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第27話 決意―爽風

「昨日の魔物が復活を!?」


「ぜぇ……ぜぇ……そうなんです!リュートさんもどこにも居なくて、カゲトラさんが村のみんなは逃げてくれって言って一人で立ち向かっていって」


「と、とりあえず息を整えてください」


 山を全力で駆け下りてきて息も絶え絶えのエピックをなだめるように支えるヴィークス。

 しかし彼女も顔には出さないが胸の奥にはさまざまな思考が渦巻いていた。


「どうするんだ村長!」


 広場に緊急的に集まった村人たちがにわかにどよめきだす。

 突然の知らせに村人たちは半パニック状態となってしまっている。

 口々に村長のヴィークスに決断を求める言葉を投げかける。


「今から逃げるなんて到底間に合わない!」


「俺はトーガ村を捨てることなんてできねえぞ!」


 しかし彼らはこの場を打破する画期的なアイデアを求めているわけでない。

 ただヴィークスに「村を捨てて逃げる」と言わせたいのだ。

 村人たちは散々魔物に打ちのめされたおかげですっかり意気消沈しており、もはや村を捨てるしかないということは分かっていた。


 だから、別の誰かに決断を委ねる。村を捨てて逃げる決定を、その責任をヴィークスにとってほしいだけだ。

 自分ではなく村長の決定に従った、という体で愛する村を捨てる罪の意識から逃れたいのだ。

 高台の上で目をつぶって思案するヴィークスが、村を見捨てる決断を言い放つときを村人たちはただ見上げて待っていた。


 しかしヴィークスの口から出た言葉は意外なものだった。


「戦いましょう」


 少しの静寂のあと、非難の怒号があちこちから飛び交った。


「落ち着いてください!私の話を聞いてください!」


 その声によって野次の中に一瞬の空白ができ、乗っかるようにヴィークスが話し始めた。


「昨日、水の珠玉のお方や冒険者の人々が村を破壊する魔物と戦ってくれていました。その時私は見ているだけでした。生まれ育った大好きな村が壊される様をただ眺めるだけでした」


「悲しかった、不甲斐なかった。村を壊されることよりも自分があの魔物へと立ち向かえなかったことがとても悔しかった」


「だからこう思ったんです。自分の大切なものは自分で守らなくちゃいけないんだって。誰かに頼るんじゃなく、自分の力で戦うべきなんです。……だから私、戦います。村は見捨てません!」


 その言葉は聞いていた村人たちの胸に深く沈み込んだ。

 故郷が破壊されるのを傍観するだけの自分たちを「しょうがない」と慰めていた彼らの心がヴィークスと同調した。

 村人たちの心にほんのかすかな火がつくが、魔物への恐怖が二の足を踏ませる。


「俺達に玉砕しろって言うのか!」


「違います!魔物の弱点を探るのもいい。歴史を紐解いて調べることもできる。あるいは一時撤退するのも」


「だけど逃げる選択肢だけはダメです。別の誰かが解決してくれるのを祈って逃げるだけじゃずっと大切なものは守れないままです!立ち向かいましょう!ここで立ち向かってトーガ村を守るのです!!」


 周囲の熱気が上がっていく。

 ヴィークスの言葉に突き動かされた村人たちが一人、また一人と増えてゆく。


「つ、つってももう武器もねえし」


 どこからかそんな声が上がったと同時に、広場の端で金属の音が聞こえた。

 村人たちが一斉に音の方角を振り向くと、多種多様な武具を積んだリヤカーがあった。


「鍛冶屋のオヤジ!」


「ワシの家の近くでガヤガヤと騒ぎおってからに!趣味で作ったナマクラ刀なら好きに持っていけ!処分に困っていたからの」


「こんなにたくさん!全員もっても余るほどあるぜ!この武器さえあれば!」


 武器に群がる村人たちを背にして鍛冶屋の老人は工房に戻ろうとする。

 その背中にヴィークスは声をかけた。


「鍛冶師さん!」


「眠いで寝る」


「ありがとうございました!」


 老人は振り返らない。


「ふん、若いのに無茶し過ぎなんじゃ。バカタレが」


 つぶやきは誰にも聞かれなかった。


 ◆


「ゲホッ、ガハッ!」


 景虎の口から血が流れ出る。

 一瞬、自分が何をしていたのか忘れた。

 だがすぐに思い出した。


 そうだ、俺はあの魔物と一人で戦って……勝ったんだ。


 後ろにはもう動かないマグマ溜まりがあった。

 ザ・ストレングスの遺体だ。

 その勝利を裏付けるかのように右手には1枚のカードが握られていた。

 雄々しく噴火する火山と対照になるように氷山の絵が描かれたカードだ。


「ひょっとして新しいスキルを獲得するときのように、魔物からカードが手に入ったのか?」


 しかし魔力を底の底まで使い果たした身ではそれ以上考えることはできなかった。

 ひとまず心地よい勝利の脱力感に体を委ねて、大の字に寝転がった。


 ーー勝った、俺は村を守れたんだ


「こっからようやく異世界転生らしくなれたかな……」


「そうだな、お疲れさん」


 唐突に声が飛んできた。

 きしむ首を動かすと、つば広帽子をかぶった細目の男が立っていた。

 唐突に表れた乱入者に困惑の色を隠せなかった。


「目論見が完全にパーになっちまったぜ俺は。なあ、風の珠玉」


 つかつかと男がこちらに近づいてくるとブーツで脇腹を踏みつけてきた。

 体を走る激痛に思わず景虎の口から苦悶の声が漏れる。


「どちらかの珠玉どうしで殺し合い、どっちかに生き残ってもらう予定だった。

 次善の策はどちらかを最小被害で始末する仕事だったはずだ。

 だが現実は厳しいな。ストレングスを差し向けたらものの見事に撃破されてしまった。大事な手駒はいまや哀れなマグマだまりよ」


「お前が……黒幕か……!」


「ほんの少し心の隙間を広げてやったら簡単に後ろから仲間を刺しやがったが、それも失敗。

 だがどうだ?水の珠玉殺しはしくじったくせにストレングスは撃破しやがった。本」


「何……しくじったって……あいつ生きているのか?」

「ああ、おかげさまで傷一つないぜ」


「そうか、そうか……よかったぁ……!」


 景虎は安堵のため息を吐いた。


「そういう反応する時点でお前には役不足だったってことだな」


 ハングドマンは呆れのため息を吐いた。


「じゃあな、今夜は苦い酒でも飲んで寝ることにするぜ」


 人に擬態した魔物は踵を返した。


「待ちやが……れ」


 かすれた声で景虎はハングドマンの背中に手を伸ばす。


「おっと、立つ鳥跡を濁さずだ。ゴミの始末は自分でつけさせてもらおう」


 ハングドマンは握っていたカジノチップを無造作にマグマだまりへと投げた。

 マグマに沈む何枚ものチップ。

 すると入浴剤めいてぼこぼこと泡立ち、ヒトの大きさの溶岩の人形となった。

 倍々的に増殖していき、数十体のマグマ人形が誕生してゆく。

 一瞬の出来事だったが、すでにハングドマンは煙のように消えていた。


「クソ…!立て…立て……!」


 今にもシャットダウンしかけの脳を必死に回し、安物の成形肉のようにこわばった筋肉を動かそうとする。

 しかし、全身の魔力を使い果たした身体は少しも動かない。

 だが、それでもやるしかない。


 あまりにも絶望的な状況だが景虎に恐怖はなかった。

 死の覚悟はストレングスと対峙したときからとうに消えている。

 彼の心にあるのは村を守らねばという信念だけだった。

 歯を食いしばって立ち上がろうとするが、体は少しも作動しなかった。


「力」のカードを精一杯握りしめる。


「俺は、まだ!戦わなくちゃ!ならねえんだ!」


 力を求めた悲痛な叫びをあげながら強くカードを握る。

 だが反応はない。火山のカードから帰ってきたのは沈黙のみだ。


 自分の背中には村のすべてがかかっているのだと思った。

 ここで負けたら、もうトーガ村に戦える者はいないと思っていた。

 しかし、それは違った。


 失意の耳に大勢の声が聞こえた。

 鬨の声が森の奥から飛び込んできた。

 たくさんの大地を踏み鳴らす足音が聞こえる。


 村の住民たちだった。


「やれー!魔物をぶっ潰せ!」


「俺たちの村を守ってやるぞ!」


 武装した村人たちは、溶岩の人形たちに果敢に立ち向かっていった。

 太刀筋は荒く、戦闘の心得もない叩き付けるだけの剣だった。

 しかしそこには、確かな反逆の意思があった。


「だらぁ!マグマ怖くて鍛冶屋ができっか!」


「無茶すんなよジイさん!」


 トーガ村のほぼ全員の住民が戦場にいた。

 彼らが結束できた理由はただ一つ。

 自らの村を守るという思いだった。


「ヴィークスまで……何で」


「もう、カゲトラ様一人に押し付けたりしません」


 まっすぐとした決意の目だった。


「私たちも、村を守るために戦います。だから安心してください」


 その言葉を聞いたとたん、張りつめた糸が切れたように景虎は気を失った。

 極限の状態から安堵したからだ。


 ー悔いなく死ぬってのはこういう感じかな?ーー


 そんなことを考えながら、視界が暗転した。


 ◆


 戦いは終わった。

 空は青く晴れている。

 村は守られた。


 景虎の身体はこの前より、ずっと傷だらけだ。

 そして、彼の戦いを見ていたものは居ない。

 血を吐きながら闘い抜いて、たった独りで立ち上がった姿を、誰も知らない。


 だが、前のように誰かからの視線に飢えたりはしなかった。

 誰にも知られず、褒められずとも、村を守りきった充足感で心は満たされていた。


 昨日のように勝利に湧く村の真ん中に背を向ける。

 すると、背中から何者かに呼び止められた。


「カゲトラ様」


「ヴィークス……」


 少なからぬ怪我を負っているヴィークスだった。

 自分から呼びかけたはずなのだが、どうも二の句が継げない。

 互いに村を守った2人のあいだに、神妙な空気が流れる。


 そして、先に口を開いたのは景虎だった。


「あのさ、ケガ治ったら、俺、村を出ようと思うんだ。王都に行って冒険者でもしよっかなって」


 意を決したように述べた。

 勢いが死なないように景虎は話を続ける。


「俺、なんかずっと力を持った俺だけがこの村を守る!って息巻いてたんだ。でも、それは違った。村のみんなは、村のために立ち上がれるし、戦える。

 俺がいなくても、トーガ村は大丈夫なんだってわかった」


 転げ落ちるように言葉を吐き出しつづける。


「龍斗といっしょにいた子から聞いた。俺の魔法をどこかで必要としてる人がいるんだ。この世界に俺は来て、まだやんなくちゃならないことがたくさんあって。だからさ、俺……俺」


 言うべきことを思うがままに吐露したら、何が言いたいのかわからなくなってしまった。

 ほんの数秒の沈黙に耐えきれず、景虎は踵を返す。

 後ろからヴィークスが景虎を背中から抱きしめた。


「わかってます、私。みんな知らないけれど、カゲトラ様の強さも、優しさも。

 ずっとあなたの背中を見てましたから、だから……きっと、いつか、帰ってきてください」


 ヴィークスの声に涙が交じる。


「ずっと……待ってますから」


 耐え切れず、景虎の目からとめどなく涙が溢れ出した。


 誰かのために戦うことと、ひとりの大切な人の想いの尊さを、風の珠玉は知ることができた。


 頬を、青く爽やかな風が撫でた。


 ◆

 馬車が目の前で止まった。

 ちょうど行きと同じ馬車だった。


「乗ろっか、エピック」


 段に足をかけた瞬間、大きく迫りくる足音が聞こえた。


「ちょっと待ったぁ!」


 景虎だった。

 目の前で景虎は足を踏ん張って自分にブレーキをかける。

 風の魔法でスピードアップしていたのか、俺とエピックの髪が舞った。


「危ない危ない!置いて行かれるところだったぜ、朝は弱いんだ俺」


「村を出るってのは聞いたてたけど、お前も一緒に来るのか!?」


「その通りだ!王都の事なんて何も知らないしな!……悪いか?」


「私は構いませんよ」


「エピックがいいなら俺も大丈夫」


「ありがたい!」


 言うやいなや慌ただしく馬車に乗りこんだ。

 二人乗りの座席には少し狭い。


「ならば改めて名乗ろうか!」


 そう言うと景虎は大きく見えを切った。


「風の珠玉の転生者!荒巻景虎だ!よろしく頼む!」


 歌舞伎のように仰々しく名乗りを上げた。

 わりと英雄気質というか、目立ちたがり屋なのかもしれない。


「矢車龍斗!異世界転生者では俺が最強だからな!」


 何だろうそのこだわりは。


「どうした?俺の目の玉じっと見て」


 俺の悪い癖を指摘されてしまった。

 人の瞳を見すぎてしまう癖は元の世界の時から治らない。

 だけど、数日前会ったときとは景虎の雰囲気が違う。

 重苦しい感じがなくなったような。


「なあ、なんか変わった?そんな気がする」


「俺が?うーん…そうかもしれない」


「そっか、なら大丈夫だ。よかったよかった」


「そんなことより、あれだ……貸しひとつあるからな」


 気のせいか後ろめたそうに景虎は話を切り出した。


「貸し?俺がか?」


「違う、俺が龍斗にで、つまり……なんかあったらお前を絶対に助ける!これで貸しだ!」


 うむ、さっぱりわからん。


「騒がしい仲間が増えたな、兄ちゃん」


 馬車取りのおっさんが声をかけてきた。


「旅は道連れってやつですよ」


 ことわざは……分かるのかな?

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