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八話


 大きな音は、一度だけでは終わらなかった。

 なにかを叩きつけるような音が複数回繰り返される。


「旦那様、どうか落ち着いて……ぎゃあっ!」


 制止する、あの老女の悲鳴染みた声も。

 尋常ではない雰囲気に、縁は思わず障子を開け放った。


「……!」


 部屋の手前には老女。奥には、男が立っていた。中肉中背の着流し姿。首になにか、赤い石を装飾として下げていることまでは確認できるが、薄暗くて顔はよく見えない。 

 しかし、室内に酷い有り様はこの男がやったことだと分かる。

 畳には茶器や花瓶が転がっており、割れた破片も散らばっていた。

 ――そして案内役の老女が額に薄ら血を滲ませ、ダンゴムシのように丸まっている。

 部屋の主だろう男は、うずくまる老女の髪を掴むと「おい!」と大声を上げた。


「はい、旦那様」


 間髪入れず、縁の背後から返事がある。驚いて飛びのけば、先ほどの物音で集まってきたのだろう数人が立っており、さっと室内に入っていく。


「これは金輪際屋敷に立ち入らせるな。私の客人だというのに、勝手な判断で連れ回した」

「そんな旦那様! 旦那様だってあの時おっしゃっていたでしょう! 阿婆擦れの血だなんて汚らわしいと! だから私めは」


 老女は、同僚たちに左右の腕を掴まれながら叫ぶ。

 室内にいた旦那様と呼ばれた男は、疎ましそうに老女を見やると連れて行けというように顎をしゃくった。

 力のありそうな男たちに両腕を掴まれた老女は、両足を必死にばたつかせるもズルズルと引きずられていく。


 旦那様と叫び、許しを乞うていた老女の目が、ふいに縁をとられた。

 その瞬間、老女はカッと目を見開いて、さらにわめき散らした。


「お前っ……そうだ、お前のせいだ! お前がきたから旦那様がおかしくなった! 外から来たお前が穢れを持ち込んだせいだ! あたしゃぁ、先代の頃から間様に尽くしてきたんだ! 先を見る権利があるんだ! それなのにっ、それなのにぃっ!」


 ギャーギャーと叫ぶ老女だが、その声がだんだんと遠くなる。

 パンパンと音がして、縁のみならず集まっていた者たち全員がびくりと反応した。


「みな、騒がせたな。仕事に戻りなさい」


 部屋の主、旦那様と呼ばれた男が手を叩いた音だった。集まった者たちはぺこりと一礼してさささっと足早に散っていく、残った縁は――。


「見苦しい所をみせてしまったな。あの年寄りがわざと遠回りして連れ回したと聞いている、こちらから招いたにもかかわらず、この非礼。どうか許して欲しい」

「…………」


 旦那様。

 そう呼ばれていたならば、この男が手紙の差出人――間 仁一朗、縁の祖父であるはずだ。

 だが、声が想像よりもずっと若い。

 薄暗い部屋の奥にいた主が、散らばった花や濡れた畳を気にもとめずに踏みつけて、縁のほうに歩み寄ってくる。


 思わず、息を呑んだ。


「――……っ」


 お父さん、と声にならずとも唇が動いた。


 血縁だから似通うのもおかしくはないが、そこにいる男を祖父というにはあまりにも若すぎて――縁の父にそっくりだった。十四年前で止まったままの、父に。

 

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