二
「待ちなさいっ!」
声の感じからすると鳴海より幾分か幼いだろうか、突如響いたその声に、二人と一匹は足を止める。或いはそれが仕留めるチャンスだったのかもしれない。だが異常事態になると動きが止まってしまうものだ。そうやって周囲の危難を避けることで命を永らえることは多々ある。
「……!」
「え!?」
「な……なんだぁ?」
三者三様の反応を見せる彼等の一つ前のビル。
ビルの屋上には大抵高架水槽が設置される。丸い筒状のタンクの様なものを見たことある人も大勢いるだろう。高い建物では上層の階まで水を送るだけの水圧が確保できないので、このタンクに水を貯めてからあらためて水道に送るのだが。
問題はそのタンクの上。
そこに人影らしきものがあったのだ。
はっきりとは分からないが身長は150センチほど。頭の右側から長い尻尾のような髪の束が下がっている。サイドテールと言うのだろうか?
リボンやフリルのようなものが大量に付いた装飾過多と思われる服に、更に輪を掛けて無駄なのでは? と思わせるパラソルのようなスカートが腰の辺りに開いている。そして手にはゴテゴテとしたステッキが。
そして何よりも印象的だったのは、自信に満ちた気の強そうな二つの眼であった。
唖然とする彼等に、その彼女は尚も朗々と声を上げる。
――バッ! (人差し指を立て、空を指差す)
『群雲たなびき月光すらも遮る時』
「雲? 鳴海、今日の天気は?」
「快晴だよ。ついでに言うと新月、月は無いね」
――バッ! (鳴海達と妖の方を指差す)
『牙剥き、爪を光らせる悪鬼共!』
「“共”って俺らも数に入ってんのか」
「酷い誤解だよ」
――バッ! (突き付けた手を開き、自分の胸に持っていく)
『……わ、わたしが来たからには好きにはさせないっ!』
「いや、もう俺らが好きにはさせてねぇんだがな?」
「追いかけるのも楽じゃないよ」
――バッ! (片足を上げ、ステッキをこちらに向け、もう片手でチョキを作り目の辺りに構える)
『せっ、正義の魔法少女! マジカルコハナちゃん! 華麗に参上っ!!』
「いや、今時魔女っ娘って……(笑)」
「最近じゃ魔法少女って言い方が主流みたいだよ」
「マジでか。しかし最近の魔女っ娘ってのは危ねぇモンだな。“本気狩る”ってよぉ」
「いや、アレは“magical”じゃ?」
「おまけに自分で正義たぁ、恐れ入るな」
「あぁ……あれはちょっと……」
『そこーーーーーっ!! うるさーーーーーい!!』
やいのやいのと好き勝手なことをのたまう二人に業を煮やした(自称)正義の魔法少女は遂に大音声を上げ、会話を遮断した。どうすればいいのかアタフタとしていた妖もビクリと肩を震わせた。
「別にいいじゃない! 前口上位好きに喋らせてよ! 大体一般人が何してるの!? 危ないでしょう!!」
プリプリ怒りながら少女は高架水槽を蹴りつけ宙へと踊る。
「馬鹿っ……!」
「危な!」
ここは高層ビルの屋上だ。鳴海達や妖ならばともかく、一般人の少女などタンクの上から落ちただけでもかすり傷程度では済まないだろう。
しかし。
少女はそれが何でもない事であるかのように、鳴海達がいるビルへと着地して見せた。
「「「!」」」
驚愕の視線(妖含む)を浴びた少女は多少機嫌を良くした様で、得意げな顔をすると手に持っていた杖(先端に星が付いている)を妖に向け、もう片方の手を腰に添えた。ついでに薄い胸も張って見せる。
「どうやら、目的の奴じゃないみたいだけど悪なら容赦はしないわ」
(目的の奴?)
鳴海達の疑問に気付くはずもない少女は、更に彼等に驚きを与えた。
「消えなさい」
ポツリと言った彼女の手にあるステッキのその先端。
ふわりと小さな光が灯った。
灯ったと思った次の瞬間。
その光は巨大な火球となり。
「エタニティッ! ブレェェェェェェェイズッ!!」
少女の掛け声と共に妖目掛けて解き放たれた。
「おわっ!」
「あっつ!」
その火球の威力に思わず顔を背けた二人は、油断なく防御体勢をとりながら光が収まるのを待った。
やがて。
「……静かになったみたいだけど……?」
「……あぁ」
静まり返る辺りに顔を上げた二人は、
全てが終わったビルの屋上を眺めるだけだった。
ただ一つ。
巨大な焦げ後だけが、丸く、残っていた。




