↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/6

第四話「明るみ。」

※本作品は「カクヨム」にも掲載しています。

しゃがみ込んだショートカットの小柄な影。

暗闇で丸まった背をスマホのライトが差す。


「最上さん……。」


びくりと震えるその背に、私は静かに口を開いた。


「一人、なの?」

「最上、何してんだ?」


顔も見られない様子で最上さんがゆっくり立ち上がる。

私たちの前に、一歩、出て。


「あぅ、わ、私……」

「やっぱり、最上さ——」


私の言葉を待たず、最上さんの後ろからおずおずと、

色褪せた制服姿で、真っ白な顔が現れた。


「ひっ⁉︎」

私は跳ねるように、真也の腕にしがみついていた。


「蓮、どうした⁉︎」

「そ、その子!」

「その子?最上、の事じゃないよな?」


わけもわからずあたりを見渡す真也。目を丸くして私を見つめる幽霊。


『……見え……てる、の?』

「しゃっ、こ、声!」


「あっ、青野さん聞こえてるの⁉︎」

「は?なんだよ、お前ら何言ってんだ?」


幽霊。その声、その姿、目の前に。


意思に沿わない体。上手く声が出ない。手が汗ばみ、

肌が粟立つ。酸素を求める胸が苦しく、視界が狭まる。



『ごめん!』

張り詰めた緊張を、大きな声が切り裂いた。


え?


『あーし!この間!怖がらせてごめん!』

「み、美奈。」


月光が深々と下げる頭を照らす。静寂。現実じゃないような光景。


ぽかんと口が開いたまま、思考が戻ってくる。


え、え、何これ?幽霊……なの?

もっとこう、怨念?とか。

不気味に笑って追い回したり。でも一昨日は……?


私はこくりと喉を鳴らし、口を開いた。

「あ、あれ?あなた……幽霊、よね?」

「おい、誰と話してるんだ?まさか……。」


幽霊は頭を下げたまま、まだ両手を握り……震えてる?

それを見た私は、力が抜けて真也から手を離していた。


待って、私今幽霊に謝られてる?

なんで?最上さんに取り憑い……てたら謝る?

ど、どういうこと?


『あーし、あたし、あの時、興奮してて、つい、調子に……本当にごめん!』


すぐさま最上さんが声をあげた。

「あっあれは私の為なの!」


え?何この子、怖く、ない?幽霊なのに、泣きそう?

その前にちょっと、その口調。


「あーし?マジ?って、ぎゃ、ギャル語?幽霊が?」


「……あ、あはは!」


呆然とする私、素で出た言葉に、

最上さんが何かを思い出したように笑ってる。


「最上、何笑ってるんだよ。ギャル語ってなんだ?ちょっとまて、今、何が起きてんだ?」

「あ、アンタ見えてないの?」

「見えてって……なにを?」


私と真也は眉をひそめ、お互いを見る。


『この子には、あーし、見えてない?』


真也に見えてないことを安堵しているようにみえた。

最上さんが短く切りそろえた髪を、左右にさっと払い、一呼吸置いて私を見ながら。


「えっと。ね、ねえ青野さん、どう見えてるの?」

「え、ええ。真っ白い髪で、透けるような肌?褪せた様な色の……旧制服かしら?」

「は?お、おい。お前らマジで言ってんのか?」

「真也くんは、見えてない?」

「だから、どこにだよ?」


やっぱり、真也には見えてないんだわ。

なんで?もしかして霊感とかそういうの?でも、私今まで特に……。


俯いて、お腹の辺りで指先をいじってる。

この仕草、幽霊というより、ただの……


『あーし、今までずっと……いずみが来るまで誰にも。』


「ずっと……」


私は顔も背けられず、気づけば指先が制服の裾を握っていた。


「と、とりあえず!説明させて!」

『いずみ?』

「う、うん美奈、言って良い?」

『お願い!』


「あ、あのね、この子幽霊なんだ。」

「……それは、わかるわ。」

「っ!そ、それでね!一昨日の夜は忘れ物取りに行って、でも青野さんが来て……咄嗟に怖がらせちゃって……」


真也の眉間に皺が寄る。

「あん?どういう事だよ。……二人して揶揄ってんのか?」


「ちがうの!」

「違うわよ!」

私と最上さんの声が同時に上がった。


「ハモんな!で、なんだよ。」

「それでこの子は?」

『あ、あーし、結城美奈。』

「美奈、さん?」

『……!そー!美奈!えへへ!』


「あー、俺にもわかるように教えてくんねーか?」

「あっあのね真也くん。今ここに美奈が居て、この子は……ゆ、幽霊なの。」

「私も……見えてるし、聞こえてるわ。」

「俺には見えねぇ、聞こえねぇ。本当に居んのか?」


『あーし……居る、もん。』

「あっ!真也くん⁉︎」


美奈さんの笑顔からふっと表情が消えた。時折見せた悲しげな顔よりも、ずっと儚く、存在すら消えてしまいそうに。


ふうっと息を吐き、腕を組んだ。

「アンタ、女の子にそれは無いわ。」


美奈さんの瞳から光が戻り、目があった。

『あーし、幽霊だよ……?女の子って言ってくれるの?』

「なんか普通すぎて……怖くなくなったわ。」


真也はバツが悪そうに、近くの椅子に座りながら。


「要するに、ここにゆう——女子がいるって事か?」


真也が目を凝らし、空間を見つめてる。

「……見えねぇ。」

『てゆーかあーしの事、なんで二人は見えるの?』


「なんでだろう?」

「なぜかしら……」


あまりに色々起きすぎて、混乱してるわ。

一度冷静に……。


「ちょっと整理させてくれる?最上さんは忘れ物を取りに、夜に来たのよね?」

「う、うん。そう、一昨日、課題のノートが」

「そこは今はいいわ。それで——」


あれ?最上さん〝一昨日〟忘れ物をって言った?じゃあ、あの日最上さんは教室に居た?


一昨日、あの男子を追って校内に、そこからあの男子を見かけてない。そのあと教室で追い返された日。

じゃあ、あの男子は。つまり、最上さんは——?


嘘、でも、もし、もしそうなら、私は。


「ね、ねえ、美奈さん。なんで今日は追い返さなかったの?」

『あーし、二回も、怖がらせるなんて……出来なかった。』


俯き、ぐっと拳を握りしめる最上さん。

最上さんが言った〝私の為〟やっぱりこの子、庇ったんだ。


私は息を呑み最上さんに目を合わせた。

怖い。けど、知りたい、知らないと、私は。


「もし、もしかして。だん……し?」

「はあ⁉︎どう見ても女子じゃねえか?」

『い、いずみ……』


「私……。」


視界が滲む。耐えるように、深く、強く手を握りしめた。

感情が暗い雲のように広がっていく。


いつかは誰かにバレるかもって、そんな事は覚悟……してたつもりだった、けど、私、まだ私でいたい……。


『い、いずみはいずみだもん!』


美奈……。そうだ……僕、私なんだ。そう美奈が、教えてくれてたのに。


目元をぐいっと裾で拭い、肩を震わせながらも笑顔を作り。


「うん、私、男の子なんだ。い、言わないで。」

「はぁ⁉︎」

「そう、なのね。」


青野さんの声が落ち、どこか残念そうに見えた。やっぱり、私……。


「ちょっ、ちょっと待て。最上は、その、なんだ、〝女子〟で合ってるのか?」

「あんた。」

「俺もわかってるけどよ、いや、悪ぃ。」

「あの、そう……じゃなくて……」


『いずみはっ。男の子が好きじゃなくって!』


「えっ?」

「あ、あぅ……」

「なんだ?なんだよ?」

「えっ、美奈さん、本当に?」


こくりと頷く美奈。

ふっと青野さんの口元が上がった。納得、というより何か別の安堵感のように見えた。


「あの日、一昨日。男子の制服着てたのは、最上さんで間違いない、かしら?」

「——!み、見られてた?あ、あはは……」

『男子制服⁉︎あーしそれ見てない!あ!あの時のバッグそれ⁉︎』

「か、帰りにお店寄ろうと思ってたから……。」


「ちょ、ちょっと待て、色々わけわかんねーよ。」

「ああ、あんた聞こえてないんだったわね、美奈さんが言うには、最上さんは男子が好きじゃないんだって。」


「ああ⁉︎……気持ちは女子、でもないのか?ならなんで声も見た目も女子なんだよ?」


「それは……」


再びみんなが私を見て、言葉を待ってる。

「私、よくわからないの。でも、かわ、いく……いたい。」


「あー、うん。すまん、わからん。」

頭を掻きながら、腰に手を置き言い放った。

「最上はただの女装趣味、って事なのか?」


「ばっ——」

『ばかー!いっぱい台無しにすんなー!』


美奈の言葉が空気を裂き、ペちん。

一枚のプリントが真也の頬に飛んだ。


「むぁ⁉︎」

「み、美奈⁉︎」


滲んだ目元のまま、美奈のかざした右手がゆっくりと下がっていく。顔も、俯いて。


『……せっかく……さっきもうちょっと……』


「もうちょ——」

二人だけの教室の空気を思い出し、思わず赤くなるいずみ。


「もうちょっと?」


真也が顔に張り付いたプリントをひっぺがして。

「なんだ今の⁉︎……は?」


プリントを剥がすと、そこに薄っすらと見える女の子の姿。


「は、え?」

「馬鹿真也っ!もう黙ってて!それよりもうちょっとって?」

「いや違、そ、それ。」

「それ?」

「そ、いや、その……子?」

『へ?あーし?』


ぼやっと輪郭が浮き出てくる。

次第に、真っ白な顔、色褪せた制服姿が現れる。


「みえ……る。聞こえる。」


「え⁉︎」

「はあ⁉︎」


今度はやや近づき、再び目を凝らす真也。びくりとする美奈。

「ん?美奈どうしたの?」

『う、ううん。なんでも、ない。』


真也は椅子に腰掛け直し、少し距離を置いた。

「薄く、半透明?のだよな?脚は……あんまり見えねぇ。」

「ええ、そう。半透明、色の滲んだ水のように。」

「え?美奈、脚あるよ?」

『どゆこと⁉︎』

「最上さんの見えてるものが、私達とは違う?」


「つうか、なんでいきなり見えたんだ、俺?」

「なんでだろう?」

『あーしもわかんない。』


美奈を包む淡く蒼い光に溶け込むように、

いずみの胸のハンカチが同じ色に、淡く、滲んでいた。


何も答えの出ないまま、言葉を探す。

真也が手に持ったままだったスマホをチラッと見た。

自分はともかく、二人が言い訳出来る時間はとっくに過ぎている。


「そろそろ帰らねーとやべぇな。」

「う、うん。」

「邪魔して、悪かったわ。」


『ね、ねえ!』

三人は美奈の呼びかけに振り向いた。


『あーし、これで終わりじゃ無いよね……?』

『また明日だよね?また話せる、よね?』

「うん!美奈、また明日。」

『絶対、絶対だよ!ふふっ、また明日!』


にこりと微笑むいずみに対して、二人は何も言えなかった。


校舎の横手、人気の無い路地を出て歩きだす三人。


ポツリと真也が呟いた。


「最上よぉ、毎晩会うつもりか?」

「えっ、そうだけど……」

「きっ、危険だわ。あの子がじゃなく、最上さんが。」


ギクリとした。確かに今日だけでも二人にバレている。

もし先生なら?通報?親にもバレる。

まだ言えない、そこまで覚悟……出来てない。


「あの子、どうするつもりなの?」

「どうって……」

「色々……あるでしょう?」


真也は無造作にポケットに手を突っ込み、二人を見た。

「まあよ、明日さ、放課後集まんねーか?話してから夜、結果を伝えにいけばいいだろ?」

「そう……ね。毎回夜中に忍び込むのは危ないわ、風紀委員として。でも放っておけないわ。」


最上さんは男の子……あの姿、もう一度見たい、かも。え?でも夜二人で会って?

なんだろう、今の私、嫌……。


一人で横に首を振る青野、真也がそれを見て話した。


「どうした?何一人で唸ってんだ?」

「青野さん、大丈夫?ごめんね、怖がらせて。あと私、変だよね。」

「あっ、ち、違うわ、最上さんの事じゃ……なんでもないの。」

「俺はまだ信じらんねーよ、幽霊も、男子って事もよー。」

「うぅ、え?信じられない……?」

「だってどう見ても女子にしか見えねぇし。」

「えっあっ、そ、そう?」


女子にしか見えない。ちょっと、ううん凄く嬉しい。

嬉しい……けど。

私が、僕が私でいられるのはいつまでなんだろう。


「幽霊も……あれ幽霊か?」

「ゆ、幽霊……なんだよね。」


歩きながら足元を見る。考えてしまう。

出れないって言ってた。二、三年ずっと話せてなかったって。知りたい、けど、知りたく……ない。


歩む足が立ち止まり。


「あの……」


二人が振り向きながら。


「どうした?」

「何?最上さん。」


「今日の事……言わないで、いてくれる?」


二人は息の合ったように穏やかに笑った。


「言うほど馬鹿じゃねーよ。」

「あの子の事を含めて、ね。」


「……ありがとう。」


「じゃあ、また明日な。」

「嫌でも校舎で会うわよ。」


「ふふ、またね。」


二人の自然な顔に少し、ほっとした。まだ、私で居られる。けど美奈は?


振り返って校舎を見た。

いずみ達を眺め、窓から手を振る美奈の姿があった。


『明日。今日も、明日って言った。あたしのせいでバレちゃったのに。』


『あたし、どうしたらいい?いずみ、どうしてほしい?あたしは、どうしたいの?』


『……もう、会いたい。離れたくないのに。』


窓に腰掛けるように浮く美奈。

見つめる先の三人の姿が小さく、消えていく。


夜がふけ、明るみが指し、

明日は、今日もやって来る。


——まだ言えない、それぞれの胸中を残し。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。