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二十三話

 

 人気のないところが、自分の散歩コース。

 

 アサヒの言葉通り、倉の周辺には人の気配がなかった。

 屋敷では、結構な人数が忙しなく動き回っていたのに――同じ敷地内とは思えないほどの静けさの中を、アサヒは慣れた足取りで歩いて行く。ずっと縁の手を引いたまま。

 さりげなく引き抜こうとすれば、ぎゅっと力がこもり、不思議そうな顔のアサヒが振り返る。


「どうしたの?」

「その、手を繋いでいる必要はないんじゃないかと……」

「…………」


 話していると、だんだんアサヒの表情が険しくなってきた。

 気を悪くさせたかと一瞬焦る縁だったが、アサヒはなにも言わず繋いだままの手を引っ張り木々の間に身を潜める。


「え……?」

「しぃー、だよ? ……あそこ、見て」

「……?」


 アサヒが見ているほうに注視すると、少し離れた場所に池があった。そして池のそばに着物姿の女――絹花が佇んでいる。

 少し見ていると、落ち着きなく、きょろきょろとしきりに周囲を見回していた。


「……なんで、いるんだろう。これじゃ、お部屋に行けない……」


 少し苛立ったように、アサヒが呟く。

 絹花は縁たちには背を向けているものの、なにかを探している様子ですぐには立ち去りそうにない。

 アサヒもそれを感じ取ったのか、縁にこそっと耳打ちした。


「縁ちゃん、ちょっとここに隠れてて。追い払ってくるから」


 追い払う? と疑問に思った縁の返事を待つことなく、アサヒは絹花へと近づいていった。

 

 遠目から隠れ見ているため、なにを話しているかは分からない。

 だが、アサヒが声をかけると絹花は驚いた様子だった。

 そのまま、絹花は笑顔で……反対にアサヒの表情は冷ややかで――親子だと聞いていたが、どうにも和やかに話が進んでいるようには見えない。


 ふと、絹花の手が動いた。

 まさか、あの時のように――今度は、自分の娘を叩くつもりなのかと縁は思わず腰を浮かしかけた時だった。


「――っ!」


 不意に後ろから口を塞がれて、そのまま引き倒される。


 さーっと一気に全身の血の気が引いた。


(しまった……!)


 注意が母娘にいってしまい、完全に油断していた。

 慌てて縁が腕を振ると、ぱしっと片手で掴まれる。

 そして……。


「しぃーっ……! オレだよ、オレ……!」


 小声だが、すぐ近くで聞こえた、覚えのある声に驚いた。まさかと思って冷静になれば、そこには、どこかに閉じ込められているはずのトーヤがいた。


「……いやぁ、お互い無事でよかった。いきなりだけど、ここ、ちょっと離れよう……」


 口を塞がれたままの縁は、アサヒのほうに視線をやる。

 どうやら絹花はアサヒに手を上げたわけではなかったようだ。なにかを頼み込むように、彼女の手を握り訴えかけていて、アサヒはそれをうっとうしそうに聞いている。

 ひとまず安心――だが、焦れたようなトーヤが舌打ちした。


「あっちを心配してる場合じゃないって。とにかく、こっち来て……!」


 そのまま、縁はトーヤにずるずると引きずっていかれたのだった。


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