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第28話 大海―爆散

――海は広い。

昼下がりの海は青く輝いている。

水面には波ひとつない、まるで恐れをなして逃げ出したようだ。

海の上を必死に渡る木の小舟と「それ」のサイズは悲しいほどに差がある。

小さな舟を水中の黒い影が包み込む――静かな海とは対照的に狭い船上は騒々しかった。


「うぅおおおおッ!龍斗!もっと漕げっ漕げ――!!」


「バカ馬鹿ばか!景虎が俺よりオール漕ぐ力が強いとその場をぐるぐる回るだけだろ!!」


「こんなときにケンカしないでください――!!」


木造の小舟の上で俺たちは必死にオールを漕いでいる。

船上の全員が必死の形相だ。

改造バイクをかっ飛ばして風になる暴走族よりも俺たちはスピードに飢えている。

なぜならば、今現在追われている最中だからだ。

出会ってしまった。「それ」に。


「来ます来てます!水中から出てきちゃいますよ!」


「だああああっ!海の藻屑になってたまるか!」


海が揺れる。雄叫びが聞こえる。

「それ」が海中からゆっくりと浮上してくる。

悠然と、そして盛大にその姿を現した。


「来た――っ!!」


海から現れたのは――鯨!!

20メートルはある巨体。

潜水艦のような大きくなめらかなフォルム。

濡れた長靴めいた体表にはギャングのように凶悪な瞳がくっついている。


「なんでクジラが俺たちを狙うんだよ!ミジンコとか食うんじゃなかったのかよ!」


景虎がなかば絶叫の混じった悪態をついた。

元の世界ではこいつも鯨を水族館で見たことがあるかもしれないが、追われることははじめてだろう。

もちろん俺も鯨相手に命の危険を感じたことなどない。いや、なかった。


「食うためじゃない、たぶん。このクジラは俺たちを”排除”しようとしているんだ。明確な敵意がある」


しかし恐怖という感情はおかしなもので背中から迫ってくるものはどうしようもなく恐ろしいが、こうして目前に追いつかれてしまうと嘘のように怖くなくなる。

恐怖心が一周した俺は妙に冷静だった。


鯨の山のような巨体がもぞもぞと動いた。

心なしか膨らんでいる気がする。

カウントが迫る時限爆弾を見ている気分だ。

次の行動が読めない。

何をする気だ?


「こんな大きな魔物を見たの生まれて初めてです」


エピックが呆けたような声を出した。


「一生会いたくなかったぜ。何してくるんだ?龍斗わかるか?」


「クジラは哺乳類だから、水中から顔を出すということは――呼吸をするため?」


「ずいぶん勉強したな……まるで鯨博士だ」


「言ってる場合か」


「でも息をするだけだったら大丈夫なんじゃないですか?」


「そうでもないんだよエピック。何でかというと――」


震えるような鯨の動きがピタッと止まった。

照準を合わせるかのように、鯨は背中をこちらに向けてきた。

鯨の背面に見える黒い穴と目が合った気がした。

嫌な予感しかしないが、どうしようもない。


「鯨が背中から息を吐き出すときに海水を吹き出すことを――潮吹きっていうんだ」


十秒後、借り物の木造船は爆散し、俺たち三人は漂流者になった。



「「七虹の巫女の島?」」


「はい!私の古い友達なんです!」


前置きもなしにエピックがいきなり部屋に飛び込んで、旅の計画を打ち立てた。

エピックは何をするかわからないことがよくある。

よく言えばアグレッシブ。悪く言えば――思いつかないな。

悪口が出てこないということは、俺は嫌いじゃないんだろう。


寝ている景虎をたたき起こしてエピックの話を聞くに、離島へ行くそうだ。

なんでも”七虹の巫女”たるエピックの幼い頃の友達が島に住んでいて、10年に一度の儀式――虹仰の舞いを披露するらしい。

友達の晴れ舞台を見てあげねば!という義務感にエピックは燃えている。


それにしても、虹仰の舞いとは虹の下でやる儀式なのかな、幻想的だ。

要約するに、幼なじみに会いたい――そのために船で海を渡りたいとのことだ。


「でもなんで俺たちが?」


「大丈夫ですよ、小舟ですけど三人分は乗せれます!昨日漁師さんから借りた漁船なので壊しちゃダメですからね」


当然のように返されてしまった。

すでに彼女の中では俺と景虎を連れて行くことは決定事項らしい

幸い予定はなかったが、彼女ならば予定があろうとも有無を言わせず連れて行きそうだ。そんなパワーがある。


「船旅か……酔いそうだな、俺」


「すぐ着いちゃうからなんとかなりますよ

今の季節は近くの海岸から島へ海流があるんです」


景虎が心配そうな顔をしていたが、間髪入れずエピックに封殺されてしまった。

なんとなくだが、景虎は彼女とはあんまり合わないかもしれない。

押しに弱そうだもんな、景虎。セールス商品とか買わされてそう。


「俺は船は大丈夫だが、海の上っていうのが心配だな」


「ひょっとして龍斗お前……泳げないのか?

小学校のプールで何を学んできたんだ?お前。大問題だぞこれは」


「泳げるよ!海の魔物とかそういうのだ、勝手に邪推しない!」


「ならノープロブレムだな。ちなみにこの荒巻景虎、25メートルすらも泳げない。」


「大問題が発生している!」


「もはや2,5メートルすら死なずに進めるか怪しい」


「水に入るだけで死を背負うのか!?」


「そういえば俺がうら若き小学生の頃、入浴剤と勘違いして落ちてたプールに入れる白いアレ、塩素を全部水ん中にぶちまけて親を呼ばれたことがあってな」


「薬物テロリストかよ」


「体がヒリヒリして大変だったぞ」


「自爆テロかよ!」


「みなさんの故郷はそんな危険なものを水に入れるのですか?」


若干蚊帳の外だったエピックが質問してきた。

ホームシックめいた気持ちもあるのか元の世界トークがつい弾んでしまった。

同じ異世界転生者がいるっていいね。


「ん?そういえばなんだったんだあの白いの。なんとなくで全部投げ入れたが」


「水をきれいにするためだよ、白い手榴弾みたいなやつだろ?」


「盛り塩的な?」


「邪気払いじゃねえよ!白いだけでこじつけんな!」


「”ぷーる”とは清めた水に浸かる行為なのですね!」


「それは違「そのとおりだエピックちゃん。(虫の)死骸が浮かぶ水を聖水へと浄化する重大な儀式がプールだ。俺も龍斗も数々の厳しい試練を乗り越えてきた」


おい、流れるように嘘の知識を教え込んできたぞ。

エピックの反応が見てみたい。

ちょっと便乗してみよう。


「それに儀式の前にも俺たちは、”地獄のシャワー”とも揶揄される耐え難い苦痛を潜り抜け最後には瞳を洗い流さなくてはならなかったんだ。あれは忘れないよ」


景虎が一瞬驚いたような顔をした後、こちらに満足そうな笑みを浮かべてきた。

つい景虎のノリに乗ってしまった。

おのれカナヅチのくせに。


「それほどまでの儀式を……」


エピックが俺たちの大嘘を深刻そうな顔して聞いている。

やばい。楽しいぞこれ。

嘘は言ってないし。

間違った外の世界の知識を教え込むことに罪悪感がなくはない。背徳感かもしれない。

でもエピックが純粋すぎてどんな話も信じてくれそうなのも悪いと思う、うん。



何を思い出してたんだ俺―。

今日の朝の会話か、楽しかったな、って走馬灯ならシャレにならない。

でも、背中に地面を感じる。大地の感触だ。

さいわい海の藻屑となることは避けれたっぽいな。

身体を起こそうとしたが、どうにも体が動かない。

えーい起きる!起きろ!起床!


――だめだ。

金縛りにあったような感覚だ、ピクリとも動かない。

そういえば目も開けてなかった。


ゆっくり瞼を開くと、白いカーテンがかかっていた。

なんだ?これ。

ぼやけた視界のピントが徐々に合わさっていく。

すると白髪の少女と目が合った。

俺の顔を覗き込んでいる彼女の長く白い髪がかかっていた。


「うおっ!」


いきなりの遭遇に俺は驚いて飛び起きた。

あ、体動いた。


「おはよ、生きてたのね」


白髪の少女はこちらも見ずにそっけなく言った。


「船旅は快適だったかしら?」


「一眠りしてたらすぐ着いちゃったよ」


明らかな嫌味を言ってきたので軽口で返してやった。

おかしそうにクスクスと彼女は笑った。


「ティライナ島にようこそ、旅人さん。七虹の巫女・イーリスのお出迎えよ」

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