十五
「いっ……いきなり何をするんですか!?」
京一郎の居合いを紙一重でかわした園長は悲鳴混じりにそう言った。
しかし京一郎はかわされたことを忌々しく思っているようで、舌打ちしながら答えた。
「白々しいんだよ、クソが。ネタは上がったんだ、大人しく正体現せ妖野郎」
切っ先を向ける。しかし先程のように狼狽することは無く、顔を伏せ、肩を震わせ始めた。
「……っひ」
「あん?」
「ひぃーーーーっひゃひゃひゃひゃ!」
園長は不気味に顔を歪ませ高らかに笑い出した。その異様さに思わず京一郎も身を引いた。
「な……なんだ!?」
「ひゃははははははははっ! 馬鹿だね! 愚かだね! 大人しく黒鬼と同士討ちしてれば良かったのにねぇっ!?」
立ち上がった園長は首を不気味に傾ながらゲタゲタ笑い続ける。
「んだとぉ……? この野郎、やっぱり最初っからハメるつもりで俺を呼んだのか!」
「正ッ解ッ! あぁーあ! 男を刻む趣味は無いんだけどなぁ……」
ゴボゴボと沸き立つように影から触手が伸びる。ソレは園長を覆うとその体積を何倍にも増加させていく。
「え……? ちょっ、なんだよ。そんなんアリかよ……?」
やがて現れたのは筋骨隆々な怪物。熊のような巨躯に、上に弧を描く三日月を二つ、下に弧を描く三日月を一つ、配置しただけの道化師のような不気味な笑みを貼り付けた顔面。そして両手に持つ闇を押し固めたような巨大な刃。
コイツこそが諸悪の根源、全ての原因だ。
「さぁぁ、聞かせておくれよ。刻まれて生まれる絶叫のオペラ……!」
ソイツは巨大な刃を振りかざし、巨躯に似合わぬ速度で襲い掛かる。
*
アッサリと両断されるソファーを横目に、京一郎は思案する。
(豪華な家具やら調度品やら、オカシイと思ったぜ。ガキを売り捌いた金で揃えてやがったか……!)
思えば最初ここに来た時から妙な違和感を感じていた。それは、有り余る財産を有しているはずも無い児童養護施設に豪華な調度品があったことが原因だったのだ。
初めからこれに気付いていれば。
京一郎の胸の中、ある種後悔のような念が去来する。
しかし。
悩むのは後回しだ。
今はコイツを倒さないことには全ての被害者たちが浮かばれない。
「ぃぇああああああっ!」
鋭い気合の咆哮と共に、腕を目掛けて刀を振り下ろす。小烏丸ではない別の刀だ。
ドッ!
しかしその刀身は、トラックのタイヤを殴ったような、鈍い音を響かせ弾かれた。
(なんて筋肉だ!)
園長だったものの腕は丸太の如き筋肉に覆われ、まるで頑丈なゴムの塊のように物理攻撃を弾き返していた。筋肉の持つ弾力が高すぎて振り下ろす刀の圧力が不足したのだ。
「っ! うわっ!」
刀を弾かれ体勢を崩したところへ、ソレは巨大な刃を嵐のように繰り出してきた。
右から、左から、上から、下から、袈裟懸けに、逆袈裟に。豪腕に任せた乱暴な振りだが、その速度と威力は計り知れないものとなっている。
かわし、受け流す。京一郎は“柳に雪”とばかりにその刃を捌き続けた。
しかし、彼我の大きさの違いからか自然、攻撃範囲に大きな差が生まれてしまい、少しづつではあるが追い詰められ始めた。
背中を壁にぶつけ、慌てて園長の側面へと回りこむ。
相手の刃をかわす為大きくバックステップを取って、家具に足を取られそうになる。
その巨体は障害物など意にも介さず暴れまわる。
どんな達人であったとしてもこの差は確実に技術の差を蝕む。
そして遂に。
「っ……ぐうっ!」
京一郎は巨大な刃を真っ向から受け止めざるを得ない状況へと追いやられた。
その膂力、その重量。何とか受け止めるものの、既に京一郎は窮鼠となっていた。
「げひゃひゃ! 人間はね、真っ二つになっても直ぐには死なないんだよ!?」
一刀を受け止め、一刀が横殴りに迫る!
「ふん、気が早ぇーんじゃねーか?」
しかし、この状況にあって尚、京一郎は不敵な笑みを浮かべた。
なぜなら、そう。
――ガギィッ!――
「そういう顔は、もうちょっと余裕ある時にして下さいよ」
全身を黒の鎧に包んだ一人の鬼神が、その戦闘に介入したからであった。




