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アーマード・オウガ  作者: ハル
参:エターナル
61/65

二十七

 黒い爪が空を切る。

 黒い拳が虚無(きょむ)を撃つ。

 鳴海の両腕は、唯々(ただただ)虚空を掴むのみだった。

 当たらない。

 当たらない。

 目の前にいる師は、涼しい顔で鳴海の攻撃をかわし続けていた。

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 ただ獣のように咆哮(ほうこう)を上げ、彼は腕を振るい続ける。彼の心中にあるのは五月(さつき)の使命か、陰惨(いんさん)なる事件の復讐か。

 否。

 突きつけられた事実を認めることも飲み干すことも出来ずに混乱し、ただ目の前にあるモノを壊そうとする理性無き破壊衝動。

 謂わば『暴走』。

 今の彼にとって、捜し求めていた人物を壊してしまうかもといった杞憂(きゆう)など完全に埒外(らちがい)であった。

「ふむ……。力は及第点。十分に鍛えていたようだね。ただ格闘技術に関しては未だ未熟、ちょっと格闘技を(かじ)った程度かな? スピードもまぁまぁだ。……ふふ。私が鍛えた頃よりも大分強くなったみたいだね」

 憤怒の矛先が自分に向いていることなど何処(どこ)吹く風、と言った所か、伊奈美(いなみ)は暴れる鳴海(なるみ)の評価を開始していた。彼女は未だ鎧鬼(よろいおに)を腕に装着しているのみである。生身の部分に攻撃がかすりでもしたら即致命傷となり得る。であるにも関わらず、武装を追加しようとしない。

 圧倒的な実力差。

 それがこの場における純然たる現実であった。



「せんせー! 大丈夫なの!?」

 天之尾羽張(あめのおはばり)を杖代わりに、血反吐(ちへど)を垂らしながら起き上がる京一郎の下へ、瑞希(みずき)が駆け寄ってきた。

「よぉ……。雑魚は片したのか……?」

 雑魚とは即ち、この場から逃げようとしていたヤクザや(あやかし)たちである。筋者(すじもの)や妖が多少束になったところで、彼女の符術(ふじゅつ)には敵わなかった。覚悟や心構えが多少足りないところがあるが、彼女の技術は間違いなく一級のものなのだ。

「私のほうは全然平気。それよりせんせーってばどうしたの……? ボロボロじゃん。それに……」

 と、瑞希の視線が移動する。

 その先にいたのは我武者羅(がむしゃら)に暴れる黒い鬼、即ち、鳴海。

「一体何が……? 何か、怖い……。さっきすっごい雄叫びが聞こえたけど何か関係があるの?」

 彼女は少し、震えていた。

 無理も無い。鳴海は咆哮を上げ、暴れるのみ。この状況、ここまでの流れや事情を知らぬ人間が見れば十人中十人が鳴海を怪物と断言するであろう。

 鳴海の様子は、それ程までに理性を失ったものであった。

「細かい説明の暇は……無ぇ。今は、鳴海を止めるのが先決だ。あのままじゃ……鎧に身体を壊されちまう」

 立ち上がり、ようやく呼吸が整ってきた京一郎の腕に、再び炎の篭手(こて)が燃え盛る。

 それは打ち砕かれても尚、何度でも復活する、彼の心を体現するかの如き雄々しき焔。

「だっ……駄目だよ! せんせーもう闘える感じじゃないじゃん!」

 京一郎の袖を掴み、瑞希が泣きそうな声で言った。いや、既に目じりに涙が溜まっている。

「そうはいかねーよ。今あの女とまともに()れんのは俺だけだ。鳴海を護る、ヤローを潰す、俺がやらねーでどーすんだ」

「せんせー……」

 それでも瑞希はその手を放さない。

「いーから放せ。それともお前が闘うか? 言っとくが、100パー勝てねぇぞ」

「だって……、だって……」

 とうとうグズり出してしまった。

「安心しろ、この程度の修羅場は今まで腐るほど経験してんだ。少なくとも死にゃしねーよ」

 と、炎の篭手を纏う手で瑞希の頭を撫でる。

 その炎は彼女を焼くことなく、ただ、温かかった。

「こーゆーのはな、勝てる奴に任せるもんだ。な?」

 渋々、と言った様子で手を放そうとした。

 が、その手はやはり掴まれたままであった。

 なぜなら、彼女達の声がしたから。


「お主の言う通りじゃな、京一郎よ」

「瑞希さん、そのまま抑えていなさい」


 振り返る二人の背後に、歴戦の強者が控えていた。

 瑞希にとってこれほど頼もしいものは無かったであろう。思わず笑みさえこぼれる。

「ばーさん……何で……?」

「何でも何もないわい」

 そう言って、耳の辺りをトントン、としてみせる。

「あ……? ってあぁ」

 思わず己の耳に触れた京一郎は気付く。通信用のヘッドセットが外れてしまっている。恐らく、伊奈美の『断空』を受けた時に衝撃で外れてしまったのだろう。

「驚きましたよ。突然通信が途絶えてしまいましたから」

 困ったように小華が言う。

「丁度、ワシも暴対への手回しが終わっておったんじゃ。通信途絶の直前までの状況を聞くに当たり、緊急事態と踏んでの、急いで駆けつけて正解じゃったわ。……まぁ」

 と、トコトコと京一郎の隣まで歩み寄った安倍は、

「お主は寝ておれ!」

 京一郎の脇腹を殴りつけた。

「――ッッ!!!」

 見事にダメージを受けていた場所に拳が食い込み、悲鳴すら上げることなく崩れ落ちた。

「お主の言った通りじゃ。勝てるものに任せておけ。――小華よ」

「ええ、承知しました。先ずは彼を止めませんと」

 と、小華は着物の袖から札を十枚程取り出す。勿論、符術に使用するもので、漢字のような、模様のようなものが描かれている。だが廃工場で使用したものとは描かれているものが違うようだ。

「参ります」

 そう言って、彼女は札を宙に放る。すると札は糸に釣られている訳でもなく、空中に規則正しく、円形に並んでゆく。更に、円の中心に向かって小華が手をかざす。するとそれぞれの札から淡く、青白い光が溢れ、中心に向かって収束していく。

「これって、電気?」

 初めて見る術に、瑞希が呟く。

「貴女には初めて見せますね、瑞希さん。よく見ておきなさい、これが柳の一族が持つ能力の一端です!」

 小華の振るう腕に従うように、円形に並ぶ札全てが眩しく発光、否、放電する!

「行きなさい!」

 鳴海の放つ『雷電』よりも眩しく強烈で、しかも指向性を持った雷が、踊り狂う美女と野獣の間へと突き刺さる!

「「!!」」


 ――ドンッッ!!!


 例えるなら、強烈な爆弾か。

 それは猛烈な音と衝撃と光を辺りに()き散らして地面を深々と(えぐ)ると、不快な耳鳴りを残し、やがて静寂をもたらした。

「……驚いたな」

 静けさ故にか、伊奈美の第一声は思った以上に響いた。

「安倍……さん?」

 鳴海もようやく、彼女達に気付く。術の衝撃に、理性を取り戻したのだ。

「久しいのう、伊奈美よ」

 数歩、歩み出た安部が言う。

「まさか、かつての上司にまで会おうとはな」

 跳び退(すさ)った姿勢から立ち上がりながら、伊奈美が答える。

「挨拶も無しかえ?」

「お互い、気を使う仲では無いだろう?」

 旧友の再会。

 そう呼ぶにはその雰囲気はあまりにも剣呑(けんのん)であった。

「ばーさん……」

 ようやく起き上がってきた京一郎が安倍へと並ぶ。

「起きたか」

五月蝿(うるせ)ぇ、思いっきり殴りやがって。……それより、知り合いとは思ってたが、部下だったのか」

「……んむ。言うなれば鳴海の前任じゃな。突然姿を消したと思ったら、帰る時も突然か。何のつもりじゃ、貴様」

「ふふ……。貴様、か。敵と見做(みな)せば容赦は無し、相変わらずのようだね」

「やかましい! 答えろ、目的は何じゃ! 通信こそ切れておったが、大方の推測は付いておる! 先日のジャックの一件も貴様が噛んでおろう!」

 先程、伊奈美の話の途中で京一郎が気付いたように、安倍もまた、通信が切れる前までの情報でこの結論に辿り着いていた。

「ふむ……。そうだな、私が()そうとしている事、その一端でも見せておいた方がいいかな。その方が0課としても追い甲斐があるだろう」

「貴様……!」

 怒る安倍すらも受け流し、彼女は鎧鬼の爪を己がブラウスの襟元へと近づける。

 と。

 ――プツ、プツ、プツ。

 爪を用いてそのボタンを引き千切っていった。

「ひえっ!?」

 悲鳴を上げたのは瑞希だが、驚いたのは皆同じである。

 京一郎も、普段ならば生唾飲んで喜ぶところであろうが、状況が状況である。去来(きょらい)するは混乱ばかり。

 鳩尾(みぞおち)の辺りまでボタンが千切られ、白い肌が眩しい双球が覗く。

「本当は鳴海以外の男なんぞに肌など晒したくはないがな……っと」

 ブツクサ言いながら、爪を胸の谷間に差し込むと、何かを摘み上げた。

「これ、なんだと思う?」

 彼女が取り出したのはチェーンに繋がれたシルバーアクセサリーのようなモノ。銀色の、細かい装飾の施された立方体だ。

 アクセサリーを見せ付けて何のつもりなのか。

 その場にいる者の大半は、そう思った。しかし、僅かの者は、ソレ(、、)が示す意味に気付く。

「ま、さか……」

「……!」

 安倍の呟きに、小華の驚愕に、伊奈美がにんまりとした笑みを浮かべる。

「その、まさかさ」

 伊奈美が、摘んでいた指を開く。


 “ソレ”は彼女の胸の前で誘うように踊った。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 安倍の絶叫が響き渡る。

 その大音声(だいおんじょう)を合図としたように、小華が袖口から紙片を幾枚か取り出し、再び宙に撒く。

 それらは先程と同じく円形に並ぶと、今度は雷ではなく、炎を纏う。

「塵も残すなッ!」

 小華の叫びと同時、円形に盛る炎がまるで銃口であるかのように、炎柱を噴き出した。

「流石に、引退したとは言え龍の巫女か!」

 すんでの所で地面を転がり、炎を回避した伊奈美だが、のんびりする暇は無い。

「ぉおおおおらぁぁぁぁッ!!」

 回避先を読んでいたかのようなタイミングで、京一郎が降って来た。弱っていたのが嘘であるかのように、その両腕には炎が(たけ)る。

 絶妙のタイミング。

 彼の一撃は伊奈美の肩に食い込んだ! ……食い込んだが、彼女の身を裂くには一歩、及ばなかった。

「鎧……鬼ッ……!」

 絞るように呟く彼の視線の先、剣先は彼女の全身を覆い始めた黒い(もや)に阻まれていた。

「ふふっ……。私に全身武装を強制するとはね。0課は実にいい人材を見つけたよう、だッ!」

 立ち上がり、残滓(ざんし)を振り払いながら拳を突き出す。

「ちぃッ!」

 全身武装の強固さを、彼は間近で見続けてきた。未熟な鳴海が戦い続けてこられたのは、鎧鬼の強さによる所が大きい。追撃は加えず、距離を取ろうとする京一郎。だが伊奈美がそれを許さない。

「君は実に厄介な相手だ。今の内に潰す!」

 ――ボッ!

 下がる京一郎を『断空』の加速が追う。

「しまっ」

 “しまった”

 その呟きすら間に合わぬ加速。

 貫けぬ物無き矛と化した伊奈美の手刀は、しかし同じく最強の矛によって阻まれた。

「……鳴海」

 伊奈美の右腕は、同じく黒の右腕によって横合いから弾かれていた。

「もう、止めてくれ、ナミ姉。さっきの箱が何を意味するかなんて俺には分からない。だけど、もう沢山だ! さっきのヤツを捨てて、投降してくれ!」

「鳴海……」

 構えを解く伊奈美だが、全身から立ち上る殺気、否、鳴海に対してに限れば闘気は、収まることは無かった。

「全てはお前の為なんだ鳴海」

「……?」

「全てはお前を、五月と言う鎖から解放する為だ」

「俺はッ……五月のことを、五月に縛られているなんてッ……!」

 しかし、彼女は頭を振る。

「お前が思っていようがいまいが、間違いなく縛られているんだ。お前の知らない五月の……」

「五月の……?」

「……いや、これはいずれ知ることになるだろうさ。だが今は……」

 と、伊奈美が右手をふと、鳴海の胸元まで掲げる。

「! いかん!」

 安倍の叫び虚しく、伊奈美の右手は超至近距離からの『断空』を、鳴海の胸に叩き込んだ。

「――がッ……!」

 空気を漏らし、鳴海がゆっくりと傾ぐ。

 薄れゆく視界と意識の中、鳴海は必死に手を伸ばす。


 ――嗚呼(ああ)、こんなに近くにいるのに。

 

 ――手が届きそうなのに。


 ――どうして届かないんだろう?


「お前はもう限界だ。ゆっくりと休め……私の愛しい、鳴海……」

 その言葉を聞いたのを最後に、鳴海の意識は闇へと沈み込んだ。


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