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二十話


『――穢れは洗い流せ。邪なるものは洗い流せ。シノサキへの導きのため、道を作れ――』


 太く、低い声が暗い世界を揺らす。

 飛び散る赤。毒々しい笑い声。

 そこにいるのは、誰だろう。


 大きな影が、なにかを片手に掴んでいる。

 それは――真っ赤になった、あの子、で。


 ――パチン


「おーい、起きろ~」

「……っ……!」

「おっ、起きたか。なんか寝入ってたところごめんねー」

「あ、いや……もう時間だったか」

「そうじゃないんだけどさ、ちょっと窓の外見てみぃ。カーテンの隙間から、そっとな?」


 言われてほんの少し開いた隙間から外を見れば、昨日の快晴が嘘のようにザーザーと叩きつけるような勢いで雨が降っていた。木々が大きく揺れており、風もかなり強いと分かる。

 これでは、今日は船が出るのか心配になるが……――それ以前に、悪天候の早朝にも関わらず、ホテルの入り口に人が集まっているのが気になった。


「……なんだ、あれ」


 どうやらトーヤが見せたかったものは、眼下の人だかりらしい。

 昨日の光景が焼き付いているせいか、地元住人が集まっているだけでヒヤリとするが――どうやら自分の勘は間違っていない。トーヤの渋い顔を見て、縁は思った。


「分かんない。けど、なんかヤバそうじゃね? そう思って、苗さんにも連絡してみたんだけど、出ないんだよ」

「直接部屋に行ったほうがいいかもしれないな」


 ふたりが頷きあったとき、ガチャリと鍵が外から解錠された音がした。

 この部屋の鍵は今、トーヤの手にある。それを伝えるようにトーヤが鍵を持った右手を見せて、首を横に振るのだから、疑いようもない。


 だとすれば、この部屋の鍵を開けられるのはマスターキー……つまり、このホテルの従業員ということになる。

 しかし、まだ客が滞在中の部屋に……ましてや、こんな朝早くに、勝手に踏み込むなんておかしい。


 ふたり、無言のまま。視線はドアに集中する。


 静かにドアノブが回り、ドアが開かれる。

 現れたのは警察官とホテルの支配人と思しき人物、それから数人の島民だった。彼らは、ずかずかと無遠慮に室内に踏み込んできたかと思うと、口々にがなり立てた。


「見つけたぞ!」

「こんなところに隠れてたか!」


 トーヤが辟易した様子で肩をすくめる。


「隠れるもなにも、ふつーに宿泊して、ふつーに寝てたけど? 見つけたぞ! なんてドヤ顔されるような高度なレベルで隠れてた覚えはないんですけどねぇ~?」

「あぁ、やっぱり……この男です! 間違いない!」


 ふてぶてしいトーヤの物言いに口火を切った島民たちが鼻白んだところで、別の声が上がった。

 姿を現したのは、島に来る船に乗っていた顔色の悪い黒ずくめの女、春菜だ。そのすぐ後ろには、真っ青になった夫が唇を引き結んで立っている。彼は、縁たちと視線が合わないように、さっと目をそらした。

 そんな夫の様子など気にも留めず、春菜は金切り声で叫ぶ。


「わたし、見てました! この人たち、死んだ男性と船で親しげに話していました! 女の人にも絡んでいたから、間違いないです! ねぇ、そうよね、颯太(そうた)!?」


 意気込んだ様子で、春菜は夫に同意を求める。だが、彼はなにも答えない。


「しっかりしてよ! これは正しいことなのよ! 大切な儀式の期間に、穢れが入り込むなんて冗談じゃないわ! ふたりも穢れを吐き出しているのなら、原因はまだ動いているこの人たちでしょ!」

「……ふたり? 穢れを吐き出すって……え? 死んだってことっすか? ――ひとりは鉤路さんで……もうひとりは……っ」


 トーヤが途中で息を呑む。

 縁も、まさかと表情を強ばらせた。


 トーヤは、さっき、なんと言っていた?

 苗木が電話に出ないと……そう、言っていなかっただろか。


 「……苗木さんに、なにかあったんですか……」


 まさかそんなこと……と思いつつ縁が問いかければ、春菜が鬼の首を取ったような顔で叫んだ。


「とぼけないで!」

「そうだ! おまえらがやったんだろ! ここの従業員が見てるんだよ! お前たちが、死んだ女と一緒に来たのを!」

「死んだって……。俺たちは、部屋が別々のフロアにあるから、エントランスで別れてます。それより、苗木さんが死んだって、一体どういう」

「あの女! 杭の内側で穢れをまき散らして死んどった! あっちこっちに飛び散りおって! 内側は、かえり様の領域じゃいうのに! 穢しおって! 外のもんが!」


 苗木は、部屋に戻ったはずだ。

 縁はトーヤと共に、昨夜たしかに彼女を見送っている。

 まさか、と縁の口から声にならない声がもれる。


「……スクープ、狙いにいっちゃったか……」


 トーヤが苦い口調で呟いた。

 昨夜、トーヤが口にした悪い予感が、現実の物になってしまったのだ。それも、最悪の形で。


「ごちゃごちゃ言うな!」


 興奮した様子の男が、警察官の前だというのに躊躇なく縁に掴みかかってきた。

 警察官も止める素振りがない。昨日のフロントにいた従業員のように、ただそこにいるだけのようで――。


「み、みなさん、暴力はやめましょう? 彼らが容疑者だっていうなら、警察におまかせしたらいいじゃないですか……!」


 制止したのは、春菜の夫――颯太だった。


「颯太!? なにを言うの……」

「春菜も、少し落ち着いて! こういうことは、司法に任せるべきで……」


 春菜の夫――颯太が場を沈めるように話そうとするが、島民たちはしらけた目をむける。


「おい、外のヤツが、口を挟むなよ」

「そうだ。この島で起きた問題は、間様が裁くんだ」

「連れて行こう」

「間様がなんとかしてくれる」

「かえり様が正しい導きを下してくれる」

「穢れは洗い流される」

「邪は洗い流される」


 彼らは口々にそう呟くと、袋をもって縁たちに近づいてきた。


「ちょ、やめろって……!」

「うわ、臭そうな袋~」


 複数人でかかられて、頭に袋をかぶせられる。

 その最中に、夫婦――夫である颯太もまた、島民に掴みかかられているのが見えた。


「こいつら、暴れるんじゃねぇ!」

「手こずらせるな!」


 縁も相応の抵抗はしたものの――最後は人数に押され抵抗は無駄に終わった。


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