五話
十四年ぶりに足を踏み入れた糸布狭島について縁が抱いた感想は、奇妙な島だった。
外側……島の玄関口である港やその周辺には、店やホテル、さらには新しめの家が建ち並ぶ住宅地も見え、整備されているように見えた。
だが、中へ進むにつれて、畑や古い作りの民家などが並び、静けさに包まれている。
なにより奇妙なのは、途中で見た杭だ。
大人の腰ほどの高さの杭が横並びの等間隔で刺さっていた場所があったのだ。一カ所だけ、人が通れるくらい間隔があいている場所があったので、縁はそこを通り抜けて奥へ進んだ。
時折島民の姿を見かけるが――チラチラと縁を見ては、コソコソと囁きあい、目が合うと露骨にそらす。道を聞こうと声をかけても、露骨な塩対応だった。
なによりも縁を困惑させたのは「間さんの家に行きたいと」と続けた時の対応だ。塩対応の島民たちが、今度は無遠慮に縁を頭からつま先まで値踏みするように凝視し、それからこう言った。
――あんたも、かえり様のところに来たのかい、と。
船で嫌というほど聞かされた名前だった。
いいえ、と縁は島民たちの問いに否定で答えた。そして、改めて「間 仁一朗さんの家に行きたいんです」と尋ねると、島民たちは呆れたような顔で「かえり様は間の神子様だろう」と言ったのだ。
それから、少し苛立った様子で「最近は余所者が多い」と吐き捨てた。
船で鉤路が熱弁していた島の代行者一族。そして、その一族で現在数々の奇跡を起こしたとされる、かえり様。
これらが、父の生家のことであったと、十四年彼らと没交渉だった縁は、この時初めて知った。
(まさか、そんなことってあるのか……)
押し黙った縁を不審に思ったのか、島民たちはひそひそと何事か囁きあうと「坂の上のお屋敷だ」と言ってそそくさと立ち去っていった。
――そうして、縁は島民たちの決して好意的ではない視線を受けつつ、間家にたどり着いたのだが……一つ問題があった。
(家が、見えない)
どこぞのお殿様のお屋敷だと言いたくなるような、立派な門がそこにはあった。
後ろにそびえる山を守るかのように立つ門にぐるりと囲まれたその様子に、縁は来る途中に見た杭を思い出した。
(本当、境界線みたいだな)
まず大きな石造りの門があり、その向こうにさらにまた門が見えている。
(なんか、刀を持った侍とかが出てきそうな雰囲気だな。……玄関が遠いからって勝手に入るわけにはいかないし……)
そう思ってインターホンを探すが、ここだけタイムスリップしたような門には生憎近代的な代物は見つからない。そして、周辺に人の姿もない。
(どうしたらいいんだ、これ)
意を決して、門の中へ入ろうかと考えた縁だったが――。
「あの……」
不意に、背中から控えめな声がかけられた。
「え?」
驚いて振り返れば、少し離れた場所に着物姿の若い女が立っており、戸惑ったように縁を見つめていた。
帰宅してきたこの家の人間なのか、それならば渡りに船――と、一瞬考えた縁だったが自分が今無断で門をくぐろうとしていたことを思い出し、これは不審者と怪しまれて声をかけられたパターンではないかと青ざめる。
慌てて縁は「いえ、違います」となにも聞かれていないのに口を開く。
「俺は、怪しいものでは……」
早口で事情を説明しようとした縁に対し、女は不思議そうに小首を傾げた。その拍子に、背中に流した黒髪がさらりと揺れる。赤い唇が、ゆっくりと開かれ……。
「縁ちゃん?」
――鈴の鳴るような声で、彼女は言った。
「――え?」
海の底を覗いたような深い青が、真っ直ぐに縁を見ていた。




