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筆の花  作者: 璋雲亭紫竹園
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第二部 雲岳誕生――奥村石蘭と二人の師



第六章 突然の知らせ


 明治二十八年(一八九五)二月七日。


 奥村石蘭が亡くなったという知らせが届いた。


 あまりの驚きに熊治は、すぐに言葉が出なかった。


 つい先日まで教えを受けていた師が、もうこの世にいない。その事実を、頭では理解できても、気持ちが追いつかなかった。


 急ぎまろびいるように入った石蘭の画室には、師が使っていた道具が残されていた。


 筆。硯。紙。墨。印泥。


 どれも、つい昨日まで師の手にあったように思える。道具は、使う者の姿を失っても、そこに置かれたままである。だが、それを手に取り、再び使うはずの人は、もう戻ってこない。


 熊治は、画室に入り、師の机の前に座った。


 何をすればよいのか分からなかった。


 悲しみを言葉にすることも、誰かに話すこともできず、ただ、目の前の道具を見つめていた。


 石蘭の厳しい声が、耳の奥によみがえる。



 ――いつまでも師匠の影のなかにいてはいかん。



 あの言葉を聞いたとき、熊治は自分の画を見直すことを求められた。描いては直し、直しては描き、ようやく少し分かってきたと言われた日のことも思い出された。


 あのとき、もっと聞いておけばよかったことがある。もう一度見てもらいたかった画もある。自分がこれからどこへ進むべきなのか、尋ねたいことも残っていた。


 だが、今となっては、それらを確かめることはできない。



「石蘭先生……」思わず声が漏れた。


 返事はなかった。


 熊治は、師の道具に触れようとして手を止め、暫くしてから静かに頭を下げた。


 師の死を受け入れるには、まだ時間が必要だったが、その悲しみに沈む間もなく、さらに大きな知らせが届くことになる。



第七章 雲仙の死


 明治二十八年(一八九五)四月十二日。


 今度は、三好雲仙が亡くなった。


 知らせを受けた熊治は、目の前が真っ暗になりしばらく身動きができなかった。


 石蘭を失ってから、まだ二か月ほどしか経っていない。その悲しみが癒える間もなく、今度は、自分を画の道へ導いた最初の師まで失ってしまったのである。


 雲仙は、熊治にとって、単に画法を教えてくれた師ではなかった。


 画を描くことの面白さを知ったのも、自然を観察する眼を養ったのも、師のもとで過ごした日々があったからである。雲仙は、熊治の力量を認め、雲岳という画号を与え、やがては新たな土地で学ぶよう背中を押してくれた。


 その師が、もういない。


 熊治の胸には、真金の画塾で過ごした日々が次々と浮かんだ。


 墨の匂い。紙を広げる音。筆を動かす門弟たちの気配。師の背中。そして、画について尋ねたときに返ってきた、短い言葉の数々。


 ふたつ年下の左馬蔵と競い合ったことも思い出された。互いの画を見比べ、技量を磨こうとした日々。そのときには当たり前のように感じていた時間が、今となっては、二度と戻らないものになっていた。


 雲仙は、多くを語る師ではなかったが、それでも、折に触れて、画の道の長さを教えてくれた。



 ――画は一生かかっても分からんよ。


 その言葉を、熊治は何度も思い返していた。



 以前は、画の道が長いという意味を、単に技術の習得に時間がかかるということだと考えていた。しかし、今は違うように思える。画を学ぶとは、技法を身につけるだけでなく、自分の眼を疑い、ものの見方を改め、何度でも学び直すことなのかもしれない。


 そのことを、雲仙は身をもって教えてくれていたのだ。



 熊治は、遠くを見るように顔を上げた。


 石蘭も、雲仙も、もういない。



 二人の師が、わずかな間に相次いで世を去った。自分が進むべき道を確かめたいとき、そこにいてくれるはずの人たちが、いなくなってしまったのである。


 悲しみのなかには、後悔もあった。


 もっと学べたはずだった。もっと話を聞けたはずだった。いまなら尋ねたいことがいくつもあるのに、もう、その機会はない。


 しかし、どれほど悔やんでも、時間を戻すことはできなかった。


 熊治は、自分の手を見た。



 筆を持つことのできる手である。雲仙から教わり、石蘭のもとで鍛えられてきた手だった。


 その手に、何が残されているのだろう。


 師たちがいなくなった今、自分は何を頼りに画を描けばよいのか。これまでのように、師の言葉を思い出し、その答えを探しながら描くことはできる。しかし、それだけでよいのだろうか。


 師の教えを受け継ぐとは、師の画を繰り返し描くことだけではないはずだった。


 それでも、熊治には、まだその先を考える余裕がなかった。


 二人の師を続けざまに失った悲しみは、彼のなかに深い空白を残していた。



第八章 筆を置く


 師を失ってから、熊治は思うように画を描けなくなった。


 画塾へ足を運んでも、筆を手に取る気持ちになれない。紙を広げてみても、何を描けばよいのか分からなかった。


 描こうとすれば、ふたりの師の姿が浮かぶ。


 この枝をどう描くべきか。ここに墨を置くべきか、それとも余白を残すべきか。以前なら、自分なりに考え、答えを探していたはずのことが、今は別の問いに変わってしまう。



 雲仙なら、どう描くだろう。


 石蘭なら、何と言うだろう。


 その問いが、筆を進めるたびに浮かんできた。


 師の教えを頼りにすればするほど、師がいないという事実を思い知らされる。これまで身につけてきた技法は、確かに自分の手のなかにある。それなのに、いざ描こうとすると、何かが足りないように思えた。


 熊治は、しばらくの間、その状態から抜け出すことができなかった。


 やがて、ある夕方、彼は画道具を箱にしまった。


 筆を一本ずつ並べ、硯を包み、紙を重ねる。使い慣れた道具を整えながら、これでよいのだと自分に言い聞かせた。


 家には、家の暮らしがある。絵師として生きる道だけが、人生のすべてではない。家督を継ぐ者として、生活を支える責任もある。


 画を描くことを、いったん離れてみよう。



 そう考えることで、熊治は、目の前の悲しみから距離を置こうとしたのかもしれない。


 箱の蓋を閉じた。


 カタリという音が、静かな部屋に思いのほか大きく響いた。


 その音を聞いたとき、胸の奥がわずかに痛んだ。しかし、熊治は箱を開け直さなかった。



 明治二十八年(一八九五)、熊治は逓信省の名古屋郵便電信局に通信書記補(一等)として職を得た。


 新しい仕事は、画の修業とは異なる規則に従っていた。



 書類を扱い、電信に関わる業務を覚え、定められた時間に出勤する。仕事には正確さが求められ、手順を誤らないことが大切だった。そこには、画室で過ごす時間とは違う緊張があった。


 文字と数字。規則と手順。決められた仕事を確実にこなすこと。


 熊治は、仕事を覚えていった。もともと器用なところもあり、周囲から頼られることもあっただろう。新しい職務に向き合うことは、生活を立て直すうえでも必要だった。



 日々の仕事に追われている間は、余計なことを考えずに済む。


 だが、仕事を終えて一人になると、胸の奥に、言葉にしにくいものが残った。


 画を描きたい。その思いは、なくなったわけではなかった。


 むしろ、筆を置こうと決めてからのほうが、ふとした折に、その存在を意識するようになっていた。



 それでも熊治は、すぐに画道具を取り出そうとはしなかった。


 いま再び筆を持てば、師たちの不在と向き合わなければならない。自分一人の力で、どこまで描けるのか。それを確かめることが、まだ怖かったのである。


 熊治は、仕事に励んだ。そして、画道具をしまった箱は、部屋の片隅に置かれたままだった。




第九章 筆は捨てられない


 ある夜、熊治は仕事を終えて帰宅した。


 書類を片づけ、身の回りを整えたあと、ふと部屋の隅に目を向けた。


 そこに、画道具の箱があった。


 長い間、蓋を開けていなかった箱である。熊治はしばらく、その前に立っていた。


 なぜ、気になったのかは分からない。ただ、箱を見ているうちに、なかに収めた筆の感触が、手のひらによみがえってきた。



 熊治は、箱を開けた。筆も硯も、しまったときのままにあった。筆を一本手に取ると、穂先の柔らかさが指に伝わった。何度も洗い、何度も使ってきた道具である。手にしただけで、長い修業の日々が思い出された。


 熊治は、硯に水を落とし、ゆっくりと墨を磨り始めた。


 墨の匂いが、静かな部屋に広がった。


 紙を広げるが、何を描くかは決めていなかった。ただ、筆を持ち、紙の上に一本の線を引いた。


 それは、特別なものではなかった。鳥でも花でもなく、何かを表そうと意識した線でもない。



 けれども、筆を動かした瞬間、熊治の胸の奥で、長く閉じ込めていたものがかすかに動いた。


 自分は、やはり筆を捨てられない。


「ほとほと困ったものだな……」誰に聞かせるでもなく、つぶやいた。



 画をやめようと決めたはずだった。仕事に専念し、別の道を歩こうとしていた。それなのに、筆を手にすると、自然に次の線を引きたくなる。


 画から逃れようとしても、画のほうから自分を追いかけてくる。


 そう思うと、熊治は苦笑した。


 師を失ったことで、画まで失ったように感じていた。しかし、そうではなかったのかもしれない。



 雲仙も、石蘭も、もう目の前にはいない。二人の声を直接聞くことも、描いた画を見てもらうこともできない。それでも、彼らから学んだものは、自分のなかに残っている。


 筆を持てば、雲仙の教えがよみがえる。対象を見つめると、石蘭の言葉が思い出される。


 師たちの教えは、彼らが亡くなったからといって、失われたわけではなかった。


 だが、そのことを認めるには、まだ時間が必要だった。


 熊治は、紙の上に引いた線を見つめた。



 この一本の線が、師たちの教えを受け継いだものなのか。それとも、ただ自分が筆を持つことを懐かしんでいるだけなのか。すぐに答えを出すことはできなかった。


 それでも、筆を手に取ったという事実は残った。


 熊治は、描きかけの紙を片づけず、しばらく机の上に置いておいた。


 その夜、彼はまだ絵師として生きる決意を固めたわけではなかった。ただ、画を完全に捨て去ることはできない。そのことだけは、ようやく認め始めていた。




第十章 東京への道


 熊治が逓信省の仕事に就いてから、生活の中心は少しずつ変わっていった。


 日々の仕事には慣れ、職務をこなすための手順も身についた。決められた時間に働き、責任を果たす。暮らしを支えるという意味では、確かな道を歩み始めていたのである。


 しかし、画への思いが消えることはなかった。


 箱にしまった筆を、折に触れて思い出す。画を描く時間を持たなくなっても、町の景色や、道端の草木、空を流れる雲に目が留まることがあった。


 画を描かなくなったからといって、ものを見る眼まで失われたわけではない。


 むしろ、日々の暮らしのなかで目にするものが、以前とは違って感じられることもあった。画を描いていた頃には、対象をどう表現するかということを、いつも考えていた。今は、そのことを意識しないようにしている。それでも、目に入った形や光の具合が、心のどこかに残るのである。



 そんな熊治の前に、やがて新たな転機が近づいていた。


 東京郵便電信局へ転勤の辞令がでた。


 東京市、新しい日本の中心地には、さまざまな分野の人々が集まっていた。美術の世界も例外ではない。伝統的な画法を受け継ぐ絵師たちがいる一方で、新しい時代の美術を模索する人々も活動していた。



 熊治は、東京という町の名を聞くたびに、心の奥がかすかに動くのを感じていた。


 そこには、多くの絵師や画家たちがいる。


 そして、円山派直系の流れを受け継ぐ絵師、川端玉章もいた。


 玉章の名は、熊治にとって、まだ遠い存在だった。四条派と違う絵師、円山派の掉尾を飾ると巷で噂の絵師、直接教えを受けたこともなければ、その人となりを十分に知っているわけでもない。それでも、玉章が中央画壇で重きをなす人物であることは耳にしていた。



 雲仙と石蘭を失った今、自分はどこへ向かえばよいのか、その問いに、明確な答えはなかった。



 ただ、東京へ行けば、これまでとは異なる世界に触れることができるかもしれない。そこに、自分が進むべき道を考える手がかりがあるかもしれない。


 そう考えることは、画を再び始めると決めることとは違っていた。


 熊治は、まだ迷っていた。


 筆を持ちたいという思いはある。しかし、絵師として生きることを、もう一度選び直すだけの覚悟ができているわけではない。師を失った悲しみも、自分の画に対する迷いも、完全に消えたわけではなかった。



 ある朝、熊治は身支度を整え、名古屋郵便電信局へ向かう前に、窓の外を見た。


 空には薄い雲が流れていた。


 雲岳。


 かつて雲仙から与えられた画号が、胸のなかに浮かんだ。


 その名を捨てるつもりはなかった。画を描くことから遠ざかっていても、雲岳という名は、自分が歩んできた道の一部である。金井戸の少年だった頃も、真金で修業を重ねた日々も、名古屋で石蘭に学んだ時間も、その名のなかに結びついていた。


 いつか、再び筆を持つ日が来るのだろうか。


 その日がいつになるのか、熊治には分からなかった。


 それでも、筆を持つ手は、その感触を忘れてはいなかった。


 熊治は窓を閉め、身支度を整え直した。


 今日も、郵便電信局へ向かわなければならない。



 画の道から離れたつもりでいても、人生は、必ずしも人が決めたとおりに進むものではない。


 文化の坩堝である東京で、新たなにいろいろな職業の人々と出会うことになるかもしれない。何かのきっかけで、いったん置いた筆を再び手に取るかもしれない。そのときが来たら雲岳という名を生きてきた年月が、どのような意味を持ち、どのような化学変化をおこすことになるのか。それを知るのは、まだ少し先のことである。



続く。。。

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