四十二話
大きな音が響き、一拍遅れて膝をついたのは、なぜか射線上に飛び出していた琴絵だった。
数馬が驚いたように目を見張る。
「は? ……なにしてんだ? なにしてんだよ!?」
先ほどまで襲いかかっていた縁を、身を挺して守った――まるで一貫性のない行動をとった琴絵は、縁をじっと見つめて……口を動かした。
逃げて、と。
それは決して大きな声ではなかった。吐息を吐き出すような微かな声。だというのに、琴絵のその一言だけは、なぜかよく通った。
縁だけではなく、灯夜にも……数馬にも、よく聞こえた。
次の瞬間、数馬は顔を怒りで真っ赤にして叫ぶ。
「なんでだよ!」
それは琴絵に対する問いかけのようだったが――。
琴絵は数馬に見向きもせず、ふらふらと縁に手を伸ばす。
血を流しているのに、痛みなど感じていないかのような笑みを浮かべている。
「あああああああああっ!」
数馬の絶叫。それは意味の伴わない、わめき声だった。
自分の計画がズレたことへの怒り。
邪魔した琴絵への怒り。
存在を無視された怒り。
その激情のままに、数馬は銃の引き金を引く。自分に背を向けた無防備な琴絵の背中に向かって、躊躇なく。
銃弾を何発も撃ち込まれた琴絵は、それでもまだ倒れなかった。
ぐるりと体の向きを変えると、血を流したまま数馬を凝視し――。
「か え し て」
口からごぽりと血を吐き出しながら、聞こえないはずの声を発した。
濁ったその声は、まるで神経をつま弾かれているような不快感と恐怖心を引き起こし――再び四つん這いになった琴絵は、数馬に飛びかかった。
「ぐるるるぐぁ!」
「うわぁっ!」
獣のうなり声と、数馬の悲鳴が混ざり不協和音を響かせたが、もみ合い地面に転がるふたりを置いて、縁と灯夜は社に走る。
「待て! お前ら、待て! 取り引きしよう……! 離せ! くそっ、どけ! うわぁっ、うわああああ!」
数馬がなにか叫んでいるがふたりは振り返らない。
社に駆け上がり、中央に鎮座する血鳴石に向かう。
そして、縁は血鳴石に手にしていた赤い石をぶつけた。ぶつかりあった瞬間、縁の手に合った石は粉々に砕け散る。
そして、血鳴石は――。
ぴしり、とヒビが入った。それを切っ掛けにあちこちに亀裂が走る。音を立てて裂け目が広がった石は、縁と灯夜の目の前で、砕け散った。中から、あふれてきたのは、蛍を思わせる小さな淡い光たちだ。
なんだろうと思う前に、衝撃があった。
石がある場所へ真っ直ぐ、なにかが落ちた。
「……雷?」
落雷――そうとしか言えない現象は、欠片も残さず石を消し去り、地面に大きな穴をあけた。
水の音がする。
「水に……海に、繋がってたのか。カミサマのいる、海の底に」
血鳴石と呼ばれていたものは石柱であり、地下水路と繋がっていたことを知った。
この石に、血を与える――それはつまり、血で海を穢すことだ。島の中に眠る、いや囚われているカミサマを穢し続けることになる。
濁った命でもって、カミサマを捕らえ続けていた因習はこれで完全に断ち切られた。
――それを縁が確認した瞬間、ドンッと大きな衝撃があった。
落雷。一カ所ではない。なんどもなんども、あちこちで。
そして島全体が咆吼するように、大きく揺れた。




