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十三話


「……ま、ここでいいか」

 

 連れて行かれたのは屋敷の外だった。

 飲み物の自動販売機がぽつんと置いてある以外はなにもない道路が続き、長い坂道になっている。

 ぬっと眼前にスポーツドリンクのボトルが差し出された。


「え?」

「え、じゃねーよ。やる」


 戸惑っているあいだに、手に押しつけられる。


「……あ、あぁ、だったらお金を……」

「いらねーよ」

「そういう訳にはいかないです。払いますから」

「小銭あると邪魔なんだ。やめろ」


 嫌そうに念押しした数馬は、縁が財布を出すのをやめたのを見届けると、自分の分の缶コーヒーを左右の手で交互に握っては放すという行動を繰り返している。

 縁がそれを見ていると気付くと決まり悪そうに舌打ちしてから、右手で缶コーヒーを握り直したものの、フタを開けるでもなくそのままに、口を開いた。

 

「で? お前、あれか」

「あれ?」

「……なんつったっけな……。篤志の息子……」

「……縁です」

「そう、縁。……へぇ、デカくなったじゃねーの。おれぁ、数馬。篤志の二番目の兄貴だな。五人兄弟で、お前に嫌味言ったのが一番上で長女の琴絵、さっきの部屋に残ってるのが長男の宗平で、途中で入ってきたのが次女の絹花……篤志は末っ子だ」


 琴絵、宗平、数馬、絹花……そして、篤志の順で生まれた兄弟姉妹なのだと数馬は懐かしそうに目を細め、小さな笑みを浮かべる。

 だが、それも一瞬。すぐに面倒そうな表情にかわり、縁をどこか責めるように見た。


「それで? なんだってここにいるんだよ。……それも、こんな面倒な時期に」

「呼ばれたんですよ、間 仁一朗さんに」

「親父に? ……なんで、親父が」

「知りません。あの……宗平さんと琴絵さん、でしたっけ? あの人たちにも言いましたが、俺は父の遺骨が見つかったっていうから来たんです。用が済んだらすぐに帰ります」


 淡々と暴力を振るった女とそれを見て見ぬ振りしていた数馬たちを思い出し、あんな場面を見たらなおさらだと内心吐き捨てる。

 すると数馬は難しい顔で自分の顎を撫でた。そして、縁の反応を確かめるようにじっと見つめたまま、口を開く。


「……いつの話をしてんだ、お前」

「え? いつって……」

「篤志の骨が見つかったのは、最近の話じゃねぇよ。面倒なあれこれが全部終わった頃にツラ出して、なに言ってんだ?」

「どういうことですか」


 手紙を受け取ったとき、縁は最近見つかったからこそ連絡が来たのだと思った。だから、ここに来たのに……。

 しかし、そういえば宗平も似たようなことを言っていたと思い出す。


「先月……初めて手紙が来て、骨が見つかったって、だから……俺は、てっきり……」


 動揺して、つい敬語も忘れて呟くと、数馬は「……なるほどなぁ」と頷いた。


「今さらなにをと思ったが、そもそもの前提が違った訳か。……しかし、親父もなんだってわざわざ手紙なんか出したんだか。……体が弱ったのに引きずられて、らしくもなく寛大になったのかぁ?」

「弱った……?」


 縁が問い返すと、仁一朗は以前に一度倒れているのだと教えられた。


「まぁ、その時も大変だったとはいえ、篤志の件はその時のゴタゴタで連絡が遅れたって話じゃない。……篤志の骨が見つかったのはそれより前の話だ。つまり、間家は意図して連絡をしなかったんだ」


 宗平の言っていた、もう終わったという言葉は……言葉通りだったのだ。

 全部、終わった後。そこに、十四年も連絡をとっていなかった人間がやって来たら……。

 それは、いい気がしないだろう――もっとも、好き勝手嫌味を言われる義理もないが。

 

 しかし、全てが片付いた後なのだとしたら疑問がわく。


「……だったら、なんで」


 なぜ仁一朗は今、わざわざ縁に連絡をしてきたのかと。

 疑問を口にすれば、数馬はチッと舌打ちした。


「知らねぇよ。……親父はあの時一命を取り留めた。かえり様のおかげでな。だが、一度ぶっ倒れたことでなにか心境が変化したのかもしれねぇ」

「……だから、俺に変に優しかった?」

「優しい? 親父が?」


 数馬が驚いたような声を上げた。それから、難しい顔で黙り込む。


「……ぁ、いや、倒れる直前は、すごく怒ってましたけど」


 そうだ、と縁は思い出す。血を吐いて倒れる直前、仁一朗が自分に向けた目には怒りのような感情があった。


「……まぁ、お前の用件が篤志のことだっていうなら、親父は今のところ安静が必要だ。篤志に関することは日を改めたほうがいい」


 たしかに仁一朗が倒れた今、出直すのが一番だろうと縁も頷く。すると数馬は目を細めて縁の肩を掴んだ。


「――ひとつ聞いてもいいか」

「……はい……?」

「お前を呼んだのは、たしかに親父だったか?」

「え……それは、そうですよ。手紙は間 仁一朗名義でしたし……。誰かが名前をかりたっていうのなら、分かりませんけど」


 筆跡を見て分かるほど、縁は間 仁一朗を知らない。

 だから、封筒を見ますか? と、問えば数馬は「そういうことじゃないんだ」と頭をかいた。

 そして……縁をじっと見つめて「……まぁ、分からないなら、お前は本当にお外のかたなんだろうな」と呟いた。


「……あの、俺からも聞いていいですか」

「なんだよ?」

「この家に、俺と年の近い女の人っていますか……?」

「……は?」

「あぁ、彼女はアサヒさんって名乗ってたけど……」

「お前……会ったのか?」


 驚いた様子の数馬に肩を掴まれた縁は、驚いたものの頷いた。


「はぁ……。ちょうど、あの大きな門のところで、どうしたらいいか迷ってたら……声をかけてくれて」

「その時、なにか言ってたか?」

「え……? なにって……」


 思い出すのは――。


「待ってたって……」


 その返事を聞いた数馬は、ふっと笑った気がした。


「待ってた、か。じゃあ、ちょうどいい」

「ちょうどいい?」

「お前が、そうなんだ。だから、アイツがお前を呼んだんだ」

「あの……」

「戻ろうぜ」


 数馬の機嫌がよくなったように思える。

 だが、どうせ荷物をとりに一度は屋敷に戻らなくてはならない。

 縁は釈然としないながらも屋敷に戻ろうと歩き出した。


「お前は待ち人だ」


 背中からそんな声が聞こえた。


「――だから……穢れは洗い流さなきゃなぁ」


 時刻は夕暮れにさしかかっていた。

 船にはギリギリ間に合うだろうか――そんなことを考えて、数馬に背を向けていたのだが……。


 ゴン。


 鈍い音がして、ぐるりと視界が回った。


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