十八
「お前っ! 何故“鎧鬼”を知っている! それにあの人ってのは誰のことだ!」
激高した鳴海は叫ぶ。
しかし、歪んだ姿の鬼にとっては何処吹く風と言ったところか。鳴海の咆哮もさらりと聞き流す。
「あ? なんだ違うのか。似たようなモン着けてるからてっきり知り合いかと思ったぜ」
「知ってるかどうかは俺が決める! いいから答えろ!」
「……んなモン素直に答えると思ってんのか。馬鹿か」
当然と言えば当然の回答。鳴海は内心、いや、隠そうともせず歯噛みした。
この場合、鳴海は相手に話を合わせて情報を聞き出すのが正解だったであろう。しかし、心の余裕を失ってしまった鳴海にはそれが出来なかった。
相手を舐めてかかり余裕を持つのは京一郎がたしなめた通り御法度だ。何処で足を掬われるか分からないからだ。しかし、心に余裕を持つのは別だ。精神的に余裕があれば、視野を広く据えることが出来、思考もクリアになる。
鎧鬼の名前が出たから。彼女に繋がるかもしれない情報の可能性があるから。
鳴海は冷静でいることが出来なかった。
「だったら……」
「あ?」
「だったら、力づくだ……! 貴様が泣いて話したいと言うまで徹底的に痛めつける!」
それを聞いた歪鬼は「ハッ」と吐き捨てる。
「これじゃあどっちが悪者か分かりゃしねーな」
「俺は初めから、正義の味方だと言ってはいない……!」
このとき鳴海は、はっきりと“破邪”ではなく“我”の為に力を振るった。
*
歪鬼は手近に転がっていた鉄柱を掴み上げた。およそ常人には浮かすことすらが難しいだろう、重量のものである。
それを、片手で。
「力づく……。やってみせろよぉっ! ぅおらああぁぁぁっ!!」
そして、投げた。膂力だけならば今まで出会った妖の中でもトップレベルである。
当たってしまえばひとたまりもない。鳴海は地面を蹴り付け横へ跳ぶ。
「!」
しかし鉄柱を投げると同時、歪鬼は動いていた。
鳴海の跳躍した先へ回り込み、自慢の膂力に物を言わせた一撃を放つ。
「ぐっ……!」
すんでのところで鎧鬼の腕をかざした鳴海だが、その衝撃は予想を遥かに超える威力を持っていた。殴られた衝撃により受身を取ることすらままならず、ただ勢いに任せて床を転がる。
(コイツっ! 闘い慣れしてる……!)
何とか爪を突き立て身を起こす鳴海だが、のんびりしている余裕は与えては貰えない。
既に拳を固めた鬼が頭上に迫っていた。
吹き飛ばされ、随分な距離が開いたはずが、一跳びで間を詰められてしまった。
(力だけじゃないってのか!? ……仕方ないっ!)
落下してくる歪鬼に向かい、即座に弓のように右手を引き絞る。
(『断空』っ!!)
――バシュッ!
噴出される圧縮空気が鳴海の拳を疾らせる!
「ッグオッ!?」
急激に加速した拳は歪鬼のそれよりも一瞬早く到達し、その体を殴り返した。
「全武装解放っ!」
そしてその隙に、鳴海は全力の戦闘態勢を整える。相手の力量が彼の想像を遥かに上回っていたからだ。
完全武装が完了する頃、歪鬼も地面へと到着していた。空中で体勢を整え、両の足で着地した所から察するに、今のでも大したダメージになってはいないようだ。防御力も並外れているらしい。
「へぇ……。それが鎧鬼のホントの姿って訳か? 強そうじゃねーか」
(鎧鬼自体は知っていても、全身武装を知っている訳じゃないのか……? いや、あの人なら考えられないことじゃない。それだけの力を持っている。でもあの人と闘ったとしたら、何故コイツは無事でいられる?)
考え事をしながら闘える程、楽な相手ではないことは分かっている。
しかしそれでも。
彼の心の中には嵐の如き疑念が渦を巻く。
「オラァッッ! ボケッとしてんじゃねぇぞっ!?」
「ちっ!」
考え事を許す気がないのは自明の理。攻める気配を見せなかった鳴海に猛獣の如き跳躍で襲い掛かる。
――ガギッ!
振り回される拳を右腕で防ぐ。
衝撃は鎧を通り、骨まで響く。
――ゴキッ!
ガードが上がった右の脇腹に膝がめり込む。
蛇腹状になっている脇腹は衝撃が通りやすい。
――ガンッ!
ダメージに思わず俯く顔面が蹴り上げられる。
サッカーボールキックというヤツだ。仰け反った鳴海は仰向けに倒れる。
「……情けねぇ野郎だ。本気出してそれか? あ?」
「……っ!」
悔しいが、敵の言う通りである。目の前の相手に集中せずして何が力づくか。
「期待外れだぜ、見掛け倒し野郎。死ねや」
歪鬼は握った拳を振り上げる。無造作にしか見えないその所作には、何故だろう、濃厚な死が想起された。
(俺は……)
拳が迫る。
(俺は……)
その接近がやけに遅く感じるのは“眼”の力か、それとも別の何かの所為か。
「俺はっ!!」
――バシュッ!
再び響く、空気を切り裂くその音。“濃厚な死”を弾き飛ばす。
そして。
――バシュッ!
追撃の双牙が歪鬼を捉える!
貫くことこそ無かったが、左の貫手は確実に歪鬼に噛み付き、吹き飛ばした。
「俺はっ! 負けられないんだよっ!」
震える手で体を支え、起き上がる。
右腕で二発、左腕で一発。肩関節、肘関節、更に左右に振られることになった脇腹、他にも体中あちこちが痛む。
『断空』は元々連打して使うものではない。それを何度も使ったのか、使わされたのか。それでも彼は負けられないのだ。
(最後の左の一発。手ごたえがあった。戦力を相当削れただろう……)
吹き飛ばした方を見やると、傷口から血を流しながら起き上がる奴の姿が見える。
「グッ……ゴホッ! クソがあぁぁっ! 殺すっ! ぶっ殺すっ……!」
血を吐き出しながら凄まじい形相で鳴海を睨む。
しかし、その姿に先程までの脅威は感じない。
「殺すだの抜かす前に自分の心配をしたらどうだ? これから俺に、どういう目に合わされると思ってるんだ?」
「知るかよ!? 心配が必要なのはテメェの方だ! ぜってぇ殺すっ!!」
「なんとでも吠えろ。直に後悔に変わる」
それだけ言うと、鳴海は駆け出す。
(先ずは足だ。逃げ足を封じる)
彼我の距離、二十メートル。
(徹底していたぶってやる。情報を吐かすまでは殺さん)
彼我の距離、十五メートル。
(それでも駄目なら指、そして腕。一本づつへし折る)
彼我の距離、十メートル。
(必ず、白状させてやる……!)
彼我の距離、五メートル。
そして。
鳴海の残虐な思考は現実のものにはならなかった。
なぜなら。
「エタニティッ! ブレイズッ!!」
歪な鬼は、彼の目の前で、真っ赤な炎に包まれたから。




