四十話
異形の存在が悲鳴を上げる。
幾重にも音が重なり混ざり合ったような濁った絶叫が山に響き、木々を揺らす。蠢いていた触手は一瞬で動きを止めて硬直したかと思うとたちまち水分をなくし、乾いた土のようにボロボロと崩れていった。
自分に覆い被さってきた触手が崩れていくのを、縁はやるせない気持ちで見つめる。その手は、アサヒが首から下げていた赤い石を握っていた。
それを、異形の中心――人の姿の胸部に突き刺している。
命で出来た石は、その体の中に集まっていたたくさんの命を吸い上げるように縁の手の中で鮮やかな輝き、ずっしりと重さを増す。
「……ここから、出ような」
そんな縁の言葉に、異形は微かに笑って……たちまち脆く崩れ落ちていく。
「縁……! 無茶はやめてくれる!? なにかするなら、一声かけて!」
「すまない。けど……とっさだったし。それより、さっきの声は」
「は? 声?」
「……なんでもない」
「そう? ……でも、これで終わりか」
灯夜が呟く。
縁は、首を横に振った。
そして、けたたましい笑い声が響き渡る。
「あははははは! やっちまった! やっちまったなぁ、おめーら!」
「数馬伯父さん……!」
「よぉ、灯夜! 紛れ込んだネズミが、やたら素早いと思ったら――お前が手引きしてとはなぁ。絹花が帰ってきたって言いふらしてなけりゃ気付かなかったぜ」
「…………」
数馬はひらひらと灯夜に手を振ると、近づいてくる。
そして、縁を見て笑った。
「やってくれたなぁ、縁。いや、その肉のかたまりを処分してくれたんだから感謝するべきか? ったく……屋敷中で食い散らかしやがってよぉ、この化け物。――けど、これで俺が間の当主だ!」
「……は?」
「親父はこの化け物に潰されてた! かえり様を産んだからってデカい面してきた絹花も頭をちぎられてくたばった! ヘタレな兄貴は喰われて死んだ! とっくにいかれてる姉貴は論外だ! だったら、俺しかいないだろう?」
目を輝かせて語る数馬の手には、血の付いた鉈があった。
縁が鉈に気付くと、数馬は得意げな様子でふたりに見せつけるように一振りし、スイッチが入ったように語り出した。
「生贄を増やすっつー仕事を与えられただけの癖に、長男の妻だなんて調子に乗った使用人風情も、結局青目じゃなかったバカガキも――いらねぇだろ?」
熱のこもった話しぶりに、縁と灯夜は互いに目配せし合いじりじりと数馬に近づく。
「それって殺人の告白?」
「あ? ちげーよ。必要な供物――あとは、俺の趣味だなぁ!」
ふたりが、いつでも飛びかかれるようにと包囲網を狭めていることに気付いていないのか、それとも無頓着なのか――なにひとつ気にした素振りなく、ぎゃはははと下品な声で数馬は笑う。その表情は、恍惚としていた。
「儀式ってなぁ。趣味と実益を兼ねた素晴らしい行為だと思わねーか?」
「は?」
「だってこれは、島のためなんだ。家のためなんだ。繁栄のためなんだ。……そう言い訳すれば、好きなだけ人を甚振り殺せるんだぜ? 腰抜けの兄貴には無理だった。篤志は潔癖すぎて、儀式の素晴らしさを理解出来なかった。俺が、俺だけが親父の手伝いをしてきた。全部見てきた。おいしいところだけをつまみ食いするだけだった、親父とも違う。俺は、儀式の工程……全てを知っている――俺が、より儀式を完全にする……! 命を捧げるんだ……! たくさんの、命を。分かるか? 命を捧げて、この島に神の力を留める――人の血で穢れを生み出し、神を弱らせ自らが食らう! これが、儀式の真の目的なんだよ! 神を食らって自分が新しい神になるんだ! 朝灯を見ただろ? あの化け物! あれは失敗例だ! あれは神の力じゃない、間が長年捧げため込んできた怨念だ! 欲しいのはあれじゃない! だから、かわりに朝灯が取り込んでくれて……それを始末してくれて、助かったぜ?」
これで自分が、正真正銘神になると数馬は笑う。
「あとはお前たちだな。邪魔なんだよ。神は、俺以外いらない。だろ?」
「あー……なるほど。オレらに罪着せて被害者ぶるわけか?」
灯夜が吐き捨てれば、数馬は正解だと頷く。
「おっさんひとりで、若者ふたりに勝てると思ってんの?」
「あはははは――姉貴! ほら、ここにいたぜ! 姉貴の獲物だ!」
ガサガサと草木が揺れた。
そこから、獣が飛び出してきた――そう思ったのは、四つ足歩行だったから。
だが、現れたのは目を血走らせ髪を振り乱した琴絵で……その姿は、まるで獣のようだった。




