第26話 飛翔–覚悟
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「はっ!」
1体は倒した。残る溶岩の人形は4体か。
<放水–スプラッシュ>で目の前の魔物の攻撃をいなす。
すると1体に後ろに回り込まれてしまった、背後を取られた。
俺は反射的に地面に屈むことで回避した。溶岩の腕が真上を通り抜ける。
ーやっぱり多対一は厳しいな
ーーエピックも追いかけなくちゃいけないし、時間稼ぎに付き合ってる暇はない
ーーー防御を無視して一気に決めるか!
全身に水の魔力を巡らせる。神経ひとつひとつに魔力が通っていくのを感じる。
深く息を吸い込むと、とっときの水魔法を使用した。
ー発動、<ソリッド・チェンジ>!
身体全体を液体と化す魔法だ、これならば敵の攻撃を気にせず一方的に攻撃できる!
使った後は魔力切れともまた違う不調がするからあまり使いたくないんだけど。
「かかってこい!」
液状化した身体で叫ぶと瞬間、体が歪んだ!
背中から飛んできたものに斬撃を受けたのだ。ブーメランだ!
ブーメランは脇腹を切り裂いた後、俺の目の前にいた魔物まで攻撃して、旋回して後方に飛んでいった。
もっとも液体の体に単純な斬撃など効かない。
切り口は陽炎のように揺らめくとすぐに元の形に戻った。
しかし予想外の攻撃に思わずバランスを崩してしまう。
ここぞとばかりに溶岩の人形たちがのしかかるように一斉攻撃してきた。
何本ものマグマの腕が俺の体に深々とめり込んだ!
だが、水の塊にマグマを突っ込んだらどうなるかは火を見るよりも明らか。
俺の肉体を境目に溶岩の人形たちの手は白く石化してしまった。
『UUUGU〜』
痛覚があるのか俺の体から手を抜くと、うめくような声をあげた。
痛烈なカウンターを食らってしまった人形たちは、ゾンビを思わせる緩慢な動きで後ろに下がった。
さっきの背後からの斬撃……視界の隅に見えたのは景虎のブーメランだったな。
援護してくれたはいいけど荒っぽすぎるな、液状化しているとはいえ俺ごと貫通して攻撃するとは。
だけど第二の援護が来ない、きっと景虎のほうも緊迫した状況なんだろう。
早いとこ目ざわりな魔物を片付けなくちゃいけない、エピックも心配だし。
やっぱり単独行動させないほうがよかったかも。
そう思いながら再び武器を構える。
水の珠玉と鉄の斧の合一化を使えば一気に片付けられるが、本体のでかいのを倒すためにとっておきたい気持ちだ。
やっぱり地道に一体ずつ潰していくか。
すると頭の隅にふっと、あることが思い浮かんだ。
ーあれ?そういえば俺、景虎の前で液状化の水魔法見せたっけ?
そのとき、目の前に帽子をかぶった男がどこからか降り立った。
いつの間にか現れたというより、まるで最初からそこにいたかのようだ。
「ハロー、水の珠玉」
「誰だお前は」
「俺は”吊られた男”<ハングドマン>バクチは好きだがここぞというときには堅実にいく性格だ、何がしたいかと聞かれれば……足止め?」
「お前が裏で手を引いていたのか?」
「イエス!風の珠玉はここで殺していけとの上からの命令なんでね。”力”の二十二祖をプレゼントしてあげたよ」
「だったらそこをどけ」
「そう焦んなって、サイコロでもするかい?」
そう言うとどこからか取り出したいくつかのサイコロを地面に転がした。
するとサイコロが紙一枚だけになるよう分解され、地面を侵食していった。
俺の真下に赤いカーペットが敷かれた。
地面全体が、空間全体が変化している!
「たった一度の人生だ、遊んでこうぜ?」
◆
「それで別の世界から来た人のことを天臨のひとって呼ぶんですよ!」
「そ、そうか」
景虎は未だにエピックと共に行動していた。
彼の心境としては今すぐにでもエピックと離れたい。
龍斗を殺したことは目撃されていなかったが、いつや判明する危険があるし、なにより自らが手にかけた龍斗の仲間であった彼女と一緒にいることは後ろめたい気持ちになった。
しかしエピックの自信からくる強引さに意志の弱い彼は押し切られてしまった。
「ならば一緒に探しましょう!」
エピックは手を引っぱり、無理やり森の奥に連れて行く。
景虎は抵抗できなかった。手を振りほどくこともできたが疑われそうで嫌だった。
景虎は元の世界でもエピックのような女性は嫌い、苦手なタイプだった。
特に今のエピックの行動みたく無償の愛が怖かったのだ。
余計な裏を勘ぐり親切にされることを迷惑に思っていた。
自分の中に他の誰かを受け入れることができるほど景虎の器は大きくなかった。
泰然と森の奥へと進むエピックに景虎は歩きながら、ポツリと絞り出すように問いかけた。
「なあ、あんたは何で魔物と戦えるんだ?」
「なんでか?」
「ビビらないのか?あんなに自分より大きい魔物と戦ってさ」
「それは……もちろん怖いときだってありますよ!」
エピックは足を止め、はつらつな笑顔で振り返った。
「でも誰かの悲しい顔を思うと胸がきゅーってなって、私がやらなくちゃって思うんです」
「だから私、戦えるんです。みんなのためならどこまでも頑張れちゃいます」
そう答える彼女のほほえみは優しく柔らかく光に満ちていた。
景虎は目を背けられなかった。自らの醜い心境をあらわにされた気分だった。そして見て見ぬふりをしていた後悔の念も。
思わず自分の犯した罪を告白する衝動に突き動かされた。
「俺、俺……実は」
その時、地面が揺れた。
大地にひび割れが入り、地面の下で木々の根っこをなぎ倒して何かが突き進む音が響く。
すると地面の亀裂から噴水めいてマグマが吹き出した!
「嘘だろ……!」
マグマだまりはスライムのように動き回り、紅い宝石を包み込むと巨人のシルエットを形作った。
腹部には縦に裂かれた白い傷跡があった。
体躯こそひと回り小さくなっているが間違いがない。
撃退したはずの村を襲った魔物が再び蘇っていた。
「そんな……何でこんなところに!」
「復活したのか!」
「リュートさんを呼んでくれば」
「ダメだ!龍斗は今……」
「彼の身に何かあったのですか?」
景虎は何も言えなかった。
「……ここは俺が時間を稼ぐ、村の皆に逃げろと伝えてくれ!」
「でも一人で戦うなんて!」
「俺じゃ龍斗と違って役不足か?」
景虎の目には決意めいたものを感じた。
「俺は強いぜ、なんたって異世界転生者だからな」
エピックは彼の戦う覚悟、時間稼ぎのために捨て石となる決意が伝わった。
景虎の手を取り、強く握って言った。
「どうかご無事で!」
背中で遠くなる声を聞きながら、溶岩の魔人を迎え立つ。
「風の珠玉が相手してやる!」
まったく勝算はなかったが、それでもやるしかなかった。
なぜなら景虎の背中には守るべき村がある。愛する人がある。
今すぐにでも逃げ出したいほど恐怖していたが精神力で抑え込んだ。
ー俺、死ぬのかな
ある種の諦観を含んだ覚悟で景虎は立ち向かう。
「でぇい!」
渾身の力でブーメランを投げる。
だが魔物の大盾でいともたやすく弾き飛ばされてしまった。
お返しとばかりに右手の大剣を横薙ぎに振り下ろしてくる魔物!
景虎は風の力を生かした跳躍で回避しようとした。
だが失敗した。
剣に体の一部がカスってしまい、衝撃で大きく吹き飛ばされた。
背中から木に激突!骨にひびく痛みが襲ってくる!
「ぐあっ!」
あまりの痛みに涙目になる。
今までに感じたことのないレベルの苦痛が彼を苛む。
しかし激痛をこらえて再び景虎は立ち上がる。
「クソ…負けねえぞ……!」
すると近くの地面に亀裂が走った。
直観的に危険を感じてとっさに回避をしようとする。
だが遅かった。
足元から溶岩の爆発が巻き起こった!
「うわぁーっ!!」
風の力で体を包むことで何とか直撃は回避できた。
しかし尋常ならざるダメージが体に蓄積している。
立とうとするも、べちゃりと地面に倒れ伏してしまった。
魔物は追撃には来ない。
俺なんかに構っている暇はないんだろう。
このまま倒れていれば命は助かるかもしれない。
ーもういいんじゃないか?
そんな言葉が聞こえてきた。
誰かが言ってるんじゃない。自分の声だ。
ーむしろここまでよくやってきたと思うぜ。
ーー運よく異世界転生してきただけの普通の十七歳だった俺がよ。
心がどこからか諦めかけてくる。
ーそうだ。もう十分がんばったろう。
だが、歯を食いしばって泥だらけの身体を起こそうとする。
体が限界を呼びかけていても心の底は折れていなかった。
景虎の信念だけが再び立ち上がらせた。
「俺が戦うって決めたんだ……!」
ボロボロの身体で起き上がり、不屈の意志で魔物を睨みつける。
「トーガ村は俺が守る!そのために俺は風の魔法で抗ってやる!」
決意の追い風が景虎を押す。
見たことのない色の魔力に溶岩の魔人は気圧された。
「誰からも認めてもらえなくてもいい!誰にも感謝されなくったって構わない!
俺の、この力は、異世界転生は!力の無い人の代わりに、俺が戦うための力だ!!」
その瞬間!右手に握りしめたブーメランに翠色の稲妻が走る!
高ぶる感情とともに風の珠玉から魔力があふれんばかりに発生した!
緑の閃光がその場を包む!
1秒後、風の珠玉はブーメランと融合していた!
刀身は緑、輝く金色!中央に煌めくは風の珠玉!
「だぁぁっ!」
限界まで引き絞られた弓が放たれたがごとく身体を弾く!
緑色の刃先に金の装飾が施されたブーメラン。
激しく旋回し、風を巻き込み、旋風を呼び起こす!
山の外からでもわかるような巨大な竜巻がその場に発生した!
今までのそれとは段違いの風魔法だ!
緑の剛風は木々を揺らして大気を震えさせる。
あまりの激しさに術者である景虎のほほから出血!かまいたち現象だ!
竜巻は未だその場にとどまっている。
まるで彼を閉じ込めるかのように景虎を中心として風速を秒間で増し続ける。
それと対峙するザ・ストレングスの心も踊っていた。
ーこの竜巻!まともに受けたらひとたまりもない!
ーー寵妖の盾で吸収しきれるか!?いや、限界容量を超えるかもしれぬ!
ーーーだが勝負に出るしかない!!血がたぎる、滾る、滾るぞォ!!!
ハングドマンの支配下にあり思考を封じられているストレングスがなぜ思考ができるか?
それはストレングスの武人としての本能、血の滾りこそが呪縛をも振り払ったのであろう。
極限の戦闘を前にして再び闘神の矜持が蘇ったのだ。
左手に持つ魔盾を重厚に構え、勢いが止まらず増し続ける竜巻を迎え撃つ。
すでに相手の準備は万端だ!
竜巻を、風魔法を、力を、放て!!
だが!景虎はその場から動かず、竜巻を操ってぶつからせようとはしない!
怖気づいたか!?いや、違う!
「だぁっ!!」
「GURRRRO!?」
跳んだ!景虎は跳躍し自ら竜巻の中に飛び込んでいった!!
壊音轟く竜巻の中に突っ込んで無事ではいられない、ほぼ自殺行為だ。
このままでは前の戦いの二の舞いだ!再び己の竜巻に飲み込まれて敗北するか!?
しかし、激風の中で景虎は自分を見失ってはいなかった。
風の魔法を、自分の力を何のために使うべきか確かに定まった彼に恐れはなかった。
必死にバランスを制御し風の中で飛び蹴りの姿勢をとる!
1秒毎に風に切り裂かれ皮膚に生傷が増えていく。
だが!殴りつけるような風に揉まれながらも景虎の目は一直線に魔物を捉えていた!
ーずっとビビっていたんだ
ーーこの風が自分で制御できなかったらって
ーーーだけどそんなのは無駄な考えだった
ーーーー俺にできることはたったひとつ
「 俺の全てを燃やし尽くすことだけだぁぁぁっ!」
すると巨大竜巻は空へ浮かび上がり、飛び蹴り姿勢を保つ景虎の背中を後押しした!
さながら竜巻すべてが一つの蹴りと化したかのように円錐状に彼を包む!
風の魔力が竜巻全体を覆い、緑のオーラがほとばしる!
「どぉりゃあああああ!!」
竜巻を纏った飛び蹴りが放たれた!
矢のように一直線に高速で魔物へと襲い掛かる!
上空からの飛び蹴りを溶岩の魔人は大盾で迎え撃った。
激突した瞬間、大気が揺れた!
景虎のすべてを投げ打った一撃は大盾ごと魔物を押す!
凄まじいパワーだ!
嵐のエネルギーを収束させた力にじわじわと魔物は押し負けていった!
地面に魔物の足を引きずった跡が残る!
「NNUUUUU!血が沸く!心が滾る!滾るぞォォォッ!!!!」
すると、景虎の竜巻が逆に押されていった!
景虎を纏う竜巻の力が弱まっていく!
大盾の圧力に風の力が押し負けているのだ!
「ぐうぅ……!俺が……俺が!」
風の珠玉はより強く緑に光り輝き、風の魔力を放出する!
景虎の己の限界を超えんとする意志に応えたのだ。
肉体に流れる魔力の臨界値を最大に解き放つ!
風が!竜巻が!吹き荒れる!
その瞬間!魔物の大盾にヒビが入った!
景虎の足の下から亀裂は大きく広がってゆく!
そして!砕けた!!盾が粉砕された!
「俺が最強の異世界転生者だぁぁぁぁっ!!!」
風の勢いを維持したまま、キックを放った!
景虎と一体となった竜巻が魔物の体を貫通した!
貫いた魔物を背にして景虎は地面に着地した。
それと同時に体全体を包んでいた嵐も止んだ。
ほんの少しのつむじ風がひゅるひゅると辺りで回った。
その数秒後、溶岩の魔人も倒れ伏した。
地響きをたてて倒れるその体には、向こうの景色が見えるほどの風穴が開かれていた。
景虎の竜巻を乗せた飛び蹴りは、中心のコアごと破壊して魔物の身体を貫いたのであった。
「見事……!」
そう言って二十二祖の魔物は死んだ。
同時に景虎の肉体も限界を迎え、大の字に倒れ伏した。
頭の中で「新スキル獲得!」と鳴り響く音が、やけに遠く感じた。
気づくと手のひらの中には”STRENGTH”という文字と抽象画めいたタッチで火山が描かれた一枚のカードを握っていた。




