二十七話
「十四年前って……、それじゃあ今いる彼女は? そもそも、覚えてない原因って」
「朝灯は、殺されたんだよ。穢れを洗い清める、儀式とやらのために」
「――は?」
理解出来なくて表情を強ばらせる縁を見て、灯夜は「普通、そういう反応だよな」と苦笑した。
「元々、朝灯は神子だった。朝灯が殺されて、アレが現れた――島の奴らが馬鹿みたいにありがたがってる、かえり様が」
「……それって、どういう意味だ?」
灯夜は少しだけ遠い目をして、口を開く。
「糸布狭島じゃ昔から、死の先に新たな生があるって考えられてた。でも、これは輪廻転生のことを言ってるんじゃない。死を超越して、生きるってことなんだ。でも死の先の生へ導いてもらうには、邪な穢れは洗い流さなければいけないって文言があるんだよ。現世でためた穢れってやつだな。……みんながかえり様に傾倒するのは、かえり様が島に根付く信仰を体現しているからだ。アイツの言うことを聞けば死の先も生きる権利を与える――つまり、この島にいる神様……シノサキ様のお眼鏡にかなうんだって思ってるんだ」
「シノサキ様?」
「魂を導く神様なんだとさ」
この島の多くが信仰しているはずの神様の名前を、縁は今初めて聞いた気がした。
ここに来るまでに聞いたのは、かえり様のことばかり。まるでかえり様が新しい神様のような扱われかただった。
「朝灯は神子って言っても、ぶっちゃければ体のいい生贄だ。双子の青目は生贄の証だって、昔じじいが言ったんだよ。朝灯は神様のしるしをつけられているから、然るべき時にお役目を果たさないといけないって」
灯夜は難しい顔をしていた。青い目――それは間の家に時折現れる特徴で、古くは生贄の証と呼ばれていたらしい。
「間家にはそういう習わしがあったんだと。昔々の話で、昭和にはもう絶えたはずの風習だったのに……あのじじいが、復活させた」
双子として生まれ、青い目だった朝灯は神子と呼ばれ表向きは大切に、実際は外と関わらないように隠すように育てられ、知識を得る方法といえば双子の兄である灯夜が聞かせてくれる情報が全てだった。
彼女の世界は閉じたまま終わるはずだった。
なにも知らないまま。島のために命を捨てるはずだったのに――十四年前、出会ってしまったのだ。
朝灯の知らない、外の世界から来た子どもと。
「じじいは、余所者を嫌ってる。間の血に余分なものが混じるって言って、純島民との結婚しか許さなかった。だから、本土から来た人のことは、お外のかたなんて馬鹿みたいな呼び名をつけて区別してた。自分たちの視界には絶対に入れなかった。なのに……あの年は、例外が起きた」
「……俺たち家族のことだな」
灯夜は無言で頷く。
有沢一家が屋敷を訪れたことで、余所者嫌いの間 仁一朗およびそれに迎合する間家の面々は、嫌でも余所者を視界に入れることになったのだろう。
当然、散々罵ったはずだ。
余所者と結婚して子どもまで作った、篤志のことを。
「縁は、外に出てた」
子どもに聞かせる話ではないだろうからと――そんな気遣いをする人が、あの家にいたとは思えないが。
だが、外に出ていたことで、縁は間家が大事に大事に隠している、神子と出会ったのだ。
――縁ちゃん。
ここまで話されても、思い出せない記憶。
けれど、ほんの一瞬だけ……縁は自分の名前を嬉しそうに呼ぶ少女の声が聞こえた……ような気がした。
「じじいは、面白くなかったんだ」
だが、すぐに灯夜の声が縁を現実に引き戻す。
「お前とオレたちが仲良くなったことに気付いて、穢れがうつるとか喚いてたのを、オレは覚えてるんだ。お役目を果たせって言って、泣いている朝灯をこの山の奥へ連れて行ったところも」
激怒する祖父を、当時七歳だった灯夜が独力で止められるはずもなく、彼は大人に助けを求めたという。
だが、母も伯父たちも、伯母も、誰も動いてはくれなかった。
あの山は禁足地で、当主の許可がなければ立ち入れないのだと濁された。
話を聞いてくれたのは、外から来たのに、なぜか滞在が長引いている初対面の叔父、そして初めての友人となった従弟だった。
三人で、山へ――この奥へ向かったのだと、灯夜は視線だけで告げる。
だが、そこでなにがあったのかは、話すことを躊躇うように、あるいは言葉を選ぶように、口をつぐんでしまう。
だが、灯夜は結局「だめだ」と首を横に振る。
「……ここからは、あそこを見たほうが早いと思う」
「あそこ?」
「この山の奥に、あるんだ。鉤路さんが言ってた秘祭……じじいが固執してた儀式の場所が」
嫌悪感もあらわに顔を歪め、灯夜が吐き捨てた。
「血鳴石なんていう、ご大層な名前が付いたでかい石があるんだよ」
そこでアレは現れたのだ――そう呟いた灯夜の片目は、一瞬だけ怒りに呼応するように青を帯びた。




