二十四
何故彼らがここまで強引な手段に出たのか。
それは、“あの人”が関わっていることが示唆されたからである。妖は「あの人」、そう言った。「ヤツ」とか、「あの野郎」とか、そう言った侮蔑を込めた表現ではなく「あの人」、と。
それはつまり、親しい関係、或いは何かしらの協力関係が成立していたことが窺えるのである。
そして“あの人”は鳴海にとっては勿論のこと、0課にとっても無視することが出来ない、重要な存在なのである。
故に、妖が関わっていることを理由に警視庁の上層部を丸め込み、殴り込みをかけることにしたのだ。
最初に情報を提供した少年の話では、工場跡で倒した妖はもう一人、誰かと一緒に居たらしい。そいつが妖に対して何の反応も示していなかったのは、妖の力を利用していたことを推測するに十分であった。上層部も首を横には振りづらかっただろう。
「よいかの、皆の衆。これからカチコむのは妖の力を知った上で利用していたであろう組の長たる者の屋敷じゃ。警備をしとるメンバーの中には妖が混ざってる可能性が高い」
屋敷からは車の陰となる場所で、0課の面子と向かい合い、安倍が真剣な顔でそう言った。
「警備会社のステッカーもついてねーみてーだな。自前で守りを固めた方がいいって考えてるんだろうからな」
ヤクザの親分の邸宅などは業界大手の警備会社が入っていたり、監視カメラで周辺の警戒を行っていたりする場合が多い。単純に敵が多いからだろうが、塀や壁などの物理的な警戒だけではなく彼ら自身の警戒心も通常人のそれより高いことが窺える。
それを必要としていないと言うことは京一郎の言うとおり、自前の守りが優秀だと自負しているのだろう。
「私と葛様はあくまで指揮者ですので、後方待機です。貴方達は十分に気をつけるように」
小華はそう言いながら鳴海、京一郎、瑞希、三人に順に視線を移す。
それぞれがそれぞれに頷き、決意も新たに決戦の地を睨んだ、正にその時であった。
例えるなら“バァン”とか“パンッ”とか、そんな音。乾いた破裂音が彼らの臨む方向より響き渡る。
「……!」
「なっ、なんだ!?」
「びゃぁぁぁぁッ! おばーちゃぁん!」
と、三者三様驚きを示す。
「安倍さん、今の音は銃器の類では!?」
顔を険しくした安倍を振り返り、鳴海が叫ぶが彼女は小さく首を横に振る。
「今のは恐らく……」
「多分、パイナップルってヤツだな……。最近だとレモンとか呼んだりするか?」
京一郎が先を継ぐ。
「パイナップル? レモン? 果物って爆発するの?」
小華の影に隠れていた瑞希が涙目で震える声を上げる。彼女にはいきなりの爆発は刺激が強かったようである。
「じゃなくて、手榴弾のことじゃないの? だよね、京兄」
「あぁ。今のは拳銃やらの発射音じゃねぇな。昔海外で銃火器を使って妖退治する退魔士と共闘したことがあったが、そん時にソイツが使ってたのと似た音だった」
「しかし、まずいのう」
「だな」
「ですね」
と、経験の豊富な三人が顔を見合わせる。
「えっと……?」
「え? え?」
まだ若い二人は戸惑いを隠せない。そんな二人に兄貴分が説明を加える。
「いいか、二人とも。今の音が手榴弾だとするとだ。警察はマル暴を動かさざるを得なくなる。間違いなく近隣住民から通報が入るからな。そうなると当然俺たちの動きが制限されてしまう。そりゃそうだ、いくらマル暴でも妖の存在を知ってる訳は無いからな」
「そうか……! となると俺たちは彼らの到着までに事を済まさなければならない!」
マル暴、とは暴力団そのものを指すこともあるが、この場合は暴力団対策などを行う部署、或いは対策を行う警察官そのものを指している。鳴海達の所属する警視庁ならば、組織犯罪対策部が該当する。
ヤクザの組長宅など堅牢な砦に等しい場所である。そんな場所で、特に組同士の抗争が激化している訳でもなく、いきなり爆発音が響くなど在り得ないことである。
例え近隣住民がある程度のことを覚悟していたとしても、間違いなく通報が入る。
そうなると、警察は当然出動する。あくまでも存在を秘匿した上で行動している鳴海達は隠れて動くことが難しくなるのだ。
「……? マル? ねぇせんせー、つまりどういうこと?」
「女子高生にはちっと難しかったか……。ま、よーするに、俺たちは動きが取りにくくなったってことだけ理解してくれ」
苦笑した京一郎はあらためて安倍を振り返る。
「で? どーするよ、ばーさん」
「……。マル暴が動くならそれはそれで構いはせんが……」
「今の爆発の原因が気になる、だろ? んなことすりゃ痛ぇ懐探られんのは目に見えてるのにやった。拳銃位なら誤魔化せても手榴弾は無理だ。て事はだ」
「んむ。そうせざるを得ない原因があった」
「……妖か!」
「そういうことだ、鳴海。どーする、ばーさん。退くか?」
何を行うにも無理と言うものは禁物である。よく言われる“引く勇気”とは、臆病でもなんでもなく、正にその後を運命付ける英断と成り得るのである。京一郎があっさりと退くと言ったのも、愚かではない証明である。
しかし。
時に蛮勇と思われる行動を選ばなければならない時もある。
「いや、作戦続行じゃ。マル暴はワシが抑える。小華よ、お前さんには総指揮を任せる。京一郎、お主は現場指揮じゃ。二人を頼む。鳴海、瑞希、二人とも決して無理はするな、よいな?」
「……いいんだな?」
「仕方あるまいて。この状況で妖と闘う術を持たん人間を中に入れるわけにはいかんのじゃ。皆、済まんが後の事は頼んだぞ」
そう言って彼女は携帯を取り出す。恐らく上に掛け合って組織犯罪対策部の動きを抑えようというのだろう。
「では、任された以上は全力を以って臨みましょう。京一郎さん、現場の状況は極力細かに伝えてください」
即座に気持ちを切り替えた小華が京一郎へと向かう。
「了解だ。二人のことは任せてくれ」
京一郎も既に心構えは万全だ。そうでなくては今まで身一つで闘ってはこれなかっただろう。
「いいえ。彼らも退魔士の端くれ、守られるつもりならば戦場には立たせませんよ。そうでしょう? 二人とも」
と、鳴海と瑞希に笑みを向ける。笑みと言えどもそれは不敵なものと言えばよいか。とても力強く、頼りがいのあるものだった。
そう。向けられる側が思わず勇気付けられるような。
そんな笑み。
「当たり前です。俺の鎧鬼はその為の力です!」
鳴海が力強く拳を固めて見せると、
「おばーちゃんから教えてもらった符術が伊達じゃないってこと、証明してくるからね!」
瑞希がステッキを掲げてみせる。
「……どうやら、要らぬ心配だったようですね……。では三人とも、存分に蹴散らして来なさい!」
小華が符を一枚空へと放る。
それは一瞬、虚空で舞うと紅蓮の火柱を上げる。
切り火。
古来、家を守る最高神は火の神だったと言われる。それになぞらえ、危険な仕事に向かう主人を妻が火打石で送り出すのだ。
邪を払い、無事の帰還を願い上げる火花。
それが切り火。
嗚呼。
こんなに勇壮な切り火は今までにあったのだろうか。
「へっ! コイツぁすげぇ!」
「よっし! 闘ろう!」
「いってきまーす!」
かくして三人は魔窟へ向かう。
紅き後光に勇気を奮わせ、
歩みでさえも勇ましく。
しかし。
これより向かう、その場所で。
鳴海は大きな試練と向き合う。
紅蓮の加護は、果たして彼の行く先を照らしてくれるのだろうか。




