第五話 「ペルソナ。」
いつも通りに少し早めに起きる。
軽いスキンケアをして、学校カバンとは別に、バッグへ着替えを入れる。準備を終えたら、トーストにジャムをかけて食べる。いつもの、私の朝のルーティン。
「行ってきまーす。」
「行ってらっしゃい。」
前髪を崩して男子制服を着た私は僕。
親不孝……そんな言葉が頭によぎる。
人目を気にしながら近くの公園の多目的トイレへ。
公園はたまに汚いからあんまり使いたくないけど、スーパーはまだやってないし。
いっそ言えたら……でも、やっぱり怖い。
わざと乱した髪を整え、女子制服を取り出し、着替えてメイク。鏡を見る。うん、ばっちり。
歩きながら考える。
そっか、美奈が自然すぎて。幽霊……だった。
出れない、触れない。出れないのは、何で?
校舎に近づくにつれて、賑やかな声が聞こえだす。なんだかその声は私とみんなを区切るように聞こえた。
校門に着くと遠くで手を振る美奈が居た。どこかぎこちない。私はにこりと笑って手招きした。
『い、いずみ。あーしのせいで、ごめん。』
「いいの!私だって……少しは覚悟、してたんだもん。」
『でも!』
頭、撫でたくなる、けど触れれない。
「よ!最上。」
「おはよう、最上さん、美奈さん。」
『……!お、おはよー!えへへ。』
「おはよう、青野さん、真也くん。」
嬉しそうに返事する美奈。けど、真也くんから隠れるように私の後ろにまわった。真也くんの事、怖いのかな?
「あの後、蓮と帰り道で話してたんだけどよ、考えねーとなって。」
「そうね、これ以上問題が起きるのは困るわ……ふっ、風紀委員として!」
青野さん、ちらっと私を見て、顔を背けた。ちくりと胸が痛む。
「……そう、だよね。」
『えっ、あーしも問題?』
「これ以上?ああ俺か?まあ、な。」
学校側に配慮があるとはいえ女装男子、オレンジ髪の不良、夜中に出る幽霊。はたからみれば問題児だらけ。
「そ、そうよ。そう……だから。」
「そういうこったな、まあとりあえず最上たちの事だろ?放課後集まって話そうぜ。」
「あ……でも美奈は。」
『あーし、外、出れない。』
むくれる美奈。でもその仕草はどこか嬉しそうに見えた。
「え?あ、そうだったわね、幽霊、だったわ。」
「なんでだ?別に動けるんだろ?」
『あーし、なんか外、出れないんだよね。』
「じゃあとりあえず、俺らで話すか?」
「そうね、話したら夜に美奈さんの所に行ってもう一度まとめましょう。」
『う、うん。ね、ねえそれいずみのため?それとも、あーし?』
「もがっ、そ、そうよ。二人ともよ。」
「あん?そりゃそうだろ。俺みたいなのだったら良いけどよ、最上は女子?だろ。」
「……っ!」
「どの道。止めたって会うんでしょう?なら、考えないと。」
「まあ、そういうこったな。」
「う、うん。ありがとう、青野さん、真也くん。」
「まあ成り行きっつうやつだ!気にすんな!」
「そ、そう。私だって風紀委員なんだし、み、見過ごせないわ。」
『ありがとう……あーし、二人にも逢えて良かった。』
ふわりとした笑顔。幽霊なんだと忘れる程に。その顔をじとっとした目で見る青野。
「あんた……美奈さん、可愛いわね。」
可愛い、その言葉と裏腹に、表情は険しい。
『ふぇっ⁉︎お、怒ってる?』
指摘された青野は気付いて表情を戻すが、瞬きが多かった。
「あっ、いえ、ううん、怒ってないわ。」
「なんだよ?まあ、いいけどよ。」
「青野さん、どうしたの?」
「いっ!いえ、なんでも無いわ。べ、別に。」
『あ……そろそろあーし行くね。もう始まっちゃうよね?』
「あっ!そうだった!ごめん美奈!」
「嘘!私が遅刻なんて冗談にならないわっ」
「ま、俺はいいけどよ。」
慌てて駆ける二人と対照的に、いつも通りマイペースに歩く真也。駆ける二人と距離が遠くなっていき。
幽霊、か。なんで唐突に見えたんだ?調べねぇとな。
つっても霊感も何にもねぇし、当てもねぇ。
知り合いもそんな奴いねぇし。とりあえず俺は夜に会っても問題無い方法探した方が良さそうだな。
つうか前も今日も、あの避け方。あれって嫌いっつうより……多分。
そして今日も、学生たちの忙しない一日が始まる。いや、もう始まっている。
朝の準備を終え、電車に揺られ、友達と笑い合いながら校舎へ向かう。
何気ない一日が、いつも通りに過ぎていく。
けれど、旧校舎の一室だけは、あの日から時間が止まったままだった。
動かない時計。埃の被った教壇。そのまま残された机の落書き。
いつかは消える教室で、美奈はひとり呟いた。
『此れから、どうなるんだろう。逢えたばかりなのに、話せたばかりなのに。いずみが困るなら、あたしは。』
『でも、あたしは……それでも。』
遠くで鳴る鐘の音、時計の針は動いてない。
『あたし。』
『死んでるんだ。』
学生たちの今が駆け足のように過ぎる。
一つ覚えたと思ったら絶え間なく次へと学んでいく。
友達や先輩、後輩との交流。部活。何気なくも儚い数年。そして分かれ道。時間は待ってくれない。
あっという間に今日も過ぎる。
そして放課後、三人が集まって。
「で、蓮なんかねーか?お前頭良いだろ。」
「いくら頭良くても超常現象なんて私の手に負えないわよ!」
「あれ?美奈……どうしたのかな?来ないね。」
「いつも来てたの?何かしら?」
「つか、あれ、なんだ?」
校門に停まる一台の車。手を振るスーツ姿の女性の姿。
いずみが目を丸くした。
「嘘っ、お姉ちゃん⁉︎」
「お、お姉さん?」
いずみが駆け寄ると、不意に姉に抱きしめられた。嫌がるわけでもなくなすがままのいずみ。
「やっほーいずみ!半休取って来ちゃった!相変わらず、可愛い!」
「おっ、お姉ちゃん、みんないるからっ」
「あら、お友達かしら?いずみがお世話になってます、姉の最上 美桜です。よろしくね。」
優しい笑顔、どこかいずみの面影がある。青野はその姿、立ち振る舞いをじっくり見てしまっていた。観察、というよりも憧れに近かった。
ぺこりと会釈する真也。対照的にきっちりと頭を下げる青野。抱きつかれたままのいずみ。
「ど、どうも。」
「は、はじめまして、よろしくお願いします、青野 蓮です。」
「一条、真也。」
「良いのよ固くなくって。いずみのお友達でしょう?意外なお友達ね、いずみ。」
「もう!お姉ちゃんっ!」
美桜は抱きしめた腕を離し、いずみと面を向かい、丁寧に、声を落とした。
「いずみ。お母さんに聞いたよ。アンタ、最近夜遅いんだって?何か言えない事、あった?」
「いっ。」
「あれ、いずみ……あんた。」
「へ?」
三人を見渡し、美桜の眉間に皺がよる。
「いや、あなた達……。ここじゃ話しづらいわ、そうね、あたしの家に来なさい。送っていくわ。」
「え……」
「あなた達も来なさい。」
「私達も……ですか?」
車に乗り込むと、美桜が運転しながら話し出し、バックミラー越しに青野と真也の顔を見た。
「いずみ、いやあなた達、おかしな事に巻き込まれてはない?」
「えっ!」
「なんで……わかるんですか?」
「そうね、残滓、かしら。」
真也は隣の青野に体を近づけて小声で聞いた。
「残滓……ってなんだ?」
「残りカス、残骸の事。残滓って……美奈さんの?」
青野の視線が美桜に移り。
「そう……美奈って言うのね。その子。」
「お、お姉ちゃん?」
「そうね。もう着くわ、家で話しましょう。」
住宅街の一角にあるシックなマンション、オートロック式。家だけでも美桜の性格が伺える。エレベーターに乗り、一同は美桜の部屋へ。
「お邪魔しまーす。」
「お邪魔します……。」
「なんか久しぶりかも?お姉ちゃんち。」
「そうね、最近仕事が忙しかったから。心配してたのよ?」
「し、知ってるよ、お姉ちゃんメッセージ多いんだもん。」
「ふふ、楽にしてて。今飲み物を出すわ。紅茶が良いかしら?」
「いっいえお構いなく!」
「何緊張してんだよ蓮。」
「うっ、うるさい真也!」
リビングの椅子に座ると、キッチンからふわりと香るピーチの匂い。
にこりと笑い、トレイの紅茶をテーブルに乗せる美桜。
「これいずみが好きなのよ。」
「おお、なんか意外なもんきたぞ。」
「最上さんが……い、いただきます。」
こくんと一口、二口飲み。
「……おいしい。」
「まあ甘ったるいけど悪かねぇな。」
「これ好きなんだ、凄く落ち着くの。」
少し緊張していた空気が紅茶の香りで和らいでいた。
「あの、残滓って言ってましたけど……」
「ああ。言ってたな、どういう事だ?」
「お、お姉ちゃん?」
「ええ、そう。私は、いわゆる——霊能力があるの。」
「お、お姉ちゃん⁉︎」
「言ったって構わないわ。言っても言わなくても、離れる人は離れる。けど、そうじゃない人もいるわ。」
部屋の一角にある棚に置かれた、古い写真立て。ふいに視線が移り、そこを見る美桜の表情は混じり気のない優しいものだった。
「霊能力っつうと漫画とかで見るなんかオーラ的な力で幽霊とか妖怪とかやっつける奴か?」
「ふふ、そんなんじゃないわ。ただ普通の人より、見えたり多少分かるだけよ。」
「分かる、ですか?」
「ええ、それでいずみ。アンタ。いやあなた達、霊との接触があった?」
「は⁉︎え⁉︎」
美桜の目付きが鋭くなり。
「……やっぱり。夜遅いのはそれね。」
「う、うん。でも!」
「いずみ、お姉ちゃん、あんたの味方よ。いつだって。これからも。」
自然な笑い方。その一幕だけで二人の信頼関係が見える程に。
「お姉ちゃん……。」
「だから私は姉としてあんたを守らなきゃいけない。」
「……うん。」
「話してごらん、何があったか。」
「あのね——」
あの日からの事を全て説明するいずみ。
所々青野と真也が補足した。
聞き終わり、ため息をついた美桜。
「まず、男の子ってバレたのはこの子達だけなのね?ならそこは一旦良いわ、それはいずみ自身が考えなきゃいけない事でもあるし。」
「っ!う、うん。」
「問題はそこじゃ無い。幽霊っていっても色々あるわ。善意から悪霊になるケースだって。」
「みっ美奈は!」
「わかってるわ、いずみは危険は無いと言いたいのね。でもいずみ、その後どうするつもり?」
「その……あと?」
「幽霊に会いました、付き合いました、夜学校で会います。じゃあ卒業したら?ずっと夜の学校へ?どうなるの?それにもし、その子が悪霊になった時、あたしは動く。」
そこまで考えてなかった。当然だ、まだ自分でもはっきりとわかってない。
「私はいずみを責めるつもりはない、でも現実問題として、いつかいずみ自身が答えを出さなきゃいけないわ。」
「……。」
「普通なら、焦らなくて良い。って言いたいんだけどね。」
ただ……夜の校舎、流石に私が行くのはマズいわね。相手の正体だけでも見極めたいんだけど。
「最上のねえちゃん、なんか凄えな。」
ぽつりと呟く真也、それを見て柔らかい笑顔で返す美桜。そして青野が切り出した。
「あのっ!なんで私たちはいきなり見えたんですか?」
「そうそう、俺なんて途中まで見えも聞こえもしなかったんだぜ?」
「私も……今までそんな事なかったし。」
「いずみは昔から少し霊感はあったわ。幼い頃、たまに見えてたでしょ?」
「えっ?そう……だっけ?」
きょとんと首を傾げ、記憶を辿るいずみ。
「そうよ、幼かったし、もう忘れてるのかしらね。」
「うーん、覚えて……ないかも。」
「いずみは、特に幼い頃なんて霊とか人で区別しないから。自然と話してたんじゃないかしら?今思うと不思議だった事とかはない?」
「あ。あった……かも。」
「わ、私はありませんっ!そんな、幽霊だなんて。」
「蓮さんだったわね。あなたも少しある。無意識にでないようにしてるような。」
「えっ、私そんな事。」
「今までもあったんじゃない?意識しないようにしてただけで。時折、視界の端に映る〝何か〟を。」
「——っ!」
びくりと肩が強張る、思い出す記憶。
夜遅くの帰り道、薮の端に一瞬見えた気がした女性の顔。洗面所、振り向く視界のブレの間に映った気がする幼い子供。
「霊感体質、とでも言うのかしらね。無意識に引き寄せないように、認識しないようにしてたのかもね。」
「じゃ、じゃあ俺もか?」
「あなたは無い。欠片も無いわ、何も感じないもの。」
「ぷふっ!」
「〜〜っ!なんでだよ⁉︎今の俺もある流れじゃねーか!」
「……だからこそよ。」
「え?」
「見えない筈の、普通の子が、なんでその子を視えたの?」
「そういえば……そうだな。」
「なっ、何で見えたんですか!」
「いずみだって蓮さんだって、今まで殆ど見えなかったのよね?その子の霊との接触の際、いつから見えた?何が起きた?」
「えっと。私は最初から……見えてた。」
「私は、二度目から?」
「俺はーあー、あ。」
「言ってみなさい。何が起きたの?」
「あれだ、プリントがぺちんって顔に張り付いて、ひっぺがしたら、そこに居た。」
「あっ。あたしも最初の日、プリントが頬に。」
「はっきりとは断定できないけどおそらくそれね。その子の想いが、物から伝わったんじゃないかしら?」
「え?じゃあ私は?私なんにもなかったよ?」
「最上さん、それ、淡く、蒼白く光ってる……。」
最上の胸ポケットを指差す青野。
「えっ。蒼白く……それって。」
「そのハンカチ。いつから持ってた?幼い頃からあったわよね?」
「あっ、これ昔……私が迷子になって泣いてた時、たまたま通ったお姉さんが渡してくれて。そのまま家まで連れてってくれて。いつか返したくって。」
「いずみ、そのハンカチから強い何かを感じるわ。繋がり、想い。強く。前見た時は感じなかった、最近会った時も。」
「あ……あ……」
一拍の間、声を落とし、美桜は視線を落とした。
「その子が……亡くなったのね。」
嘘、美奈が、あの時のお姉さん……じゃああの時のお姉さんはそのあとに?
二、三年。止まったまま。やっぱり、死んで……
「嫌ぁ!私、私!」
美奈があまりにも普通だったから、あまりにも自然だったから、私、どこか期待してた。違うんじゃないかって!
でも、でも!
「いずみ!落ち着きなさい!気をしっかり持つのよ!アンタまで引っ張られるわ!」
「ぅ、ふ、ぅぐっ……うぅ……」
美桜が泣き崩れるいずみを力強く、包むように抱きしめた。
「いずみ。アンタはまだ弱い。けど、今までも負けずに頑張ったじゃない。弱いのに、折れずに今もその格好じゃない。」
青野も思わず目を背ける、実感してしまった。
「み、美奈さんはやっぱり、幽霊……なんですね。」
対照的にけろりとした口調で真也が言った。
「つっても、実感ねぇけどな。」
「……美奈の手の中が、なんか、温かったの。」
「……え?いずみ、詳しく話しなさい。」
「えっと、美奈の手の中に私の手があって、なんか液体に包まれたような、ぬるい感じで。」
美桜が怪訝な顔をした。
「ぬるい。たい……おん?その子、死んでるのよね?」
「え?幽霊だから……違うの?」
「幽霊がぬるいなんて、私の経験上無かったわ。」
……幽霊?よね。いずみが私にいい加減な嘘つくなんて無い。誤魔化す嘘ならあっても、説明でそんなわけないわ。いや。もし、もしかして。
「いずみ、負けない自信はある?折れない覚悟はある?その子がたとえ、消え去っても。」
「い、嫌!私は、美奈がっ!」
「も、最上さん……。」
「その子について、過去の事件、よく調べなさい。今夜も行くのね?その子からも、慎重に聞きなさい。私は着いては行けないわ。あなた達でやるのよ。」
「え……来てはくれないんですか?」
「行ってあげたいんだけどね。でも私は大人だから、何もかもする訳には。あなた達はこれから大人になっていくんだから。」
「まあやってみるしかねぇよな。」
「で、でもそれで何が分かるんでしょうか?結局、死——亡くなってるって分かった所で。」
「信じて。とは言えないわ。けど、もしかしたら。ううん、私もはっきりしないわ。見てみない事には。だから、まずは調べなさい。その子が校舎から出れないのなら、なんで出れないのかも。」
「え、地縛霊、とかじゃないんですか?」
「その可能性もあるわ。でも、何か引っかかるのよね、その子。」
「お姉ちゃんが言うなら、私信じれる。やってみる。」
「時間がないかもしれない、送るわ。図書館、で良いわね?」
「お願いします。」
「よくわかんねぇけど、やってみねぇとわかんねぇしな。」
「じゃあ行くわよ。何か危なかったら直ぐ離れなさい。さっきはああ言ったけど……いざという時は大人を頼りなさい、夜中でも直ぐに連絡も入れなさい。」
「ありがとう、お姉ちゃん。」
「ありがとうございます!」
「めちゃくちゃ良いねえちゃんだな、最上ンち。」
「ふふ、いずみに何かあったら。」
「殺すわ。」
にっこりと笑うその顔、目から本気が伝わり、ビクッとした。
「最上、お前ンちのねえちゃん、怖えな。」
「美桜さん……素敵です。」
「えっ⁉︎」
「は⁉︎」
車に乗り送ってもらう道のりは、やたら長く感じた。
お姉ちゃんの事、信じてるけど、私は、やっぱり怖い。
茜色の夕陽に想いを馳せる。それぞれが何かを感じとろうとしながら。
——陽が傾いていく、向こう側にある校舎へと。
『あたし、もう。』
良かったら他二作品も見てくれると嬉しいです。




