表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『さよなら、偽物の聖女様。』〜Vtuberをしている幼馴染を守るために、世界最強の裏方になります〜  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/13

第9話 聖域の終わり

事務所の会議室。

防音加工が施されたその部屋は、不気味なほど静まり返っていた。

正面に座るのは、いつもは温厚な担当マネージャーと、制作部門の責任者である冷徹な目をした中年男性だ。

テーブルの上には、昨夜の炎上騒動の推移を記したデータと、凛の契約書が置かれている。


「……結城くん。君が犯したミスの重さは、理解しているね」


責任者の低い声が、部屋の空気を凍らせる。


「『陽太』という名前が出た。それだけならまだ、機材スタッフだとか、親戚だとかで押し通せたかもしれない。だが、学校側が君の活動を把握し、停学という具体的な処分を下した。これは、クリーンな『聖女』というブランドにとって致命的なダメージだ」


凛は、隣で僕のシャツの袖をぎゅっと握りしめている。

その指が、かすかに震えているのが伝わってきた。


「……申し訳、ありませんでした」


「謝罪が聞きたいわけじゃない。我々はビジネスの話をしているんだ」


責任者は、僕に鋭い視線を向けた。


「そして、君。協力していたのは君だね。……本来なら部外者の立ち入りは固く禁じているが、結城くんから君への依存度の高さは我々も把握している。今回、君をここに呼んだのは、最後通牒を伝えるためだ」




責任者は、ペンでデスクを一度だけ叩いた。


「道は二つだ、結城くん」


「一つは、このまま引退。ほとぼりが冷めるまで活動を休止し、そのまま契約満了で消える。当然、君が積み上げてきたキャリアも、収益も、ここで全てストップだ」


凛の肩がビクッと跳ねる。

彼女にとって、Vtuberとしての居場所は、ズボラな自分を肯定してくれる唯一の「外」の世界だった。それを失うことは、翼をもぎ取られるのに等しい。


「……もう一つは?」


凛が、震える声を振り絞って聞いた。責任者は、無機質な笑みを浮かべて答えた。


「今夜、緊急の生放送を行いなさい。そこで『陽太』の存在を完全に否定し、学校での噂もすべて事実無根だと訴えるんだ。……その後、君(陽太)とは今後一切の接触を断つこと。連絡先も消し、私生活でも二度と会わない。それが、活動継続の条件だ」


「……っ!」


部屋の空気が一気に重くなる。

僕との縁を切らなければ、活動は続けさせない。

それは、彼女の夢と、彼女の生活の支えである「僕」の、どちらを捨てるのかという究極の問いだった。



「陽太くん。君からも彼女に言ってやりなさい。彼女の将来を思うなら、身を引くのが筋だろう?」


マネージャーが、同情を含んだ、けれど残酷な視線を僕に向ける。

確かに、僕が消えれば彼女は救われるのかもしれない。僕という「綻び」さえなくなれば、彼女はまた、輝かしいステージに戻れる。

僕は、握りしめられた凛の手を、静かに解こうとした。


「……凛。僕は、いいよ。お前が、歌いたいなら――」

「嫌だ」


凛の声は、小さかった。けれど、今まで聞いたどんな「聖女」のセリフよりも、強固な意志がこもっていた。


「嫌だよ、そんなの。陽太がいない私なんて、誰が幸せにしてくれるの? 陽太がいなかったら、私、朝起きることだって、マイクの前に立つことだってできないのに……!」


「結城くん、感情的になるな」


「感情的じゃないです!」


凛が立ち上がり、机に身を乗り出した。


「嘘をついて、自分を助けてくれた人を悪者にして、それで笑うのが『聖女』なんですか? ……そんなの、私が一番なりたくなかった大人です」


凛は、解けそうになった僕の手を、再び、さっきよりもずっと強く、痛いほどに握りしめた。


「……私は、辞めます。陽太と会えなくなるくらいなら、聖女なんていりません。……今まで、ありがとうございました」




「……本気かね? 違約金や、これまでの投資を無にすることになるんだぞ」


責任者の脅しのような言葉が飛ぶ。

だが、凛はもう、一度も目を逸らさなかった。


「はい。……だって私、陽太が作ってくれる、少し焦げたハンバーグを一生食べられなくなる方が、ずっと怖いんです」


凛が、僕を見てふにゃりと笑った。

それは、学校で見せる「高嶺の花」の微笑みでも、配信で見せる「聖女」の微笑みでもない。

僕の部屋で、僕の膝の上で、コーラを飲みながら見せる、世界で一番ズボラな幼馴染の顔だった。


「……行きましょう、陽太。もう、帰ってゲームでもしよ?」


驚愕し、言葉を失う大人たちを会議室に残し、僕たちは手を繋いだまま部屋を出た。

重い防音扉が閉まる音が、僕たちの「公式な活動」の終わりを告げた。

エレベーターに乗り込んだ瞬間、凛は僕の肩に頭を預けて、大きく息を吐き出した。


「……ふぅ。言っちゃった。陽太、私、無職になっちゃった」


「……ああ。おまけに停学中だ」


「あはは、最悪だね。……でも、すっごく気持ちいい」


夕焼けに染まるオフィス街へ、僕たちは二人きりで踏み出した。

全てを失ったはずなのに、繋いだ手の熱だけは、今までで一番熱く、確かなものに感じられた。

読んでくださってありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、

★評価やブックマークで応援していただけると更新の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ