンズの外れた望遠鏡を取り出して水平線を見る。
「目指すはティライナ島!七虹の巫女!!我らの進む道は定まった!全速前進!」
海賊帽子を脱ぎ捨てる。
「サー!イエッサー!!」
[[[サー!イエッサー!!]]]
空虚な骨が打ち鳴らされた。
偽りと妄執でできた幽霊船は虹を汚しに海を走る。
乗客乗員、一人だけ。




