十五
時は同日放課後、英語教員用の資料室で京一郎と落ち合った鳴海は昼休みに起きた顛末を仔細に説明していた。即ち、“小華”について。
「ふーん……。話の流れから察するに女か」
「ね? 条件ピッタリだよね」
「ま、確かに気にはなるがそっちはばーさんが何とかするんだろーよ。俺たちが気にするのは目の前の妖だ」
「だね」
一旦魔法少女(仮)の件は忘れて、 現在追っている妖に話が戻った。元々この話をするためにここまで来たのだった。
「多分ばーさんも同じこと言ってるんだろうけどよ、くれぐれも油断しないことだぜ」
「分かってるよ。それでも鎧鬼の力があれば何とかなるよ、きっと」
と、京一郎の手がすぅ、と鳴海の額の前まで伸びてきて、
――ぺちっ。
小気味よい音を立てデコピンを放った。てっ、と小さく悲鳴を上げる。
「それが慢心っつーんだよ。そうやって散っていった仲間を腐るほど見てきたぜ、俺は。多分、ばーさんもそうだろう」
鳴海は少しバツの悪い顔になると、素直に「ゴメン」と言った。
「いや、別に怒ってるわけじゃーねーけどよ。俺もばーさんもお前が心配なんだよ。一人で動くことがそこそこ多いだろ?」
「うん……。そうだね、気をつけるよ」
「分かればよろしい」
生徒指導をしている教師と生徒のような。
そんな空気にお互い思わず笑いがこぼれた。
妖などがいなければ、そんな世界もあったのだろうか?
*
鳴海は一人、街外れにある潰れた工場を訪れていた。そこはつまり、例の妖(になった生徒)が時々現れると知った場所。こんな場所で何をしようというのか。悪事であるのは確かであろうが。
慎重に中を覗きながら、工場内へ侵入していく。
建物の中からは人の気配を感じず、ガラスの付いていない窓からヒラリと入り込む。
中はだだっ広い空間が広がっているだけで特にこれと言って、何の工場だったのか、とかを知り得る要素はあまり無かった。長い鉄骨がいくつか詰まれているのと、恐らくここを利用する連中が持ち込んだのであろう、ソファーや机代わりらしいドラム缶、それから酒瓶やごみが散らばっているばかりである。
工場が閉鎖される時に、使えそうな機械などは、競売にでも掛けられたか、別の営業所へ持っていかれたか。何にせよ、何の施設だったのか、そもそもここが潰れたのか単なる閉鎖なのか、全く以って分からなかった。
「ま、どーでもいいか。……それにしても、こういうところって何でこう、不思議と郷愁感というか、物悲しさと懐かしさが溢れるんだろーな……」
このような場所だと独り言がつい、出てしまう。そう思っていた鳴海の呟きに応える者がいたのには、流石の彼も驚いた。
「そんな寂しい場所で、テメェは何をしてるんだ」
振り向いた彼の視線の先には、資料で見た妖であろう男の姿があった。
「……! 初日でいきなり接触できるとは思ってなかったぜ」
「は?」
「いや、こっちの話だ」
「じゃあ次はこっちの話だ。ここに何しに来た」
――ジャリ。
男が一歩近付く。その一歩には十分な殺意が込められていた。
「当ててみな?」
鳴海はあえて余裕の態度を作って見せた。しかし、先程注意されたばかり。これは余裕などではない。
「俺に用があるならぶっ殺す。俺を探ってんならぶっ殺す。それ以外でもぶっ殺す」
「とにかく殺されるのな」
「諦めろや。俺のシマに入って来たテメェが悪い」
――ジャリ。
更に一歩、近付いた。
殺気も更に膨れ上がる。
「へっ。たかがヤンキー風情が俺に勝てると思うなよ。俺は柔道空手は黒帯、剣道有段者、おまけにコマンドサンボの使い手だぜ?」
勿論、これはただのハッタリだ。
「へぇ、そうか。でも格闘技ってのは所詮人間用の技だろ? そいつは俺にも通用すんのか?」
――ジャリ。
もう一歩踏み出して。
溢れ出たのは殺意の代わりに、触手状の影。
男の全身に纏わりつくと、
そいつは、あっと言う間に怪物の姿へと変貌した。
(……? なんだ? 妙な妖だな。鬼……に似ているような気もするが何か、歪……?)
ソレには角が無かったり、爪ばかりが妙に鋭かったりと、以前にまみえた鬼とは少し違っているような感じだった。
しかし、妖と言うのは千差万別。単なる個人差だろうと割り切ると、即座に戦闘態勢を整えるべく行動を起こす。
「武装解放!」
しゃがみ込み、己の影に触れた鳴海は叫ぶ。
溢れ、右腕に纏わり付く影。
そして顕れる鳴海の武器、鎧鬼、その右腕。
闇の雫を振り払い、立ち上がる鳴海だったが、次の言葉に彼は余裕と呼ばれる一切のものを失った。
「鎧鬼じゃねーか? あの人の仲間かよ」




