十一
結論から言うと、彼等にとってたかが人間を相手にするのは労するようなことではなかった。
彼等二人は裏口をブチ破り侵入。開店準備をしていた黒服(勿論、マフィアの構成員である)達を怪我させぬよう峰打ちだったり、加減した打撃などで昏倒させていった。彼等は後ほど0課の職員が拘束する。厳正な法の裁きに処すのだ。
派手に暴れれば当然、用心棒に当たるポジションの者達が現れる。地下へと通じているらしい奥の階段から現れた彼等は、明らかな武装をしていた。
何処から持ち込んだのか、およそトカレフのように広く流通しているものではなく、口径の大きな拳銃や光り輝く青龍刀、雑多な武器を持ち出して来る。おまけに数が多い。
「へっ、烏合の衆って奴だな。数があったところで」
「銃は俺が相手します。霧夜さんは近接組を」
言うと同時、鳴海は床を蹴り、飛び出した。鳴海を避ける近接武器の男達を無視して、駆ける。
接近する鳴海に男達は慌てて引き金を引く。
以前聞いた発砲音とは違う強烈な銃撃音に鳴海は顔をしかめる。何度も聞いてると頭が変になりそうだった。
鳴海の“眼”は銃弾を見切れる、とはいかない。弾丸の飛来速度は拳銃の場合、種類にもよるが秒速で大よそ300から400メートルほど。音速前後の速度を持つ訳だ。いくら反応速度を上げようともそんなものそうそう見切れるものではない。
そこで鳴海は、拳銃の銃口の向きと引き金を引くタイミングを見切り、かわす……という漫画のようなことはせず、狙いに予測をつけ鎧鬼で受ける。肩の大袖はそもそも矢を防ぐ為の装甲。飛来する脅威という意味ではどちらも似たようなものだろう。
回避しないのには物理的に難しいことに加え、背後で戦う京一郎への配慮という意味も持つ。故に弾くこともせず大袖で受け止め、撃たれる端から落としていくのだ。
そこそこ広い店内だったが鳴海はあっと言う間に銃組の男達との距離を詰める。近接距離において、圧倒的な格闘能力は銃のアドバンテージを喰らい尽くす。
男達は鳴海の拳が振るわれる様を、恐怖に引きつった顔で、見ていることしか出来なかった。
*
中国人系と思しき男が青龍刀を振り下ろす。その太刀筋は鋭い。恐らく、多少は何かしらの心得があるのだろう。しかし、妖との戦いを潜り抜けてきた京一郎にとっては素人剣術に等しい。
キンッ!
甲高い音を立てて小烏丸が青龍刀を受け止める。いや、ただ受け止めた訳ではない。相手の剣の重みを受け止めないよう絶妙に力を加減し、小烏丸を傾ける。結果、力を前方に受け流され、男は前につんのめってしまう。
「おらっ」
その男の後頭部に小烏丸の柄頭を叩きつける。男は「っあ゛」と短く悲鳴を上げ、立ち上がることは無かった。
青龍刀が振り回されることで近づけなかった他の近接武器を持った男達が数人まとめて接近してくる。手には大型のナイフ、金属のナックル、金槌、バールのようなもの(以下『バール』)。色々だ。
「やれやれ。武器持たれると加減がし辛いってのになぁ……」
京一郎は困ったように眉をひそめると小烏丸を鞘へと納めた。
『馬鹿め! 観念したか!』
と、マフィアの内の一人がスラングの酷い英語で怒鳴った。
京一郎はそれに不敵な笑みを返すと、
『殺さねぇように加減してやってんだよ。感謝しやがれ』
同じくスラング混じりで罵るように答える。
そこからは極々短い時間で事が終わった。
金槌を振りかざす男を、喉への鞘尻を用いた突きで一蹴。
ナックルの男とナイフの男が同時に突きかかる。ナックルは顔面を、ナイフは胸の辺りを、それぞれ狙っている。
京一郎は足を大きく広げ、体勢を一気に低く。ナイフと拳はその頭上で空を切った。
更に、低い体勢のまま小烏丸を上へ突き出す。柄頭がナイフの男の顎を砕く。
すぐさま剣を引き戻し、体勢を整える前のナックルの男の顎へもう一発。二人は同時に床へと沈んだ。
「あああぁぁぁぁぁぁっ!」
叫び声と共にバールが振り下ろされる。
即座に床に手を着き両足+片手の力で横方向へ跳躍。バールは床のコンクリートを砕く。一瞬、反動に顔をしかめた男はしかし、次の瞬間には放心したような顔をし、崩れ落ちる。
丁度男の頭、コメカミがあった辺りには横から伸ばされた柄頭があった。
「ふぅ。坊主の方は……。っと、要らん心配か」
襲い掛かってきた男達をのした京一郎が見やる先、鳴海は銃組の最後の一人を殴り倒していた。
*
全ての男達を片付けた後。
鳴海と京一郎は連中が這い出てきた穴倉へ潜ることにした。昏倒した奴らは全て0課職員が縛り上げているだろう。
これでここら一帯が少しは平穏になればよいのだが。
そんなことを思いながら、鳴海は暗い階段を先導し、歩いていた。鳴海が先を歩く理由は、単に眼の力で暗くてもある程度の視界が確保されるからだ。
とはいってもやはり京一郎も只者ではない。刀の鞘で軽く周囲を突き、反響する音で構造や距離感をある程度把握しながら歩いていた。これは視覚障害を持つ人が身につけることがある能力であるが、暗がりや視界の効かない場所や相手と戦うことを想定し、京一郎も身につけていた。因みに、『エコーロケーション』、『反響定位』などと呼ばれる。
「あ」
「どうした? 坊主」
先を歩く鳴海が唐突に立ち止まったかと思うと、声を上げた。
「いえ、長いかなと思って慎重に歩きましたけど、もう終点です」
と言って、壁に身を寄せる。
鳴海の正面にあるのは黒い、飾りの一切無い金属のドアだ。飾りが無い所為か、黒いからか、それは果てしなく酷薄な空気を纏っていた。
「どうする? 俺が先に突入してもいいが?」
少し考えた後、鳴海は首を横に振る。
「いえ、俺が先で。もし銃でも構えられてたら、たまりませんから。俺が楯になりますんで、状況によっては俺を踏み台にでもして突入して、一気に殲滅して下さい」
「分かった……が、無理はするなよ。俺より若い奴に護られた上、怪我でもされたら寝覚めが悪いからな」
「ええ。霧夜さんには快適な朝をお約束しますよ」
そんな軽口を叩きながらも、体は緊張を崩さない。
鳴海は扉を破壊するべく拳を固め、京一郎はいつでも飛び込めるよう足に力を込め、鯉口を切る。
「行きますよ」
「おう」
ごく僅かに視線を合わせると、
――ゴワンッ!!
大きな金属板のひしゃげる音と共に、黒い扉が破壊された。
部屋の中に向かって倒れるドア、その向こうに何が待つのか、鎧鬼の右腕を構えた鳴海はしかし、肩透かしを食らってしまう。
「……あれ? 無反応?」
静かに右腕を下ろし、中に踏み込もうとした鳴海だがそれを背後から伸びる手が遮る。
「? 何ですか」
「待て。こいつは、血の臭いだ」
言われて鼻をひくつかせる鳴海。
確かに、戦闘に対する緊張で臭いなど意識してなかったが、言われてみると鉄錆のような、しかしそれでいて生臭い、本能が忌避するような臭いが部屋から漂ってきていた。
「どうしましょう」
「行くしかねぇだろ。俺が先に行こう」
ここは素直に場所を譲り、鳴海は殿を務めることにする。
部屋の中は案外と清潔な感じの空間であった。
ただし、それは掃除が行き届いている、とかそういった類のものではない。
病院とか、そういった意味での清潔さであった。
「日本のテナントビルの地下にこんなものがあるわけ無いよな……。ビルオーナーも締め上げた方がよさそうだな」
周囲を警戒しながら少しずつ歩を進める鳴海だったが、急に京一郎が走り出した。いくつか並んでいる仕切り板の方へ向かっている。
「ちょっ、どうしたんですか?」
「坊主、お前は少し待ってろ」
慌てて後を追おうとするが、片手を挙げて制止されてしまった。仕方なく立ち止まるが、鳴海は気付いてしまった。
京一郎が駆けて行った仕切り板の向こう。そこからは濃厚な血の臭いが漂ってきている。
彼が消えた直後、ガンッ! と何かを殴りつけるような音がした。
やがて、仕切りの向こうから京一郎の声が聞こえてくる。
「坊主……。後悔しないなら入って来い」
「……」
やや考え込んだ鳴海だが、意を決し踏み込んだ。
「うっ……!」
早速後悔した。そして後悔したことをさらに後悔。自分の覚悟の甘さを知った。
仕切りの向こう、並ぶのは手術道具と小さなベッド。
上に寝かされているのは小さな少女。
彼女は最初に養護施設を訪れた時、京一郎を出迎えてくれた少女だった。
その横の台には、
恐らく。
その少女の、
中身だったもの。
「クソがっ!」
京一郎は怒りのままに仕切り板を斬りつけた。
板はまるで紙切れのように斬り裂かれた。
しかし当然。
その程度でこの怒りが治まるものか!
「犯人の野郎……。ぜってーブッ殺す……!」
「妖の関係有る無しに許せない!」
恐らくこの組織は臓器の密売を行う組織だったのだ。その活動拠点を偶然にも潰した訳である。妖の疑いを捜査していて思わぬ事態に陥ってしまった。
「実際に作業をしていた闇医者共もいないみたいですし、ここは組織犯罪対策課に後を引き継いでもらうのが得策かと……」
「そうだな、細かい捜査をしてみりゃ何か手掛かりが見つかるかもしれねぇ。そん時改めてブッ殺してやる」
怒りを抑え、自分たちのやるべきことに専念しよう。
そう思った二人に声がする。
その声は、撃たれまいとしていた雉の声か、それとも獲物を前にした虎口の唸りなのか。
「これだけ派手に暴れて素直に帰すと思うのかい」
「!」
「この声……! テメェか!」
鳴海は声に反応しただけだったが、京一郎にはハッキリ覚えがあった。
この声はあの自称情報屋の声。
鳴海と戦う原因になったあの男の声。
彼等が探していた、敵の声。




