二話
「だから、糸布狭島は本来ならとっくに海に沈んでいたと言われているんだよ。それが神の力で支えられている奇跡の島、だなんてね」
海の上。
白波かき分け進む船の中で、まるで講義でもしてるような口調で話すのは四十歳前後の男だった。
「古くは、島そのものを神様であると考えていたそうでね。死んだら神様の元へかえるからと、島では水葬が主だったそうだ。
そして、神様に導かれた者は、死を乗り越えて帰ってくる、まぁ黄泉がえりだね。そういう考えが根付いていてね。帰ってきた者の一族は代行者として島を治めてきた。
そういった背景からか、糸布狭島は土着信仰が今でも根強く残っているそうでね、その証拠にあの島では今でも祭があるんだそうだ。ああ、もちろん普通の祭りとは違うよ。一般公開される祭ではなくて、数年に一度だけ行われる秘祭というやつさ。
代行者一族が管理する、禁足地で行われる厳かな儀式だというが……いやぁ、ロマンだねぇ。日本各地には色々なその土地に根付いた伝承があり、そこからさまざまな儀式が派生する。現代まで絶えず続けてきたものを調査し記録するのは、学者の使命だと思うんだよ」
糸布狭島と本土を結ぶ連絡船で一緒になったのは数人だった。
そのうちのひとりが、この四十歳前後に見える男――鉤路だ。民俗伝承を調べているらしい彼は、研究者かなにかなのだろうか。乗り合わせていた縁や他の者たち……夫婦らしき一組の男女や、気が強そうなひとり旅風の女、そして派手な髪色の男に「糸布狭島とは」と頼んでもいないのに講義を始めた。
興味深そうに聞く者、話半分で頷く者、調子のいい合いの手を入れる者――反応は様々だが、ひとりだけ露骨に関わりを避けた者がいた。
夫婦と思わしき男女のうちの、女だ。
彼女は、鉤路の話の途中に席を立ち移動した。
夏だというのに長袖の黒ずくめという姿の彼女は、顔色が悪かったから体調不良だったのかもしれない。夫が心配そうに「春菜」と呼びかけていたが、彼はすげなく手を振り払われてしまい、鉤路の講義に落ち込んだ顔で参加していた。
縁も、なんとはなしに耳を傾ける形になったが、横からは「へぇ!」だの「さすが!」だのと、調子のいい合いの手が聞こえる。
隣に座る男――ピンクが混じった金髪という派手な髪色の彼は、縁と同年代のように見える若い男だった。
明らかに日本人顔だが名乗った名前はベイ・サイダーというカタカナ名だった彼は、勉強熱心なのか聞き上手なのか、先ほどから、すかさず合いの手を入れて鉤路の話を盛り上げていた。
「ベイ・サイダーくんはずいぶん熱心だね。こういうのに興味があるのかい?」
「そっすね! 自分、そういうネタになりそうな話が大好きなんすよ! 配信するなら、やっぱセンモンテキな感じを出したほうが、本物っぽいっすからね!」
「あなた、配信者なの?」
気が強そうな女が尋ねると、ベイ・サイダーは相好を崩した。
「え? おねーさん、オレに興味ある感じっすか?」
「別に」
「なら教えちゃいますかねぇ~!」
そして勝手に語り出した内容は、自分がオカルト系の動画配信者で、知る人ぞ知る心霊スポットとして配信するために糸布狭島を訪れるというものだった。
おねーさんと呼ばれた気が強そうな女は無視。鉤路は「なるほど。そういう観点からのアプローチか」と頷き、男は「がんばってね」と愛想笑いを浮かべる。
「よかったら、みなさんもチャンネル登録よろしくで~すっ」
とベイ・サイダーが語尾を上げた時だった。
「いい加減にして! うるさいのよ、さっきから!」
離れたところから怒鳴り声がした。
声を荒らげたのは、移動した黒ずくめの――春菜と呼ばれていた女だった。
顔色が悪いものの、その視線の力は強かった。ギリギリと縁たちをにらみつける。まるで全方位に警戒している猛獣のようだ。
「あぁ、申し訳ありません。つい、熱が入ってしまって」
最年長である鉤路が謝罪する。女はジロリと鉤路をにらみつけると、ふんと顔を背けた。彼女の連れである男が慌てた様子で「春菜……!」と駆け寄る。
「春菜、少し落ち着いて。ほら、水飲んで」
「うるさいのよ!」
窘める声を煩わしそうに遮った女――春菜は、ぜぇぜぇと肩を上下させ呼吸する。それから、なにを思ったか首にかけていた小袋から赤い石のかけらを取り出すと、それを握りしめブツブツとなにごとかを呟き始めた。
断片的に聞こえるのは「お守りください」や「お救いください」といった言葉だった。
黒で統一された彼女の服装と相まって、異様なものを感じたのかベイ・サイダーが「きも」っと小さく呟く。
不意に船が大きく揺れた。
春菜の手から、石が転がりおちる。
「あっ……!」
「かえり様の赤石が……!」
夫婦の口から悲鳴がこぼれた。




