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アーマード・オウガ  作者: ハル
参:エターナル
42/65

(なんじ)……』

「!」

 その鎧の鬼は、低く響く(おごそ)かな声で少年に告げる。

『汝、救イヲ欲スルカ……?』

「……!」

 少年はただ呆気(あっけ)に取られ返事をするどころではないらしい。呆然(ぼうぜん)と鬼を指差し、口を金魚のようにパクパクとするばかりだ。

 充分に間を空け、鬼は再び口を開く。

『汝、我ガ(ちから)ヲ求ムルカ……?』

 少しづつ冷静さを取り戻していった少年は窓に飛びつき、開け放つ。夜風が少年の頬を打ち、カーテンをなびかせる。

 あぁ、風とはこんなにも心地よかったか。

 恐怖の所為(せい)で、窓を開けるどころか部屋から(ろく)に出ることもなかった少年は、久しぶりに人間らしい感情を覚えた気がした。

(こた)エヨ、汝。我ガ(ちから)ヲ欲スルカ』

「ああ! 頼む、助けてくれ……!」

 少年は窓枠から乗り出さんとせんばかりの勢いで、言った。

 黒い鎧の鬼は軽く電柱を蹴り付けると、その重量を感じさせないような身軽さで、少年の目の前、瓦屋根の上へと音もなく降り立った。

『汝、我ノ救イヲ求ムルカ……?』

 鬼は更に繰りかえす。その重い声が、少年の腹にズシリと響く。

「頼む……! 助けてくれ! このままなら僕はきっと殺される!」

「ナラバ、話セ」

「?」

「貴様ノ見タモノ、全テヲ話セ」

 鬼は腕を組むと、それきり押し黙ってしまった。

「……分かった」

 少年は身長に頷くと、ゆっくりと自分自身で確認するように話ていった。



――その日は放課後に本を買いにいったんだ。

――わざわざ家に戻らずに買いに行ったのは発売日を楽しみにしてた本だったからさ。家に戻って買いに行っていたら遅くなってしまって、ゆっくり読めないだろ?

――無事に本を買って、まぁ、帰りはのんびり帰ってた訳だ。

――そしたらさ、アイツを見つけたんだ。

――アイツは評判悪いし、嫌なやつだし、僕だって大嫌いなクサレヤンキーさ。

――そこで僕は思ったんだ。

――悪事を働くようなら通報してやろうって。

――そうすれば学校からいなくなるかもしれない。そう思って後をつけたんだ。

――見たんだ。

――何をって、アイツの悪事をさ。ガラの悪そうな奴と袋入りの白っぽい粉をやり取りしてた。きっとクスリだよ。

――後悔したよ。精々(せいぜい)カツアゲ程度だと思ってたからね。見なかったことにしよう、そう思った。

――変化が起こったのはその時だった。きっと縄張りだったんだろうね、別にチンピラみたいな奴が出たんだ。

――ココは俺のシマだ、ナメた真似してんじゃねーぞって。

――何が起きたと思う?

――変身したのさ。影がブワーッとまとわりついたと思ったら、怪物になってソイツを殴り殺しちまったんだ。

――びっくりしたよ。必死で逃げた。きっと夢だったんだと思いたかった。

――でも現実だった。後になってこっそりその場を見に行ったんだ。何かの見間違えだって。

――死体はなかった。ホッとしたよ。あぁ、夢だったって。安心して学校に行ける。そう思って壁に手をついて、溜息(ためいき)を吐いた。

――触っちまったよ。

――血の跡さ。拭き忘れてたんだろーね。乾いちゃってたけど、こびりついたそれをザリッ、って。

――夢じゃない、現実だ。

――それを知って、再び家に逃げ帰って、ネットに書き込みをして、

――今に至るって訳。



 話を終えた少年は溜息を一つ、「ハッ」と嘲笑(ちょうしょう)のように吐き出した。

「信じねーだろ? 自分でも頭がおかしくなったと思ってるよ」

『ナラバ、貴様ノ目ニ映ル我ハナンダ?』

「……!」

『己ヲ信ジズトモ、少ナクトモ我ヲ信ジヨ』

『我ヲ信ジ、ソノ者ノ名ヲ話スガヨイ』

 少年はようやく恐怖と緊張から解放された。少年の両の目から、ボロボロと涙が溢れ出す。

「ありが……と……。ありっ……が……とっ……!」

『ヨイ。ソレガ我ガ使命デアル』

 少年が泣き止むのを待ち、鬼は、鳴海(、、)は、ようやく敵の名へと辿り着いた。



「……よし、それが(くだん)の怪物の名じゃな。すぐに調べさせよう」

「まぁ、学校の名簿を調べるだけだ。あっと言う間に終わるわな」

 鳴海(なるみ)が少年と話しているところから少し離れたところにある公園脇。

 指揮車両を待機させた0課の者達は、鳴海のヘッドセットから聞こえてくる会話を一つ一つ、吟味(ぎんみ)していた。

 今回鳴海が思い立った手とはつまり、自分が噂になっていることを利用し、少年に黒鬼について情報を与えた上で、姿を現すというものだ。

 恐怖で視野狭窄(しやきょうさく)になっているところへ与えられる不審な情報。

 現状の打開を求めているなら確実に食いつく。しかしそれは根も葉もない噂。当然怒るだろう。嘆くだろう。悲しむだろう。

 しかし、そこへ現れる現実。一も二もなく信じてしまうだろう。

 上げて、下げて、また上げる。まるでDV男の使うような手の気がするが、実に効果的であった。事実、少年から必要な情報を聞き出すことが出来た。

 しかも鎧鬼(よろいおに)を使うことで正体も隠して。

 鎧鬼を使うことによる消耗が気になるところではあるが、万一妖が出現した時は京一郎を中心に、鳴海は限定武装でサポートに回ればいいだけだ。



 少年に自分の存在を口外せぬよう強く言い含めた鳴海は、事が落ち着くまで大人しくするように言い残し、少年の前を去った。

「ただいま戻りました」

 複数の屋根を瓦を割らぬように飛び移り、何本かの電柱を越え、指揮車両へと戻った鳴海は、即座に鎧鬼を解除し、スライドドアを軽くノックする。

 中から開けられるスライドドア。楽しそうな顔をした安倍と京一郎、二人が出迎えた。

「な……なんです?」

 思わず身を引いた鳴海に、にっこりと笑った安倍が親指を立て、こう言った。

中二乙(ちゅうにおつ)!」

 安倍向こう側のシートでバッ、と口元を押えた京一郎が顔を背けた。

「ちょ、あ! ――だからヘッドセット着けたくなかったのに……」

 作戦の実行前、鳴海はヘッドセットの装着を拒んだ。これから自分が行うこと、厳密に言うと自分が喋るであろう台詞、声色。記録を残されるとかなり恥ずかしい自覚があった。

 具体的に例示すると、我とか、汝とか。

「くっ……くふっ。いや、すまぬ、鳴海よ。お前さんのおかげで、事が(はかど)ったんじゃ。()ずは礼を言うぞ」

「おう、そうだぜ鳴海。これで次の行動が立てやすいぜ」

 肩を震わせつつも(ねぎら)いの言葉をかける二人だったが。

「じゃが、鳴海の精一杯低い声とか聞いておると、どーしても! どーーしてもっ! アレだけは言っておかんといかん気がしてのぅ……」

 結局台無しだった。

 (しばら)くは二人の酒の(さかな)だろうか。

 知らないところで面白おかしく語られる自分の姿を思い、鳴海は少し、引きこもりたくなった。



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