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アーマード・オウガ  作者: ハル
弐:CRY THUNDER
20/65

 警視庁警備部0課。そこに顔を出した五月鳴海(さつきなるみ)は、しかめっ面をした安倍(あべ)に出迎えられた。

「……どうしたんですか、安倍さん」

 こんにちは、と声をかけても気付かなかったようなのでその原因を探りにかかった。

「む、鳴海か。スマンのう。考え事をしておって気付かなんだ」

 その少女のような外見をした、しかし鳴海よりも歳も、権力も、力も、遥かに上をゆく上司は見慣れた着物の(すそ)をひらりとなびかせ、椅子から飛び降りた。遅れて彼女の背に納まる長い黒髪が美しい。小さな所作(しょさ)一つが人の印象を大きく決定付けるものだな、と感心してしまう。

 しかし、その美しさも曇ってしまうほどに、彼女は渋い顔を崩そうとはしなかった。彼女は鳴海の横に来ると、A4サイズのコピー用紙を鳴海に突き出してきた。

「数時間程前にあったタレコミじゃ」

「……はぁ、成る程」

 その内容を見た鳴海も思わず渋い顔になってしまった。

 内容は大よそのところ、こんな感じだ。

 ――現在世間の騒ぎとなっているところの少女の惨殺事件の犯人は街外れの廃教会にいる――

 正直言って胡散臭すぎる。

 犯人まではっきり分かっているなど何故言えるのか。警察も手掛かりが掴めず捜査が難航しているというのに。

「まぁ、こんなもん踏み込んで確認すれば済む話なんじゃがの……」

(あやかし)の可能性、ですね」

「その通りじゃ。(くだん)の事件は妖が犯人の可能性を(はら)んでおる。()し万が一、踏み込んだ先に妖がおるようなら、捜査員を非常な危険が襲うことになる。ワシらが直接動ければよいのじゃが……」

「待機中、ですもんね……」

 安倍率いる0課は妖の対処を専門に扱う捜査部署ではあるが、今回の事件では妖が犯人の可能性がある、というだけで未だ確実とは言えない。妖の存在は世間からは秘匿(ひとく)とされてる故に、下手に動く訳にいかず、いつでも動ける体勢を作って待機しているのだ。

「これがお役所の難儀(なんぎ)なところじゃのう……」

 しみじみと(つぶや)く安倍に鳴海が言う。

「これ、捜査本部はなんて判断下してるんです?」

「今のところ無視、じゃ。イタズラだと思うとるようじゃの。密告してきた者も誰なのか分からないらしくての。そんな怪しげなものに構ってられんそうじゃ。今しがた踏み込めばいいとは言ったが、踏み込む者すらいないのが現状じゃよ」

「踏み込めばいいが、人員がいない。いたとしても、妖がいたら危険。そして0課は動けない……」

「要するにそう言うことじゃ」

 しばし、顎に手を当てて考え込んでいた鳴海だが、コピー用紙を安倍に返しながら言った。

「じゃあ、俺が行きますよ」

「む?」

「俺は0課に協力してはいますが、あくまで部外者です。俺なら動いても命令違反にはなりませんし、偶然その教会に、まぁ、そうですね……ちょっとした探検気分で入り込んだことにでもすれば、ばれても大した御咎(おとが)めにはならないでしょ?」

「確かにその通りじゃが……。0課のバックアップが期待出来ん状態じゃぞ?」

「構いませんよ。俺のご先祖様はそうやって闘ってきてますから。現代人も負けてられません」

 (しば)し、「うむぅ……」と唸っていた安倍だが、困ったような顔で鳴海を見上げてきた。

「頼っても、よいかの?」

 鳴海は力強い笑顔で応える。

「勿論ですよ。安倍さんの為ですから」

「ならば、お願いさせてもらうぞ。しかし、くれぐれも気をつけるんじゃよ? 何かあったらすぐ連絡すること。ワシらもすぐ駆けつけるからの」

 心配性の母親のようなことを言う安倍に大丈夫ですよと声をかけ、鳴海は0課を後にした。



 そして訪れた廃教会。その錆付いた門を開けようとした鳴海だが、ふとしたことに気付く。

「あれ……? 塗装が落ちてる?」

 門の蝶番(ちょうつがい)のところ、地面に剥がれ落ちたと塗装が散らばっていた。金属に塗られる塗装は経年によってパリパリになって剥がれ落ちるが、蝶番のところから剥がれて落ちたらしい塗装が、妙に新しいようだった。つまり、落ちたばかり。

 気のせいかもしれないが、何者かが自分の前にここに入っているかもしれない。

 十全な警戒をしつつ、教会の敷地へ足を踏み入れた。

「この礼拝堂か……?」

 目の前に立つ大きな建物を見上げ呟く。古い、という感じはあるものの建物自体はかなりしっかりしている。電気が通ってないことを考えると、昼でも中は相当に暗いかもしれない。

(一応準備しておくか)

 扉を開ける前に地面にしゃがみ込み、自分の影に触れる。

武装解放(ぶそうかいほう)

 命ずると同時に、影が触手のように鳴海の右腕に巻きついていき少しずつ形を為していく。やがて影の動きが収まると軽く、影から腕を引き抜くように右に振るう。

 影の残滓(ざんし)を散らして、ソレは現れる。

 右腕を覆う西洋の甲冑(かっちゅう)のような装甲。肩の付け根の辺りから下がった日本の大鎧の大袖(おおそで)。指先に備わる鋭い爪。

 鳴海の武器、鎧鬼(よろいおに)の右腕部だ。

 続いてまぶたを伏せる。

 暗闇の中、目の表面を何かが這い回るような感覚が襲う。そして直後収まるその時が即ち、合図。

 ゆっくりとまぶたを開くと、先ほどよりもクリアになった視界。第三者から見たらその変化はハッキリと分かるだろう。黄金に輝くその瞳が。

「よし、行くか」

 鳴海は目の前に立つ重厚な扉に右手を添える。

「よっ……」

 その扉は錆と、そのものの重量でかなり重かったが鎧鬼の発揮する身体強化が易々と扉を開けさせた。

 ――ギギィ……

 重厚感のある響きと共に、外の光が建物内へと差し込む。案の定かなり薄暗い。窓はあるものの日照方向がよくないようだ。加えて窓の位置そのものが高いことも原因の一つだろう。天井付近が照らされても床側までうまく差し込んでいない。が、それがある種、荘厳(そうごん)な光景となっているようにも思える。

 鳴海は周辺を警戒しながら慎重に足を踏み入れた。

 今のところ罠の気配はないようだ。

 そう思っていた矢先のことであった。

「おい、そこの不審人物! テメェがガキを惨殺した犯人か」

 突然、一人の男が立ち上がり、そう声高に言い放ってきた。男は更に続ける。

「言い訳があんのなら後でゆっくりと聞いてやる。取り合えず」

 そこで一旦言葉を区切った男は左手に握っていた竹刀袋らしきものの紐を解いた。

 袋の中から姿を現したのは一振りの日本刀。それをシャッ、という鞘走りの音と共に抜き放つ。

 一言で言えば、異質な刀。そういう印象だった。

 切っ先から半ばまでが諸刃(もろは)となった反りのある剣、だろうか。しかし鳴海の記憶にはその形状に合致する刀が存在していた。

(アレは……小烏丸(こがらすまる)か?)

 だが今の鳴海には考える時間など、与えられない。

「後悔しやがれ、鬼野郎」

 鳴海の力を知っているかのような口振りで男が襲い掛かってきた。

 その姿、風の如し。


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