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アーマード・オウガ  作者: ハル
弐:CRY THUNDER
21/65

 小烏丸(こがらすまる)は平家一門の家宝とされる刀である。

 そもそもの来歴は桓武(かんむ)天皇の時代にまで遡る。伊勢神宮より(つか)わされた八尺の大鴉より天皇にもたらされたものと言われており、大鴉の羽より取り出されたものという伝説から『小烏丸』の名で呼ばれるようになる。

 後に平貞盛(たいらのさだもり)平将門(たいらのまさかど)藤原純友(ふじわらのすみとも)らの起こした反乱(承平(じょうへい)天慶(てんぎょう)の乱)を鎮圧した際に天皇から拝領(はいりょう)することになるが、これ以降平家一門の宝となる。

 しかし、壇ノ浦の戦い以降行方知らずとなってしまう。

 その後の行方が知れるのは1785年のことである。平家の流れを汲んでいた伊勢(いせ)氏により保管されていることが発覚し、徳川将軍家に献上(けんじょう)されるものの、将軍家はそのまま伊勢家預かりとする。

 さらに、明治維新後。対馬国(現在の長崎県対馬)の宗氏によって買い取られることとなるが1882年に明治天皇へと献上される。

 そして現在。皇室御物(こうしつぎょぶつ)(天皇家伝来の私有財産のようなもの)となっており、国立文化財機構によって保存されている。

 来歴には複雑なものがあるが、いずれにせよ、一個人の手元に在るはずのないものである。



(じゃあ、これは何だってんだよ!?)

 男の振るう猛烈な太刀捌きを鎧鬼(よろいおに)の右腕で弾きながら、鳴海は心中毒づく。

 鳴海は“眼”の持つ力によって反応速度を上げることが出来る。それ故に男の太刀筋を何とか見切ることを可能としているが、それでもギリギリの反応となっている。

 しかし、反応を可能としていても避けているわけではない。その太刀は確実に鎧鬼の表面に傷を刻み付けていた。

 そう。鎧鬼が削られている。

 元来、妖と闘う為の武器として生み出された鎧鬼は半端ではない硬度を誇る。ただの日本刀が相手ならば、それこそ神話や御伽噺(おとぎばなし)に姿を見せる超人級の武人でもない限り、傷をつけることなどありえないのだ(中身の人間へのダメージはまた別だが)。

 男は確かに並みの手練(てだ)れではないが、超人という訳でもないようである。

 つまり、得られる結論は、

 『ただの日本刀』ではない。

「どうした、鬼野郎! 相手がガキじゃなきゃ本気が出ねぇってか!?」

「好き勝手言いやがって!」

 横薙(よこな)ぎに振るわれる刀を右腕で以って受ける。

 一瞬眩く火花が散り、鎧鬼に更に傷が増える。

(コイツはいったい何者だ? 人を犯人呼ばわりしやがって!)

 取り合えず、防戦一方では話にならない。

 鳴海は手近な長机を思い切り爪で薙ぐ。

 砕かれた木片が飛び散り男を襲う。

 眼にでも入ったら厄介であるが故、男も眼を(かば)いながらバックステップで距離を計る。

 男の後退を確認すると同時、鳴海は即座に構えを取った。右拳を固め、弓のように後ろへ引く。更に、開いた左手を前に突き出し、狙いをつけるように指の間から相手を見据える。この構えは、そう。

(『断空(だんくう)!』)

 心の中で叫び、拳銃の撃鉄(げきてつ)をイメージ。

 イメージのトリガーを引き絞り、撃鉄が銃弾を叩く!

 ――ボシュッ!

 空気を噴出する音が響き、右肘から溢れる圧縮空気が鳴海の右腕、更には体を前方へと走らせる。

「な……!」

 これには男も面食らったようで、目を見開いている。

 が。

 ギィンッ!

 甲高い音と共に男の体が後方へと吹き飛ぶ。

(受けられた!?)

 加速して飛来する鳴海の拳をその小烏丸(仮)で見事に防いで見せた。恐るべき反射神経だ。しかも、攻撃を受けた瞬間自ら後ろに飛ぶことで衝撃を殺すという漫画のような真似(まね)までしていた。

 まだ男の正体が掴めない以上殺す訳にはいかない。故に多少の手心(てごころ)を加えていた(手刀ではなく拳だったのもその為だ)鳴海だが、まさか防がれるとは思ってもいなかった。

 驚愕(きょうがく)に動きを止める鳴海だったが、それは男も同じだったようだ。鳴海に『断空』などと隠し玉があるとは思っていなかったようで、攻めあぐねていた。他にも何かあることを警戒しているのだ。

 膠着(こうちゃく)状態になったのなら(むし)ろ好都合だった。鳴海はこの隙に相手の情報を探ることにした。

「おい、お前は俺が少女惨殺事件の犯人と思ってるみたいだが、それは人違いだぜ」

「嘘付け。だったらその右手は何だってんだ。あとその眼」

「それはアンタの刀もだろうが。大体そいつは御物(ぎょぶつ)じゃねーのか」

 小烏丸のことを知っていたことが意外だったのか、(わず)かに驚いたような顔をした男はしかし、「へっ」と吐き捨てるように笑う。

「テメェらみてーな化け物を狩る為に決まってんだろ。大体、コイツでガリガリ傷が入ってる以上それも危ないもんにちがいねーだろう」

「……!」

 もし小烏丸が本物であるならそれは神の御使いが天皇家にもたらしたものとなる。当然に神聖な力を持っている。そして鎧鬼は多くの呪法を併用して生み出されたもの。神聖な力を持った刀がダメージを与えることも当然に起こってしまう。

「図星か?」

「コレが危ないモノなのは否定しない。だが俺が犯人だってのは否定するぜ」

「犯人は大体そう言うんだよ!」

 男が床を蹴り、再び鳴海へと肉薄する。

(犯人を探ってる以上、コイツが事件と関わってるとは思えない!)

 大上段から振り下ろされる剣戟(けんげき)を右腕で掴み取る。

 しかし、掴まれたと見るや男は即座に攻撃を蹴りに切り替えてきた。前蹴りが思い切り腹に食い込み吹っ飛ばされる。

 床を転がりながら一瞬見えた光景では、姿勢を低くした男が刀を床に突きた立てて、こちらに走ってきているのが見えた。当然、刀は床に裂傷を刻む。

 恐らく、男は床ごと鳴海を真っ二つにするつもりだ。

(……ッ! させるか!)

 鳴海は床に爪を突きたて回転を止めると、身を起こしながら床板を引っぺがす。

「おらぁっ!」

 引き剥がした床板を、引き剥がす勢いそのままに男に向かって投げつけた。

「しゃらくせぇ!」

 男は刀を天に向かって振りぬく。下から上に向かって『逆』唐竹割(からたけわ)りだ。男の目の前で床板は真っ二つに斬り裂かれる。

 床板を両断した男はそのまま刀を振り下ろす。床に倒れているはずの鳴海を斬る為に。

 しかし。

 ――ズガッ!

 刀は鳴海を捉えることなく(むな)しく床に突き立った。

「あん?」

 反撃を警戒して即座に構えなおした男だったが、反撃が襲う気配はない。いや、それどころか鳴海の気配そのものを捉えられなかった。

「……」

 ふと、大扉の方を見た男は気付く。

 扉が外側に向かって開いている。いや、この扉は内開きだったはず。よくよく見てみると蝶番(ちょうつがい)が破壊されている。つまり、外に向かって開いているのではなくて、無理矢理に外側に動かしたのだ。

「んの野郎……」

 そう。鳴海は逃走を選択した。

 床板を投げつけたのは単なる眼くらまし。相手の視界が(さえぎ)られた一瞬の間に扉を無理矢理外側に動かし、逃げたのだ。元々、入るときには少ししか扉を開けなかったし、内開きだから即座に出るにはこうするしかなかった。鎧鬼の膂力(りょりょく)だからこそ可能な芸当だ。

 溜息をついた男は刀を鞘へと納めた。

 チン、という鍔鳴りが、静かな教会内にこだました。


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