八
京一郎は渋谷へと繰り出していた。
捜査に来たのか?
否。
彼の目的は、『ナンパ』であった。
捜査に煮詰まり、折角見つけた黒鬼らしき青年にも逃げられてしまった。現在のところ手詰まり。
そんな時は気分転換に限る。
そう、彼の気分転換方法こそが『女遊び』と言う訳だ。と言っても、彼はこれで一本筋の通った男だ。泣かせるような真似はしない。ただあくまでお茶に誘って楽しく遊ぶ。それだけだ。
彼は退治屋として世界のあちこちを移動する。危険もあるし、恨みを買うことだってある。故に、危険が及ぶことが無いよう特定の女性を作らない。その代わりに不特定多数の女性と楽しく遊ぶ。いつの頃からか、それは彼にとって心を癒す何よりの楽しみとなっていた。
幸いなことに、彼は端正な容姿をしている。少し彫りの深めな顔立ちや少し垂れ目気味な、しかし切れ長な目、自信ありげな微笑を浮かべるマスク、とちょっとしたイタリアの伊達男と言った感じだろうか。
彼は街頭に立つと軽く周囲を見回す。
(うん、流石日本だ。俺好みな女の子があっちにもこっちにも)
あっちの娘が良いな、いやこっちの娘も捨て難い。
そうやって視線をふらふらと彷徨わせていた彼に、予想外の事態が起きる。
「もし」
背後、低めの位置から声が掛けられた。
「もし御暇でしたら私と一服、お茶でも致しませんか……?」
可愛らしい声がとても遠慮がちに、しかしハッキリとした意思をこめて投げ掛けられた。
(おいおい、逆ナンかよ。ツイてるぜ。どんなお嬢様なのかねぇ)
その言葉使いから大層清楚な女性を連想し、心の中は下心でニヤニヤ、しかし顔だけはキリッと決めて振り返った。
が、振り返った視線は何も捉えられなかった。声がした角度が低かったことを思い出し、少しづつ視線を下げる。
立っていたのは着物を着込んだ可愛らしい少女。
背に流れる黒髪は美しく、でこを隠すように切り揃えられた前髪が少女らしさを強くしていた。
しかしその顔はとても、それはそれは大層な呆れ顔を作っていた。
「げぇぇっ!? 葛のばーさん!?」
「誰がばーさんじゃ! 少しは敬った言葉が使えんのか!」
京一郎の後ろに立ち、声を掛けた人物は紛れも無く、
警視庁警備部第0課長、安倍その人であった。
*
「全く、お主と言う奴は。毎度毎度、女子を口説こうとするのは変わっとらんようじゃの」
三人は落ち着いて話をする為に、近くに喫茶店を探し、移動していた。
安倍と京一郎、そして鳴海だ。
「へっ、ばーさんも変わらねえな。文字通り」
「やかましいわい。それよりも説明してもらおうかの。何故日本に来た。そして何故鳴海を襲った」
安倍に連れられて渋谷に来た鳴海はすぐに京一郎、即ち、廃教会で戦った侍を見つけることが出来た。何ということは無い、人通りの多いところへ来たらあっさりと見つかった。ナンパをしようと相手を物色していたようなのですぐ分かった。
安倍に彼が件の人物だと伝えると、盛大な溜息をついて彼に接近して声を掛け、何やら一騒ぎして現在に至る。
陰に隠れていた鳴海を見るやいきなり殴り掛かって来そうになったが、それは安倍が抑えてくれた。
「何でも何もねーよ。今少女惨殺事件なんて世間で騒いでる事件があるだろう。あれが妖絡みじゃないかって思った園長に頼まれたのよ」
「園長?」
と安倍が問う。
「ああ。何でも殺された子ってのは児童養護施設にいたんだろ。そこの園長だよ」
「ふむ……。では鳴海と戦った理由というのは?」
コーヒーを啜りながら、チラリと鳴海を見た京一郎は溜息のように鼻息をふっ、とつくと再び語りだした。
「園長が言うにはこの辺りには黒鬼が出るって噂があるらしいじゃねーか。園長はそいつが犯人だと思ってるらしくてな。方々探ってみたら、廃教会に出るって情報があったから行ってみりゃ、ピシャリ的中しやがる。こりゃ、この野郎が黒鬼で、犯人だなと思ってよ」
そんな勘違いで襲われたのか。
アイスコーヒーのストローを咥え、鳴海は京一郎を半眼で睨む。
「いや、悪かったって。そんな目で見るなよ。こっちも偽の情報掴まされたんだぜ?」
「!」
「!」
その一言で安倍と鳴海はハッとしたようにお互いの顔を見合わせる。
「な……何だよ」
状況が分からず疑問符を浮かべる京一郎へと向き直った安倍が言う。
「お主、その話を誰から聞いた」
「だ、誰って言われてもなぁ……。情報屋としか名乗らなかったんだよ」
「霧夜さん、と言いましたね。実は俺があそこに行ったのは、タレコミがあったからなんです」
「タレコミだ?」
「はい。警察はイタズラだと思ってたようで、自由に動ける俺が行くことになったんですが。情報通りに廃教会に行ったらアナタがいた、という訳です」
「……するってぇと、何だ。黒鬼って噂を中心に示し合わせたように戦り合ったってことは……」
「んむ。その情報屋、臭いのう。すぐに動くぞ」
安倍は伝票を掴むと勢いよく立ち上がった。
「行きましょう、そいつを見つけないと」
鳴海も立ち上がる。
それを見た京一郎は慌ててカップに残ったコーヒーを飲み干すと、安倍が手に持つ伝票をひったくった。
「俺が払っとくから。傍から見たらガキに奢られる大人二人だぜ」




