二十一
座り込む鳴海に向かって、京一郎が大股で近付いていく。
「京兄……」
――どうしてここに?
しかし呆然としてしまった彼の脳はその言葉を紡げない。
ただ近付いてくる京一郎をぼんやりと眺め、そして。
「こんの……バッカ野郎ォォォォォォォォォッ!!」
呆ける鳴海の頭頂に、拳骨を叩き落した。
「いっ!!??」
それは素人の拳とは訳が違う。しっかりと武を修め、鍛え、練磨された拳である。衝撃は鳴海の頭蓋を通り、体の芯を痺れさせた。
「~~~~~ッ!! 何するのさ!」
「何するじゃあねぇッ! 俺やばーさんは何てったよ!? 無理するな、無茶するな、口が酸っぱくなるほど繰り返しただろ! お前になんかあった時、俺やばーさんが『退魔士の運命だ、仕方ない』で済ませられるような薄情な奴だと思うか!?」
その言葉に。
「……ごめっ、俺……」
鳴海の瞳が僅かに潤んだように見える。京一郎の拳の痛み、ではないだろう、自己の行っていたことの重大さに気付いたからだ。
「あ、ちょ、泣くんじゃねーよ? 反省してりゃ充分だって。それに」
と言って、彼は後ろを振り返る。
「泣かされんのはこれからだぜ?」
そこに立っていたのは他ならぬ、彼らの上司、安倍。彼女はこの状況にそぐわぬ満面の笑みで鳴海を見下ろしていた。
「あ、べ、さん……」
「どうしたのじゃ? 鳴海よ。そんな引きつった顔をして。心配で直々に様子を見に来たんじゃ、もちっと元気な笑顔を見せてくれんかえ?」
「あ……いや、その。そっ、そっちの方は?」
何とか話題を逸らそうと、小華の方に視線をずらす、が。
「これは向こうのお説教用に呼んだワシの知人じゃ。お前さんはこれからワシとゆ~~っくりおしゃべりじゃ。他人に気を配らんでもよいぞ」
と、視線を塞ぐように移動してくる。
「あの……」
「なんじゃ?」
「すみませんでした……」
観念した鳴海は先ず謝罪を優先した。
「どうしたのじゃ、鳴海? いきなり謝るとは! なんぞ悪いことでもしたんかのう?」
ワザとらしい彼女の口調に鳴海は戦慄を覚える。あぁ、これは相当怒っている。
「なぁ、鳴海よ」
「はいっ!」
「言いたいことは色々あるがの?」
「はいっ!」
「先ずは、正座じゃ」
「はっ……い?」
鳴海は自分が尻をついている地面の状況を確認する。
放棄されたこの工場はコンクリートの床がはがされて地面が剥き出しである。そして、鳴海と少女が暴れた所為で瓦礫やら石ころやらが其処彼処に散らばっている。
ここに正座すると、きっと、痛い。
「あの、正座って……」
「正座じゃ」
「でも地面で」
「正座じゃ」
「あの」
「正座」
笑顔の安倍は彼の鼻先まで顔を近付け、唯々正座を要求し続けた。
観念した鳴海は大人しく脛を地面へと接触させる。
夏場が近く、ひんやりとした地面は存外心地よかった。
それだけが唯一の救いか。
*
「と、いう訳でじゃ。今後くれぐれも一人で行動することは避けるようにするのじゃ。ほっとくとお前さんはいっつもこうじゃ! 以上!」
と、可愛らしくむくれる安倍にもう何度目になるか分からない「すみませんでした」を繰り返した鳴海は、膝に手を着き、痺れる足で何とか立ち上がる。
「ところで、そろそろ聞かせてもらってもいいですか?」
長々と説教して幾分機嫌を直したらしい安倍が「何のことじゃ?」と彼を見上げる。
「あの女性ですよ。それに例の魔法少女の件は一体どういう進展したんです?」
鳴海が見やる先には、正座させられた魔法少女が未だ初老の女性に説教されている、という何だか不可思議な光景が見受けられる。
何故安倍と共に現れた女性が、捜索していた少女に説教をしているのか。いい加減何が何だか分からない。
「それならば、この子の方から説明させましょう」
と、彼らの話が聞こえていたか、老婆がこちらを振り返り、言った。地獄耳、と言うより、身体機能が見た目よりもずっと若いのだろう。
「ほら、瑞希さん。説明なさい」
と、横の少女に促す。
が。
少女が動こうとしない。
「瑞希さん?」
「あ」
「あ?」
「足……痺れて立てないよぅ……。座ったままでいい……?」
と、情けない第一声から、事の解明が始まった。




