二十九
この話からスマートフォンでの編集、投稿を行なってみました。
何かおかしな点が見つかりましたらフリガナ編集と合わせて修正していきますので、ご容赦ください。
それでは、本文をお楽しみください。
※追記
このお話の投稿後に『二十八』を投稿しておりますが、順番通り二十八→二十九とご覧になってください。事情につきましては二十八の前書きに記載しております通りです。
ご迷惑をお掛けしまして申し訳ありません。
木漏れ日の降り注ぐ温かで静かな森だった。
静か故に、音がよく響いた。
硬い金属同士をぶつけ合う音が遠くから聞こえて来る。
二人の男女、いや男と呼ぶには幼い少年が、女と呼ぶには可愛らしい少女と、右腕に装着した西洋籠手のような物をぶつけ合っていた。
「やぁぁぁッ!」
少年が鋼の拳を真っ直ぐに突き出す。
しかし、その拳は少女に届くことはない。少年の拳に柔らかく手を添えると暖簾の様に受け流す。
「そら! こう来たらどうする!?」
と、少女は受け流した拳を導く様に少年の手を引き込み、手首を逆に捻る!
「あッ! うわぁッ!」
合気道の小手返しのようになり、少年はグルリと宙を舞った。
ドダンッーーと、柔らかい地面に強かに尻を打ち付ける音。
「いってーーーッ!!」
次いで少年の絶叫。
「ふふ……。ちゃんと受け身を取らないからだぞ? まぁ、この辺りの地面は柔らかい。青アザを作ることはないだろう」
少女が年の頃よりも大人びた語り口で少年へと歩み寄る。
「ズルイよ、ナミ姉。何なのさ今のは」
「言っただろう、鳴海。鎧に頼った戦い方ばかりじゃなく、近接戦闘技術を身につけるべきだと」
「だって、難しいし……、鎧鬼があればそんなのきっと必要なくなるよ」
「そんな事はない。格闘技術という物は人間が長い歴史の中積み上げた結晶だ。無駄などではないさ。さ、続きだ、鳴海」
「うんーー痛ッ!」
立ち上がろうとする少年だが、身を起こすことなく顔を顰める。膝に滲む血が、その原因のようだ。
「ぅう……」
少年が目尻に涙を貯める。
「やれやれ。鳴海、男は簡単に泣くものじゃないぞ?」
「でも痛いよ……」
「強い男は泣かないものだ。そして、私は強い男が好きだ」
その言に少年は顔を上げ、涙を拭う。
「……じゃあ、僕もう泣かない! うぅん、俺、泣かない!」
少女は微笑むと少年に手を伸ばす。
その手を掴み返す為、
鳴海は、真っ白な天井に手を伸ばした。
「…………」
茫然と伸ばした手を、白い天井を眺める。
「…………」
周囲に目を馳せ、そこが病室である事を確認する。
「…………」
己が夢を見ていた事に気付く。そして蘇る、最期の、記憶。
「…………!」
伸ばしたままだった手を握りしめ、振り下ろす勢いで体を起こす。
「ーーッッ!」
全身に走る、軋みのような痛み。しかしそれより何より、胸の奥が、心が痛かった。
爪が食い込む程に拳を握り、キリキリと音がする程歯を食いしばる。
そうでもしないと、涙が零れそうな気がした。
誰が見ている訳でもない。泣けばいい、心晴れるまで。
しかし、それは己が許しはしない。
誰でも無い彼自身が、他でも無い彼女に誓ったのだから。
己が歯軋りが響く室内。自然、様々な音が耳に届く。
ーーざあざあ、ざあざあ。
自身の心情を映すかの如き五月雨が、窓を叩く、地を濡らす。
やがて鳴海は、フラリと窓へと近づいた。
*
鳴海が目を覚ます暫く前。
彼の病室の前には安部と京一郎が長椅子に体を預けていた。
「そうか……。あの女、伊奈美っつったか? あいつが鳴海が言ってた目的ってやつか……」
入院着で、体のあちこちを包帯で覆った京一郎が天井を見上げ納得した様に言った。
鳴海が何かの目的を持ってここに身を寄せている事は以前から匂わせていた。それに、自分を兄と呼んだ時に見せた表情。それら全てに合点がいった。
「鳴海がこっちに来る前に0課で闘っていた退魔師での、ある日忽然と姿を消したと思ったらこれじゃよ……」
そう言って深いため息を吐いた。安倍の小さな背中には重すぎる重圧がのし掛かっている事だろう。
その様子を見て京一郎は話題を変えようと考えた。
考えたが、
「それで、あの女はいったい何を企んでんだ。何か思い当たる節は無いのか」
変えることはしなかった。伊奈美とは今後も必ずぶつかり合う事になる。今避けるわけにはいかないのだ。
「いや、何も。昔から鳴海愛しと言った感じではあったがの。大それた悪事を働くような者ではなかった」
「手詰まりだな……。ヤローの行動が見えねぇんじゃ手の打ちようがねぇな」
悔し気に頭を掻き毟る京一郎だが、安倍は暫し思案すると、深刻な顔を彼に向ける。
「いや。一つだけハッキリしておる」
「あん? ……あぁ、アレだな。何か箱型のネックレスみてぇな」
「んむ」
「ありゃ何だ? よくは分からんがヤバそうなモンだってのは分かるが……」
安倍は辺りを窺い人のいない事を確認し、京一郎の耳元に顔を寄せる。
「あれは、『邪装』じゃ」
「!!」
その言葉に、京一郎も顔色を変える。
「それも、一級の危険物。その製造工程も何もかも封印されているはずの、最悪の『邪装』」
『邪装』、とは『霊装』の一種である。
一口に『霊装』と言っても沢山の種類がある。京一郎の扱う武具の様に力を持った武器、言霊の力を用いて術とする符術。それは退魔師の発想の数だけ種類を増していった。
だが、霊的概念を持つ物の中には神器の類とは違い使用者に被害や破滅をもたらす、例えば『魔剣』の様な物もある。
それを『魔的概念固定武装』、通称『魔装』と呼ぶ。
正に悪魔の如き力である。悪魔とは命と引き換えに自らを喚んだ者に力を与える存在。魔装とは、言い得て妙である。
だが、魔装はまだ優しいものである。被害を受けるのは当人だけなのだから。
では『邪装』とは何か。
『邪的概念固定武装』つまり、邪悪なる霊的概念を固定した物の総称である。
多くの人がソレの存在を邪悪である、危険な物であるとする概念が集まる時『邪装』となる。
『邪装』が『魔装』と明確に区別される要因は一つ、『邪装』は邪悪なる意志を周囲に向かってばら撒くのである。
存在しているだけで、所持しているだけで、周りに不幸しかもたらさない。そんな代物。現代で言うならば、核兵器と言えば分かりやすいか。
それが『邪装』。
「『邪装』はほぼどの国でも扱いは同じじゃ。その製造、所持は固く禁止……」
「使おうもんなら有無を問わず極刑すらある……だろ? 俺が渡り歩いた先でも大凡似たり寄ったりだったな」
「んむ……。はっきり言って伊奈美が持っておったモノじゃと上の決定を待つ事無く……」
「……。ハッキリ聞くぞ。あの銀箱はなんだ?」
膝の上拳を固く握り締め、唇を噛み締め、そして弱々しく口を開いた。
「……パンドラの、匣」
「何だとッ!?」
ガタンッ、と椅子を鳴らし京一郎が立ち上がる。病院である事を忘れるという彼らしくない反応。逆に言えばそれ程の事態であるという意味だ。
「病院じゃぞ」
静かに言い放つ安倍の言葉に「む……」と唸り再び腰を下ろす。
「お主も名前くらいは知っておろう?」
腰と共に気を落ち着かせた京一郎に改めて、問う。
「知ってるも何も。最狂最悪、所持してるのが発覚すりゃ即座に処刑。故に絶対持つな、作るな、叶うなら存在すら忘れてしまえ。そう教えてこられた。俺が渡り歩いた他の国でも細かな違いはあっても大凡同じ」
「んむ、概ね合っておる。では、その能力は知っておるかの?」
いや、と即座に首を横に振る。危険、危険と耳にタコができる程聞かされた危険物だが、それがどういう物なのかはついぞ聞いた事が無い。
まるで大人達にしか分からない言葉を聞かされている、子どもの様な気分。そこにあるのは得体の知れない恐怖、或いはある種の好奇心。しかし、好奇心は何時だって猫を殺してきた。
「ばーさん、あんたは知ってんだな」
「まぁ、の。これでも0課の長じゃ」
再び、辺りを窺う。京一郎もそれとなく周囲の気配を探り、問題が無いという目線を彼女へ向ける。
「パンドラの匣は、妖を人為的に生むことが出来る」
「……!!?」
最早、この驚愕を表す言葉は無い。
京一郎の驚きはそれ程のものであった。
人間より遥かに強く、人間と変わらず社会に潜み、それを見破る探知機など存在しない。
そんな危険な存在を自分の好きに作ることが出来る。秩序の保たれた社会においてこれ程危険な兵器は無い。
「パンドラの匣とはつまり、あらゆる災厄を詰め込んだ匣じゃ。そこに込められている悪意は人間の悪徳など比にならん程のもの。あれ一つあれば妖で一個大隊を組むことすら可能となろうの」
「最近、妖の出現が増えたっつってたよな。まさか原因は……」
「無きにしも非ずと言ったところかの。妖を作れるといっても無制限にポンポン作れるものでもないからのぅ。本人の素養も必要なところじゃ」
素養。
また皮肉な言い回しだ。
そんな事を考えながら、京一郎は思わず爪を噛む。そんな彼に安倍は更に続ける。
「鳴海が歪な鬼と闘った、と言っておったじゃろ」
「あ? あぁ、廃工場でやり合ったって奴か」
京一郎と鳴海、二人して高校に潜入する事になった今回の始まり。そもそもその鬼を追うのが伊奈美に辿り着く発端だった。
「あれはパンドラの匣で作られた鬼じゃろう。強引に妖にされれば何処かに歪みが出るものじゃ」
「だとしたら鳴海の報告にも合点がいくな。ソイツはあの女に対して敵意を持って無かったって話だからな。成る程、自分に“妖”なんて力をくれてりゃな」
それとの、と安倍が続ける。
「まだ何かあるのか」
彼もいい加減、頭を抱えたくなった。
「匣を作るのに必要な材料じゃ。……と言っても仔細を話す訳にもいかぬ故、此度の顛末に関わる部分だけじゃがの。じゃが、お主も鳴海も知らねばならぬ事じゃ」
知らなければならない。その勿体ぶった言い回しに奇妙さを感じるも、彼女が口を開くのを待った。
ふぅ、と溜息を吐き、続けた言葉。それは京一郎に今まで感じた事の無い怒りを生んだ。
「匣を作る為に絶対的に必要なもの。それは絶望に染まった魂。それも子供のように純粋な魂じゃ」
氷塊が一瞬で気化する様に、彼の脳裏のわだかまりが霧散した。
伊奈美がジャックの一件に関わった理由、必要なモノがあったとの言葉、アッサリとしたヤクザの見限り。全てはパンドラの匣に必要なだっただけ、という事だ。
ーーギリリ。
と京一郎の歯軋りが静かな廊下に谺した。安倍もうな垂れたまま顔を、声を上げようとしない。
それはとても、とても、嫌な沈黙であった。
そしてその沈黙を裂いたのは彼等のいずれでも無く、一つの叫びであった。




