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四十一話


 琴絵はうなり声を上げると、縁に飛びかかる。


「なっ……!?」  

「縁……!」

「おっとぉ灯夜、よそ見してていいのか?」

「――っ」


 縁は自分にのし掛かってきた琴絵を押しのけようとするが、ビクともしない。それどころか、中年女性とは思えないほどの力で掴みかかってくる。

 一方で灯夜は鉈を振り回す数馬から距離をとり悪態を吐いていた。


「この、クズ野郎! 琴絵伯母さんになにした!」

「親父の……いや、篤志のか? あの混ざった肉をな、ちょっと食わせただけだって。そしたら、面白いくらい簡単に壊れたなぁ」

「壊れたって……」

「まるで獣だよなぁ? 俺も、あーゆー壊れかたをするとは予想外だわ。まぁ、元々いかれてたし、半端に人間性を残してた今までのほうが酷だったんじゃね?」 


 そんな面倒なものを全部手放した今が幸せだろう。

 数馬は鉈を振り下ろしながら語った。


「これで有効活用できるから、万々歳だろ」

「食わせたって、自主的に口にするわけない――無理矢理食わせたんだろうが!」

「だってもう使い道ないだろ?」


 数馬が、嘲笑混じりに言い捨てた。

 それは、縁の耳にも届いている。もちろん、琴絵にだって聞こえているはずだが、彼女は弟に言い返すこともなく――言葉すら忘れたように、縁に馬乗りになりうなり声を上げている。


「人の命をっ、なんだと思ってるんだ!」

「巡ってかえってくる、つまりは――たくさんある残機のひとつかねぇ?」


 縁の怒声に、数馬がケタケタと笑い声を上げた。


「親子だなぁ! お前の死んだ父親も、昔同じことを言って島から逃げたんだぜ! 戻って来なけりゃ、長生き出来たかもしれないのにな! なのに、おふくろが死んだって聞いて、わざわざなぁ! あれは、笑えた! なぁ、灯夜?」

「っ、どこまでクズなんだよ、アンタは!」


 縁も、この男は終わっていると思った。

 だが――これが、この島の、間という家の、普通だったのかもしれないとも思った。

 死の先も生きる。そんなことを信じ、ありがたがるくせに、その実、どこまでも命を軽く扱うことが、普通。

 そうであるなら、父が……そして、灯夜がこの島から出たことにも納得がいく。

 

 縁にとっても、数馬という男は我慢ならない存在だ。できるなら、すぐにでも灯夜に加勢しに行きたい。

 しかし、そうするには獣のようなうなり声を、上げ歯を食いしばっている琴絵をなんとかしなくてはならない。


「琴絵、さん! しっかりしてください……!」


 縁は必死に呼びかけ、押しのけようとするものの、琴絵はビクともしない。 

 むしろ、じりじりとだが力負けしつつあった。


「縁! 殴れ!」

「ははは、お前……さすが間の人間だわ。年増とはいえ、女殴れとか」


 ろくな反撃すらせず、防戦に徹している縁に焦れたのか灯夜が叫ぶ。

 数馬はそれを揶揄してみせた。

 自分が優位な立場にあると分かっているのだろう数馬の、余裕のある態度に対し――。


「ああ、そうだろうね。オレは歪んでるよ」


 灯夜はそう吐き捨てて、縁と琴絵に向かって駆け出した。

 自分を相手取っていたはずの灯夜。その突然の行動に、数馬の反応が遅れる。

 数馬を振り切った灯夜は、その勢いのまま――琴絵を蹴り飛ばした。


 成人した男の力でも押されるほどの力を発揮していた琴絵だったが、耐久力は上がっていなかったのか、あっけなく縁の上から転げ落ちた。

 地面に丸まり、げぇげぇと嘔吐する姿に心が痛まないはずがなく、灯夜が眉を寄せる。

 だが、琴絵はそれで戦意喪失することはなかった。

 ぐるるっと、まるで本物の獣のようにうなり声をあげると、再び四つ足で立ち上がる。

 そんな伯母の姿を見た灯夜は、縁に呟く。


「――歪んでるんだよ、間の家も……この島も。もう、どうしようもなく歪んでるんだ。だから……」


 続く言葉は、聞かなくても理解出来た。

 石を、血鳴石を壊す。

 たとえそれが、全ての崩壊に繋がっても。


「かえさなきゃいけない」

「うん」

「……あぁ、ほんっと……。お前は腹立つことばかり言うなぁ、縁。さっさと殺しとくべきだったよ、篤志みたいに!」


 縁の言葉に、灯夜が頷いて、数馬があざ笑い――琴絵が吠えた。

 縁は社に走り出す。

 数馬が行かせはしないと取り出したのは、銃だった。そして、標準を縁に定める。


 そして、引き金を引いた。


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