十六
鳴海は隠し部屋にて証拠品を発見した後、0課職員と協力して養護施設の職員と児童を避難させた。不発弾が埋まっているとか説明していたようだ。0課職員の一人に聞いたところ、周辺住民の避難も完了させているらしい。
その後京一郎に加勢するべく即座に応接室へと移動をした。事前に間取りを把握していたこともあってか、そう時間はかからずに移動することが出来た。
ただ予想外だったのは、既に京一郎が追い詰められていた事か。
「全武装解放……!」
走りながら左手の指先を撫で付けるように影に触れる。
「来い、鎧鬼!」
一歩。影が触手のように湧き出て。
二歩。武装済みの右腕を除く、全身に巻きつく。
三歩。影を雫のようになびかせ、鬼神が顕現。
そこから大きく常人離れした一歩を踏み出し。
「そういう顔は、もうちょっと余裕ある時にして下さいよ」
振り抜かれる寸前の刃を掴み、京一郎の窮地を救った。
「ひゃははっ! 獲物が増えた!」
必殺の一刀を止められたことに何の驚きも見せず、園長は京一郎に受け止められていた刃を鳴海に向かって振るう。
「うわっと!」
慌てて刃をかわすと京一郎の横に並ぶ。
「でかいな……。夜叉の類かな」
「外国では割と多い奴だったな。俺たちは“切り裂きジャック”って呼んでたがな」
「ジャックって……あの?」
「そう、あの」
切り裂きジャック。映画の題材になったり本が出版されていたりと、御存知の方も多いだろう。1800年代後半のイギリスで市民たちを恐怖の渦へといざなった猟奇殺人犯だ。
何人もの売春婦を惨殺し、場合によっては臓器を持ち去ったりもした恐ろしい事件。さらに恐ろしいことにこの事件は未解決事件だ。
だがそれも仕方の無いことか。今現在、退魔士達の共通の見解は切り裂きジャックは“妖”であったというものに落ち着いているからだ。成る程、猟奇性、多くの不審点から見たら妖の所為にでもしたら落ち着いてしまう。しかも、丁度都合のいいことに行動特性からイメージぴったりの妖がいる。
それが彼等の前に立つ妖。日本では主に“夜叉”の名で呼ばれる。夜叉とは、元はインド神話に登場する財宝神の眷属であるが、同時に人を喰らう鬼としての側面も持つと言う。このタイプの妖はその強大さと醜悪な見た目から夜叉の名で呼ばれているのだ。
園長、改めジャックは二本の刃を擦り合わせ、シャリン、シャリンと音を立て一歩一歩迫ってくる。まな板に魚でも並べている気分だろうか。
「ひひっ! 刻むのは久しぶりだからね……。愉しませてよ?」
ジャックのその言葉にピンと来るものがあった二人。
「おい……久しぶりって……」
「まさか、発端になったあの子のことか……」
一瞬で空気が固まった。二人の怒りの気が静かに内に凝縮する。
「ひゃ。実に愉しかったよ……。偶然にも秘密を知られちゃったからね。楽しく楽しく追いかけっこして、ザックザックって! ひゃははははははっ!」
「もういい、貴様は喋るな」
――ヒュンッ。
正に風を切る音が、鳴海の耳にも届いた。
「ひゃあぁぁぁぁっ!?」
そして次の瞬間。眼に映ったものは、ジャックの懐深くに踏み込んだ京一郎と、花弁の如く鮮血を散らすジャックの腹だった。
「ナンで!? さっきは斬れなかったのに!」
懐の京一郎を引き離す為、我武者羅に刃を振り回しながらジャックが喚く。しかし、その秘密を鳴海の“眼”は捉えていた。
即ち、『引き斬り』、そして『切っ先三寸』だ。
刃物と言うものは基本的に引くなり押すなりして切ると良く切れる。実のところ、詳しい物理現象は解明されていない為現在の通説になるが、引くことによって刃角が見かけ上通常より鋭くなることと、分子結合上に発生する摩擦による物理現象が原因とされている(詳しくは各々で調べてもらいたい)。
更に、刀を使うことを前提とした剣術は大よそ引きながら斬ることを是とするが、前述の見掛けの刃角が反り、つまり切っ先三寸で最も効率よく最小の値となるからだ。
京一郎はこの物理的な条件と武術的な条件の二つの条件を、高い次元で現実のものとした。故に、初めは硬質なゴムのような筋肉に阻まれた斬撃を通すことに成功したのだ。
因みに、南瓜のように硬いものには引いて切るよりも体重を乗せて押し切った方がいいが、弾力の高いものは引いて切るほうがいいという料理の基本は原理的には似たような所があるだろう。この方がイメージしやすいのではなかろうか。
ともかく。京一郎の斬撃は相手の防御力に左右されることが無くなった。怒りを静かに内に留めることで、驚異的な集中力と身体能力を発揮した結果だろう。これが所謂“気”と言うものだ。
「クソッ! 離れろ!」
ジャックはやたらめったら刃を振り回す。しかし怒りに燃える京一郎にその凶刃はかすりもしない。確実に刃を潜り、ジャックの体を切り裂いてゆく。強引に叩き切ることが難しい為、浅く手数を増やすやり方だが、その斬撃の嵐は止むことを知らない。
切り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ 踏み込みみれば 後は極楽
剣術の世界に伝わる道歌である。宮本武蔵が詠んだとも、読み人知らずとも言われるが、下の句を『たんだ踏み込め 神妙の剣』として柳生石舟斎が詠んだ、或いは『身を捨ててこそ 浮かぶ瀬もあれ』として詠み人知らずとすることもある歌である。
剣術における心構えを説いたものだとするのが一般的だが、京一郎はこれを体現している。即ち、襲い来る刃にあえて飛び込むことで、中途半端な距離にいることの危険性を排除し、自らの斬撃を徹底的に叩き込んでいるのだ。武道というものは何事も“間”を重要視し、中途半端を嫌う。
「これは凄いな……。俺の出る幕が無さそうだ……」
猛烈な攻勢を見守る鳴海だったが、その変化はやがて訪れた。防御に終始していたジャックの影がゴボゴボと沸き立つ様に蠢いていた。
「! あれは……? 霧夜さん! 何か来ます!」
「あん? ! うおっと!」
それは唐突に起こった。
ジャックの影が数条、飛び出したのだ。
それは一挙にジャックの手へと集まると、巨大な刃を形成する。指の間に一本ずつ、両手で計八本。まるで巨大な爪を備えたかのような異様な光景だった。
「ひっひひ……! ここまで追い詰められるとはね!」
「「!」」
鳴海と京一郎は振り下ろされる刃を見て、ゆで卵を薄切りにするスライサーを思い出した。




