十一話
バタバタと大勢の人がなんども行き交う気配がする。
縁が訪ねたときから一種の忙しなさはあったが、今はどこか緊迫しており張り詰めた雰囲気が感じられた。
そんな中、縁が連れてこられたのは、これまでとは打って変わって洋風の部屋だった。そこに、仁一朗の子どもたち――叔父叔母と共に集められていたのだ。
「父さんが、倒れるなんて……!」
「あなた、落ち着いて」
「おい、かえり様はまだなのかよ」
あの場に乱入してきた人物のひとり、スーツの男がソファに座り頭を抱えていた。そのとなりには妻と思わしき女が寄り添って背中をさすっている。
その後ろを、短く髪を刈り上げた柄シャツの男が落ち着きなく歩き回っており、声を荒らげると、先ほどの女がうるさげに言った。
「ちょっと、数馬。大きな声出さないでよ……」
「あぁ!?」
「あんたのダミ声は耳障りなの」
女はスーツの男とはローテーブルを挟んで向かい側に座っている。
「ハッ! お姉様は余裕だな! さっきまで、服が汚れただのなんだのって、一番でかい声でぎゃーぎゃー騒いでたくせに」
「はぁ?」
「――やめて下さい!」
言い争いに発展しそうなところで、スーツの男に寄り添っていた女が声を上げる。
「こんな状況なのに、言い争いはやめて下さい……」
「ふん。善人ぶって、そんなにいい嫁ポイントを稼ぎたいのかしら?」
「そんなっ、お義姉さん……! 私は、憔悴している主人が心配でこれ以上の心労を……」
「あーらぁ、殊勝なこと。ねぇ、敦子さん。長男の嫁におさまって、うまくやったと思ってるでしょうねぇ? でも、残念。宗平には遺産なんて一円も行かないわよ!」
瞬間、夫の背中をさすっていた女――敦子の顔が強ばった。
「どういう意味ですか、琴絵お義姉さん……?」
「さぁ? どういう意味かしらぁ?」
意味ありげに笑い、ちらちと縁を見た――琴絵と呼ばれた女。しかし敦子は夫であるスーツ……宗平になにごとかを尋ねるのに必死で、その意味深な視線に気付かなかった。
すると、そんな争いに嫌気がさしたのか宗平敦子夫妻の後ろ、壁に寄りかかってひたすら携帯を弄っていた青年が動いた。
「金もらえないんなら、もう行くわ」
「ちょっと、正則!?」
敦子が驚いたような声を上げるが正則は立ち止まらずさっさと部屋を出ていく。ポカンとしている夫妻を尻目に、琴絵が笑い声をあげた。
「あっはっはっは! 本家長男の嫁で、跡取り男児を産んだってあっちこっちで吹聴してた女が産んだだけあるわぁ、とぉーっても出来がいいじゃない!」
「……なんですって……? ――出戻った挙げ句、ひとりも産まなかったお義姉さんに、子育てのなにが分かるんですか……!」
「はぁ? あの子、親に金をせびるだけで、せっかく入った大学も留年して、遊び歩いているそうじゃない。わざわざ今回島に帰ってきたのは、ママがお小遣いあげるから~だとか。あははは、素人目でも大失敗って分かるわよぉ? ――だいたいね、あなた勘違いしてるんじゃない? 長男の嫁だろうが、男児を産もうが、あんたの序列は最下位なのよ!」
「勘違いしているのは、お義姉さんじゃないかしら? 子どもを生んだわけでもなく、間の家に寄生して、金で買った若い男を侍らせてばかりのあなたに、なんの価値があると? そちらの男の子も、あなたが新しく買った愛人かしら!?」
巻き込まれたくない空気だと、極力存在感を消して部屋の隅にいた縁だったが、急に敦子から矛先を向けられてしまう。
思い出したように、全員の視線が縁に集中した。
「……そういえば……誰だ?」
苛々して煙草をふかしていた数馬が、今さらのように縁の存在を問う。
「だから、お義姉さんの新しい愛人で……!」
「お前には聞いてねぇよ、敦子」
得意げな様子の敦子の言葉を、数馬がぴしゃりと遮る。
「……篤志の息子だ」
宗平が弱々しく呟けば、琴絵が気に入らないとばかりに舌打ちした。
数馬はそれぞれの反応を見ると顔をしかめた。ローテーブルに備えてあった灰皿に煙草を押しつけると、大股でずかずかと縁に近づいてくる。
そして、強ばった表情で呟いた。
「……息子? ……へぇ……」
瞬間、琴絵が立ち上がった。
「でも、お外のかたでしょ? 汚い余所者の血が入った、穢れでしょ? だから、篤志も報いであんな目にあったんでしょう。その坊やには、間の血なんて欠片も感じないわよ」
刺々しく言い放つと「ふん」と部屋を出ていく。その時、彼女のバッグがローテーブルの上の灰皿に当たり、ゴトリと落下する。
しかし琴絵は気にした様子もない。そして、扉の前まで行ってから思いだしたとばかりに振り返り縁をにらむ。
「さっさと出て行きなさいな。ここは、貴方のいる場所じゃないわ」
言いたいことだけ言い捨てて、琴絵は部屋を出ていった。わざとらしく、大きな音を立てて扉を閉めて。
「……なんなの、あれ」
子供じみた態度にだろうか……呆れた、と敦子が呟く。それから、隣に座る夫の腕に取りすがった。
「あなた! やっぱりお義姉さんは、どこかおかしいわよ!」
「……姉さんは、あれでいいんだよ」
「どこがいいの! 若い男に目がなくて、感情の起伏だって激しすぎるじゃない! 今だって、あの子供じみた態度! 正則に悪影響だわ! 」
「子どもの話はいいだろ。今は父さんだ。……かえり様はまだなのか? 絹花はなにをしているんだか……!」
宗平は妻の訴えをにべもなく退けると再び頭を抱える。敦子は不満そうに顔をしかめたが、それ以上は食い下がらず扉を開けて「誰かいないの! 灰皿を片付けて!」と大きな声で呼びかけた。
すぐに人がやってくるが、敦子はソファに足を組んで座り、片付けをしている者に「遅い」「手際が悪い」と文句をつけ、さも大変だったとばかりに「まったく、お義姉さんのヒステリーには困ったものだわ」と愚痴った。
だが、掃除を終えたところで細い眉をひそめる。
「あら、新しい灰皿は?」
「只今お持ちします」
「まぁ、持ってこなかったの? 気が利かないわね、ここには数馬さんがいらっしゃるんだから、必要なことくらい分かるでしょう? 使用人としてどうなのかしら」
片付けの最中、ずっと下を向いていた使用人は、じとりと敦子をにらんでいた。
敦子からは見えないが縁の立ち位置からは、その憎たらしげな表情がハッキリと見えてゾッとする。
「いい。いらねぇ」
数馬がもう行けというように手を振ると、使用人はぺこりと一礼して退出していた。
「数馬さんったら、お優しい」
「……お前と顔を合わせる度に言ってるがよぉ。……調子に乗るなよ、敦子」
「まぁ、数馬さんまでそんなことを仰るの?」
「姉貴の言うことに同意すんのは癪だが、アレに関しちゃ同意見だよ。……この家で男を産んだだの、男に生まれただのは、なんのアドバンテージにもならねぇ。今、この家の序列最上位は……」
数馬が言いかけたところで、扉が開いた。
自然と全員が口をつぐみ、そちらに視線をむけると……。




