お守りの代償と、近づく距離
「え、でもエリスって平民なんだろ? それで壁になれるのか?」
子爵家子息であるグンターの突っ込みは、極めて真っ当だった。
伯爵家子息で、兄上曰く王太子殿下や宰相閣下からの覚えがめでたいらしい俺。その俺に群がる有象無象の虫除けとして、いくら「エアエストが貸した馬車に乗ってきた」とはいえ、ただの平民の娘では無理押しが効くだろうと思われるのは当然だ。
そう、普通の平民なら。
「俺というより、エリスの納税額を教えてやろうか?」
「え、納税額?」
「オブシディアス領での納税額は堂々の1位。平民だけなら国内2位で、貴族まで含めると国内15位……つまり、四大公爵、侯爵家6家、伯爵家3家の次の次に税金を納めるくらい、稼いでいる平民だ。知らないか? ソムニウム商会」
「ソムニウム?!」
グンターが素っ頓狂な声を上げた。
それもそのはず。王都でも知らない者はいない、今や大人気の超有名商会だ。
実はこの商会、兄上が学生時代に立ち上げたものだったりする。兄上……もとい、エリスはその商会長なのだが、さすがに年齢的に侮られるし、何より「エリス」は実際には存在しない人間だ。だから表向きは別の人材を雇って運営している。
この国は稼いだ分の純利益の1割が税金となるが、それ以上の納税(寄付的なもの)も許されている。国家への貢献といえば聞こえはいいが、身も蓋もない言い方をすれば「合法的な賄賂」だ。正直、兄上の稼ぎならもっと上を狙えるが、あからさますぎるのもよくないので平民としてこれでも妥当なラインに抑えてある。
だが、それでも下手な貴族よりよっぽど金持ちなのだ。本拠地である地元(オブシディアス領)が内陸の割に、独自の貿易ルートでえぐいほど稼いでいる。兄上の手腕と人脈は本当に恐ろしい。
「まぁ、下手な貴族よりは遥かに有用だ。もし我が家の可愛い弟の縁談に横槍を入れてくる奴がいたら、うちの商品は一切売らない。品薄になったら優先する売り場ってものもあるからな。俺は領地で代官もしているから、在庫管理と流通の操作は得意なんだ」
そりゃあ、ソムニウム商会はなぁ……。
新商品の開発にも余念がなく、今や「ソムニウム商会の新商品を手にできなければ時代遅れ」とされるレベルだ。もともとオブシディアス家御用達として始まった経緯もあるため、ここで変な真似をされれば「領外に優秀なものは出さない」という無言の意思表明にもなる。横槍を入れようものなら、下手をすれば経済的内政干渉として他家から責められるのがオチだ。
「というわけだから、お前の正式な伴侶が決まるまでは、俺がお前の婚約者になる。ちなみに拒否権はないからな」
「はい」
まあ、家にとっても、俺にとっても、そしてエリスにとっても利のある話だ。逆らう理由もない。
「……というか、エアエスト兄上はいつ結婚するんです? 俺は兄上たちよりも先に結婚するつもりはありませんよ」
「お前、エリスを行き遅れにするつもりか?」
怒って「見せる」お茶目な兄上に、俺はため息を返す。
存在しない架空の人間に対して行き遅れもクソもないだろうに。
俺の呆れた視線に、兄上は肩をすくめていつもの調子に戻った。
「ま、エリスはお前が相手を見つけた後いろいろある予定だからいい。俺は結婚するつもりはないぞ。ただの代官、しかも(対外的には)パッとしないスキルな文官家の俺と結婚したがるやつなんていないだろ。何より(実際の)スキル的に身内以外と一緒に生活するなんて無理だ」
「あー……」
実際のスキルとその代償の話を出されると、何も言えなくなる。
だけど、はっきり言って、兄上狙いは結構いたりするんだよなぁ……。
「なんで兄上たちって、こんなに自分への矢印に鈍いんだ……?」
「お前が言うか?」
――あ、やべ。
どうやら口に出ていたらしい。
それまでずっと気配を消して傍観に徹してくれていたグンターから、ものすごい勢いでツッコミが飛んできた。
だが、意味が分からない。俺のどこが鈍いって言うんだ。スキルは「察知」だぞ?
首をかしげる俺に、グンターは胃でも痛むのかというような苦々しい表情を浮かべた。助けを求めて反対側を見ると、そこにはニコニコと笑いつつ、でも少し困ったように眉を下げているジークがいた。
……ますます分からん。
パンパン、と目の前で兄上が手を叩き、その音で視線を戻す。どうやら俺たちのやり取りを見守る時間は終わり、本題の締めに入るらしい。
「俺は王家から婚姻を求められるようなこともないし、身を固める気もないが……ウィル、お前には爵位を与えるなんて話が出ている。領地もつきそうだな」
「は?!」
「だから、クラウスを裏から取って食うのかって聞いたんだ。あ、ちなみにこの話はまだ確定じゃないし、国の上層部だけの極秘事項だから聞かなかったことにしろよ」
「……」
また兄上の情報収集スキルか。クソ忙しかったはずなのに、そんな裏情報まで握っているなんて大丈夫なのだろうか。
いや、その多忙の原因を作ったのは、他ならぬ俺自身だった。またもや申し訳なさが込み上げてくる。
「つーわけで、お前の結婚は確定。子爵はつくはずだから、一代貴族以上の相手で、自分が幸せになれて、相手のためならどんな苦労もいとわんと思える相手を、自力で見つけろ」
「……」
「わかったな? ちなみに、この件は父上とクラウスには連携済みだ」
逃げ道なしの確定事項。そして、兄としての、ある意味「命令」に近い愛情のこもった宣告だった。
「さて、そろそろ街に着くぞ。市場調査と、婚約内定を世間に知らしめるのも兼ねて、がっつり買い物するからな。建前上、支払いは一旦お前がしておけ。後で俺が経費処理してやる」
「はい」
「あと、平民への口調で話せよ?」
「はい……」
相手が兄上だって分かっているからなぁ。平民相手のやり取りとか……。
「兄上……」
「エリス」
「……エリス嬢。婚約者としての適切な距離というものがあるので、普通にエスコートさせてくれ」
「そうですわね。将来のウィラード様のお相手に誤解されても悪いですし、ひとまず子爵夫人あたりの品格でいきますわ」
「よろしく頼む」
「分かりましたわ。あぁ、あと、早めに男性でも女性でもいいので伴侶を見つけてくださいましね。エリスの時間が増えますと、エアエスト様の時間が減りますから」
「あー……はい……」
最後の一言は兄上の表情だった。
そうだよな。代官・商人ってだけでも多忙だったのに加えて婚約者(俺のお守り)……誰かに頼むわけにはいかないから兄上は最適解だから申し訳ない。
この役回りは誰かに頼めるものではないから、兄上が最適解なのは事実だが、本当に申し訳ない。これからは、もっと周囲への影響を考えて行動しないとな……。
この時の俺は、自分が周囲からどう見られているのか、どう立ち回るべきかを考えることだけで精一杯だった。
だから。
ジークが静かな目で俺を見つめていたことにも。
その瞳が、いつもの穏やかで親しみやすい色ではなかったことにも。
何一つ気づかなかった。
それに、そんな俺たちの様子を見て、兄上とグンターが呆れたように揃って肩をすくめていたことにも。まったく、これっぽっちも気づかなかったのだ。
兄上の苛烈な(物理的な)買い物に付き合わされてすっかりぐったりしていた俺は、翌日から、さらに距離が近くなったジークに驚きと戸惑いを感じることになる
。
(……兄上に説教されたのを見て、気を遣って慰めてくれているんだろうか。今度美味いものでもおごるか)
俺のそんな能天気な勘違いは、ジークの向ける感情の重さには、まだ届きそうにない。




