第30話 流頼―七虹
「ああ……生きてる。うう海怖えよお、クジラ怖かったよお」
「海に流されるの変な感じ……海の藻屑になっちゃいそうでした、モクズ嫌ですもくず」
「2人とも復活したか」
「旧友との感動的な再会だってのにびしょぬれになっちゃって」
イーリスが座っているエピックの髪をタオルでごしごしと拭いた。
「あうー、強くしないでください」
「わがまま言わないの。ほら龍斗、相方拭いてあげなさい」
イーリスから投げ渡された布を受け取った。
すっかり意気消沈した景虎の黒髪をザッと拭く。
「龍斗ォ……俺もう海入れねえ、水こわい……」
「災難だったね」
坂道の上のティライナ島の村に俺たちは着いた。
今は村の中心のイーリスの家にお邪魔している。
宿屋にでも行こうと思ったが「家広いから泊まってく?」と誘われたのでお言葉に甘えることにした。
「儀式がすぐだからこのあたりの宿屋は全滅よ」
「いやー危ないとこでした!イーリスがいて本当によかったです!」
「あんたはもうちょっと計画性ってもんを持ちなさい」
エピックは横に丸めた本で頭をぺチリと叩かれた。
「海を渡ってよく来たねえ、こんなにおっきくなって」
「えへへーありがとうございます」
ゆりかごに座ったおばあさんがエピックの頭を撫でた。
イーリスの家族だ。
代替わり制と言っていたし彼女も七虹の巫女だったのだろうか。
「そうそ、幽霊船には会わなかったかい?」
「何ですか幽霊船って?」
「最近このあたりの海にでる魔物でな、一度冒険者たちが来て倒してくれたはずなんだけどねえ……大事にならなければいいのじゃが」
「幽霊船と言えば宝だぜ!ぜったいマジックアイテムが大量に眠っているのが定番だろ!」
目を輝かせながら景虎が身を乗り出した。
「おばあちゃん。儀式はもう明後日よ、関係ないことにかまってられないわ」
イーリスはそっけなく白い髪を翻した。
「だけどねえ、ずーっと続いてる儀式にもしものことがあっちゃいけないよ、もしものことがね」
不安そうに木の椅子が軋んだ。
◆
島の最西の崖からは海岸が見える。
祭殿セプテムは崖の上に位置している。
ところどころ風化しながら神聖さから来る威圧感を感じさせた。
長い伝統の歴史が見える祭殿だ。
俺たちはその中の舞台場にいた。
祭殿の中と言っても、その場所には吹き抜けの風が吹いている。
元の世界で例えると巨大な縁側といった感じだ。
陽の光があたるこの舞台と、薄暗い祭殿の影が静かな境界を隔てているようだ。
「そろそろ待ちくたびれたな、着付けってのはどのくらい時間がかかるんだ?」
「まあ気長に待とうよ」
俺と景虎は陽光照り返す舞台に座して待っていた。
ここは明日イーリスが七虹の儀式を舞う場所だ。
これから始まるのはリハーサル、演武の予行練習だ。
練習熱心なのは感心するなあ。
すると誰かの気配を感じて俺たちは同じ方向を向いた。
視線の先のふすまが清廉な音を立てて開くと、儀式の衣装に身を包んだイーリスが奥に立っていた。
「可憐だ……」
景虎が呆けたような声を出した。
無意識によって出た言葉だろう。
俺もイーリスの晴れ姿に目を奪われていた。
紫、藍、青、緑、黄、橙、赤。
七つの色があしらわれた着物は華美だが、けして派手ではない。
それぞれの色々が互いに作用しあい絶妙な色彩を出している。
肩までかかる雪のように白い髪が合わさって穢れなき美しさを放っていた。
そしてイーリスは一歩踏み出し、転倒した。
「ぶえ!!」
「「転んだー!?」」
追いかけるように出てきたエピックがひっくり返ったイーリスを持ち上げた。
「ちゃんと下見ないからですよ!」
「歩きづらいのよこの格好!よっと、ありがとね」
立ち上がるとしずしずと舞台の中心に向かって歩き出した。
「それじゃ10年に一度の虹仰の儀式。リハーサルでもその目にばっちり焼き付けなさい」
◆
儀式は終わった。
舞は極限まで洗練され、美しさは幾重にも重ねた歴史を思い浮かばせた。
その時、彼女は虹になって煌めいていた。
しかし……
「ふう、これで一幕は終わり」
「とんでもねえ――今俺たちはホントの芸術を見たぞ」
「うん、とてもキレイだった。舞踊はいろいろ見てきたけど、その中でも段違いだ。それでも」
「それでも何?」
「もうちょっと和らげるというか力を抜くというか、楽しんでやったらどうかな?」
「……楽しんでやれるわけないでしょ、儀式なんだから」
「緊張するのも大事だけどやっぱり楽しくやんないと。いつか失敗を」
「あなたに何が分かるの!?」
俺はイーリスに胸ぐらを掴みあげられた。
地面から足が浮く。
予想外に彼女の力があった。
「ご、ごめん離して」
手の力が弱まって地面に足が着いた。
「俺は……」
言いかけたとたんイーリスは俺を突き飛ばして外の見える場所まで駆けていった。
「どうしたんですか!?」
「嘘、島に張った結界が破られたの……?何かが襲って来る!」
「どこに居るんだ?」
「崖の下!」
海岸には禍々しいボロ船が近づいていた。
遠目からでも明らかに異質なオーラを放っている。
「どう見ても旅行者じゃないよね、あれがうわさの幽霊船か」
「バルトルクがいるはずなのに海岸まで来れるはずがないわ!」
「すぐ向かうぞ景虎!エピック!」
「幽霊とか出ねえかな?」
「そりゃあユーレイいなかったら幽霊船の名折れですよ!」
「エピック!ゴーストシップ談義は後でいいから服脱がして。私も後から向かう!」
「わかった。行くぞ!」




