三十(了)
鳴海の眠る病室の前。
伊奈美の犯した凶行、その真実を知り、薄暗い廊下に雨雲の所為だけではない暗鬱とした空気が立ち込める。
安倍も京一郎も、言葉を紡ぐ事が出来ずにいた。
ただ降り注ぐ雨の音だけが、これが今現実であると彼等に囁きかけている。
この事実を鳴海に告げなければならないのか。
彼が尊敬して止まないとあからさまであった女性は、とてつも無い過ちを犯していると。
彼が愛して止まないと明らかな女性を、我々の手で討たねばならないと。
言わなければならないのか。
それはあまりに酷ではないのか?
考えども、悩めども。
思えども、苦しめども。
解答など出はしない。
二人の溜息が両の手足の指では足りぬ程、時計の秒針が幾度天を仰いだか分からぬ程、雨音が幾億地を叩いたか分からぬ程。只々無為な時間が流れた頃。
ーーぅあああああああああああぁぁぁッッ!!
鳴海の病室の向こうから、沈黙を引き裂く咆哮が轟いた。
互いの顔を見合わせた安倍と京一郎は椅子を蹴りつける様に立ち上がると、鳴海の病室へと駆け込んだ。
*
ふらりと窓辺へと近付いた鳴海は、鍵を開け窓を開く。そして躊躇する事なく、窓の外へと飛び降りる。幸いな事に階層は一階。外へ出る事自体には何の問題も無かった。
が、降りしきる雨は容赦無く彼の身体を叩く。あっという間に入院着は雨に染まった。
パシャ、パシャと裸足の足が水溜りを蹴りつけ、泥を散らす。
そのまま数歩、歩いた所で鳴海は空を見上げる。灰色に覆われた空は、それでも己の心より綺麗であった様な気がした。
「ナミ姉……」
求め続けた彼女の名をポツリと、呼んでみる。
彼の胸中に言い表せぬ程の多くの想いが去来する。
と。
「ぅあああああああああああぁぁぁッッ!!」
吼えた。
それは、唐突に。
絞り出す様に。
*
病室の扉を開け、彼等が初めに目にしたのは空のベッド。そして開け放しの窓。
そして、曇天に吼える鳴海の姿。
「鳴海ッ……!」
彼の姿を見、一も二もなく安倍が駆け出す。着物が汚れてしまう事など彼女にとって埒外である。
が、その足は即座に停止する。
「何を……!」
困惑顔で京一郎を振り返る。彼女の腕は彼にシッカリと掴まれていたのだ。
「放さぬか! 鳴海が……!」
振りほどこうともがくも、腕力ならば京一郎の方が圧倒的に強いし、そもそも体重差が大きい。彼女はただ虚しく足掻くのみである。
「落ち着きな、ばーさん」
「落ち着いておるわ! 今の鳴海を放っておく理由なぞなかろう! あ奴が今どれだけ深い谷底に落ちておるか、分からんとは言わさんぞ!」
泣きそうな顔で叫ぶ。しかし、京一郎はあくまで落ち着き払った表情のまま首を横に振った。
「分かってやりたいのは山々だ。だが、半端な慰めは憐憫と変わらねぇ。憐れみは傷をえぐるだけだ」
「……ッ! じゃが……」
京一郎の言わんとする事は彼女にとって理解に難くない。だが、鳴海を想う気持ちもまた正しく存在している。
尚も鳴海の元へ駆け出しそうな彼女に、京一郎は更に続けた。
「安心しな、ばーさん」
一瞬、安倍の腕の力が緩む。
「確かに、あいつは深い谷底に蹴落とされてる」
涙を湛えた瞳を静かに持ち上げる。
「だがな。谷底に落ちた獅子ってのは、僅かに覗く空に吠えるのさ」
涙を拭い、再び視線を鳴海へ注ぐ。
「今に見てやがれ、絶対這い上がってやる! って吠えるのさ」
京一郎は手を放した。
彼女は、動こうとはしなかった。
「あいつは若い。だが、間違いなく若獅子だ。だったら俺達の役目は、ただ静かに待つことじゃねぇかな」
それ以上の言葉は必要なかった。
二人はただ静かに、幼き獅子を見守った。
*
空に向かい、咆哮する。
顔に大粒の雨が幾つも、幾つも打ち付ける。
その頬を、冷たい雫が伝っては落ちる。
冷たいものに混じり、温かいものが流れている。
鳴海の咆哮は、傍から見れば間違いなく慟哭であっただろう。
激しい嘆き、悲しみ、そして、涙。
頬を伝う温かいもの。それが何かは推して知るべし。
しかし彼にとって、それはあくまで雨粒であった。
何故なら彼は、泣かぬと誓っているから。故にそれは決して、涙ではないのだ。
鳴海の叫びは曇天の空へと吸い込まれては消える。
彼は泣いていない。
泣いてなど、いないのだ。
拙作をご覧の皆様、お久しぶりでございます。第参章、ようやく完結させる事が出来ました。時間はもちろんのこと、文量も今までより大分多くなってしまいまして申し訳ありません。見捨てずにご覧になってくださってる皆様には感謝の言葉もありません。今後とも拙作をよろしくお願いいたします。
さて、参章でようやく当初予定していたキャラクターを出し切る事ができ、主人公の当面の目的も描く事ができました。このまま、色々な事件や戦いを経て彼らを成長させていく事が私の今後の課題です。今後とも、邁進していく所存です。
ところで、今回物語の途中で劇中劇を挟みました。おそらく、お気付きの方もいらっしゃると思います。そうです。「リリカルなのは」という魔法少女モノのアニメシリーズです。
実は私、このシリーズを存じ上げてはいるのですが、シリーズの内の幾つかしか視聴したことがありません。なので、元ネタありきと思しきキャラクターが元のキャラクターとかけ離れ過ぎてる所があっても、笑って流していただけると幸いです。
また、今回より登場しました「佐藤瑞樹」について、上記シリーズをオマージュした以上、多くの方が同作品の代表声優の「水樹奈々」さんから名前を拝借していると想像されたたことと思います。
ですが、違うのです。あくまで主要キャラクターについては別に由来を持たせているのです。このことについて何れお話出来ればと、存じます。
それでは本章の後書きにつきましてはこの辺りで終了したいと思います。最後にもう一度、拙作を見捨てずにご覧頂いている皆様に最大の感謝を申し上げます。
以下、毎度のことになっていますサブタイトルの解説といかせて頂きます。ご興味のある方はどうかご覧ください。
『エターナル』と割とありがちそうなタイトルの曲ですが、こちら『UNLIMITS』というロックバンドの楽曲です。私の大好きなバンドですのでいつか使いたいなと思っていたのです。こんなに早く使う時が来るとは!
こちら『アメジスト』というアルバムに収録されております。
全体的に切なげで激しいメロディーが特徴で歌詞もどこか胸を苦しくさせるようなもので実に私の琴線に触れる曲です。
『エターナル』はかつていた「君」にすがり、手を伸ばしても虚空を掴むばかり、それでもその幻に囚われてしまっている。といった感じの歌詞でしょうか。とにかく切なく激しい曲です。
この部分が実に、今回の話の鳴海にマッチしている気がして、サブタイトルに使わせてもらいました。
物語後半、苦しみの渦に落ちて行く彼の心境はこの曲のイメージで書いていました。どうか聴いてみて下さい。好きな人は本当にハマってしまいます。
と、言った所でこの度の後書きもお終いとさせて頂きます。こんな所までお付き合い下さった皆様、改めましてありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
それでは、また次のお話でお会いいたしましょう。




