三十六話 灯夜⑤
「……頭、痛い……」
土の上に仰向けに寝転がって、灯夜は呟いた。
どうやら気絶していたらしいと、自分の首周りをさする。
「反則だろ、アレ。なんだよ、口から触手が出てくるとか。キメェなぁ」
祖父を押さえ込んで縁を逃がしたはずが、口から伸びてきた触手に首を絞められ失神してしまった。
「……マジで化け物なんだな」
呟いて、ハッと自嘲染みた笑みが浮かんだ。
祖父も自分の親族も……この島の人間は多かれ少なかれ歪んでいた。
姿形ではなくその性質こそが――そう考えれば……。
「元から化け物だったな」
自分も含めて、みんな化け物だった。だからこそ、縁の真っ直ぐさに惹かれた。
灯夜も朝灯も、宝物を手に入れたと喜んで……今度はそれを手放すのが惜しくなって、手元に留めた結果が、アレだ。
「……化け物のよしみか知らないけど、ぶっ殺されなかっただけマシかぁ。……さて、縁ちゃんは逃げ切れたかな?」
「灯夜!」
「はい!?」
たったいま考えていた人物の声がした。
驚いて飛び起きれば、多少汚れた縁が肩で息をしているではないか。
「いやいやいや! なにしてんの!?」
「え? 戻ってきたんだが……?」
「それがなにか? みたいな顔しないで! なんで戻ってきたんだよ……!」
「だって」
「だって?」
「――俺は、この冊子を渡す相手の顔も名前も知らないんだぞ。どうやって手渡すんだよ」
灯夜は思った。
(そりゃそうだ)
だが、そういうことではないのだ。縁とて分かっていると思っていたが……と、灯夜は縁を見た。
真剣な、けれど静かな目とぶつかる。
「だから、お前も一緒に行くぞ」
――その一言で、察しがついた。
この男は……縁は、無事に逃げてくれと言う灯夜の真意を理解していた。それなのに、今ここに戻ってきたのだと。
「…………っ」
十四年前。
灯夜は祖父を、ひとりで追うことが出来なかった。
ひとりで追うことは出来なかったのに、ひとりで逃げた。
だから、今回は……ひとりで始末をつけなければいけない。
そう思っていたのに、縁は当たり前のように灯夜の手を引く。
きっと、彼は知らないから。
灯夜にとって不都合なことを、思い出していないから。
だから――。
「あのさ、縁。悪いけど、オレは他にやることが」
「悪かった、なんて思うな」
「え?」
「死んでもいいなんて、思うな」
「……なに、言ってんの?」
心まで見透かすような真っ直ぐな視線を直視出来ず、灯夜は思わず視線をそらす。
「お前が生きて帰っただけでも、よかったんだ」
「だから! なに言ってんのさっきから! 意味分からないんだけど!」
「分からないなら、それでいい。ただ、覚えておけ。――お前が生きててよかった」
なに言ってるんだ、コイツは。
逃げた男が生きててよかったなんて、そんなことがあるものか。
巻き込んだ張本人だけが、おめおめ逃げ帰ったのに。悪くないなんてあるわけがないだろう。
それなのに……――縁にかけられた言葉を、嬉しいと思ってしまう自分がいることに、灯夜は気付いている。
祖父が儀式に執着する化け物ならば、自分は生に数着する化け物だと思い、灯夜はずっとそんな自分を嫌ってきた。
島を出るときに付いてきた同居人は、そんな灯夜をこう表現していた。
『灯夜は死に惹かれているように見えて……その実、生を受け入れられないだけだよね』
なにを言っているのか分かりませんとその時は鼻で笑ってみせたが……本当はきちんと理解していた。その言葉は自分の本質を突いていると。
灯夜はずっと自分が嫌いだった。
死の匂いが充満するあの場所から、ひとりだけ生へと逃げた自分が嫌いだった。そうまでして得た生であるはずなのに、生きている自分が嫌いだった。
死にたいわけではないのに、自分が生きているという事実が許せなかった。
「お前が生きててよかったよ。だから、死ぬな」
「……なんだ、それ」
笑おうと思ったのに、なんだか視界がぼやけたので、灯夜は誤魔化すために下を向いた。
「……縁のそれはさぁ……――今まで聞いたことないレベルの、きょーれつな呪いじゃん」
「失礼だな」
「事実だろ」
――だってオレ、これで絶対死ねなくなったじゃん。
そんな灯夜の小さな呟きが聞こえたのか、縁が笑う。つられたように、灯夜も笑っていた。




