二十五
さて。
勢い込んで駆け出した彼ら三人を待ち受けた最初の難関は、固く閉ざされた鉄の門扉であった。
腐っても違法組織の長。かち込む相手を“さぁどうぞ”と迎え入れるような真似はしてはくれないようだ。
「俺が鎧鬼でブチ破ろう」
と、己の影に手を這わせながら鳴海が言うが、瑞希が一歩前に出てそれを遮る。
「んー! ここは私の炎で一気にドカーンと!」
が、京一郎は溜息混じりに彼ら二人の肩を叩く。
「あのな、お前ら。一般人に見られたらまずいモンを堂々と使おうとしてんじゃねーの」
そう言って彼は腰の物の鯉口を切る。
――キン。
場違いなほど澄んだ音を響かせ彼の手元が鋭く光る。
と、次の瞬間。
手元の輝きが門扉へと伸びる!
「「!」」
鳴海と瑞希、二人が驚愕を見せるよりも一瞬早く、中程から両断された門扉が邸宅の向こうへと倒れていった。
それは正に神速の居合いであった。
全くの自然体から閃く輝きは、常人どころか強者二人を以ってしても捉えられなかった。
「さ、行くぜ」
閂より上を斬り落とされてしまえば、頑強な鉄門も只の板同然である。
残った下半分を乱暴に蹴り開けながら刀を肩に担ぎ、京一郎が頼もしき背を見せる。
残された二人も顔を見合わせ頷き合い、京一郎の後を追った。
*
組長宅の中は、時折響く爆発音や発砲音、その他怒声や悲鳴を除けば、思ったよりも平和なものである。彼ら全員、もっと死山血河、死屍累々とした光景が広がっているものと思っていた。
「妙だな」
「うん」
油断無く周囲を警戒しながら歩みを進める鳴海と京一郎の後ろで、派手な音に肩をびくびくさせている瑞希が呟く。
「何が……? 変なの……」
肩越しに半眼で振り返りながら、溜息混じりに二人が答える。
「もしこれが単なる抗争だってんなら、お互いの組の鉄砲玉がゴロゴロ転がってるだろーさ。だが」
「何もいない。つまり抗争じゃなくて妖である可能性が高い。でも」
「中から逃げてくる人間が全くいねぇだろ? 中の人間を逃がさねぇように暴れてるってこった」
「でもね、妖は基本的に力任せに暴れるものだろ? 妖がそんな風に暴れるとは思えない」
リレーのように交互に説明を繰り出す二人。“だから妙なんだ”、と締めたところで揃って後ろに向き直る。
「つーかよ」
「さっきの勢いは何処に行ったんだよ……」
最早涙目になっている瑞希は“はわっ”と悲鳴(?)を上げる。
「だって! だって! 何かさっきはいける気がしたんだもん! いざ踏み込んだら音とかなんか怖くって……!」
苦笑いを浮かべる二人だったが、途端に京一郎が表情を引き締める。
「! ……悪ぃが、覚悟を決めてもらうぜ」
「? ……! 武装解放!」
その意味に気付いた鳴海が即座に鎧鬼の右腕を呼ぶ!
と。
「ぎゃぁぁぁぁ……っぐえぇぇ!」
唐突に、襖を砕き暴力団の構成員と思しき男が吹っ飛んできた!
哀れヤクザは鎧鬼の腕に殴り飛ばされ、二重の悲鳴を上げると庭にあった池の中へと消えていった。
「あ……やっちゃった」
「はん、気にすんな。どうせロクデナシだ。んなことより」
破られた襖から、銃火器やら刀やらを持ったヤクザ共、そして何と妖までもが雪崩出てくる。どうも逃げながら何かに応戦しているようだ。彼らは皆一様に逃げ腰となっている。
何と戦っているかは分からないが、その相手は一人たりとも逃がすつもりは無いようだ。
「おーおー。コイツは団体さんでゾロゾロとまぁ。ホントによく群れやがる」
この状況を前に京一郎はなおも軽口を叩く。普通ならば面子を重んじるヤクザ者がこれを許すはずはない。しかし、彼らは皆、襖の向こうに注視したままで、鳴海たちのことなど歯牙にも掛けてはいない。それ程までに恐ろしい相手と戦っているのか。
「俺たちの事なんてどうでもいいみたいだね。ガン無視だよ」
「チッ……。気にいらねぇな」
「とっ、取り合えず、隠れて様子をみよーよ、ね? ね?」
この状況、瑞希の案もあながち間違った判断ではない。彼女にその気は無いのだろうが、力量の分からぬ相手といきなり事を構えるのは愚策である。様子を見る余裕があるのなら、その方がいい。
だが悲しいかな、世の中とはそう上手く事が運ぶようには出来ていないらしい。
「鳴海……? そこにいるのは鳴海じゃないか?」
破れた襖の向こうから、凛とした、それでいて且つ強い意志を感じる女性の声が聞こえてきた。声だけでとても凛々しい人物だと憶測できる程だ。
その声は間違いなく、“鳴海”と、そう言った。
「鳴海……!?」
驚いた京一郎が鳴海を振り返る。
が、鳴海はその声を聞いた途端、まるで時を奪われたかのように動きを止めていた。いや、動きを止めたと言うよりも、視線が襖の奥へと吸われる様に固定されてしまった。
ヤクザ共もようやくここに来て鳴海たちの存在に気付いたようで、彼らを振り返るが、襲いかかろうという意思は微塵も感じない。彼ら程度のイレギュラーなど、何でもないのだ。
が。刹那。
その場一体が凍りつく。
「っひぅ……!」
瑞希が頭を抱えてしゃがみ込む。
「……!」
京一郎も思わず頭を抱えたくなるが、強く刀を握り締め、精一杯踏ん張る。
これは。
途轍も無い、途方も無い、
殺気。
なおも棒立ちの鳴海に気付いてか気付かずか、声の人物は一方的に語り掛け、その一言ごとに、声音と殺気が大きくなる。
「鳴海……! あぁ嬉しいぞ! こんなところで逢おうとはな! 大きくなったな……!」
コツ、コツ、とヒールでも履いているのだろうか、殺気だけでなく、足音も聞こえてくる。
「少し待っていろ。すぐにコイツらを片付けるからな」
奥の暗がりから、ようやく日の当たる所へと近付き、その姿が見え始める。
「あぁ、その鎧鬼も懐かしいな。昔私が教えた時と同じだな」
コツリ。
そして彼女は全貌を顕わにする。
まるでやり手のキャリアウーマンのように、パンツスーツにヒールでパリッと決めた格好に、まるで常人ではないことの証明のように、存在感を放つ右腕の鎧。
「ナミ姉……」
大和撫子を地でいくような凛々しい顔立ちも、ポニーテールと言うよりも髷と言った方が似合っていそうな黒髪も、かつて自分の師であった頃と変わらぬ彼女がそこに居た。
ただ、何故だろう。
昔と全くの別人に見えるのは。
黒い鎧の腕から滴る、
真っ赤な真っ赤な、
血の所為だろうか。




