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十四話


『いい、縁。なにがあっても、あの島には近づかないで。絶対に行っちゃダメ』


 それが母の口癖だった。正確には、父亡き後の、母の口癖。


『お父さんは土砂災害に巻き込まれて死んじゃったの。だから、あんな怖い島に二度と近づきたくないし、縁にも行ってほしくない』


 言われた通り、縁は十四年間それを守ってきた。

 父を亡くしたことで気落ちしたのか、年々弱っていく母に余計な心配をかけたくなかった。だから、繰り返される度に、分かったと頷いた。

 何度同じことを確認されようと、嫌な顔をせずに「分かってるよ」と頷いてきた。


 だが……あの日は、違った。

 いつも通り、あの島には近づかないでと言う母に、いつも通り縁が頷いたのだが――母は、入院中の身のどこにそんな力がと思うほどの強さで縁の腕を掴んだのだ。


 鬼気迫る表情で、母は言った。


『あの人は、あの島に殺されたのよ』


 災害で夫を亡くしたからこそ出た言葉だったのか――結局、それ以上はなにも聞けなかった。母はその後すぐに意識を失い、そのまま二度と目覚めることはなかったのだから。


 あの手紙が来たとき、最後まで糸布狭島に囚われていた母のことが思い出されたのだ。

 もしかしたら自分も、ああなるのではないか――だからこそ、どこかで区切りをつけたかった。


 だから、ここまできたのに……。


(なんで俺、頭なぐられてるんだ?)


 そう、ハッキリと思考できたところで、意識が浮上した。


「――っ!」

「お? 生きてる?」


 びくっと体が跳ねて目を開ける。

 すると、途端にまぶしい光が視界をおおい顔をしかめてしまう。


「おっと、ごめんごめーん。……これで、どう?」


 覚えのある声がそんな風に言ったかと思うと、光が上に動く。

縁は、そこでようやくまぶしい光だと思ったのは、懐中電灯のライトだったと気付いた。

 上向きに懐中電灯を置いた人物は、瞬きを繰り返す縁をのぞき込んでくる。


(……こいつは……)


 所々にピンク色が混じる金髪。

 派手な髪色の軽薄そうな男――これは、船で会ったベイ・サイダーとかいうふざけた男だ。

 だが、なぜここに?

 不思議に思って……「あれ?」と現状のおかしさに気がつく。


「なん、で……俺……寝転がってるんだ?」

「さぁ? オレに聞かれても」


 ひょいっとベイ・サイダーは肩をすくめた。


「逆にオレが聞きたいんっすけど~。いい映像がとれないかなーって思って、いかにもーな廃墟に突撃したら、なんか人が縛られて転がされてたとかさぁ。たしかに衝撃的だけど、オレ死体かと焦って動画撮影やめちゃったんっすよ。そしたら生きてるっぽいし? それなら人命救助をーって思ったらおにーさんだし。……なにしてんすか、こんなとこで。そういうプレイ?」

「――は?」

「いやん、ドスの利いた声」


 少しも怖いと思ってないと分かるふざけた調子のベイ・サイダーは、転がったままの縁を起こしてくれる。


「あっ、それとも誘拐? う~ん……おにーさん、金持ってるようには見えないのに……。見る目のねぇ犯人っすね」

「……そういうんじゃ……」

「だったら、あれか! 実はこの島全体が、昔から訪れた旅人を殺して金品強奪し肉を食っていたおそろしい食人鬼たちの島で、今でも村の深部には末裔たちが……的な? でもこれだと、使われすぎてて動画のインパクトにはちょーっと弱いなぁ……」


 ここまで、ベイ・サイダーはひとりで話していた。口を挟む暇もない早口に、これは大きな独り言なのではないかと思っていた縁だが突然「おにーさん、聞いてます?」と話しかけられる。


「は?」

「は? じゃなくて。え、なに、目ぇ開けたまま寝てたんっすか? オレに手の縄解かせておきながら、無視して寝てたん?」

「……寝てない。独り言だと思っただけで……」

「はぁぁぁ? なんで? オレ、ふたりでいるのに、でかい独り言を言いそうなヤバそうな奴だと思われてんの?」

「…………」

「黙んないでほしいっす。……あー、ショック。普通にショック。せっかくおにーさんの不安を紛らわせようとあれこれ話しかけたのに、オレの真心全否定されたっす」


 不安を紛らわそうとしてチョイスしたのがあの話題なのか、と縁は若干引いた。ある意味、ヤバい奴ではないのだろうかという懸念が浮かぶものの、なぜか縛られていた自分の縄を解いてくれているし、お礼は言うべきだろう――そう思って「ありがとう」と言いながら頭を動かしたのだが、ずきっと後頭部が痛んだ。


「っ……」

「ん? 大丈夫?」


 自由になった手でふれると、痛む箇所がある。


「おにーさんさぁ……縛られて廃墟に放置が、特殊なプレイじゃない限り……なんか、やばそーなことに巻き込まれてるんじゃないっすか?」


 半目で問われて、縁は即座に「そんなことはない」と否定しようとした。

 だが――。


「……遺産問題か?」

「え? なにそれ? 超大金持ちの隠し子登場、血で血を洗う相続争いの果てに明らかになる驚愕の真実は!? みたいな感じのやつ? やべぇ、オレ探偵役やりたいっす」

「……そういう遊びじゃないから」


 妙なことを言いだしたベイ・サイダーに釘刺しつつ、縁は自力で足の縄を外す。

 そして、直前の記憶を思い出し――やったのは十中八九、数馬だろうと当たりをつけてため息を吐き出した。

 

 懐中電灯のライトが届く範囲だけが薄ぼんやりと照らされている状況。

 時刻は確認しなくても分かる。夜だ。


「……ベイ・サイダーさん、今時間分かりますか?」

「今っすか? 21時でーす。……携帯持ってないんっすか?」

「…………財布もないです」

「マジか。やられたっすね、それ」


 荷物は間の家におきっぱなしだが――携帯電話と財布は持ち歩いていた。それがないということは、意識を失っている間に抜き取られたのだ。

 それを聞くと、へらへらしていたベイ・サイダーも少しだけ表情を改めた。


「真面目な話、とにかくここ出たほうがよくないっすか? おにーさんを監禁しておくつもりなら、犯人がまた様子見に来るかもだし、運悪く遭遇したオレがこう、なるかもだし」


 ベイ・サイダーは笑いながら自分の首を掻き切るまねをした。

 さすがにそれはないと思うと笑い飛ばせないのが、縁の本音だった。


 やっぱりあの家はおかしい。

 そんな思いが強くなる。


「歩けるっすか? 無理そうなら肩貸すけど?」

「いや、平気」


 立ち上がった時はよろけたものの、それ以降は危なげない足取りで縁は廃屋の外に出た。

 埃っぽい場所にいたせいか、夜の空気が一際おいしく感じる。

 深呼吸すれば、空には星がいくつも見えた――静かな夜だ。


「…………」


 そういえば、この島はとても静かだ。

 喧噪をかけ離れた小さな離島だから――そんな理由ではない。


 聞こえない。


「おにーさん?」

「……この島、おかしくないですか」

「んー? なにが?」

「……いや……別に……。違うなら、俺の気のせいです」


 へらりと笑うベイ・サイダーに縁は慌ててなんでもないと首を横に振り足早に歩き出した。

 だが、ベイ・サイダーが駆け寄ってきてすぐ隣に並ぶ。

 わざわざ下から顔をのぞき込んできた男の表情は、なにかを楽しんでいるような含み笑いだった。


「違うってなんのこと? オレ、なにがって聞いただけで否定も肯定もしてないっすけど?」

「いや、別に……俺が勝手に思ったことなんで、気にしないで下さい」

「そこまで言って気にするなって言われてもなぁ……。そんな態度とられちゃ、オカルト系配信者のオレとしては心惹かれちゃうわけで~。だからさぁ、教えてほしいっす」

「……ホント、くだらないけど」

「なになに?」

「……この島、聞こえないなって――鳥とか、虫とか……生き物の鳴き声が」


 自然の多い島だ。港に着いたときには鳥の鳴き声がたしかに聞こえた。

いつからだろうか、覚えていないが――少なくともあの屋敷周辺は静かだった。数馬に外に連れ出されたときも、思えばなにも聞こえなかったのだから。


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